作品タイトル不明
第九話 ユージ、エルフの船で潜水を体験する
『万物に宿りし魔素よ。我が命を聞いて其を動かせ。 水流操作(コントロール・ウォーター) 』
開拓地の西を流れる川、その上流。
エルフの船に乗ったユージたちは、川を遡って滝壺にたどり着いていた。
船首の近くに立ち、両手を頭上に向けたリーゼが朗々と詠唱する。
ユージとアリス、コタローは何が起こるのかと目を輝かせてその様子を見守っていた。
もちろん、ユージの手には動画で撮影中のカメラも。
リーゼが伸ばした手の先には、落差10m、幅5mほどの滝がある。
「リ、リーゼ、ひょっとして……いやさすがにそれは無理なんじゃ」
ユージ、リーゼがやろうとしたことに気づいたようだ。
水の魔眼を持ち、離れた場所でも魔法の起点にできる。
そのリーゼが滝に向かって手をかざしているのだ。何をしようとしているのかユージも気づいたらしい。
だが、ユージの心配をよそに。
轟々と流れ落ちる滝が、左右に割れていく。
「す、すげえ……」
「うわあ! うわあ! リーゼちゃんすごい、すごいよ!」
ユージ、アリス、足下にいたコタローはおおはしゃぎである。
いや、もう一艘の船に乗ったケビンも目を丸くして、口をポカンと開けていた。
当然である。
『ははは、やっぱりお嬢様の水の魔眼はスゴイ! ここまでやらなくてもよかったんだけどね!』
『ハル、あの、そのね』
『はいはいお嬢様、いいところを見せたかったんでしょう? 充分だと思いますよ。ま、潜水は船頭に任せましょうか』
そう言って微笑むハル。
滝を割るのは想定外だったようだが、ハルにとっては許容範囲らしい。
『さて、次はボクががんばりますかね! 万物に宿りし魔素よ。我が命を聞け。風となりて此の場を包め。 空気の泡(エア・バブル) 』
ハルが魔法を唱え、続けてそれぞれの船に乗り込んだ船頭も魔法を唱える。
が、特に変化は見られない。
リーゼが滝を割ったものの、船は船のまま川面に浮いている。
「えっと、ハルさん?」
「ははは、まあ見た目じゃわからないかな。こっちの船はボクが、そっちは船頭が空気の膜を張ったのさ。さあ進もうか!」
「え? 空気の膜? というかハルさん、潜るって、え? ホントにこのまま? その、重りとかは?」
「ユージさん、稀人なんでしょ? 魔法には相性があるし、レベルが低くて魔素が足りなければ使えない。でもそれだけだ。イメージさえできれば可能性は無限だよ、ってね!」
「は、はあ、でもそんな、え?」
ゆっくりと、船の舳先が下を向いていく。
だが。
水面が船の縁を越えても、水はそのままだった。
まるで透明な壁があるかのように。
「う、うわ、マジか」
「うわあ! すごいよリーゼちゃん! 不思議!」
ユージ、アリス、コタロー、隣の船のケビンのテンションは振り切れている。
ユージが手に持つカメラがブレまくるほどに。
空気の膜、あるいは水の壁。
水を遮る方法はともかくとして、重りがなければ沈まないんじゃないか。
めずらしくマトモなユージの言葉をあっさり否定したハル。
イメージさえできれば可能性は無限だよ、と。
その言葉を裏付けるように、船はゆっくりと下を向いて沈んでいく。
船は沈み、いま、水面は船に座るユージの目線の高さ。
ありえない光景に、ユージの目はこぼれ落ちんばかりに見開かれていた。
「ユージさん、あとは船頭とお嬢様に任せてね! 水中じゃ声はまともに届かないから!」
船が沈みきる前、ハルはユージに声をかける。
どうやら水に潜ったら、隣り合う船に声は届かないらしい。
やがて。
船首から船尾へ、頭上にあるフレームまで水に沈む。
遮られた水は、フレームとフレームを結んだ面で止まっていた。
「す、すげえ……なんだコレ……」
ユージ、アリス、驚きっぱなしである。
コタローもハイテンションが続く。が、うれションはしない。淑女なので。
キョロキョロと周囲を見渡すユージ。
上部に二本のフレームしかなく、何も遮るものがない船が水に潜っている。
ありえない光景にユージの興奮も醒めやらない。
『ユージ兄、明かりの魔法を使ってくれる? ちょっと暗くなるから、あれば便利だと思うの』
『あ、うん、わかった。光よ光、この地を明るく照らし給え。 宙に浮かぶ光(ライト) 』
ふよふよと浮かぶ光の球がユージの手の先に生まれる。
とりあえず先頭かな、水中でどうなるかわからないし、と呟くユージ。
生み出された光の球は、頼りなげにふよふよと飛んで、空気に囲まれた船の舳先に着地した。
『ユージ兄、想像するのよ! 水の中でも明かりは消えないって!』
『お、おう、じゃあ試してみるよ』
リーゼの言葉に従って、ユージは思い描く。
水中でも消えない光を。
ユージが思い描いたのは、水中でも使える懐中電灯だったらしい。
ユージは気づかなかったが、ダイビングに使ういわゆる水中ライトである。
「あ、できた」
そんなあっさりしたユージの言葉とともに、光が水中を、船が進む先を照らす。
「ユージ兄もすごーい! アリス、火魔法だからお水の中はちょっと無理だなあ」
リーゼ、ハル、エルフの船頭、ユージの魔法を見たアリス。
いつもは魔法で活躍しているアリスが、自分は役に立たないと肩を落としている。
