軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十八話 ユージ、サクラと取材日程について打ち合わせる

とある一軒の家、その二階。

一人の男がのそりとベッドから起き上がる。

フローリングに足を置いて立ち上がる男。

と、急にその場でヒザを軽く曲げ、伸ばす。

ギシッと鳴った。

男のヒザではなく、床が。

部屋の中央にいた男がパソコンデスクに目を向ける。

パソコンデスクは部屋の角に置かれていた。

デスク前面は家の外側の壁、左の側面も壁に接している。

壁から離れているが、イスはデスクに合わせてすぐ左が壁。

イスの左の壁の向こうは、男の妹の部屋である。

壁の向こうには妹のベッドが置かれていた。

壁一枚 隔(へだ) てて。

内壁一枚隔てただけで。

男も妹も、昔からこの配置。

「あああああ! ウソだろ、夢じゃなかったのか! おお、おおおお……」

しゃがみこむ男。

ガバッと跳ね起きるコタロー。

ユージ、34才。

さわやかな春の朝であった。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

「みなさんおはようございます」

『ユージ兄、おはよ! 遅かったじゃない』

『おはようユージさん! なんかガタガタ音がしてたけど、どうしたの?』

「ユージ兄、大丈夫? なんか暗いお顔してるよ?」

「ユージさん、遅かったので朝食は私が作ってみました。ユージさんもどうぞ」

ユージの家のダイニングでは二人の男と二人の少女が朝食をとっていた。あと犬。床で。

エルフのハルとリーゼ、アリス、ケビン、コタロー。

どうやら今朝の朝食はケビンが作ったらしい。

「ああ、すみませんケビンさん。キッチンの使い方わかりましたか?」

「ええ、アリスちゃんに教わりましてね。すいません、ユージさんがなかなか出てこないので心配になって見に来てしまいました」

ケビンはユージの家に一度泊まって以降、その後は開拓地でジゼルと一緒に生活している。

今日はいつになく遅いユージを心配して、 家(・) に(・) 見(・) に(・) 来(・) た(・) ようだ。

「あ、そっか。ケビンさんももう一人で入ってこれるんでしたっけ」

「ユージさん、ボクもね!」

そう。

図らずも、ハルとケビンを家に泊めたことで判明したこと。

ユージの家に一泊してから、ハルとケビンはユージと手を繋がずとも謎バリアを通れるようになっていた。

たとえ武器を持っていても。

まあ二人とも家の中で武器を身につける趣味はないようで、ハルは割り当てられた自分の部屋に置きっ放しているが。

「けっきょくなんなんでしょうねえ。イマイチこのバリアがわからないんだよなあ」

「ユージさん、リーゼの眼で見たらこのバリアは魔素でできてるって! まあ何かわからないのは変わらないんだけどね!」

「同じようなものは、会頭が一度見たという稀人の建物を囲う結界ぐらいですからね。ユージさん、いつか見に行きますか? 会頭もヒマになったようですし」

「うーん、考えておきます」

長命種で300才近いというエルフのハル、見識のある商人のケビン、様々な国を渡り歩いたゲガス。

いくつかの情報があったものの、謎バリアも家の機能も正確なところは不明。

掲示板住人たちの検証も推測の域を出ない。

住人が手を引けば入れる、一泊すれば以降は制限なく入れそうだということはわかったが、害意があった場合はどうなのかもわからないのだ。

二人が自由に入れることに危機感を抱く掲示板住人たちも多かったが、ユージは二人を止めなかった。

一冬預かったものの、まだ12才のリーゼの保護者・ハル。

ユージがこの世界で生きていくうえで助けになった商人・ケビン。

ユージにとって、保護したリーゼにとって大事な人だから、と考えてのことのようだ。

お人好しである。

いや。

引きニートをはじめた頃から15年が経って。

ようやくユージは大人を信頼しはじめたのかもしれない。

いまやそのユージも34才のおっさんだが。

「ユージ兄、今日は何するの?」

「アリス、今日はちょっと用事があってね。アリスはリーゼと一緒に遊んでてくれるかな?」

「はーい! 『リーゼちゃん、今日は一緒だって!』」

『そうなの! じゃあリーゼ、アリスちゃんにエルフの言葉を教えてあげる!』

「ハルさん、二人をお願いします。コタローもよろしくね!」

「わかりました! まあお嬢様もアリスちゃんもいい子ですからね、ラクなもんですよ!」

二人の少女のお世話を笑って請け負うハル。

足下ではコタローもワンッ! と鳴き声をあげる。いもうとぶんはまかせなさい、と言いたいようだ。保護者気取りである。犬なのに。

「ユージさんはどうするんですか?」

「あ、俺はちょっと家でやることがあるんです」

「ユージ兄、ぱそこんするの?」

「お、よくわかったなーアリス。えらいえらい」

ぐりぐりとアリスの頭を撫でるユージ。

きゃーきゃーとイヤがる素振りを見せながらも嬉しそうなアリス。

9才になったアリスだが、このあたりはまだ変わっていないようだ。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

「ふう。さてっと」

パソコンデスクとユージのベッドは朝とは違う位置に配置されていた。

ユージの上がった身体能力をもってすれば、家具の移動も余裕だったようだ。

ちなみに模様替えの際、ユージはパソコンの電源を抜かなかった。

さすがにそのリスクを冒すことは諦め、少し壁から離した場所に移動するだけにしたらしい。

イスに座ったユージはパソコンを立ち上げる。

続けてソフトをダブルクリック。

Sky○eである。

サクラを呼び出すユージ。

音声は聞き取れないため、通話ではなくグループチャットであった。

サクラ:お兄ちゃん!

