軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 ユージ、旅の五日目に難所を迎える

「これはなかなか……ケビンさん、降りましょうか?」

「うーん、まあ大丈夫でしょう」

ユージたちがプルミエの街を出てから五日目。

王都への旅は難所を迎えていた。

峠越えである。

四番目の宿場町・ヤギリニヨンで替えた馬は、坂道をゆっくり登っていた。

隊列はこれまでと変わらず、前方に騎乗したケビンの専属護衛の二人。

幌馬車のうしろには、エルフの少女・リーゼの護衛として同行している冒険者ギルドマスター・サロモンの姿がある。

サロモンも馬に乗っているが、これまでと違って馬車のすぐ後ろを走っているわけではない。やや斜め後方の位置取りであった。

「お馬さん、がんばれー!」

「がんばれ!」

幌馬車の中にはアリスとリーゼ、針子のユルシェル。

二人の少女は馬車を引く馬に声援を送っていた。リーゼもアリスに習った現地の言葉である。

コタローは馬車の荷台から降り、先頭で元3級冒険者の斥候・エンゾと併走して警戒態勢である。

五日目の今日は、峠を登り切った先にある広場で野営。

六日目には峠を下りて最後の宿場町へという日程であった。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

「峠越えってなかなか大変ですね」

「ええ。ですが、船で向かうほうが一か八かですから」

峠越えの途中、その昼休憩。

四日目までのスピードより遅いものの、ここまでは順調に進んでいるようだ。

「峠越え。箱根の山は天下の剣、か」

これまで登ってきた眼下の景色を見て、ボソリと口にするユージ。だが剣ではない。嶮だ。

ユージの横ではコタローがワンワンッと吠えていた。かっこつけるからよ、このおばか、と言いたいようだ。

「うわあ、ユージ兄、キレイだね!」

「きれい!」

昼休憩に使用していた広場は、四番目の宿場町や川を望める広場であった。

食事を終えたアリスとリーゼは手を繋ぎ、その雄大な景色を眺めている。

同意するかのように三脚を設置し、撮影をはじめるユージ。

旅の五日目、峠越えは順調であった。

ここまでは。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

休憩を終えた午後。

一行はつづら折りの道を越え、峠を登り切ろうとしていた。

いろは坂みたい、というユージの発言はスルーである。そもそも似ていない。なにしろ渋滞していないのだ。

「ユージさん、この切通しを抜けてしばらく行けば今日の野営場所です」

御者席のケビンからユージに声がかかる。

言われてユージが先を見ると、そこはまるで山を切り裂いて道を造ったかのような地形であった。

道の左右には緩やかな勾配の斜面が続き、その中央を道が通っていた。

森林限界は越えていないのだろう。斜面もその上にも緑が見える。

暢気に見渡すユージをよそに、索敵役のコタローとエンゾはしきりに首を振って辺りの様子をうかがっていた。

走って先行していたエンゾはスピードを緩めて馬車に追いつかれるにまかせ、御者席に飛び乗る。

「ケビンさん、どうもおかしい。止まるか、突っ切るか。どうする?」

「待ち伏せですか?」

「いや、それがはっきりわからねえんだ。コタローもわかってないみたいだ」

「ふむ……止まりましょう。待ち伏せなら、突っ切ろうにも木を倒して妨害している可能性もあります。ユージさん、幕を閉めてください。アリスちゃんとリーゼちゃんは外に出さないようお願いします。エンゾさんは後方に行ってサロモンさんに伝えてください」

はっきりしないエンゾの言葉を聞いて、ケビンは即座に襲撃があるものとして体勢を整える。

御者席のケビンが馬車のスピードを緩めると、それだけで専属護衛の二人も警戒態勢に入っていた。

「待ち伏せの可能性……はい、わかりました」

一気に警戒態勢に切り替えた一行からわずかに遅れ、ユージが動き出す。まずは御者席と荷台を遮るカーテンを閉めるユージ。馬車の幌もだが、御者席と荷台を仕切るカーテンも厚手の布。どうやら弓矢対策のようだ。

「襲撃があるかもしれないって。アリス、リーゼ、静かにね。ユルシェルさん、何かあっても二人を外に出さないようにお願いします」

同乗している女性陣に声をかけ、盾と短槍を手に持ち荷台の後方に向かうユージ。

ケビンやサロモンを交えて、何かあった場合のフォーメーションは打ち合わせ済みであった。

ケビンの専属護衛の二人が前方、エンゾが馬車の左、コタローが右。後方と馬車の周囲、要するに馬車と乗員の安全はサロモンの担当である。馬を守り、攻め寄せられた場合の馬車の前方入り口の防衛はケビン。

