軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真実

脅しにあっさりと屈して認めた男は右拳を前に突き出して、大きく息を吸った。

「冥府の王による束縛を解除せよ」

男の右手には冥府の王に模したデザインの指輪がはまっている。その指輪の目が血のように赤い光を放ち、その顎がカタカタと揺れる。

すると、ずっと俺の〈結界〉を殴り続けていた魔物たちが突如硬直して、ぼーっと虚空を見つめている。今までの殺気漲る姿を一変させて、呆けたまま辺りを見回し始めだした。

寝起きの人を見ているようだ。

「こ、これで、魔物たちは元の状態に戻った。も、もう、いいだろっ」

「て っ た い」

「さ せ て」

このまま、ここから全て撤退させないと終わったとは言えない。

「む、無理だ。俺はたまに攻める指示をするだけの役割なんだ。この指輪が冥府の王の力を伝える機能になっていて、俺はただの中継地点なんだよ!」

つまり、アンテナの代わりなのか。まあ、こんな信念も根性もなさそうな奴に、全ての権限を譲渡する程、馬鹿じゃないよな。

それに、撤退させるにも唯一の出入り口を俺が封じたから、そもそもが無理な話か。

「い、今、解除させたから、もう奴らは通常時の魔物に戻っている」

これは嘘じゃないな。我に返った蛙人魔たちは散り散りになって逃げてしまっている。鰐人魔は好戦的なので、まだ戦っている個体もいるが、蛙人魔を襲って喰らいついているのもいるな。

これが本来の生態系か。ずっと、操られていたので飢えているのかもしれない。

そこら中で魔物同士が争いを始め、熊会長たちが戸惑っているようなので、最大音量で呼ぶことにした。

「こ っ ち に」

穴の修復はまだ半分にも満たないが、俺の置いたコンクリートの板があるので、問題ないと判断したようで、全員が駆け寄ってくる。

「ハッコン、何かしたのか。そやつは一体、何者だ」

真っ先に辿り着いた熊会長が、息荒く問いただしてくる。中身は紳士だが、その外見は返り血を浴びた熊だ。その迫力に魔物を操っていた男が腰を抜かしている。

ここから、この男が何者であるのかを、足りない言葉で一から説明するのは一苦労なのだが、俺には〈防犯カメラ〉と〈液晶パネル〉がある。録画しておいた、さっきのやり取りを再生しよう。

真剣に鑑賞している皆の邪魔にならないように、男の前にキャンディーを浮遊させて口を開かないようにさせる。

最後まで見終えると、全員が考え込むような仕草を見せてい――えっ!

「死ねえええっ!」

轟音を上げて迫る拳が〈結界〉に激突する。

《ポイントが600減少》

なっ、ミシュエルの一撃をも上回るのか。怒りの形相で目に涙を溜めた……ラッミスの一撃は。

「ら っ い す」

「結界を消して、ハッコン! じゃないと、そいつ殺せないっ!」

どういうことだ。この怒りよう尋常じゃないぞ。ラッミスがここまで怒りをあらわにした姿を見たことが……一度だけあったな。まさか、そういうことなのか?

「落ち着くのだ、ラッミス。お主らしくないぞ」

再び殴りかかろうとした、ラッミスを背後から熊会長が羽交い絞めにしている。だけど、完全には制御できないようで、引きずられている。

大食い団も、ラッミスにしがみ付いて懸命に押し留めているが、それでも動けるのが彼女の怪力の恐ろしさか。

「その顔、忘れもしないっ! そいつはうちの村を襲った魔物を操っていた仇やっ!」

やっぱり、そうか。薄々は感づいたが、ラッミスの村を壊滅させた犯人がこいつなのか。

魔物を操っていたという条件が当てはまりはするが、このタイミングで出会うことになるとは。

「詳しいことはわからぬが、こやつからは、まだ聞きだしたいことがある。どうか、怒りを収めてはくれまいか。我が集落を破壊し、住民を殺した奴に対する憎悪は痛い程理解できる。だが、だからこそ、耐えてくれ。他の階層の人々も同様に苦しみ、今も逆境の中で、生きる為に懸命に足掻いていることだろう。我々と同じ目に遭わしてはならぬ。少しでも多くの人々を救う為に……耐えてくれっ」

「う……ん。わかった、よ。ごめん、会長。うちは門の修復作業やっとくね」

ここにいると気持ちを抑えられないのだろう。俯き気味に大穴の方へと向かっていく。お爺さんと三人の土魔法使いも一緒に戻っていった。

「さて、こちらの質問に全て答えてもらう。無駄な駆け引きや誤魔化し、言い淀む度にお前の指を折っていく。殺しはしない……いや、簡単に死なせはしない。安らかに死にたいのであれば、全てを素直に白状することだ」

