軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

57 俺の人生に未実装のイベント

ギルド加入の手続きを終えると、灰谷さんは書類を大きな封筒にしまいながら、

「さて、野暮な話はここまでにいたしましょうか」

「えっ、今のが本題なんじゃなかったのか?」

「私にとってはそうですね。ですが、それだけでしたら蔵式さんにご足労願うのではなく、こちらから出向いていたでしょう」

「じゃあ?」

と問いかける俺に、灰谷さんは答えず、

「では、マスター。ご健闘をお祈りしています」

意味ありげに言い残し、そそくさと部屋を出て行ってしまった。

残された芹香は、なぜか緊張した面持ちだ。

「ええっとね……」

「どうした?」

歯切れの悪い芹香に俺が首を傾げてるあいだに、芹香は深呼吸して「よしっ」と気合いを入れた。

……なんだよ。こっちまで身構えるじゃん。

今さら気合いを入れるような関係でもあるまいに。

と、俺は思ったのだが、次の芹香の言葉に、俺の頭は完全にフリーズすることになる。

「デートしよ」

…………。

……えっ?

何かありえないことを聞いたような気がする。

でえと。

デート?

「デートって……まさか、あのデートか?」

「他にどんなデートがあるの?」

「スマホのアプリを開いて使おうとしたら、ポップアップが出てアプリストアに飛ばされた。バグの修正があるらしい」

「それ、アップデートだよね!?」

「こう、親しき仲にも礼儀ありみたいな感じで、振っちゃいけない話題ってのもあるもんだよな。そういう話題のことを……」

「うん、デリケートな話題って言うね! もう、聞こえてるんでしょ!?」

「すまん、その二つ以外に大喜利のネタが思いつかなかった」

「デートって短い単語だからね! 聞き間違えるのも難しいよね!?」

「念のために、もう一度だけ聞くんだが……デートって、あのデートのことだよな?」

「たぶん、そのデートで合ってるよ」

「……彼氏と彼女がやるやつか」

「彼氏と彼女か、そうなる可能性があるかもって相手とするものだね」

「そ、そうか……」

俺はしばし考えてから、

「はっ!?」

と、急に後ろを振り返る。

「後ろに誰かいたりしないから! 間違いなくゆうくんに言ってるから! 私は悠人を、デートしようって誘ってるの! もう、ここまで言わせないでよっ!」

顔を赤くして、芹香が叫ぶ。

「……そんな馬鹿な……俺の人生にデートなんてもんが実装されてたのか?」

それもこんなかわいい女の子(もう大人だが)と?

嘘だろ?

「ねえ、嫌なの!? 私とデートなんてしたくないってこと!?」

「い、いや、とんでもない!」

俺は首を左右にぶんぶんと振る。

「じゃあいいんだよね!? 行くよ!?」

「わ、わかった。といっても、どうしたらいいんだ?」

「み、見たい映画があるから、まずは映画館に行こうよ。上演時間は……わっ、もうこんな時間! 急がなきゃ!」

というわけで、俺は芹香と「デート」することになった……らしい。

え、マジ?

