軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

本気

バリケードの裏から飛び出した敵が俺たちに殺到している。

仲間も駆けつけているが、敵の攻撃を俺たちだけで一度は凌がなければいけないようだ。

ある程度はラッミスに任せて危なくなったら〈結界〉で防ぐつもりだったのだが、ヘブイが俺たちを庇うように前に進み出た。

「お任せください」

両手にモーニングスターを握り締め、先陣を切って飛び出してきた軽装の男へ振り下ろした。

どう見ても武器の間合い内ではない一振りを敵も見切っていたのだろう、避けもせず正面から突っ込んでくるが、棘の生えた鉄球を頭にめり込ませ地面に沈んだ。

「え、伸びるの」

武器の先端に付けられた鉄の玉から伸びた細い鎖が武器の柄に繋がっている。

柄の中に鎖が収納されていて伸び縮みが可能な仕様になっていたのか。

もう片方のモーニングスターを薙ぎ払うと同じく油断していた敵の脇腹にめり込み、壁際まで吹き飛ばしている。

「えっ、その武器、そんな仕組みをしていたっすか!」

駆け寄ってきたシュイが目を丸くして驚いている。愚者の奇行団で共に過ごしていた彼女も知らなかったのか。

「これは私の出る幕はないかもしれませんよ、ハッコン師匠」

鎖の長さは手元で自在に調整できるようで、右手のモーニングスターは鎖を長いまま振り回し、それを抜けてきた相手には左の通常時と同じ長さのモーニングスターで迎え打っている。

加護である〈感覚操作〉をフル活用しているようで、相手に目を向けることなく背後の敵にも対応している。今まで見たことのないキレのある動きにも驚かされたが、それ以外にもヘブイの動きを見ていると違和感を覚えてしまう。

「ヘブイって、あんなにも怪力だったか?」

ヒュールミの呟きはまさに俺が抱いていた疑問だ。

ラッミスと同じく〈怪力〉の加護を所有しているのは知っていたが、その力はラッミスには遠く及ばない力だった筈。

今も彼女と対等とまではいかないようだが、以前から見せていた力が本気でないことを証明するかのように、鉄の鎧がまるでダンボール製のようにひしゃげ潰されていく。

「これも隠していたっすか……嘘を吐くのが嫌いっていうのは何処いったっすか」

初めて見るヘブイの本気にシュイが怒っているような口調だが、顔を見ると子供が拗ねている様な表情だった。

自分の知らない彼の姿に不満があるのか。

そんなこちらの心中も知らずにヘブイは鉄球を操り、敵をただの潰された肉の塊へと変化させていく。

物の数分で向かってきた敵を一人で全て蹴散らした、無傷で。

奴らだって敵に寝返ったとはいえ、その実力はこの階層で通じるレベルだった。中級と呼ぶに相応しい実力だったというのに……。

「て、てめぇ、化け物かっ! 聖職者が人を殺めていいのかよっ!」

一人だけバリケードの裏に残っていたタシテが髪を振り乱して叫んでいる。

錯乱一歩手前といった相手を前にして、ヘブイは一歩一歩確かめるように足を踏み出していく。

仲間は誰も口を挟まず止めに入ることはない。

「聖職者である前に一人の人間ですよ」

「わ、悪かった! 悔い改める! だ、だから命だけは助けてくれ! 改宗だってする、だから頼む!」

バリケードの横に出てきたタシテが土下座をして許しを請う姿は哀れ過ぎて、戦意が急激に萎えていく。

この姿を見たらヘブイも敵討ちを実行する気も失せるのではないか。そんな楽観的な考えでヘブイの後姿を見つめた。

ここからは顔が見えないのでどんな表情をしているのかはわからないのだが、土下座をしていたタシテが何も言わないヘブイを不審に思ったのか、そっと顔を上げた。

「ひっ、ひぃぃぃぃぃ」

土下座が一瞬にして崩れ、尻もちをついた状態で後退っている。

「神はこうおっしゃっています。生まれや環境は平等ではありませんが、死は安らぎであり全ての人に平等に訪れると。私としては異を唱えたいところです。下種に訪れる死は平等であってはならないと」

