軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 ある掲示板住人のお話 八人目

此処ではない何処かに憧れた。

女は、物語が好きだった。

本を読み、マンガを読み、アニメを見る。

『物静かな子』として学校生活を送り、そして。

「お父さん、私、大学じゃなくて服飾の専門学校に行きたいの」

「……そうか。サユリも女の子なんだなあ」

あっさりと父親が認めたのは『若い女の子らしからぬ落ち着き』を見せる娘が、いかにも女の子らしいことを言い出して安心したためだろうか。

女の希望は、拍子抜けするほどあっさりと認められた。

いくつかの資料と学校見学、両親との話し合いを経て進学先が決まる。

まあ決め手は実家がある朝霞から一本で通えるから、だったようだが。

女は、服飾を学ぶことにした。

此処ではない何処かに憧れて。

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服飾の専門学校で、女は浮いていた。

そこにいたのは服が大好きな人たち。

女の父がイメージした『女の子らしい女の子』と男たちだった。

女は流行のファッションを追いかけず、我が道を行っていた。

講師陣から評価は高かったものの、同級生からの受けはよくない。

まあ女も気にしていなかったようだが。

いつしか女は、趣味に没頭するようになっていた。

此処ではない何処かを思い描き、そこで人々が着ている服を想像して、自分で作る。

着るのは自分の部屋の中。

なんらかのキャラクターの衣装を着ているわけではないが、それは確かにコスプレなのだろう。

藤野 小百合、22才。

のちのコテハン、『趣味はコスプレ』である。

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「お待たせしました。オリジナルブレンドの珈琲です」

カチャリ、とわずかに音が鳴る。

池袋駅東口を出てわずかに北へ。

雑居ビルの階段を降りた地下一階。

女が服飾の専門学校に通っていた頃からはじめたアルバイト。

専門学校を卒業しても、女はフリーターとして珈琲店でアルバイトしていた。

フリーターである。

服飾の専門学校に通っても、就職先が潤沢にあるわけではない。

それはデザイナーだろうがパタンナーだろうがバイヤーだろうが同じ。

希望者は多く、募集は少ない狭き門なのだ。

もっとも女はまともに就職活動をしなかったようだが。

地元ではなく池袋でバイトするのを選んだのは、きっと通っていた学校が池袋にあったからだろう。

バイト帰りにアニメ○トに寄れるとか、すぐそばにユザ○ヤがあるためではないだろう。たぶん。

あるいはバイト先の店の雰囲気と制服で選んだのか。

女が働く珈琲店はこだわりの店である。

珈琲一杯で1000円前後。

超高級店である。

どこかレトロな雰囲気の内装。

そして、お店の名物にもなっている女性店員の制服。

黒を基調にしたロングスカート、白いエプロンとホワイトブリム。

クラシカルなメイド服。

あるいは『給仕の制服』と言うべきか。

メイドが売りなのではなく、レトロな空間に溶け込んだ。

此処ではない何処か。

店の雰囲気、女性店員の制服。

そこはまるで、現代の日本ではないようで。

女がバイト先を決めたのは、そのせいなのだろう。

いや、1000円を余裕で超える時給がおいしかったのも確かだが。

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それは必然だったのかもしれない。

別世界、異世界、服。

自身の世界観やコスプレを披露することはなかったが、女は何度もネット検索していたのだ。

参考資料を探すために。

同好の士を探すために。

「うそ、なにこれ……」

そして女は、スレを見つけた。

【ユージ街へ行く】10年ぶりに外出したら自宅ごと異世界に来たっぽいpart39【3ヶ月ぶり2回目】

異世界に行ったユージがプルミエの街を訪問した二度目、帰ってきて報告したスレである。

そこには、女が夢見た世界があった。

此処ではない何処か。

魔法があり、さまざまな種族がおり、モンスターがはびこり、人々が暮らす。

人がいて、獣人がいて、ドワーフがいて、幼女がいて、犬がいる。あとユージ。

まあユージはどうでも……いなければ報告されないので重要人物である。

「異世界で売る服……異世界の布で、技術で……デザインとパターンと……ふふ、ふふふふふ」

危ない女である。

違う。

ついに女は見つけたのだ。

此処ではない何処かを。

「ああもう! コイツら! デザインを型紙に落とす大変さ知ってんの? もう! もう!」

ハイテンションである。

『物静か』な女は、ちょっと壊れてしまったようだ。

仕方あるまい。

昔から焦がれていた異世界と思わしきものとネットごしに繋がり、さらにこれから服を作るというのだから。

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ユージのスレを見つけて以降、女はバイトの合間に過去ログを漁りまくる。

そしてバイト終わりにユザワ○に通う日々であった。

「あの世界観なら……足こぎミシンもないみたいだし……」

と、ブツブツ呟きながら。

危ない女である。

「よし、書き込もう。というか、みんなパタンナーを神格化しすぎだし! 好き放題にデザインあげて、こんなの作れるわけないじゃない!」

これまで女は一度書き込んだが、その時は『名無しのニート』であった。

女はフリーターだが。

ついに女は、コテハンをつけて書き込む。

パタンナー神格化しすぎなんですけど、と。

以降、女は充実した日々を送る。

池袋のレトロな珈琲店で勤務し、前後に○ザワヤで試作用の糸や布を買い漁る。

時にア○メイトに行って、ユージがいる異世界に近い設定の本やイラスト集を購入する。参考資料として。

掲示板や『無料デザイン・型紙投稿&ダウンロードサイト』に投稿されたデザインのパターンをおこし、自らもデザインを投稿する。

日々充実した女が漏らす自然な笑顔に、珈琲店の常連も増えていた。いかに可愛かろうが、通うのは大変なのに。珈琲一杯1000円前後のお金を払えるリッチマンどもめ。

女の転機は掲示板を発見した時。

そしてもう一つ。

「花嫁衣装、なのかな。顔もサイズもわからないのがなあ」

ぶつくさ言いながらも、女は嬉々としてデザインをはじめる。

それは、ケビンが婚約を申し込むために製作を依頼した絹の布を使ったドレスのデザインであった。

まあようやくデザインを終えて、掲示板にアップしたタイミングは最悪だったのだが。

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「ウソでしょ、すごい……たしかに元は私のデザインだけど……」