落ち込むアリスに寄り添うコタロー。どうやら慰めているつもりらしい。
だが。
「あっ! お魚だ! すごいよユージ兄、リーゼちゃん! お魚と一緒に泳いでる!」
アリスはあっさり立ち直っていた。
タフな少女である。
まあ水族館でもなければ、すぐ横を泳ぐ魚など見られるものではない。無垢な少女が興奮するのも仕方あるまい。
ユージが作った魔法の明かりに照らされた滝壺。
その奥、滝の裏側の水中には、洞窟がポッカリと口を開けていた。
「こ、これは……」
『ユージ兄、これがエルフの里に行く秘密の道よ! ね? リーゼ、川の上流にエルフの里があるってわかってても、帰れなかったの』
『そうだね、さすがにこれは無理だろうなあ……』
水中に繋がる洞窟。
現代日本であれば、いくらでも打つ手はある。
まあケーブダイビングなど危険だらけであり、素人のユージが挑戦しても悲惨な未来しか見えないが。
それでも、いちおう器具は存在するのだ。現代日本であったなら。
『あれ? リーゼ、あの洞窟の中、なんか明るくない?』
『ふふふ、ユージ兄。あれはね、光石っていうの! でもちょっと暗いから、やっぱりユージ兄の魔法が役に立ってるわ!』
次第に近づく洞窟を観察するユージ。
どうやら解説役は船頭を務める大人のエルフではなく、リーゼがしてくれるらしい。
ふんふんと頷きながら話を聞き、アリスに向けて現地の言葉に訳すユージ。
あいかわらずその手にはカメラがある。
そして。
ついに、ユージたちを乗せた船は洞窟の中に進入した。
『な、なんかすごい整ってるような……リーゼ、これ、自然の洞窟じゃないの?』
『ふふふ、ユージ兄! それもまだナイショなの! 里に着いたらわかるわ!』
リーゼ、秘密が多い女であるようだ。さすがレディである。
まあその秘密も、隠すまでもなく間もなくわかるのだが。
薄明かりが輝き、さらにユージの光魔法で明るく照らされた洞窟。
30分ほど進むと進行方向に光が見えてきた。
頼りない光石の明かりでもなく、魔法の光でもない。
太陽の光である。
「お、やっと出口かな?」
「もうすぐエルフの里かな? ユージ兄、どんなところだろうね!」
普通の船で水の中を進む。
あり得ない体験に当初こそ興奮していたユージとアリスだが、洞窟の中を10分も進むと次第に大人しくなっていた。
飽きっぽい少女とおっさんである。
まあほぼ同じ景色の洞窟をただ進んでいくだけだったのだ。飽きるのも仕方のないことだろう。
『うふふ、ユージ兄! 洞窟の出口は、上のほうを見ていてね!』
『え? リーゼ、何かあるのかな?』
リーゼのアドバイスにカメラを構え直すユージ。カメラだけではなく、自分の目も洞窟の先に向けている。
ユージの通訳を聞いて、アリスも船の舳先に近づいてじっと洞窟の先を見る。
「あ! ユージ兄、リーゼちゃん! あそこ、たくさん絵があるよ!」
ユージよりも先に、アリスが何かを見つけたようだ。
小さな手を懸命に伸ばして、洞窟の先を示している。
「どれどれ? あ、ほんとだ! アリスは目がいいなあ」
そっと後ろに近づいて、肩先に頭を近づけてアリスの指の先に視線を送るユージ。
近い。
ユージ、9才の少女には自然と近づけるようだ。
「なんだろうアレ……紋章、かな?」
次第に近づいてくる出口。
その上に、リーゼが見せたかったものがあるようだ。
それは、いくつもの紋章だった。
『えっと、紋章? が中央に一つと、左右にたくさん。リーゼ、これはなんだろう?』
『ユージ兄、もうすぐエルフの里なの! だから、里に着いてからね!』
リーゼ、これもナイショらしい。
『気になるけど……まあいいか、もうすぐ着くしね! いやあ、どんなところなんだろう、楽しみだ! それに稀人の情報も……』
ニコニコと笑顔を見せるユージの顔がふっと陰る。
『そうよユージ兄、もうすぐなんだから! 潜るのも終わりで、浮上するわよ!』
ユージの背後にいたリーゼは、その表情に気づかなかったようだ。
いくつもの紋章が刻まれた出口を抜け、船に光が射し込む。
川を通して射し込む光は、ゆらゆらと揺らめいていた。
潜水していた船がゆっくりと浮上していく。
そして。
ザバッと水をかき分け、船が浮上した。
続けてもう一艘、ハルとケビン、ゲガスが乗る船も。
ユージはすぐに前方に目を向ける。
浮上した場所は、泉のようになっていた。
泉の先にはゆるやかな流れの小川が続いている。どうやらこの小川から泉に水が流れてきているらしい。
泉、そして小川の周囲は光を浴びる木々。
ユージたちが暮らす大森林と違い、木々の間隔は広い。どうやらここには人の手が入っているようだ。
そして、小川の上流。
はるか先に、うっすらと門らしきものが見える。
「あれがエルフの里かな……」
ポツリと呟くユージ。
ユージの言葉が届いたのか、あるいはタイミングを計っていたのか。
隣の船に乗っていたハルが舳先に立ち、一行を見渡して手を広げる。
「ユージさん、アリスちゃん、コタロー、それからケビンさん。ここからはもうエルフの領域だよ。だから……ようこそ、エルフの里へ!」
ユージがリーゼを保護してから、およそ半年。
エルフの少女の『お話のような大冒険』は、間もなく終わりを迎えるようだ。