作品タイトル不明
第十九話 ユージ、ホウジョウ村開拓地にエルフたちを迎える
「みんなお待たせ! いつも開けておくわけにはいかないけど……ケビン商会ホウジョウ村支店、開店よ!」
「おおおおおっ!」
「住んでる村にお店ができるなんて!」
「ほら、落ち着いて。使いすぎちゃダメよ?」
「マルクくんがちょっと凛々しくなってる……うふふふ」
森の木々が紅く色づきはじめた秋。
ホウジョウ村開拓地に歓声が響く。
ケビンの妻・ジゼルが針子見習いの女性陣に約束したケビン商会の支店。
建物ができあがり、本日オープンとなったのだ。
いまのところはいつも開店させるのではなく、ケビンやジゼルが来た時などに開けることになっていたが。
広く開いた間口から呼び込みをしているのはジゼル。
今日はケビンとともに店番を務めるようだ。
店舗の入り口横にはケビン商会の専属護衛・アイアスともう一人、犬人族のマルクの姿があった。
二人で店舗を守っているつもりなのだろう。
『強くなりたい』と願ったマルクはプルミエの街のケビン商会や冒険者ギルドで鍛えられていたようだ。
村や開拓地では得られない知識を身につけ、家族以外の大人に囲まれながら日々を過ごす。
少し成長したのか、少年はキリッとした顔で店の前に立っていた。尻尾はブンブン振られていたが。
「こんにちはケビンさん!」
「ケビンおじちゃん、こんにちは!」
「ああユージさん、いらっしゃいませ。アリスちゃんもようこそ」
平置きされた商品を見ながらわいわい盛り上がる開拓民を横目に、ケビンに挨拶するユージとアリス。
ちなみにコタローは店の外をうろうろしている。
売り物が並ぶ商店に入らないよう気を遣ったらしい。できる女である。犬だけど。いや、犬じゃなければそもそも店内に入れるのだが。
「ユージさん、アリスちゃん、いらっしゃい! 商品は少ないけどゆっくり見ていってね!」
「あ、はいジゼルさん」
「ユージさんとアリスちゃんにおすすめなのは……そうですねえ、紙と羊皮紙はいかがですか? 私たちも使うので、商品としても持ってきたんですよ。ペンやインクもあわせてどうでしょう? あとはみなさん読み書きの勉強をしているようですから、教本も入手してきました」
「あ、それは便利ですね! まだボールペンが残ってるから、書く物はいいんですけど……紙と羊皮紙は買っていきます! あ、お金」
「ふふ、ユージさん。ユージさんに渡す予定のお金から引いておきますよ。そろそろこのやり方をやめて、ユージさんは現金を持っておきませんか?」
「あ、そういえばずっとケビンさんに預けっぱなしですもんね」
保存食と服飾品が売れたら、知識を提供したユージにいくらか入ってくる契約となっている。
だが、ユージは必要な時にしか現金を受け取らず、ケビンが物品を用立てた時にそこから引いてもらっていた。
もちろんケビンは書面でユージに収支状況を報告している。
書面上はユージはこの世界でもお金持ちなほうだが、現金はほとんど持っていない。
この世界の通貨は金銀銅でできている。
ユージ、手元に置いておくのが怖かったようだ。チキンか。
まあ銀行 兼 購入代行のケビンが便利すぎたからという理由のほうが大きいようだが。
「ええ。支店ができましたから、開拓民のみなさんがケビン商会の仕事をした分の給金はこまめに精算するつもりですしね」
「あ、そうなんですね」
ホウジョウ村開拓地は、開拓そのものとケビン商会の仕事、二つの業務が重なり合っている。
最近で言うと缶詰生産工場や支店の建設はケビン商会の仕事であり、針子たちの衣料品作りもケビン商会の仕事。
だがイヴォンヌの妹が仕事にしている開拓民の食事の準備など、両方にまたがった仕事も多い。
細かく計算はしていたが、ケビンは支店ができたことを機にきちんと給金を渡していくようだ。
「い、いまの話、本当ですかケビンさん!」
「やった! じゃあアレも買えるしコレも……」
「ちょっと二人とも、いきなり無駄遣いしちゃダメよ! ここは貯め込んでおいて大きく使わなきゃ!」
「……ケビン、大丈夫?」
「……みなさん計算はできるようになったんですけどねえ。お金について教えたほうがいいかもしれないですね」
元冒険者たちは依頼を達成して報酬を受け取り、自分でやりくりしてきた。
身を持ち崩す冒険者も多いが、引退して開拓地に移住した元3級冒険者の4人と元5級冒険者の5人は上手くやりくりしていたほうである。
だからこそギルドマスターにホウジョウ村開拓地への移住を許されたのだが。
ともあれ、元冒険者たち9人にとって金銭の計算は身近な物だった。
だが。
農村で育ってケビン商会で雇われた針子見習いの三人は、いまいちお金の活かし方を理解していないようだ。