モニターに映るデザイン画を見て呆然とする女。

独り言の多い危ない女である。

違う。

自分が描いたドレスのデザイン画を、アメリカ在住のプロが描き直してくれたのだ。

ベースはそのままに、ミシンもなく織も染色も限られた異世界で実現できるよう、再現性を高めて。

基本は学んだが、女はプロではない。

自作はするが、専門学校の課題以外で他人に着てもらう服を作った経験もない。

プロが手を加えたデザインは、女を驚かせるのに充分だった。

修正されたデザイン画には、フリーメールのアドレスが添えられていた。

元のデザインをした人と連絡が取りたい、と。

日本語で構わないからメールしてくれ、と。

迷ったのは一瞬。

手の震えを抑え、女はメールを送る。

自分だと証明するために、掲示板にアップしなかった別バージョンやボツ案を添えて。

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そこから女は多忙な日々を送る。

開拓地ではじまったドレス作り。

ユージに撮らせた画像を見つつ、アメリカ在住のパタンナーと連絡を取って指示を出す。

パタンナーには翻訳者がついたのか、日本語でのメールのやり取りもスムーズだった。

ドレスは徐々に形になり、冬の終わり。

掲示板にいくつかの画像がアップされた。

雪景色が残る中、ドレスを試着したセリーヌの姿である。

知らず、女は涙を流していた。

「だめ、まだ早い。これはケビンさんの想い人のドレスなんだから。本人に着てもらわないと、まだ完成じゃないもの、うん」

涙をこらえてモニターに目を戻す女。

掲示板の書き込みが目に入る。

美しさを褒めたたえる住人、もっと画像を寄こせとリクエストする住人、アリスちゃん用を、いやいや先にリーゼちゃん用をと盛り上がる住人たち。

開拓民の絶賛と、春になったら絹じゃない布でいくつも作ることになりそうだというユージの報告。

女の涙腺は崩壊した。

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朝霞台駅ではなく、すぐ隣の北朝霞駅へ向かう女。

バイトに行くのではない。

「京浜東北か埼京線か……あ、浦和から湘南新宿ラインで一本で行ける。ラッキー」

スマホの乗換案内で検索した女は、ご機嫌な様子であった。

どうやら大宮から新幹線は使わないようだ。

実家暮らしとはいえ、バイト戦士なので。

目的地は宇都宮。

第三回キャンプオフであった。

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「映画化、衣装で協力しないか、か。どうしようかな……」

キャンプオフを終えて、帰りの電車の中。

女は独りごちる。

電車の中で独り言だが、問題はない。

宇都宮線のボックス席には一人しかいなかったので。

たぶん問題はない。

やり取りはしていたが、初めて会ったアメリカ人のパタンナー。

パタンナーというか、映画衣装を手がける女性。

片言の英語と、時に通訳を挟んだ会話は弾んだ。

女は初めて『現代ではない世界観と、それに相応しい衣装』を表現する人物と出会ったのだ。

それも、一流の。

そして彼女からコッソリ告げられた言葉。

ユージさんの物語が映画になる。

よかったら、衣装作りに参加しないか、と。

自分は趣味レベルだからと言う女に、アメリカ人女性は告げる。

ユージさんの掲示板を見てたなら、もう世界観はわかってるでしょ? そこを理解してもらうのが大変なのよ、と。

「気負わなくていい、使えそうならデザインでもアイデアでも買い取るし、気軽にやってみない? か。うーん……」

ふたたび女が口を開く。

独り言である。

「うん、まあ使われなかったらあのサイトにアップしてユージさんたちに任せればいい。やってみよう!」

そう言ってきゅっと拳を握る女。

どうやら挑戦することを決意したようだ。

もちろん独り言である。

ドアの横、短いベンチシートに座るおっさんが怪訝そうに女を見ていた。

通報はしなかったようだ。

幸いである。

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コテハン、趣味はコスプレ。

服飾の専門学校を卒業し、現在は池袋駅東口近くの珈琲店で、クラシカルなメイド服を着てバイトするフリーター。

自らは『趣味はコスプレ』と名乗るも、実際の趣味は妄想した世界観に合う衣装作り。

自分で作った衣装を着るコスチュームプレイではあるが、キャラクターに扮する『コスプレ』とは違うのかもしれない。本人は気づいていないようだが。

掲示板を発見してからは、知識を活かしてデザインとパターン製作に取り組む。

ケビンが結婚を申し込むためにジゼルに贈ったドレスをデザイン。

それがきっかけで、アメリカ組の衣装担当から声をかけられる。

以降、彼女にデザイン案を送っていくつかは採用されることに。

デザイン料として振り込まれた金額に、女は目を見開いたという。

ユージが異世界に行ったことをきっかけに、『此処ではない何処か』を見つけた女。

ある掲示板住人の、ちょっとした物語であった。