そう言ってヘブイが右腕を振り上げてから下げると、

「うぎゃあああああっ!」

男の悲鳴が空間を満たす。

男の右足に鉄球が落ち、押し潰された足は原形を留めていない。

誰もが目を逸らさずにヘブイの行いを黙って見守っている。

本音を言えば見たくなかったが復讐を止めないと誓っていたのだ、自分の決断がどういった行為へと繋がるのか最後まで見届ける義務がある。

「や、やめろおおっ! 金なら幾らでもやる! 女も抱き放題だ、ぎいぃぃぃぃ!」

最後まで言うことは叶わなかった。今度は左足が潰された。

両足を失い腕の力だけで後退るタシテを淡々とヘブイが追っていく。

その必死な逃走もあっという間に終点へと到達した。その背が黒い布が被せてあった何かに触れたからだ。

タシテは一度後方を確認してから振り返ると、脂汗の浮かんだ顔を醜く歪ませた。

「て、てめえら、もう終わりだ! 俺をここまでコケにしてただで済むと思うなああっ!」

黒い布を掴むと何を思ったのか、それを引き剥がす。

床に流れ落ちた黒い布の向こう側には巨大な双首の――鬼がいた。

俺の倍はある人型の体は限界近くまで膨らませた風船のように、パンパンに膨張した筋肉があり血管が体中に浮き出ている。

それだけでも十二分に化け物なのだが、目を引くのはその体の上に乗る二つの頭だ。

体は薄汚れた紫色なのだが顔は片方が青でもう片方が赤。鋭く伸びた犬歯が口から飛び出し、額には三本の角がある。

そこまでは両方とも同じなのだが、顔つきが明らかに違う。片側は厳つい男の顔だ。もう片方は異様でありながらも妖艶な美しさを感じさせる女の顔。

今は両方とも目が閉じられていて、彫像のようにピクリとも動かない。

見るからに強そうな魔物だが、これが奴の切り札のようだが。

「こいつは、階層主かっ!」

「これが砂漠の柱最上階に居座るという鬼の階層主ですか」

ヒュールミは知っているようだ。傍観者を決め込んでいたミシュエルが武器を構えたということは、強敵と見て間違いないようだ。

階層主らしいが冥府の王が用意していたのだろうな。

「もう、おしまいだてめえら! さああ、目覚めろっ! 双対鬼」

タシテが手を振り上げると指にはめられていた髑髏の指輪が眩い光を放つと、鬼たちの双眼がゆっくりと開いていく。

「飯カ」

「飯ダ」

開口一番口にしたのは予想外の言葉だった。男女の顔は声も異なり、声質からして見た目通りの性別らしい。

会話できる知能はあるのか、甘く見ていたら痛い目に合いそうだ。

「あの人間たちを喰っていいぞ化け物!」

わめき立てて命令をするタシテをじっと四つの目が睥睨している。

その目は従順な配下のものではなく、虫けらでも見るような強者の目つきだった。

「マズ軽ク腹ヲ満タス」

「下半身デイイ」

二つの頭は互いに納得したようで頷くと、足元にいるタシテに爪の伸びた巨大な手を向ける。

「お、おい、やめろ! 俺はお前らの御主人だぞっ!」

髑髏の指輪を突きつけて叫んでいるが、双対鬼と呼ばれた魔物は意にも介さずタシテを掴む直前、体に鎖が巻き付いたかと思うと後方へと体が吹き飛んだ。

握りしめた手に獲物がいないことに気づいた双対鬼は何度も手を開閉してから、こちらに視線を向ける。

殺される直前だったタシテは俺の隣に転がっている。体に巻き付いていた鎖が解けると、勢いよく鎖が吸い込まれていく。ヘブイのモーニングスターの柄に。

先端の鉄球は取り外し可能だったのか。そんなどうでもいいことを思いながら、仇であるタシテを助けたヘブイを見つめていた。

「獲物を魔物に譲る気はありませんよ」

人道的な理由で助けたのではないのは誰の目にも明らかだ。

「オ前、横取リスルナ」

「ソウダソウダ」

「それはこちらの台詞ですよ。先に目を付けていたのは私です」

鼻息の荒い双対鬼を前に一歩も引いていない。

ここまでは傍観者だったが、ここからはそういう訳にもいかないよな。

「い こ う」

「うん、そうだね!」

ラッミスが飛び出すとミシュエルとシュイが並走している。更にボタンが続き、黒八咫が黒い翼を羽ばたかせて宙に浮かんだ。

「こいつは逃がさねえから安心して行って来い!」

「皆さん、お気を付けて!」

ヒュールミとキコユが協力してタシテを縛り上げている。大量の血を失っていて、抵抗する力もないようなので任せても大丈夫か。

俺たちがヘブイの脇にずらっと並ぶと、ヘブイの張り詰めていた表情がほんの少しだけ緩んだように見えた。

「こんな魔物、さっさと片付けようね!」

「ハッコン師匠と皆さんがいれば問題ありません」

「手伝うって約束したっす!」

ちらっとこちらに視線を向けたヘブイが大きく息を吐いた。胸に詰まっていた何かを全て排出する様に。

「ご協力感謝致します……頼りにしていますよ」

「クワアアー」

「ブフゥゥゥ」

その言葉に上空の黒八咫とボタンが自分たちもやるよ、と言わんばかりに返事をした。

「もちろん、貴方たちにも期待しています」

二匹の姿に良い意味で力が抜けたようで、ヘブイが穏やかに微笑んでいる。

「モウ食ベテイイノカ。肉ダ肉ダ」

「太股ト臓物ガイイ」

そんな俺たちのやり取りを律儀に黙って見下ろしていた双対鬼が、両腕を振り上げて迫ってくる。

今度こそ、この階層での最終決戦だ。