作品タイトル不明
第四話 ユージ、領主夫人たちと自警団について話をする
ユージがこの世界に来てから6年目の春。
ユージの姿は、プルミエの街の領主の館の中にあった。
採用面接である。違う。すでに採用されることは決まっているのだ。
ほかの貴族からの勧誘を避けるため、ユージはホウジョウ村開拓地の文官となることを決めた。
領主夫妻にとってもユージを部下にするメリットは大きい。
ユージはエルフとの交流の窓口なうえに、開拓団団長としてホウジョウ村の開拓を成功させてきたのだ。
領主も領主夫人も代官も広めるつもりはないようだが、領地の中心人物の三人はユージが稀人であることも知っている。
稀人であるユージ本人が希望して辺境に留まり、知識を活かしてホウジョウ村を発展させていく。
ちょっと不作になっただけで困窮する農村もあるほど厳しい辺境にとって、開拓地を発展させられるユージの存在はそれだけで価値があるのだ。
「ユージ、では次に治安維持に関してだ」
文官になることを決めて挨拶に来たユージは、おおまかな仕事内容を聞いていた。
担当するのはホウジョウ村。
ユージの仕事の大枠としては、ホウジョウ村開拓地の徴税と治安維持らしい。
徴税用の書類など、今後取り扱うことになる書類のフォーマットと記入例を渡されたユージは、安堵に胸を撫で下ろしていた。
ざっと目を通してみたところ、それほど難しくはなかったのだ。
10年間引きこもっていて大学中退とはいえ、ユージは20才まで日本の教育を受けていたので。
だが、安心するのはまだ早かったらしい。
いつもと変わらず無表情な代官が口を開く。
「基本的に治安維持は小規模であれば自警団が、大規模な街であれば衛兵が受け持つ。衛兵の場合、文官とは別に隊長がいて指揮をとる。ここまではよいか?」
「あ、はい。前に領主様が開拓地に来た時に聞きました」
「領主様ではなくファビアン様、だ」
「ユージ、レイモンはこう言ってるけどあまり気にしなくて大丈夫よ? あの人、そんなこと気にしてないもの」
プルミエの街の代官にしてホウジョウ村の徴税官・レイモンの言葉を遮る領主夫人。
ムダにユージに流し目である。
自分の言動一つで挙動不審になるユージのリアクションを楽しんでいるようだ。悪女か。まあからかっているだけのようだが。
「……さて。説明したように治安維持と防衛は、基本は隊長となる者の仕事である。予算等は自警団、衛兵からの申請を文官が確認して、額面によっては上司、つまり私か領主夫妻の承認を得ることになるだろう」
「えっと……額面によってってことは、高価な物じゃなければ俺がOKを出すってことですか?」
「おーけー? それがわからんが、そうだ。一定額以下の申請は文官の担当となる」
「その、武器や防具なんかも?」
「うむ。担当地の治安維持に必要なものすべてだ。なに、裁量が許される額はそれほど高くはない。心配することはあるまいよ」
そうユージに説明する代官。無表情ではあるが、どうやらユージが思っていたよりも優しいようだ。
まあ大事な人材を逃がさないためかもしれないが。
ユージの能力はともかく、異界の知識を持った稀人の存在もエルフとの繫がりも貴重すぎるほど貴重なので。
「は、はあ。なんか……すげえ不安。安くても俺の承認だけでOKならなんでもできる、とか言い出しそうな……」
聞こえないほど小さな声で呟くユージ。
そして珍しく慧眼である。
ユージが元いた世界ほど文明が発展していないとはいえ、いや、だからこそ、安くても効果的な武器や防具、罠、作戦はいくらでもある。
ユージが文官となり、いつかホウジョウ村の代官になりそうとなった時から、一部の掲示板住人が燃えているのだ。
防衛作戦込みの都市計画の段階から。
ユージが不安に思うのも当然である。
「それでユージ、いまの開拓地の防衛戦力はどうなっていますの? 自警団はあるのかしら?」
「あ、はい、オルガ様。村長の俺がそのまま防衛団長で、元冒険者のみなさんが防衛団員です。あ、あと普段は狩人の人とか」
「はい! アリスも防衛団員です!」
「そう、アリスちゃんはすごいのねえ」
「オルガ様。ユージさん、アリスちゃんのほかの防衛団員である元冒険者たちについて補足しますと……『紅蓮の炎獄』という元5級冒険者パーティの5名。それと、元3級の『深緑の風』の4名が中心です」
「ああ、そうでしたわ。『深緑の風』は引退して開拓民になったのよね」
「あれ? 『深緑の風』のみんなをご存じだったんですか?」
「ユージ、この街の有力な冒険者はもちろん知っていますわ。街の治安と防衛を預かる者として、戦力は把握していて当然でしょう?」
「あ、そっか、街を出る時、冒険者ギルドに書類を出すって」
「そういうことだ。モンスターの襲来があった場合など、対応してもらう可能性もある。もちろん我らが考える主力は衛兵となるわけだが」
それは王都に行く際にユージが聞いた話であり、王都を拠点にしている1級冒険者のハルが街を経由しない水路で開拓地に遊びに来た理由でもある。
強大な力を持つ冒険者は、冒険者ギルドを通して為政者に所在を把握されているのだ。
治安維持と防衛のために。