ユージ:サクラ、その、すまん

サクラ:もういいよ。でももう二度としないでね? 作るのに実物が見たい気持ちはわかるけど、ぜったいダメだから!

ユージ:お、おう。

さっそく謝罪するユージ。

が、本題はそれではない。

むしろ本題がなかったなら、昨日の今日でユージがサクラと連絡を取ることはなかっただろう。

ユージはそれなりにショックを受けていたのだ。

サクラ:お兄ちゃん、それで日程だけど、一ヶ月後からで大丈夫?

ユージ:うん、エルフの里は王都より近いみたいだし、リーゼを送ったらひとまず帰ってくるつもりだから

サクラ:そう、じゃあそれで調整するね

ユージ:そっちこそそんなに先で大丈夫? そりゃリーゼちゃんを早く家族の下に帰してあげたいけどさ

サクラ:うん、こっちもいろいろ準備があるみたいだから

ユージ:わかった、じゃあ帰ってきたらね

サクラ:お兄ちゃん、それまでにキレイにしておきなよ! って異世界じゃムリか

ユージ:え? ま、まあケビンさんに選んでもらった服があるし、用意しておくよ

サクラ:それだけじゃ……まあしょうがないか!

ユージ:それよりサクラの体調はどう? その、そろそろなんだろ?

サクラ:もう安定してるからね! 順調だよー。一ヶ月後だと、たぶん私はインタビューの場にいないと思う!

ユージ:え?

サクラ:ちょうどその頃だから! でも心配しないでね、いない時はジョージが通話に出て、インタビューも通訳もプロの人がつくから!

ユージ:だ、だいじょうぶかなあ……

サクラ:お兄ちゃん、私がいたってどっちにしろ通訳はプロの人だよ?

ユージ:あ、そうなんだ

サクラ:そりゃこっちで仕事してるわけだしビジネス英語もわかるけど、特殊すぎるもの! 魔素とか英語でなんて言うのよ、馬車とか盗賊とか跳ね橋とか、いまは使わないような言葉も自信ないしさ

ユージ:そういうもんかねえ

サクラ:まあプロの人だからその辺は心配しないでね!

ユージ:了解。それにしても……そっか、俺ももうすぐおじさんか

サクラ:お兄ちゃん……34才はもう充分おじさんだよ?

「ぐっ! そうだよなあ……」

サクラの言葉にダメージを受けるユージ。

引きこもっていたせいで社会経験は乏しい。外国人から見ると幼く見える。

だが、それでも。

34才のユージはおっさんである。

否定しようもない事実である。

サクラ:お兄ちゃん、ショックかな?

ユージ:まあちょっとね。歳とったなあ……

サクラ:それもだけどさ、その、旅の途中で

ユージ:ああ、そのことね。夜寝れなかったり夢に見て目が覚めちゃったりはあるけど

サクラ:お兄ちゃん、あんまり気にしないようにね

ユージ:え?

サクラ:ほら、私はいまアメリカに住んでるからさ

ユージ:うん、それはもちろん知ってるけど

サクラ:私は危ない目にあったことないけど……ジョージなんて、なんでユージさんが気にしてるのかわからないって

ユージ:おおう、怖すぎだろアメリカ人

サクラ:私が襲われたら、襲ってきた人を迷わず撃つよって。誇りに思うし恥じることはないって

ユージ:マジかよ……

サクラ:うん、ひさしぶりに価値観の違いを感じちゃった

ユージ:……

サクラ:グランパがテキサスの人だから余計かもしれないけどね。でも、やっぱり気にすることはないと思う

ユージ:そんなもんかなあ……

サクラ:お兄ちゃん、気をつけないとやっぱりこっちも危ないの。ううん、日本がすごく安全なだけなのかもしれない

ユージ:そっか……

サクラ:だから気にしないで。お兄ちゃんがあそこでやらなかったら……後ろにはアリスちゃんもリーゼちゃんもユルシェルさんもいたんでしょ?

ユージ:うん

サクラ:三人を守ったの。だから私も言うよ、お兄ちゃんはよくやったって

ユージ:……

サクラ:これからもアリスちゃんを守ってね。みんなを守ってね

ユージ:サクラ、ありがとう

サクラ:うん。あ、そろそろ夕飯だから。またメールするね

ユージ:おう、じゃあエルフの里に行く前にメールするから。また

サクラ:またねお兄ちゃん!

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

「みんなを守る、か。そうだよなあ……開拓団長で村長で……リーゼが里に帰るまではエルフ護送隊長なんだし、うん」

ユージ、34才。

ニートの定義ギリギリの男は、あらためて今の自分の職業を自覚したようだ。

ユージが就いている三つの職業はいずれも『危険を排除する』責任を伴うものである。

モンスターを殺し、賊を殺す。

自分でやるにせよ人にやらせるにせよ、そうして安全を提供しなければならない職業である。

王都への旅で童貞を捨てたことは、必要なことであったのかもしれない。

あいかわらず違うほうの経験は、大学生の頃の一度のままだが。

仕方あるまい。

ユージのまわりには、少女か人妻しかいないのだ。

ようやく開拓地にも独身女性がぼちぼち増えてきたが。

ユージの趣味である逸材持ちはいないようだった。

「ひとまずはエルフの里への旅だ! 時間もバリアも稀人もインタビューも、ぜんぶそれから! 長生きなエルフはいろいろ知ってるかもしれないしね!」

そう言ってイスから立ち上がるユージ。

先送りである。

長としての自覚は一歩進んだが、そのあたりは変わらないようだ。

まあ情報が足りない今、考えたところでムダではあるのだが。

ユージがこの世界に来てから5年目の春。

長い春も後半を迎え、初夏の足音が近づいている。

ユージがふたたび旅に出る日も近い。