「ケビンさん、ジゼルさん、この三人には私が教えます。妹にも教えたいと思ってたし」
「さっすがイヴォンヌちゃん! ところでイヴォンヌちゃん、何か欲しい物はないのか?」
「贈り物はどれにするか」
「チッ、順調なヤツはいいよなあ。くそ、ここらで一発勝負かけようかな」
「やめとけやめとけ。脈がないのに大枚はたいてもしゃあねえだろ」
針子見習いの女性三人組へのお金についての教育は、同じ針子見習いのイヴォンヌが担当することになるようだ。
夜の街で鍛えた手練手管を三人の独身女性と妹に教え込むのだろう。もちろんお金の話である。たぶん。
それにしても元3級冒険者の斥候、イヴォンヌの夫となったエンゾと元5級冒険者の独身男たちは不安な金銭感覚である。
冒険者という収入が不安定な仕事を長期間こなしてきたクセに。
「いいなあそれ。俺も教えてもらおうかな」
「ええっ、ユージ兄も? じゃあアリスも教えてもらったほうがいいかなあ」
ユージ、34才。
人妻に何を教えてもらうつもりなのか。……そこに卑猥な意味はない。
ユージは年齢的には大人、というかいいおっさんだが、お金の管理が不安だっただけなのだ。10年引きこもっていたので。
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アオーンッ、アオーンッ! と、オオカミ、それに返事をするかのようなコタローの遠吠えが森に響く。
「ユージさん、そろそろじゃねえか?」
「どうなのコタロー? 吠えたってことはもうすぐ?」
「ユージさん、コタローさんはしゃべれませんから……」
「くくっ、このやり取りを見るのもひさしぶりだな」
ホウジョウ村開拓地の柵の外。
森には四人の男と一人の少女がいた。
あとオオカミたちとコタロー。
副村長のブレーズ、開拓団長で村長のユージ、ケビン商会の会頭・ケビンとその義父のゲガス、そしてアリス。
五人はじっと森の方向を見つめている。
森の、用水路予定地が続く先を。
季節は秋、開拓地の農地の収穫前。
そう。
今日、ホウジョウ村開拓地にエルフたちが到着する予定となっていたのだ。
西に続く川から開拓地を通る用水路を造るために。
「お、アレじゃねえかユージさん。……は?」
「コレはちょっと……いえそうですよね、みなさんエルフですもんね」
「ケビン、納得すんな。やりすぎだろアイツら……悪ノリしてんじゃねえか」
「えっと……まさか開拓地もこの調子で?」
「うわあ! うわあ! すごいねユージ兄! 土がぼこってへこんだり、ばばって盛り上がったりしてる!」
森の先で起こった光景を見てきゃっきゃと喜ぶアリス。
足下のオオカミたちは興奮しているようで、ガウガウ言いながら駆けまわっている。
コタローだけはただ一匹、悠然とおすわりしていた。さすがボスである。犬だけど。
一方で、四人のおっさんは目を見張っていた。
目の前で地面がうねっているのだ。
魔法だとわかってはいても、その規模は驚くべきものであったらしい。
「あっ! ユージ兄、リーゼちゃんのお祖母ちゃんだ!」
「お、よく見つけたなーアリス。ちょうどよかった、テッサの家族とやり取りもできそう……え?」
「ああ、そんな気はしてたのよ。長老会でノリノリだったからなあ」
「ユージさん、お義父さん。私の目には、リーゼちゃんのお祖母さんのほかにも長老たちらしき人が見えるのですが……」
「ケビンさん。やっぱりそうですよね、あの人たち」
土がへこんで水が通る道となり、へこんだ分の土は左右で盛り上がって土手になる。
おそらく何人かで分担しているのだろう。
ユージたちに歩いて近づいてきながらも、周辺の地面は今もうねっている。
近づくにつれ、面識があるユージとアリス、ケビン、ゲガスは気づいたようだ。
リーゼの祖母、そして二人の長老の姿に。
やがて10人のエルフたちは、ユージたちの目の前にやってくる。
『おひさしぶりです。えっと、みなさんで用水路造りを?』
『うむ。久方ぶりの稀人じゃ。保護の一環でもあるゆえな』
『何をかっこつけておる、リーゼが語る話に惹かれただけのクセにのう』
『うふふ、ユージさん、アリスちゃん。来ちゃった』
パチリと片目をつぶるリーゼの祖母。
ウィンクつきの来ちゃった、である。いちいち古い。だいたいテッサのせいである。
ホウジョウ村開拓地、秋の収穫前。
用水路を造るため、約束通りエルフが開拓地を訪れた。
ユージたちの予想よりも多い10人。しかもリーゼの祖母とあわせて長老が3人。
どうやらエルフたちは本気のようだ。用水路造りに。ユージ宅や稀人が手がけた開拓地の観光ではなく。
まあいずれにせよユージは近いうちにテッサの家族と、嫁であったリーゼの祖母と話をさせる予定になっていたのだ。
手間が省けたといえるだろう。たぶん。