軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大人の力

え、はっ、ええと、つまり、どういうことだ。

あの涼やかな美人にはキコユの面影がある。歳の離れた姉と言われたら納得してしまうぐらい共通点もあるが、しかし、ほんの数分で大人になったとでも。

「あれは、キコユなのか。聞いたことはあったが、マジだったとはな」

ヘブイとミシュエルの言ったことを聞き逃していなかったヒュールミが、成長したキコユを見つめ感嘆の声を漏らしている。

彼女の急成長の理由を知っているのか、ヒュールミ。

「えっ、あの綺麗な人ってキコユちゃんなの!?」

「みたいだぜ、ラッミス。雪精人ってのは自分の誕生日を迎えたその日、幼い身体が一気に急成長して大人の体へと変貌するそうだ」

「じゃあ、今日がキコユちゃんの誕生日だったんだ!」

そうか、そういうことか。数日前からキコユが頻繁に見ていたカレンダーに、赤丸で囲んでいた日にちが今日だ。

そして、今の時間は0時を越えている。日付が変わり、彼女は雪精人として成人となり体が急成長した。

「ここまで変貌するものなのですね。大人になると魔力が増大するとは聞いていましたが、以前とは比べ物になりませんよ」

「魔王軍の将軍と張り合っているなんて、凄過ぎっす!」

完全に傍観者となっている愚者の奇行団の二人が見入っているな。

「拮抗……いえ、キコユさんの方が押していますよ」

ミシュエルの判断は正しかった。ぶつかり合う冷気は中央付近でせめぎ合っていたのだが、今は徐々にスルリィムへと冷気が迫っている。

キコユらしい女性は冷静なのだが、対するスルリィムの表情からは余裕が失われている。唇を噛みしめ腰を落として踏ん張っているが、相手の威力に圧されて体が後退していく。

「退いてもらえませんか、スルリィムさん。同胞を手にかけたくはありません」

「だ、黙れ。私はあの御方の為に、貴方たちを排除しなければならないっ」

完全に立場が逆転している。冷気を放出したまま、キコユが踏み出すとスルリィムが一歩下がる。そして、そのまま壁際まで追い込まれていく。

「最後の提案です。退いてくれませんか。私にはやるべきことがあります」

「くっ、ここで死ぬわけにはいかない。私には使命がある……わかった退こう」

キコユが手を止めるとスルリィムも冷気を止め、忌々しげに俺たちを一瞥すると足下から雪が噴き上がりその姿を包み込んだ。

そして、雪が消えるとその場には誰もいなかった。

逃がすべき相手ではないのかもしれないが、何もできなかった俺たちが口を挟む権利はないよな。

「あっ、まだ少し寒いですけど大丈夫ですよ」

キコユ? が顔を向けてそう言っているので〈結界〉を解除した。

ラッミスが身震いしているが、凍え死ぬような寒さではないようだ。

「えっと、キコユちゃんだよね?」

「はい、そうですよ」

その一言で、誰もが抱いていた疑問が氷解した。

ボタンと黒八咫が嬉しそうに駆け寄ると、その背を優しく撫でている。

その仕草と雰囲気はキコユだな。今までなら大人びた子供にしか見えない動作が、落ち着きのある美女となった今は様になっているな。

「はぁぁ、噂には聞いていたが……どうせなら、大人の姿に変わる瞬間を目撃したかったぜ」

それは俺も思った。どんな感じで急成長したのだろうか。勝手なイメージだと日曜の朝にやっている魔法少女系の変身シーンを思い浮かべてしまうが。

「見る程の物じゃないですよ。妙な感覚で思わず変な声が漏れてしまいましたが」

嬌声を上げながら体が大人へと変わっていく少女。是非、録画しておきたかった。深い意味は全くないけど。

「ハッコン、また変なこと考えてない?」

ラッミスがジト目でこっちを睨んでいる。また照明が点滅していたのか。

「あたりがでたらもういっぽん」

「また、そうやって惚ける」

はっはっは、何のことかわかりませんな。

「それにしても、キコユさんのおかげで助かりました」

「やめてください、ミシュエルさん。同胞を止めるのは当然のことですし」

頭を下げて礼を言うミシュエルに対して、困ったように両手を振っている。

彼女がいてくれたおかげで助かったのは間違いない。ラスボスを倒したと思ったら、もう一体いたなんてのはゲームでは良くあることだが、リアルでやられると本当にきつい。

都合の悪い展開と都合のいい展開が繋がった今回は不幸中の幸いと言うべきなのか。

「まあ、これで一応、この階層も解決ってことでいいのか……ヘブイには悪いが」

「そうっすね」

最後は声を潜めて言うヒュールミとシュイは、壁際に歩いて行ったヘブイに気を遣ったのだろう。

砕け散ったタシテの死体を見下ろし、何を思っているのか。

仇を見つけたというのに途中で邪魔が入り、納得のいかない結末を迎えることとなってしまった。

俺たちは変わってしまったキコユにあれこれと質問しながらも、視線はヘブイの背を何度も捉えている。

暫く、雑談をしているとヘブイがこちらに歩み寄ってきた。顔にはいつもの薄い笑みが貼り付き、平常時と変わらぬように見えているが。

「すみません、お待たせしてしまって」

「もう、いいっすか?」

「ええ、タシテは十二分に責め苦を味わいましたからね。足を潰され、鬼に喰われかけ、生きながらにして氷漬けにされました。苦しむ姿を目の当たりにしたところで、きっとこの胸の靄は一生晴れることはないのでしょう……ですが、これでいいのです。そう、これで」