「ユージ、では開拓地が大きくなるまではそのまま防衛団を維持するということでいいのかしら? まだ先のことですけれど、村長と団長はユージから誰かに引き継いでほしいわね」
「あ、やっぱりですか」
「ええ。防衛団長はともかく、村長は辞めたほうがいいわ。何しろユージは徴税する側にまわるわけですから、開拓民たちの気持ちがスッキリしないと思うわよ」
「農地の広さ、作物の種類はごまかせない。だが収穫量をごまかそうとする不届き者はどこにでもいる。あるいは裏帳簿をつける商会も、な。防衛団長は継続でも問題ないが、村長との兼任は避けるべきだ」
「まあユージは隠し事ができなさそうですし、開拓民が納得するのであれば兼務でも良いのですけれど。ただ村のうちはともかく、規模が大きくなったら難しいと思うわ」
「はあ、じゃあ考えておきます」
ユージ、いまいちそのあたりの機微に実感がわかないようだ。あいかわらずポンコツである。
「ユージ、言われてすぐは難しいけれど、自警団を仕切る者も団員も用意できますわ。発展して衛兵となってからも」
「え? その、自警団を自分たちでやるのはわかりますけど……衛兵は、その、領主様たちから派遣されるんじゃないんですか?」
「ええ、それも可能ですわ。それに自警団からそのまま衛兵とするのも可能です。そのあたりは私たちとユージの話し合いと、ふさわしい者がいるかどうか次第ね」
「あ、そういうことですか。ちょっとみんなに相談してみます」
「ユージ、急がずとも良い。いまの防衛団以上の組織が必要になるのは、村から街の規模になってからだろう。それまでは現状のままでかまわないのだ」
「そうよユージ。なにしろ元3級が4人いて、元5級が5人。ユージもいまは5級冒険者なのよね? それにアリスちゃんもいて、ワイバーン用のバリスタもある……これ、どうやったら落とせるのかしら?」
「あの、オルガ様。宿場予定地にはお義父さん、いえ、『血塗れゲガス』もおりまして……」
「レイモン?」
「犠牲を覚悟の上、多数で攻めればいけるでしょう。もしくは冒険者ギルドの全面協力を得るか、難しければ補給を断って長期戦で」
「……そうよね、ちょっと焦っちゃった。あ、違うのよユージ? 攻めようとかどうこうしようってことじゃなくて、領地最大の街が最大戦力でありたいもの。ユージに反抗心があるなんて疑ったわけじゃないの」
「はあ、その、特に反抗する気もないですけど……」
素直か。
ユージ、気を悪くするでもなく領主夫人と代官の戦力分析を聞き流していた。
だが、聞き流すだけである。
ユージも、ケビンも。
そう。
開拓地の戦力はこれだけではないのだ。
ユージから攻める場合はともかくとして、攻められた場合は『稀人の保護』という名目で動く可能性がある。
長命種ゆえ位階が上がりまくっている、エルフたちが。
現役の1級冒険者のハルや、魔法ではハル以上の長老たちが。
そもそも代官が最終手段としてあげた『補給を絶って』も成り立たない。
領主夫妻と代官、というかプルミエの街の人々は知らないが、潜水できるエルフの船による水路が存在するので。
ユージはともかく、ケビンは 黙(だんま) りを決め込んでいた。
すでに知られていて領主との交流もあるゲガスはともかく、手の内を明かすつもりはないらしい。
「ではユージ、自警団に関してはどうするか決めて、秋の徴税に行った際に報告を。まあ次の次の収穫までそのままでいいと思うが」
「そうねえ、でも後任は考えておいたほうがいいでしょう。こちらから派遣するにしても時間は必要だもの」
「あ、はい、わかりました」
もしユージがうまいことエルフの協力を得られれば、すでに戦力はプルミエの街を凌駕している。
そんなことは露知らず、領主夫人と代官はユージにアドバイスを送るのだった。
知らぬが仏である。
「ユージさんとのお話は終わりでいいかしら?」
「ええジゼル、それにケビンさん。商売のお話をしましょうか」
「オルガ様、貴族の方に販売予定の高級缶詰のお話を先にしますか? それとも……」
「うふふふ。ケビンさん、また冬の間に新商品ができたのでしょう? 先にそちらを!」
「オルガ様」
「いいじゃないのレイモン! せっかく楽しみにしてたんだもの」
ひとまずこの場では、ユージの今後の仕事の話が終わった。
これまで大人しく見ていたジゼル、ユージの手助けをしていたケビンが身を乗り出して口を開く。
どうやらこれから商談がはじまるようだ。
元々ケビンと領主、領主夫人が約束していたユキウサギの缶詰と、新たに作った衣料品の。
嬉々として新たな商品を紹介するジゼル、この世界にはなかったデザインの服を手に取ってうっとりと見つめる領主夫人、キラキラと目を輝かせるアリス。あとヒラヒラにつられてモジモジするコタロー。
そんな女性陣をユージは見つめるのみであった。代官も。賢明な判断である。
いつの時代もどこの世界も、商品としての服を前にした女性はテンションが高いようだ。
あとヒラヒラを見た犬も。
ユージがこの世界に来てから6年目の春。
ひとまずユージは、文官としての仕事内容を知るのだった。
まあ本格的に働き出すのはまだ先のようだが。