軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十話 ユージ、シャルルの決意を聞く

王都からプルミエの街までの旅路、その出発を三日後に控えた日の夜。

アリスとシャルルの祖父・バスチアン侯爵の応接間に、ユージたちの姿があった。

ソファに座ってくつろぐバスチアン、その後ろに控える執事・フェルナン。

ユージ、アリス、コタロー、リーゼ、シャルル。

ケビン、リーゼの護衛として同行しているギルドマスターのサロモン、エルフの冒険者・ハル。

狼人族のドニもシャルルの近くに座っている。

11人と一匹の大所帯だが、問題にならないほど応接間は広い。

「もし儂のもとへ来るとなれば……そうじゃな、アリスは様々なことを学ぶ学校に通うことになるじゃろう。シャルルはその先、貴族向けの学校じゃな。事前にいろいろ学ばねばならんが……」

「学校……そういえばフェルナンさんがあるって言ってましたっけ」

「ユージさん、学校も初代国王の父が発案したことです。8才から12才までは共通の学校へ。12才から15才までは各ギルドがやっている専門学校へ。この前エンゾさんが受けていた依頼も、冒険者ギルド学校の臨時講師だったようですね」

「そうなんですねえ。学校はプルミエの街にもあるんですか?」

「共通の学校のほうはいちおうありますね。ただ王都と違って辺境は余裕がありませんから、通っている子は少ないですが」

「知らなかった……。それで、シャルルくんとアリスはどうしたい? バスチアン様はいますぐ決めなくてもいいと言ってくれてるけど」

隣に座るアリスとシャルルに目を向けるユージ。

心は不安で波立っているが、表面上は取り繕っている。まあユージの顔色は悪く、大人たちにはバレバレであったが。

先に口を開いたのはシャルルだった。

「……ユージさん、ちょっとだけ、アリスの耳をふさいでください。聞かせたくないことがあるんです」

「シャルル兄?」

「え? うん、いいけど……アリス、おいで」

そう言ってアリスを自分のヒザの上に乗せるユージ。

アリスの耳に手を当てて、耳を塞ぐ。

「ドニ、隠さないで教えてほしいことがあるんだ」

「……なんだ?」

「盗賊に捕まった人は、どうなったの? アンフォレ村の人は? それに、その後にもいたよね?」

「チッ、覚えてたのかよ」

「うん、ぼんやりとだけど、誰かいたことは覚えてる」

目を見開くユージ。

ケビンとサロモンは小さく首を振っている。

静寂に包まれる談話室。

沈黙を破ったのは、バスチアンの後ろに控える執事だった。

「バスチアン様、発言をお許しください」

「うむ、許す」

「シャルル様、私はドニ様と同行したため、警備隊に語った内容を聞いております」

「おい、てめえ!」

「ドニ様、シャルル様は気づいてらっしゃる様子です。お伝えしたほうがよろしいかと」

その言葉にコクリと頷くシャルル。

青ざめているが、瞳には熱がこもっていた。

「アンフォレ村で捕らえられたのはお二人を除いて5名。それから、盗賊団が壊滅するまでに捕らえられたのは4名。時期の差はありますが、殺されるか売られたそうです」

「そう、ですか。それで、売られた人たちはどうなりましたか? 買った人は捕まりましたか?」

「ドニ様が解放されてからも警備隊は情報を追っておりました。ですが、時間も経っております。売られた人がどうなったかは不明。買った側も、足取りは途絶えているそうです」

その言葉を聞いて、シャルルがギリッと奥歯を噛み締める。

ふたたび静寂に包まれる談話室。

今回の沈黙を破ったのは、シャルルだった。

「ドニ、ケビンさん。盗賊は、盗んだり奪った物をどこに売ってたんですか? フェルナンさん、その人たちは捕まりましたか?」

「シャルルくん、盗品を売買できると言われている場所は私も知っていますが……」

「シャルル様、捕まっておりません。盗んだ物だとわからなかったと言われれば、罪に問うのは難しいのです。確たる証拠があれば別ですが」

シャルルの質問に、ごまかすことなく正直に答えるケビンとフェルナン。

その答えを聞いて、シャルルは組んだ手に視線を落とす。

やがて。

「ユージさん、もうアリスの耳をふさがなくていいですよ」

静かな声で言うシャルル。

「シャルル兄、どうしたの?」

「アリス、ボクは決めた」

下に向けていた目線を上げて、シャルルは正面に座ったバスチアンを見る。

顔色は悪い。

だが、その目には強い意志がこもっていた。

「おじいさま、いえ、バスチアン様。ボクを貴族にしてください」

「え?」

「シャルル兄?」

「シャルル、てめえ……」

「ふむ……シャルル、なぜじゃ? なぜ貴族になりたい?」

「ボクは、こんな思いをする人をなくしたい。アリスもボクも、バジル兄もお父さんもお母さんも。村長や、村のみんなや、ドニだって!」

シャルルが叫ぶ。

その叫びを聞いたバスチアンは、ただの好々爺から貴族の顔に変わっていた。

「盗賊は死んだ! でもそれだけじゃないか! 盗んだ物で儲けたヤツも、人を買ったヤツも捕まらないなんて! それじゃ何も変わらない!」

「シャルルくん……」

「それじゃ、また盗賊が出てくる! ボクたちみたいな人がまた出てくる!」

「シャルル。たとえ貴族になってもそれは難しいのう。怪しげな店も人を買う者たちも、たどれば裏社会や貴族に行き当たるじゃろう」

「それでも! ボクは、こんな思いをする人をなくしたい! アンフォレ村で最後にする。盗賊は殺す。罪を犯した者は許さない。たとえそれが、貴族であっても」

拳を握りしめ、シャルルはバスチアンを見つめていた。

「シャルル。その道は血塗られた道ぞ。殺し、殺され、領民すら手にかけねばならぬ時もある。情けない話じゃが、不作で困窮すれば盗賊に身をやつすこともあるからの。裏社会はもちろんとして、貴族が敵になることもあるじゃろう。覚悟はあるか?」

