軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鬼と酒

「いいか、発音はぐあぅ。これは、はいって意味だ。んで、ぐおぃ。これは、いいえだ。やってみてくれ」

「ぐあぅ、ぐおぃ」

「語尾をもう少し上げる感じだ。いいか鬼の一族ってのは、上位の存在は共通語を話すが、下位の鬼どもは鬼語しか話せない。それも簡単な受け答えのみだ、そこは気を付けてくれ」

ヒュールミ先生の鬼語発音講座が開かれている。

化ける相手は岩石鬼という、その名の通り体が岩でできた鬼らしい。背中に大きなこぶがあって猫背のようにも見える姿で、身長は二メートルより大きいぐらいで人間より一回りか二回り大きな身体つきだそうだ。

ヘブイの幻覚は人を別人に化けさせる場合、少々の体格は誤魔化せるが小さく見せるのは難しいらしい。なので、人間より少し大きい岩石鬼がベストだと判断された。

今回もヒュールミの博識ぶりに助けられているな。幻覚で体をコーティングしたときも外見の細かいポイントの指摘をしていたし、まさか鬼語にも通じているとは。

実はそれ以外にも魔物たちや異種族の言葉はある程度学んでいるそうで、簡単な挨拶や受け答えだけなら百通りできるそうだ。本当に天才なのだなと改めて感心している。

酒の準備を終え、発音も納得の出来になったようなので準備は万端だ。幻覚も見事なもので何処からどう見ても岩石鬼にしか見えない。

全員が砂漠の柱の入り口扉付近まで来ると、酒を注ぎ込んだ二リットルのペットボトルを、三十本まとめて紐で括った物を岩石鬼に化けたヘブイに渡す。

この方法もヘブイの〈怪力〉があっての作戦だな。これだけの量になるとラッミスかヘブイではなければ運ぶことは不可能だ。

「ふあぁ……失礼しました」

キコユが大欠伸をしている場面をたまたま俺以外にも数人目撃していて、恥ずかしそうに頭を掻いている。

もうすぐ日を跨ぐ時間だ。こんな深夜まで作業していたら眠くて当たり前だよな。もう少し頑張って。

眠気を少しでも覚まそうとしているのか、砂漠でも見ていたカレンダーをじっと見つめている。カフェイン強めの飲み物出しておくかな。

「では、行ってきます」

「危ないと判断したらすぐに戻って来いよ」

「気を付けてくださいね」

「ブフゥゥ」

「クワッカ」

キコユたちも心配してくれている。

これはかなり危険を伴う行為なので保険は掛けてある。相手が攻撃してきた際に対応できるよう、ヘブイが俺を背負っているのだ。

岩石鬼のこぶの位置が俺の体になっているので、幻覚で上手い具合にカバーされている。

通常時の大きさだと無理があるから子供用の小さな自動販売機にフォルムチェンジして対応しているので、はみ出ることもない。

扉をそっと開けて中を覗き込むと、鬼は俺たちに背を向けてまだ食事をしていた。だが、食べる速度が落ちているので、もうそろそろ限界なのかもしれない。

お酒を抱えた状態で歩くヘブイだが、まだ双対鬼は気づいていない。岩石鬼はぐあぅ、ぐおぃでしか意思の疎通ができないらしいので、それで相手にばれないように会話が成立することを祈ろう。

「ナンダ、何故、ココニ岩石鬼ガ」

「後ヲツイテキタノカ」

「ぐあぅ、ぐあぅ」

ヘブイは頷きながら抱えている酒の入ったペットボトルを双対鬼の近くに置く。

「コレハナンダ、水カ」

「イヤ、匂イガ……酒カッ!」

「ぐあぅ、ぐあぅ」

やはり酒好きは本当のようだ。酒と知った途端目の色が変わった。

「喉ガ乾イテイタ、ヨクヤッタ」

「人間ガ隠シテイタ酒カ」

「ぐあぅ」

今のところ問題なく会話が成立しているようだ。

双対鬼は言葉を話せるが、頭のいい個体ではないとヒュールミが言っていた。物事を深く考えず、直感で動くタイプなので騙しやすい相手らしいが。

「飲ムカ」

「飲モウ」

双対鬼がペットボトルを一本抜き取ると、キャップを捻るのではなく摘まんで引き千切った。豪快にも程があるだろ。

そのまま一気に飲み干すと「プハアアァ」と満足げに息を吐いている。

「コッチニモヨコセ」

男顔の方が全部飲み干したので女顔が怒っている。

次は女顔が一気に飲み干し、頬が緩みきっている。どうやら、気に入ってもらえたようだな。

「旨イゾ! 飲ムゾ飲ムゾ」

「ガンガンイクゾ」

もう岩石鬼に化けたヘブイは眼中にないようで、次から次へと酒を口にしている。

少し離れた壁際まで移動すると、その場で双対鬼の様子を窺うことにした。

十本目のペットボトル入りの酒を水でも飲むように飲み干した。赤と青の顔をしているので赤い方は酔いが顔に出ないが、青い方の顔がほんのり赤らんできている。

「アレ、岩石鬼ハ鬼語ジャナイノニ理解シテイナカッタカ」

「ドウデモイイデハナイカ。酒ガ旨ケレバ」

「違イナイ、ガハハハ」

いい加減な性格で助かったよ。そうか、双対鬼が話している言葉は俺たちにも理解できているということは、この世界の共通語だ。岩石鬼は鬼語のみを理解して話せるという話だったので、共通語に対して返事をするのは矛盾している。

