軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 ユージ、開拓民と一緒にふたたびワイバーンと戦う

ユージがこの世界に来てから6年目の春。

朝、遠く離れた森の上空をワイバーンが飛ぶ姿を目撃した。

以降、ホウジョウ村開拓地の非戦闘員は午前中は建物から出ず、元冒険者の面々やユージは武装して警戒態勢を取っていた。

「ユージさん、今日あたり来るんじゃねえか。そのつもりでな」

「了解ですブレーズさん。だんだん近くを飛ぶようになってきましたもんね」

「ああ、そろそろ見つかる頃だろう。ユージさん、予定通りアリスちゃんの護衛を頼む」

「はい!」

「ユージ兄、いよいよだね! アリスの魔法、見せてあげる!」

「はは、頼むなアリス」

むんっ! と気合いを入れたアリスの頭を撫でるユージ。

35才のユージと10才のアリス。

保護者と少女の微笑ましい触れ合いである。

ユージが手にした短槍や大楯、革鎧姿を気にしなければ。

あとアリスの攻撃力。

「アリスちゃん、しっかりね! 『私が援護するから落ち着いて』」

いまのホウジョウ村開拓地の戦力は、元3級冒険者パーティ『深緑の風』や元5級冒険者たち、ユージとアリス、コタローだけではない。

たまたま遊びに来ていたリーゼの祖母で長老格のエルフと、もう一人のエルフもいるのだ。

ユージたちが戦場と定めた家の前の広場には、土魔法によっていくつもの塹壕ができていた。

当初予定になかったエルフの来村により、櫓の上にあったバリスタは土魔法で盛り上げた土の上に設置されている。

射角を確保したうえで射手の身を守れるように。

エルフによる土魔法は、『深緑の風』の弓士・セリーヌと夫のブレーズを喜ばせていた。

どうやらブレーズは、危険にさらされる妻の身を案じていたらしい。

ホウジョウ村開拓地にオオカミの遠吠えが響く。

続けてワンワンワンッ! というコタローの大きな鳴き声も。

「ユージさん、やっぱり今日来るらしいぜ」

「みたいですね」

「全員、身を隠せ! 頼んだぞドミニク!」

今回のワイバーン戦は、防衛団長のユージではなく『深緑の風』のリーダーで副村長のブレーズが指揮をとる。

事前の取り決め通り、ブレーズは大声で指示を出していた。

ブレーズの指示に従って、大楯を手にした元3級冒険者の盾役・ドミニクが広場の中心に足を進める。

ユージやブレーズ、ケビン、掲示板住人が考えた作戦通りに。

開拓民たちは家の中に避難していて戦闘員は塹壕に身を隠している。

無人ではワイバーンが近づいてこないかもしれない。

要するにドミニクは囮である。

無口な大男は、最も危険な役割を無言で頷いて引き受けていた。

それが盾役の仕事だから、とばかりに。

「ドミニクさん、がんばって!」

盾の使い方を教わってきたユージがドミニクに声援を飛ばす。

ドミニクは右手で拳を作り、ユージの声に答えていた。漢である。

広場の中央には盾役のドミニク。

左右にある塹壕には元3級冒険者パーティ『深緑の風』のリーダー・ブレーズと斥候のエンゾ、弓士のセリーヌ。さらに元5級冒険者パーティ『紅蓮の炎獄』の5人の男たちが潜んでいる。独身男5人がバリスタの操作と発射、射手の護衛を担当するようだ。

ちなみに『紅蓮の炎獄』という名前だが、魔法が使える者はいない。軽戦士と斥候兼弓士という物理特化のパーティである。

広場の最後方にある塹壕には、ユージとアリス、リーゼの祖母・イザベルともう一人のエルフがいた。4人のほかに、なぜかケビンもバリスタの後ろに立っている。

『戦う行商人』は、今回バリスタを担当するようだ。万能か。いや、かつての二つ名は 万(よろず) を使って死を与える『万死』であったらしいのだが。

オオカミは数匹が森に散って連絡役、残りは馬屋の中に陣取っている。貴重な馬の護衛役のつもりなのだろう。2頭の馬に寝床の一部を提供してもらっている恩返しなのかもしれない。