晴れやかとした表情を見せるヘブイ。なんだ、こんな爽やかな表情もできるのか。強がりではなく本気で吹っ切れた、男でも見惚れるようないい笑顔だ。

「もう、大丈夫そうっすね」

「おや、私のことを心配してくださっていたのですか?」

「誰が靴変態の心配なんかするっすか! ってああ、もう靴はどうでもいいっすよね」

そうだな。今までは仇を見つける為に靴フェチの振りをしてきただけで、目的を達したのだから、もう変態の振りをする必要はなくなっている。

これからは普通の聖職者として生きることになるのか。靴フェチさえなくなれば理想的な聖職者だよな。他者に危害も加えないし、女性に対しても欲情することなく真摯な対応ができる。

腕っぷしも強く女性の人気を集めそうだ。

「ヘブイ、これからどうすんだ」

「そうですね、皆様が協力してくださったから仇を見つけることができました。恩は返さなくてはなりません。このダンジョンの異変を解決するまで傍にいさせてもらっても構いませんか?」

「いらっしゃいませ」

もちろん、大歓迎だ。以前のヘブイだと趣味が若干不安だったが、あの姿が偽りだとわかった今、不安材料は全くない。

隠していた実力を発揮した戦いを見る限り、その実力はミシュエルと同等かそれ以上かもしれないからな。

「これからも、よろしくね!」

「頼りにしているぜ、ヘブイ!」

今までは若干距離を置いて対応していた二人だったが、今回の一件で信頼に値する男だと認識を改めたのだろう。すっと手を差し出して固い握手を交わした。

「あの戦いはお見事でした、今度お手合わせ願えますか」

「お手柔らかにお願いしますよ」

ミシュエルもヘブイのことを認めたようだな。あと、成長したな……ちゃんと作り笑いじゃなく自然な笑みで握手を求められるとは。コミュ障も仲間相手だと、かなりマシになってきている。

「黒八咫とボタン共々、これからもよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

そう言ってキコユとも握手をして、寄ってきたボタンと黒八咫の頭を撫でている。

ん? キコユの表情が今、一瞬だけ揺れたような。少しだけ目を見開き、動揺したように見えたが気のせいだろうか。

「しかし、残念っすね。まだ落ち込んでいるようなら、この履いている靴上げても良かったっすけど落ち込んでもないし、もう靴に興味ないっすもんね」

「あっ、シュイさん……」

笑顔でそんなことを口にするシュイに対してキコユが何か言いたげだ。

ヘブイは表情を変えずに、すっと顔をシュイの眼前へと近づけた。

「今の言葉に偽りはありませんか?」

「へっ、何で食いついてくるっすか。もう靴なんてどうでもいいっすよね?」

「何を仰っているのですか。仇を探す為に靴を探していたのは本当ですが、靴を調べていくうちにその魅力に気づいたのです。使い潰された靴の色あせ具合。長年履き続けたことにより持ち主の臭いが染みつき、靴本来の臭いと混然一体となり新たな境地へ誘う香り……まだまだ若輩者ではありますが、靴愛好家であることには変わりありません」

えっ、ということは今までの言動は芝居ではなかった?

執念が趣味へ変貌して今の彼を作り出しただと。

だから、キコユが妙な顔していたのか。握手をした際にヘブイの靴フェチは本物だと理解してしまったのだろう。

「マジだったんすか!? やっぱ、今のは無しっす!」

「今更遅いです。さあ、今すぐその靴を脱いでください。貴女自身には何の興味もありませんが、その靴は以前から目を付けていたのですよ。常時履きっぱなしで、格好に無頓着な貴女が履き続けた靴は、いい具合に熟成されていることでしょう……さああ、脱ぐのです!」

「死ねっ! 変態!」

執拗に迫るヘブイに足下の雪を丸めてシュイが投げつけている。

それを紙一重で躱しながら、両腕を掲げて迫るヘブイ。日本なら警察のお世話になりそうな光景だが、何だかんだ言いながら二人とも楽しそうなのでそっとしておこう。

これにて灼熱の砂階層の異変は本当に、今度こそ解決だな。

予想外過ぎる怒涛の展開だったが、ヘブイが吹っ切れて隠していた実力が明らかとなり、キコユが大人になり戦力がかなり強化された。

悪い結末じゃない。今後の展望が開けてきたな。

「うちも混ぜて欲しいっす!」

「そんな巨大な雪玉投げつけるんじゃねええええっ!」

「雪なら幾らでも出しますよ」

二人の雪合戦にラッミスとヒュールミも加わったのか。

あっ、ミシュエルがその光景をじっと見つめ羨ましそうにしているぞ。

「ハッコン師匠、私たちも参加しませんか」

やっぱり、一緒にやりたかったのか。そうだね、俺も参加させてもらうとしようかな。

自動販売機だと思って舐めてもらっては困る。手も足もなくともやりようは幾らでもあるからね。

「いらっしゃいませ」