すうっと目を細め、シャルルの目から視線を離さずバスチアンが問いかける。

「シャルル。罵られ、恨まれ、殺し、殺される覚悟はあるか?」

シャルルに覚悟を問うバスチアン。

それは、12才の少年に問うには重い質問であった。

それでも。

少年は、視線を逸らすことなく侯爵に答える。

そ(・) の(・) 瞳(・) に(・) 、 炎(・) を(・) 宿(・) し(・) て(・) 。

「はい。みんなが幸せに暮らせるなら、ボクはどうでもいい」

「ふむ……」

「おじいさま、バスチアン様。だから、ボクを貴族にしてください。アリスは……」

「その道を行くのならば、共にあれば狙われることになるのう」

シャルルの表情に何を見たのか。

バスチアンの言葉に何を思ったのか。

「シャルル兄、は、いなく、なっちゃうの? アリス、アリスを、おいていくの? また、あの、森のときみたいに、また」

小さな手でシャルルの袖を握るアリス。

その目にはこらえきれない涙が浮かんでいる。

「アリス、お父さんとお母さんがいつも言ってただろう? 盗賊には気をつけなさいって。もしみんなで逃げられなかったら、逃げられた人は、一人でも幸せになるんだよって」

「シャルル、兄……」

「だから、アリスは幸せになるんだ。ユージさんと、コタローと、リーゼちゃんと」

アリスの頭をそっと撫でるシャルル。

それは、かつての少年が持っていた優しさ。

盗賊に捕まる前、苛烈な決意を表に出す前の。

「よかろう、シャルル。その身、その思い。このバスチアンが引き受けよう」

「おじいさま!」

「ユージ殿、アリスを頼む。儂は……シャルルと修羅の道を行こう。なに、老い先短いこの命。孫のために使ってみせようぞ」

「シャルルくん、バスチアン様……はい。アリスは、必ず幸せにします」

侯爵と少年の会話を見守っていたユージ。

アリスを託すという言葉に頷き、誓いを口にする。

ユージの足下でワンッと吠えるコタロー。ありすはまかせなさい、と言っているかのようだ。頼れる姉貴分である。犬だけど。

わずかに弛緩した空気が応接間に流れる。

そんな中、立ち上がって扉に向かう一人の男。

「あれ? ドニさん? トイレですか?」

トイレですか、ではない。

先ほどうまいこと会話の流れに乗れたのが嘘のような空気の読めなさである。

「ドニ、どこに行くつもり?」

その男に守られた少年も続けて問う。

「なあに、シャルルもアリスも新しい群れを見つけたみてえだからな」

「ドニ、ちゃんと答えてくれ。どこに行くつもり?」

少年はあえて踏み込む。

「シャルル……俺ァな、群れを守れなかった。狼じゃなくてただのイヌッコロよ。だから適当に生きて、適当に死ぬのさ」

振り返らず、扉に顔を向けて吐き捨てるドニ。

そんなドニに向けて、ガウガウと吠えるコタロー。いぬっころをなめんじゃないわよ、と言いたいようだ。だがその言葉は誰にも伝わらない。イヌッコロなので。

「ああそうだ、ユージさん。この鼻と耳、開拓地で役立たねえかな? 狩りと解体の知識もあるぜ」

ユージに言葉をかけるドニ。

その声に覇気はない。

そして、ユージから答えが出ることはなかった。

ふたたび少年が叫ぶ。

「逃げるのかドニ!」

「シャルル……」

「狼人族は……狼人族は、群れを守るために戦って、死んでも殺すのが誇りじゃないのか!」

少年は叫ぶ。

そ(・) の(・) 瞳(・) を(・) 赤(・) く(・) 燃(・) や(・) し(・) て(・) 。

「シャルル、あの時の言葉が聞こえてたのかよ……」

ようやく振り返るドニ。

少年と向かい合う。

「だからドニ! ボクのために戦え! ボクのために死ね!」

ドニが、バスチアンが、ユージが目を見張る。

それは傷付いた少年の姿ではなく。

信念を持ち、胸を張って叫ぶ少年は、まるで貴族のようで。

「立派になったなシャルル。そうか、お前の群れに入れってことか……」

その姿を見せられ、言葉を向けられたドニは、生まれて初めて最上級の礼をする。

獣人にとって最上級の礼。

国王にすら「そこまでやらずとも良い」と許されている最上級の礼である。

その姿勢のままドニが口を開く。

「シャルル。いや、シャルル様。狼人族のドニ。流れ者の我が身なれど、シャルル様に忠誠を。御身のために、この命を捨てましょう」

それは、主従の誓い。

どうやらドニは、ふたたび自らのボスを見つけたようだ。

獣人がとる最上級の礼を見た大人たちは驚いていた。

侯爵であるバスチアンも、商人として経験を積んだケビンも、元1級冒険者でギルドマスターのサロモンさえ、初めて見るものだったのだ。

存在は知られているが、そこまで見せるほど忠誠を誓うケースは稀であった。

そして、ユージもコタローも驚いていた。

え、なんか腹見せて寝っ転がってるだけなんだけど、と。

なにこの男みせたぜみたいな空気、と。

異世界において獣人の上位者への礼は、立ちヒザで手を上げてお腹を見せること。

最上位の礼は、仰向けで横になって手足を曲げ、お腹を見せることのようだ。

絵にならない礼であった。