コタローはユージとアリスの横に控えていた。

空を飛ぶワイバーンにはコタローもあまり役立たないので。

「来たぞ! 焦るな、全員作戦通りに! 戦わねえヤツらは顔出すなよ!」

広場の近くには、戦う力がない開拓民が避難している共同住宅がある。

戦力が充実しているため、犬人族のマルセルやその妻で猫人族のニナ、木工職人や鍛冶師たちも建物の中に避難していた。

今回は総力戦でもないらしい。

開拓地から見て、南東方向。

空に小さな点が見える。

やがてその点は近づき、待ち構えたユージたちにその姿をさらす。

大きく広げられた翼は10メートルほど。翼のフチ、中ほどには鋭いかぎ爪がある。

流線型のほっそりした体躯は灰色。

トカゲ頭をさらに細長くしたような頭、口にはキバが覗いている。

獲物を連れ去る後脚は、いまは何も掴んでいない。

長い尻尾は5メートルはあるだろうか。まるでバランスを取っているかのように、後ろにたなびかせている。

ワイバーンが、開拓地へ向けて飛行してきたのだ。

広場の中央、囮役のドミニクがガンガンと盾を打ち鳴らす。

ここにエサがいるぞ、と言わんばかりに。

ワイバーンはわずかに進行方向を変えた。どうやらドミニクに気づいたのだろう。

「おし、ここまでは順調だな! ドミニク、気ィ抜くなよ! イザベルさん、いいんだな?」

「ええ、問題ないわよ。さあアリスちゃん、よく見ててね」

近づいてくるワイバーンを前に、ブレーズはリーゼの祖母・イザベルに問いかける。

ここからはエルフ二人がいない状況で立てた作戦から外れる。

予定ではドミニクに近づいたワイバーンに、バリスタのボルトを改造した投網を射かける作戦になっていた。

ユージ、というか掲示板住人のアイデアを基に、鍛冶師たちやブレーズが改造と実験を繰り返したものだ。

投網で自由を阻害して、4基のバリスタでワイバーンを地に堕とす。

その後は『深緑の風』の近接担当の出番。

盾役のドミニクが尻尾を防ぎ、斥候のエンゾとリーダーのブレーズが首を狙う。

当初の作戦ではそうなっており、今も元の作戦に切り替えられるよう準備はされている。

ブレーズに声をかけられたリーゼの祖母・イザベルが立ち上がって両手を前にかざす。

優しげに微笑むいつもの表情はなく、真剣な眼差しでワイバーンを見つめて。

『万物に宿りし魔素よ。我が命を聞き顕現せよ。魔素よ、荒れ狂う風となりてその場に留めよ。 暴風操作(コントロール・ストーム) 』

隣にいるユージには何も見えない。何も感じない。

だが。

近づいてきたワイバーンは、確かに動きを止めていた。 空(・) 中(・) で(・) 。

「な、なんだこれ、すげえ……」

目を見張って空中に浮かぶワイバーンを見つめるユージ。

傍らに立てた三脚のカメラを操作している。

アングル調整である。余裕か。

「うわあ、リーゼちゃんのお祖母ちゃんすごーい!」

「ふふ、ひさしぶりだったからイマイチね。これじゃアリスちゃんが狙いにくいもの。『よいしょっと!』」

気の抜けた掛け声とともに前に出した手を動かすイザベル。

と、飛行する姿勢だったワイバーンが、直立するようにユージたちに腹を見せる。

わずかに脚や尻尾を動かし、翼もバタバタさせているが位置は動かない。

リーゼの祖母・イザベルの風魔法、なのだろう。

「マジかよ。去年、ワイバーンと戦うのあんな大変だったのに」

「エルフはすごいですねえ……」

ユージとケビンの手は止まり、ただ目を見開いていた。