穏便で優しい熊会長は、ここにはもういない。野生の獰猛さを剥き出しにして、見る者の魂さえ萎縮させる野獣がいた。

日本であれば相手が凶悪犯であれ、この行為は許されないことなのだろう。だが、ここは異世界であり、法もルールも異なる。

それに、法として間違った行動であったとしても、俺は熊会長を止める気にはなれない。

数百人もの住民を無残にも殺されたのだ。何をされたとしても、こいつの自業自得。同情の余地はない。

隣には黙して何も語らない、お婆さんが静かに佇んでいる。温和な笑みはなく、表情の消えた顔でじっと男を見据えている。

その姿に熊会長とは別の凄味を感じてしまう。

「まず、その指輪を外してもらおう。ハッコンはラッミスと共にいてくれるか。このような汚れ仕事は我々が受け持とう。それが年長者の役割というものだ」

見届けたい気持ちもあったが、それよりも今はラッミスの傍にいてあげたい。なので、その申し出を素直に受け入れ、下に車輪を設置して大食い団に運んでもらった。

「ハッコン……ごめんね」

「う う ん」

かなり気落ちしている。俺を背負ったまま、穴埋めの作業は続けているのだが、いつもの覇気が全くない。

親の仇と会えたというのに、復讐を成し遂げるチャンスを失えば意気消沈もするよな。だけど……甘いとはわかっているのだが、ラッミスが人を殺さずに済んで少しホッとしている。

何て言葉を掛けたらいいのだろうか。少しは話せるようになったというのに、気の利いた言葉が思い浮かばない。

これじゃあ、今までの自動販売機と何ら変わらない。

「うちはね、ずっと、おとんとおかんや、村のみんなの仇を討ちたかった。だから、少しでも強くなろうと思って、ハンターにもなったんよ」

「う ん う ん」

「だから、あいつを見た時、何も考えられなくなって……ダメだよね。師匠も言っていたんだけど……怒りを忘れなくてもいい。だが、どんな状況でも我を忘れるな。怒りも哀しみも呑み込み昇華させて、自分の力にしろって」

感情の完璧な制御を十代の女の子に求めるのは間違っている。世の中には、まともに感情を制御できない大人がどれだけいることか。

だけど、この異世界は平和な日本じゃない。ましてやダンジョンの中で危険を覚悟の上でハンターをやっているのだ、精神の乱れは自分の命を縮める行為でしかない。

それを全て理解した上で、俺は彼女の味方でありたい。自動販売機である俺とラッミスは一心同体のようなものだ。彼女の足りない部分は俺が補えばいい。

悲しみで心が塗りつぶされそうなら、喜びで塗り返せばいい。それが、相棒としての俺の役目だ。

「ら っ い す」

「ん、なーに」

「い っ し よ だ」

「さ い ご ま で」

つたない話し方で、ちゃんと伝わったのか不安だな。俺はそう簡単に死なないから、いつかキミがハンターを辞める日まで、ずっと一緒にいるよという想いを込めたのだが。

「えっ、ハッコン。それって、もしかして……求婚ってこと?」

「あ っ」

ラッミスが頬を染めて、身をよじっている。え、ちょっと待ってください、ラッミスさん。

「で、でも、うち、未成年だし……お母さんが結婚したのは十八だったから、うちも同い年で結婚するのが理想なんだぁ」

あの、もしもし。

「嬉しいけど、まだ、ちょっと早いかなって思うの。ほら、まだお互いのことをもっと知るべきだし。あ、そうなると子供どうしようか。ヒュールミに小さなハッコン作ってもらうのも、いいかな」

ええと、わたくしめの弁明を聞いていただきたいのですが。

「そうだ、やっぱり、ダンジョンの最後まで到達して、人間に戻してもらおうよ! 今のハッコンも大好きだけど、人に戻ったハッコンも見てみたいなー。そうしたら、手を繋いでデートとかもできるもんねっ」

落ち込んでいた気持ちが吹き飛んでくれたのは嬉しいが、妄想がとんでもない方向に飛躍している。

気持ちが滅入っている時に衝撃を与え過ぎて、軽く混乱しているようだ。好かれていることがわかったのは嬉しいけど、本気なのだろうか……。心が弱っている状態で優しい言葉を言われて、正しい状況判断ができなくなって、舞い上がっているだけだよな。

自動販売機と少女の恋愛は可能なのだろうか。い、いや、俺が落ち着け。

今度はここから夢見る彼女を現実に引き戻さないといけないのか。

「なーんてね。ハッコンは落ち込んでいる、うちを励ましてくれているんだよね。ありがとう。うん、おかげですっごく元気になった!」

くっ、からかわれていたのか。危うく、本気で信じるところだった。

腕をぐるぐる回して、元気なところをアピールしてくれているが、まだ表情に陰りがある。空元気でも落ち込んでいるよりかはマシだよな。