魔法が使えるとはいえ、基本的にはアリスとリーゼ、二人の少女は戦力として数えられていない。あくまでも護衛対象であるようだった。甘い大人たちである。

ユージの担当は、馬車の後部入り口。

そこは、アリスとリーゼを守る最後の砦。

ただし、元1級冒険者のサロモンを倒さない限りたどり着けない最終防衛ラインである。どうやらユージも守られているようだった。

徐々にスピードを緩めて馬車が止まる。

ブレーキに相当する機構はあるが、馬に負荷がかかるため急には止まれないのだ。

馬車は切通しの入り口に差し掛かっていた。

両横は斜面。

襲撃にはもってこいの地形である。

無言のまま周囲を警戒する一行。

ユージもわずかに馬車の後部のカーテンに隙間を作り、外を覗いている。

馬車を挟んで左右に分かれたエンゾとコタロー。目と耳を、コタローはさらに鼻を使っているが、いまだに敵を捉えていないようだ。

コタローがグルルルッと小さくうなる。なにもみつけられない、でもおかしいの、と言っているかのように。

が、何も起きない。

ユージが光魔法でめつぶしでも使ってみようか、とケビンに伝えようとしたその時。

馬車の幌の天井近くに、バスッと何かが当たる。

「襲撃です! 警戒を!」

「投石は左後方からだ!」

間髪入れずにケビンの鋭い声が響く。

続いて馬車の左にいたエンゾの声。

どうやら幌馬車に当たったのは石だったようだ。丈夫な布に弾かれ、人にも物にもダメージはなかったが。

「アリス、リーゼ、外に出ないように。ユルシェルさん、お願いします」

「ユージ兄、がんばってね! ケガしちゃダメだよ!」

『ユージ兄、気をつけて!』

馬車に残る女性陣に声をかけ、荷台から降りて馬車の後方に立つユージ。

キョロキョロとせわしなく左右を見る。

ようやく待ち伏せを諦めたのか。

左右の斜面で草が動き、襲撃者が姿を現した。

「なんだアレ……草人形? モンスター?」

それを見て首を傾げるユージ。

この男、戦闘中なのに意外に余裕である。

左右の斜面に姿を現した草人形は10ちょっと。

馬車の左後方にいた一体を残し、すべてが弓を持っていた。

おそらく弓を持たない一体が投石したのだろう。

そして、草人形が矢を放つ。

草人形は馬車を引く馬とケビンを狙ったようだ。

御者を潰し、馬を傷付けて馬車を動けなくするつもりだったのだろう。

「ケビンさん!」

ユージの声が、切通しに響くのだった。

「12か。舐められたもんですね」

草人形が弓を構えた段階で、ケビンは腰を浮かせていた。

ケビンの予想通り、御者席と馬に向けて矢が放たれる。

御者と馬を潰すのは襲撃の定石。

ケビンも理解していたようだ。

狭い御者台の上で立ち上がったケビンが左右の腕を振るう。

武器、ではない。

右に持っていたのは長鞭。

ほとんど振るわれることはなかったが、馬に指示するための御者の道具だ。

左に持っていたのはマント。

立ち上がったタイミングでマントの留め具を外し、手にしていたようだ。

ケビンが左右の腕で鞭とマントを振るう。

ケビンと馬に向けて飛来した矢は、すべて叩き落とされた。

「ユージさん、私も馬も無事です! この程度は問題ありません!」

声を張り上げるケビン。

大声を出したのには意味がある。

ユージに無事を伝えることも一つだが、最大の理由は襲撃者への警告だ。

この程度なら何度でも防げるぞ、と。

ワオーンッとコタローの鳴き声が響く。

やるじゃないけびん、じゃあまかせてだいじょうぶね、と言わんばかりに。

矢を打ち落としたケビンの姿を見て、エンゾとコタローは斜面に向けて飛び出していた。

騎乗組の三人は持ち場を守ったまま辺りを警戒する。

うずうずしている様子だが、サロモンも馬車の近くにいる。サロモンの役割はあくまでエルフの少女の護衛なのだ。

「よかった、ケビンさんは無事か」

盾と短槍を構えたまま安堵の声を漏らすユージ。

ユージは馬車の後方にいたため、ケビンが戦う姿を目にしていない。運がいい男である。日用品を手に、飛んでくる矢をすべて叩き落とす『戦う行商人』の姿を見たら、どう考えてもどん引きだ。

矢を放っても効果がないとわかったのか、あるいは突っ込んでくるエンゾとコタローから逃れるためか。

草人形は、ガサゴソと音を立てて斜面を駆け下りてくる。途中、何体か倒れ、赤い血をまき散らしていたが。おそらくエンゾとコタローの手にかかったのだろう。

そして。

ユージが守る馬車の後方にも、二体の草人形が斜面から下りてきた。

いや。

下りる途中で足を取られたのか、斜面からゴロゴロと転げ落ちてきた。

ユージから離れること10メートル。

転げ落ちる時にダメージを受けたのだろう。二体は寝そべったまま動かない。

「ユージさん、アレは任せた。その場を動かず、アレが生きて攻撃してくるようなら大声で知らせてくれ。すぐ戻るから。俺はちょっと 殺(や) ってくるわ」

ユージに告げるギルドマスターのサロモン。すぐにサロモンは馬から下りて愛剣を抜き、走り去っていった。

それでも護衛役というのは心のどこかに残っているのだろう。馬車に近い草人形から斬り倒している。赤い返り血を浴びながら。

周囲が騒がしくなる中。

ユージはサロモンに言われた通り、馬車のすぐ後ろで盾と短槍を構えて待機していた。

転がり落ちてきた、動かない草人形を見つめたまま。