……鬼語で話しかけられていたら、終わっていたな。

二十本目に差し掛かったが、まだまだ余裕が感じられる。さっきから笑い声が響いているので、酔いが回っているのは間違いないだろう。

「シカシ、岩石鬼ハ共通語ヲ……理解デキタカ」

「ドウデモヨイデハナイカ。考エゴトヲシテイルト酒ガマズクナルゾ」

「ソレモソウダ、グハハハ」

「飲メ飲メ、ガハハハハハ」

女顔の方が豪快な性格をしているのか。酔った頭で違和感を口にしている男顔を女顔が笑い飛ばしている。男顔だけなら今頃失敗していたかもしれない。

「眠イゾ、ダガ酒ヲ飲ミタイ」

「アア、眠イナ。シカシ、酒ガモッタイナイ」

残り二本となっている。飲むペースが激減して二つの顔が左右に揺れ始めているので、そろそろ限界なのかもしれないな。最後の二本は一番アルコール度数の高い酒だ。止めとしては最適だ。

最後の一本を手にしたまま、双対鬼は仰向けに転がった。四つの目を閉じ、高いびきを立てている。完全に酔い潰れたように見える。

ヘブイがそっと近づいて、その体を指先で突いているが起きる気配がない。ヒュールミの説明によると酒で酔い潰れた鬼はちょっとやそっとでは起きないそうだ。

鬼に捕まった商人が酒で鬼を酔わせて、その隙に逃げ出したという話は頻繁に耳にするそうで、この世界では有名な鬼の対処法の一つらしい。

岩石鬼に化けたままのヘブイが入り口に向かって手招きすると、仲間たちが足音を忍ばせて歩み寄ってきた。

完全に眠っているのを確認すると、先端が細く尖った注射器と銃を混ぜ合わせたような物を、ヒュールミが取り出して双対鬼に向ける。

「これは注射器っていう医療道具を改良した奴でな、本来は老大木魔の体に直接薬を注入する為に作ったんだが、こんなところで役立つとは思わなかったぜ。ちなみに中身は酒だ」

直接血管に酒を入れるつもりか。そんなことをしたら急性アルコール中毒になるのだったか。以前、海外で点滴にアルコールを混ぜて子供を殺害した事例があった気がする。

それぐらい血管にアルコールを入れるのは危険らしい。

「毒薬を入れてもいいんだが、毒に耐性があるかもしんねえし、途中で暴れられたら厄介だからな。泥酔してもらうぜ」

鬼の人体にも精通しているようで、皮膚が薄く針の通しやすい場所を確認すると、そこに針を差し込み一気に中身を注入した。

「やっぱ、硬化は意識して発動させるものらしいな、針がすんなり通ったぞ。これで周りで騒ごうが踊ろうが、ちょっとやそっとでは起きねえだろうよ」

全員が恐る恐る双対鬼に接近するが、気持ち良さそうに眠ったままだ。

「えと、どうしようか。寝ているところを襲うのって悪い気がするね」

「心苦しいところではありますが、殺し合いに情けは無用かと。ですよね、ハッコン師匠」

「う ん」

正攻法で勝てないのだから策を用いて倒すしかない。

これも戦法だ、悪く思わないでくれ。

「うん、そうだよね。私が女顔の方するから、ミシュエルに男顔の方を任せていいかな?」

「わかりました、ラッミスさん」

仲間も異論はないようで、二人を除いて少し距離を取った。

あっ、ちょっと待った。ラッミスに頼んでみよう。

「ら っ い す」

「何、ハッコン」

「お ら で」

「た お し て」

俺が発言するとラッミスが小首を傾げた。

「えっ、ハッコンで倒すの?」

「う ん」

俺で倒してくれたら、ポイントが増えるかもしれない。最近、ポイントの溜まり具合が微妙で双対鬼の攻撃を防いだ際にごっそり持って行かれたからな。稼げる時に稼いでおきたい。

「敵を倒したらハッコンのポイント増えるって話だったろ。それを狙っているんじゃねえか」

その通りだよヒュールミ。キコユを通じてポイントの仕組みは全てラッミスとヒュールミには話してある。それを覚えてくれていたようだ。

「ああ、あの話! うん、わかったよ。ええと、ハッコンで倒したらいいのかな」

「う ん う ん」

「か お に」

「ご し ゃ あ で」

俺を武器にするという行為を良しとしてない、しかめ面のラッミスに頼むのは気が引けるのだが、これもポイントの為だ我慢して欲しい。

自動販売機を武器とするのはマニアとしても心苦しいが、これも強くなるための手段だ。

それを理解しているのでラッミスは渋々ながらも俺を抱えると、頭上に振り上げた。

「ラッミスさん、タイミングを合わせましょう。痛みで起きる可能性がありますので」

「うん、いいよ。いっせーのーで!」

俺の足元で何かが潰れる音がする。それが双対鬼との戦いに終止符を打つ一撃となった。