ワイバーンの最大の武器は飛行能力。

飛べないワイバーンはただの的だ。豚ではない。

「さあアリスちゃん、出番よ!」

「はーい! ユージ兄、ちゃんと見ててね!」

「あ、イザベルさんに教わったナイショの新しい魔法ってヤツか。がんばれアリス!」

腹を見せて空中に留まるワイバーンをよそに会話を交わすイザベルとアリス、ユージ。暢気か。

イザベルに続いてアリスが立ち上がる。

その指には、アリスの祖父で貴族のバスチアンからもらった火紅玉の指輪が輝いていた。

『万物に宿りし魔素よ。炎神姫の血脈、アリスが命ずる』

「え? アリス?」

『魔素よ、炎となりて敵を討て。火は 紅(くれない) に、火は 朱(あけ) に。破壊の王が求めるままに、すべてを壊す球と成れ。 炎球(フレイム・ボール) 』

「その、アリス?」

ユージの質問を無視して、朗々とアリスが 詠(うた) う。

これまでの感覚的な掛け声とは違って。

火紅玉の指輪が煌めき、アリスの目の前に20センチほどの小さな炎の球が生まれた。

煌煌と輝くそれは、いつもの火の玉ではない。

「えっと……?」

ユージの動揺をよそに、さっと手を振るうアリス。

炎の球は空に浮かんだワイバーンへ、むき出しの腹へ飛んでいった。

「み、耳とか塞いだほうがいいのかな……」

ユージの呟きに答える者は誰もいない。

炎の球がワイバーンに接する。

ユージの心配は現実とはならず、炎の球はワイバーンの腹の中へと潜り込んでいく。

まるで、バターの塊に高温の玉を押し込んだように。

「あ、爆発はしないんだ。えっと、まだ生きてるみたいだけど、この後は」

エルフのイザベル、そしてアリスは魔法を使った体勢のまま、じっとワイバーンを見つめていた。

ユージの質問は無視である。

そして。

ボフッ! という音が空に響く。

イザベルとアリス、そしてユージの視線の先。

ワイバーンは一瞬、奇妙に身体を膨らませ、そして元の大きさに戻っていた。

目の光、というか目がなくなり、口からボトボトと血を吐いて。

「……えっと? アリス、いまのは何かな?」

体内に潜り込んだ炎の球、くぐもった爆発音、ダバダバとワイバーンの口からこぼれ落ちる血、空中で暴れもせずにぐったりとしたワイバーン。

ユージとて何が起こったのかはわかっている。

それでもアリスに聞かずにはいられなかったようだ。

「えっとねえ」

「アリスちゃん、教えたでしょ?」

「あ、そうだった! えっとねえ、ユージ兄……。きたねえはなびだっ!」

ピンと片手を上げて満面の笑みで宣言するアリス。

イザベルはよくできました、と言わんばかりの笑顔である。

ユージはがっくりと肩を落とす。

はは、どうせまたテッサだろ、などとぼやきながら。

「おーい、イザベルさん! 確認するから魔法を止めてくれ!」

広場に響くブレーズの声で、ユージの思考は現実に引き戻されるのだった。

ブレーズたちが平静でいられたのは、事前にアリスの魔法を見ていたからだろう。

魔法の威力とその後の言葉にショックを受けたのはユージだけだったらしい。

あと、ほらげんきだして、ゆーじがほごしゃなのよ、とでも言いたげにユージの手を舐めるコタローと。

ユージがこの世界に来てから6年目。

ワイバーンとの二戦目は、イザベルとアリスの魔法だけで片がついたようだ。

圧勝である。

というか、もはや一方的な惨殺である。

ワイバーンはドミニク目指して飛んできて、何もできずにただ殺されただけであった。哀れ。