作品タイトル不明
06 覚悟完了
シャワーを浴び、言葉少なに夕食を取って、俺は自室にひきこもる。
倒れ込むようにベッドに横になるが、疲れてるはずなのに眠れない。
まぶたに浮かぶのは、芹香が去り際に見せた泣き顔だ。
「最低だな、俺」
まるで八つ当たりだ。
心配してくれた芹香にかける言葉じゃなかった。
「ああ、くそ……もやもやする」
久しぶりに見た芹香は……なんていうか、立派になっていた。
探索者として、いっぱしの腕を持ってるのだろう。
小さい頃は泣き虫で、よく俺の背中に隠れてたのにな。
「好きな男でもできたかな」
……自分で言って、気分が悪くなった。
独占欲を抱く資格なんて俺にはないのに、勝手なものだ。
「俺がこのスキルを得たのには必ず意味がある、か」
あとになってみれば、芹香の言うことは正しいことがほとんどだった。
その芹香がああまではっきり断言してたんだ。
固有スキルに対する芹香の見解は、芹香の個人的な思い入れだけではないのかもしれない。
自分の意思で始めたはずなのに、無理だと思うと逃げてしまう。
正しいと信じてるはずなのに、自分の意思を貫けない。
そんな自分を変えたいと、これまで何度思ってきたことか。
「どう考えても、最後のチャンスだろ、これ」
いきなりダンジョンが現れ、日常化する――
この先、こんな「イカれた」チャンスが他にあるとは思えない。
俺はベッドから手を伸ばしてスマホを取る。
「Dungeons Go Pro」を起動、もう一度「逃げる」の詳細を開いてみる。
Skill──────────────────
逃げる
S.Lv1 戦闘から逃げることができる。
使用条件:
戦闘エリアの外側に向かって(30-5×S.Lv)秒間逃げ続ける。
戦闘エリアの範囲は、敵の初期位置の中心から半径(10×S.Lv)メートルの空間。
特記事項:
逃走成功時に所持金を落とす。
落とす金額は、所持金の({50-10×S.Lv}±20)%の範囲でランダムに決まる。落とす金額がマイナスになることはない。
能力値補正:
「逃げる」の所有者は、各能力値に以下の補正を常に受ける。
HP -20%
攻撃力 -50%
防御力 -60%
精神力 +20%
敏捷 +200%
幸運 +400%
────────────────────
各項目をひとつひとつ読み返す。
あまりに厳しいデメリットにイラつくが、その感情はひとまず脇に置く。
何度か読み返して、ひとつだけだが気がついた。
「……なんでここに改行があるんだ?」
俺が気になったのは、最初も最初、スキル名とそのスキルレベルの部分である。
────────────────────
逃げる
S.Lv1 戦闘から逃げることができる。
────────────────────
ステータスのほうでは、『逃げる S.Lv1』となっていて、『逃げる』とスキルレベルのあいだに改行はない。
ステータスと詳細画面で書式がちがうといえばそれまでだが、他の可能性もあるはずだ。
「この『S.Lv1』の下に、『S.Lv2』『S.Lv3』……みたいに続くんじゃないか?」
「逃げる」の効果は現状が最終形ではなく、まだ可能性を秘めているということだ。
「スキルレベルを上げればデメリットも減るしな」
戦闘エリアの範囲はスキルレベルが上がるたびに広くなるし、「逃げる」のに必要な時間も短くなる。
「逃げる」のスキルレベルが5になれば、「逃げる」のに必要な時間は5秒まで減る。
wikiによればスキルレベルの上限は5らしいので、必要時間が0になることはなさそうだが。
「そもそも、デメリットしかないスキルなんてものがあるのか?」
スキルは忘れることができないのだから、もしそんなスキルを覚えてしまったら最悪の場合詰んでしまう。
そういった地雷のようなスキルがあるのなら、wikiや掲示板で話題になっていなければおかしいだろう。
俺は飛び起きて、パソコンを起動する。
wikiや掲示板、SNSを改めてチェックするが、「このスキルは地雷だから覚えるな」といった話題はどこにもない。
「狂戦士化」のように、攻撃力が3倍になる代わりに戦闘終了まで敵に突撃し続ける、というスキルはあるが、デメリットだけというスキルは見当たらない。
たいていのスキルはむしろ、デメリットなど一切なく、探索者を一方的に強化するだけのものである。
その分、デメリットのあるスキルは、メリットの部分が尖ってる。
そういうところはゲームと同じだな。
「このスキルよりこっちのスキルのほうがよくね?」といった話題はよくあるが、そうした話題もほとんどの場合「そいつの目指したい方向による」という結論に落ち着いてる。
要は、「ゲームバランス」が取れているのだ。
「これがゲームなら最適なスキル構成がある程度煮詰まってくるもんだけど……」
この「現実」においては、どうもそうではないらしい。
スキルがあまりにも多彩すぎてそのすべてを把握してる者がいないというのがひとつ。
もうひとつは、それほどの数があるにもかかわず、どのスキルにもそれ相応のメリットがあって、単純な「死にスキル」がないということだ。
芹香が言ってたのはこのことだったのか。
……もう一度だけ、試してみよう。
「逃げ」ろというなら、「逃げ」てやるさ。
でも俺は、「逃げる」からは逃げてやらん。
もう一度だけだ。
もう一度だけ、このゴミスキルと向き合って……
それでもダメなら……
「……いや、もう逃げてなんてやるものか。どうせ詰みかけた人生なんだ。クソステだろうがやってやる!」
お世辞にも前向きとはいえないが、ともあれ、覚悟は固まった。