映画を見終えた俺と芹香は、遅めの昼食をとりながら、映画の感想交換に花を咲かせた。

最初はぎくしゃくしてた俺たちだが、この頃にはなんとか会話が成り立つレベルにまでは立ち直ってる。

映画という、しゃべらなくてもただ一緒に観てるだけでいいものが最初だったのが、功を奏した格好だ。

このデートプランはそこまで考えて作られてるんだろう。

なんとなくだが、芹香に「ご健闘をお祈りします」とか言ってた灰谷さんの顔が脳裏をよぎった。

「えーっと、次は……」

三時が近づいたところで、芹香が脳内の予定を検索し始めた。

「ショッピングと水族館、どっちがいい?」

「そうだな……」

女性の買い物は長くて大変だ……なんて話も聞くが、そんなのはモテるやつの遠回しな自慢だよな。

モテないやつの僻みかもしれないが。

とはいえ、とくに買いたいものもないので、水族館のほうが楽しめそうではある。

芹香の買い物に付き合ってもいいが、女性のファッションに気の利いたコメントができるとは思えない。

だが、ここで俺は、前に芹香と交わした雑談のことを思い出す。

「俺の服を見てくれるって話があったよな」

「そうだったね。ふふっ。覚えててくれたんだ」

嬉しそうに芹香が微笑む。

「じゃあ、ショッピングにしようか。悠人の服を見にいこう」

「あんまり高いのは買えないぞ」

「一着くらいおしゃれな服があってもいいと思うよ? 高いと言っても、べつにブランド品を買おうってわけじゃないんだし」

「任せるよ」

今なら多少高い服でも買えなくはない。

単にこれまで高い服を買う機会がなかっただけだ。

探索者協会本部のある新宿は、当然だがショッピングにも便利である。

これまで俺が足を踏み入れたことがないようなおしゃれ空間を、芹香は慣れた足取りで進んでいく。

「あ、これなんか似合いそう」

と、芹香が手に取ったのは春物のジャケットだ。

「そうか? イキって見えないか?」

「ちょっとくらいかっこつけてもバチは当たらないって。他の部分はベーシックな感じにしてさ……」

「ああ、これくらいなら俺でも着れるな」

「こっちを合わせてもいいんじゃないかな? ジャケットは同じで、インナーだけ着回す感じ」

「ズボンとちょっと合わなくないか?」

「うーん、そうだね……。それならボトムスも買っちゃおう。これとかいいんじゃない?」

「おいおい、何点買わせるつもりだよ」

「まだ見てるだけだってば」

芹香は俺を着せ替え人形にしながら、服のコーディネートに知恵を絞る。

数十分は経ったところで、

「……これでいいかな?」

姿見の前に立つ俺の後ろから、鏡の中の俺を覗き込んで言う芹香。

芹香の髪の先が俺の肩をさわりと撫でる。

距離が近くてドギマギするな。

「いいんじゃないか?」

時間はかかったが、苦痛には感じなかった。

これまでファッションに凝ったことがなかった俺には新鮮で、意外にもけっこう楽しめた。

芹香は小さくうなずいてから、

「あ、店員さん、これ全部ください!」

「ぜ、全部ですか!?」

「な、おい、芹香!?」

「支払いはこのカードで」

「こ、このカードは!? し、少々お待ちください!」

芹香が取り出したクレジットカードに、店員の態度が急に丁寧になった。

よく知らないが、なんかすごいカードらしい。

「今試着されているものはそのまま着ていかれますか?」

「はい、値札だけ取っちゃってください」

「かしこまりました」

店員さんが俺の着ている服から値札を外していく。

そのあいだに別の店員さんが現れて、芹香が買った服をうやうやしく包装紙に包んでいる。

包装された服は、簡単には捨てられない感じの高級そうな紙袋に入れられた。俺の着てきた服も綺麗に畳まれて同じ袋に入ってる。

店員さん二人に見送られ、俺と芹香が店を出る。

「おい、芹香。金なら……」

「いいじゃない。プレゼントだよ。どうせお金なんて使いきれないくらい持ってるから。素直にもらって、もらって?」

「……わかったよ。ありがとう」

「うん、よし!」

満面の笑みを浮かべた芹香にどきっとして、俺は思わず顔を逸らす。

「……どしたの、悠人?」

「い、いや、なんでもない」

「へんなの」

と、小首を傾げる芹香。

たぶん、本気でわかってないな。

芹香は昔から、こういう無防備なところがある。

少しは自分の魅力を自覚してくれないと、一緒にいるこっちの身がもたないよな。

紙袋を抱えたまま、デパートから外に出る。

太陽は都心のビルの奥に隠れ、空には茜色と藍色のグラデーションが描かれていた。

「お店、予約してあるんだ。行こ」

と、芹香が微笑む。

茜色に染まった笑みが眩しいのは、ビルの隙間から射し込む夕日のせいだけじゃないだろう。

「お、おう」

俺は、「魅了」の状態異常にでもかけられたかのように、ただふらふらと幼なじみについていくのだった。