軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

60 ふにゃあ

「怒らないで聞いてくれる?」

「……ああ。なんだ?」

「たぶん悠人は、怖いんだと思う。自分なんかと付き合ったら相手の女性が不幸になるんじゃないか……って」

「……かもな」

「だけど、私はそれが悪いことだとは思わない。自信満々で俺と付き合え、俺がおまえを幸せにする、なんて男の人は、掃いて捨てるほどいるけどさ。そういう人に限って、自分しか見てないもんだよね」

「経験があるみたいな口ぶりだな。あ、いや、詳しくは聞かないけど」

「な、ないよ! 自慢じゃないけどこの歳まで男の人とお付き合いしたこととかないから!」

「え、マジで?」

「悠人だってそうでしょ?」

「そうだけど、芹香だぞ?」

「正直言うと、昔から男の人が苦手なんだ。探索者なんてやってるととくに、男の人の嫌な部分を見ることもあるし」

芹香は協会の監察員もやってるしな。

直近ではほのかちゃんの件もあった。

ダンジョンで一旗揚げようなんて男には、向こう見ずで自信過剰で、欲望に忠実なやつが多いだろう。

芹香の両親が不仲だったことも男性不信の原因かもしれないな。

「自信満々で俺の彼女になれ!なんて言えちゃう男の人って、なんかイヤ。男性と付き合うことで女性がどういうリスクを負うかってこと、ちゃんと想像してるのかな?って」

芹香は美人で性格もいい。

これまでにそういう男から言い寄られて迷惑をこうむったことがあるんだろう。

「そもそも、自信満々で言い寄ってくるってだけでも、女性からすると普通に怖いし……。まあ、今の私だったら、いざとなれば力づくでお引き取りいただくこともできるけどね。それでも、相手の都合を考えずに自分の欲望をむき出しにして迫ってくる人は怖いよ」

「それはそうだろうな……」

俺にそんなふうに言い寄られた経験があるはずもないが、ちょっと想像するだけでも怖いよな。

しかも、たいていの女性は、腕力では男に敵わない。

ある意味では、襲いかかってくるモンスターからどう逃げるかって話に近い。

「悠人がためらうのは、それだけ相手の女性のことを考えてるからだと思う。付き合うのが怖いなんて、当たり前だよね。相手のことが深くわかってるわけじゃないんだから。それなのに、俺は怖がってないなんて強がりながら迫ってこられたら、ああ、この人は自分の心の中のこともわかってないのかって思っちゃう。自分の心もわからない人が、他人の心をわかるはずがないよ」

芹香は言葉を切ってワインを口にする。

「もちろん、悠人がためらってる理由はそれだけじゃない。やっぱり、悠人は昔のことを引きずってる」

「……いい加減割り切れと思うか?」

「思わないよ。引きずってるなら引きずってるでいいじゃん。昔のことを忘れられないのも悠人の優しさなんだよ。悠人が優しさのせいで過去を引きずってるんなら、私は引きずったままの悠人と一緒にいたい」

「芹香……」

視界が滲んだ。

俺は目頭をぎゅっと締めて、涙が溢れるのをなんとか堪える。

そのあいだに、芹香はワインの残りをあおるように飲み干した。

空になったグラスに、手酌でなみなみとワインを注ぐ。

芹香は俺のグラスにもワインを注ぐと、自分のグラスをさらにあおる。

「いいんだよ。怖くても。結果として私を傷つけたとしても、私は悠人をうらんだりしない。悠人ばかりに戦わせないで済むように、私は探索者になったんだ。悠人はゲームとか好きだから、探索者になったらもっと仲良くなれるかもって打算もあったんだけどね」

芹香はそう言ってくすりと笑う。

「でも、いつのまにか強くなりすぎちゃって、焦ったなぁ。ほら、男性の探索者って、自分よりレベルの高い女性と付き合うのは気が引けるって言うじゃない?」

「そうなのか?」

「そんなの、関係ないのにね。そうは言ってもレベルは大事だ、男の沽券にかかわるとか言って無理をして、死んじゃったりする人もいるんだよ。そうじゃないのになぁ……」

言いながら、ワインをどぱどぱと注いでいく。

芹香はテーブルに顔を近づけて、溢れそうなワイングラスに口をつける。

「そうじゃなくて、今、一緒にいたいのに……。釣り合いがとれるとれないなんて、勝手に言わせておけばいいことじゃん」

「……そうだよな」

「ね、お付き合いしようよ、ゆうくん」

「か、簡単に言ってくれるな」

「簡単なことなの! 私がいいって言ってるんだからいいんだよ。そばにいて。一緒にいて。それから…………ふう」

「お、おい、ちょっと飲みすぎじゃないか?」

「ふへへ……うるさぁいのだ。酔わなきゃこんな話できないよ。ゆうくんも飲んで、飲んで」

ボトルをつかんで俺のグラスに溢れるまでワインを注ぐ芹香。

「わ、おまえ、こんなに……」

芹香は自分のグラスをぐいっとあおって、

「――私、待ってるから」

コツン、とグラスがテーブルに触れる音。

「ゆうくんが、それでもためらいがあるって言うんなら、それがなくなるまで待ってるよ。ためらいがあっても進むと決めたんなら、そのためらいごとゆうくんを受け入れる」

はふぅ、と熱い呼気を吐いて、芹香がテーブルに頬杖をつく。

そのまま、とろんとした瞳で俺の顔を覗き込んでくる。

「あ、今なら、お試しってことでお泊まりコースでもいいんだよ? うふふ、ドキッとした? なんだかはるかさんみたいだね」

「お、おまえなぁ」

「もぉ、心と心でつながるとかめんどくさーい! ね、身体と身体でつながっちゃお? そうすればもう悠人も逃げられなくなるだろうし。私たち、もう大人なんだからさ」

芹香が俺の左腕にしなだりかかってくる。

酒で体温の上がった芹香の身体は、驚くほど熱くてやわらかい。

「ねえ、どうなの……? 黙ってたらわからないよ。教えて、ゆうくんのほんとの気持ち……」

「せ、芹香……」

唇が触れ合ってしまいそうなほど近くに芹香の顔がある。

――ここで言うべきだ。

俺はとうとう覚悟を決めた。

この先、うまくいかないことだってあるかもしれない。

だが、それでも、今この瞬間の決定を後悔することはないだろう。

芹香が愛しい。

芹香が好きだ。

その気持ちを伝えたい。

伝えてからどうするかなんて、あとで考えればいいことだ。

「――芹香! 俺は……!」

芹香の手を取り、正面から向き合って、俺はその言葉を口にする。

いや、口にしようとした。

だが、

「ふにゃあああ……」

猫みたいな声を上げながら、芹香が俺の膝の上にぐたりと倒れる。

「せ、芹香? おーい、芹香さーん?」

「眠いぃ……寝りゅぅ……」

もごもごとつぶやくと、芹香は俺の膝の上でそのまま寝息を立てはじめるのだった。