軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55 ブラックギルドは滅びてからも始末が悪い

「幻獣召喚」に失敗した翌日、俺は芹香に呼ばれて新宿の探索者協会本部にやってきていた。

広い場所で改めて「幻獣召喚」を試したいのはやまやまだが、先に約束をしてたからな。

俺は、芹香がギルドマスターを務める探索者ギルド「パラディンナイツ」のギルドルームに通される。

ギルドの応接室には、芹香と灰谷さんがいた。

灰谷さんがコーヒーを運んでくれるのを待ってから、

「わざわざ来てもらってごめんね」

と、済まなそうに芹香が言う。

「いや。まだ忙しいんだろ?」

「うん。『羅漢』がガタガタになってるからね。政治的なあれやこれやで全然探索ができないよ」

「『羅漢』か……どういう状況になってるんだ?」

あのダブルフラッドで、「羅漢」はギルドマスターである 凍崎(とうざき) 純恋(すみれ) を失った。

というより、凍崎純恋が非業の死を遂げたことこそが、光ヶ丘公園ダンジョンのフラッドを引き起こしたのだろう。

はるかさんによれば、ダンジョンとは「ひしゃげた魂の造り出す蟻地獄」らしいからな。

ダンジョンの成り立ちについて、この世界で知ってるものがいるとは思えない。

だが、「羅漢」で起きた反乱の直後に 氾濫(フラッド) が起きた――

これを単なる偶然で片付けるのは無理がある。

「光が丘公園ダンジョンで起きたことの一部始終は『羅漢』の生き残りが証言してくれたんだけど……それがまた、ことがことだからね」

「『羅漢』で横行していた虐待的な探索者管理も問題ですが、凍崎純恋をボス部屋に放り込んでモンスターPKを行ったことも問題です」

と、補足するように灰谷さん。

PKとは、言わずもがな、プレイヤーキルの略称だ。

元はMMORPGの用語だが、この狂った現代においては、ダンジョン用語としても既に市民権を得てるらしい。

もちろん、探索者は「プレイヤー」じゃないけどな。

「凍崎純恋は、虐待的な管理については加害者ですが、モンスターPKについては被害者です。もっとも、形式的に被害者だからというだけで彼女に同情する者は皆無に近いと思いますが」

灰谷さんが眉をわずかにひそめてそう言った。

「生き残った連中はずいぶん素直に証言したんだな?」

てっきり反乱のことは黙ってるかと思ったんだが。

「黒い天狗面の男に言われたのだそうですよ? せっかく助けたのだから、『羅漢』にはもう二度と捕まるな、と。それが彼にとっては何よりの礼なのだそうです。名乗りもせず、恩にも着せずに颯爽と立ち去ったとのことですが」

「ふふっ。誰だろうね、そんなかっこいいことを言ったのは?」

芹香がからかうように聞いてくる。

どうやら、生き残ったあの女性は、律儀にも俺の言葉を守ったようだ。

「モンスターPKの件で生き残りが処罰を受ける可能性は?」

「生き残った三人はモンスターPKに関してはただの傍観者だったみたいだね。首謀者のギルド幹部たちはみんなあの場で死んじゃったって」

「彼女らの証言を信じるならば、ですが」

凍崎純恋をボス部屋に蹴り入れて閉じ込めたのは、Tから始まる例のあいつだ。

それに加担してボス部屋の扉を押さえてたのは、スーツ組がほとんどだった。

スウェットを着たやつも何人か加わってた気がするが、今となっては誰がそうだったかまではわからない。

お揃いのスウェットを着せられ、頭は坊主にされてたからな。

あの混乱の中で顔を覚えておけってほうが無理だろう。

……スマホで録画しておけばよかったな。

ダンジョンの外での一幕は録画したんだが、肝心のあの場面は録画しそびれてしまった。

でも、しょうがないだろ。

さすがにあんな事態になるとは思ってなかったんだから。

あまりの急展開に傍観者だったはずの俺まで驚いてしまい、録画しようなんて思いつきもしなかった。

だが、これだけは言えるな。

「その女性の証言は信じられると思うぞ。凍崎純恋を殺すのに反対してた唯一の人間だからな」

その前には無謀な「レベルドレイン」をやろうとした凍崎純恋を土下座してまで止めようとし、ボス部屋の扉が閉じられてからはモンスターPKに反対した。

一本筋の通った女性だよな。「羅漢」なんかに置いておくのがもったいない。

彼女が他の生き残りはモンスターPKに加担していないと証言したのならそうなのだろう。

もちろん、かばってる可能性もなくはないが……ぶっちゃけ、俺にとってはどっちでもいい。

あれは、凍崎純恋の自業自得だ。

反乱を起こさなければ他の誰かがボス戦で死んでた可能性も高い。

事件の細部を掘り起こすことで、これまで散々死にそうな目に遭わされてきた連中を加害者に仕立て上げたいとは思わないな。

……って、そういえば俺は「英霊召喚」で凍崎純恋の亡霊を召喚できるんだったな。

だからと言って俺があの天狗面の男ですと名乗り出て、法廷で凍崎純恋の亡霊に証言をさせる、なんてことをする気はまったくないが。

「悠人がそう言うならそうなんだろうね」

「いずれにせよ、他に証言者はいないのです。真相は藪の中ということになるでしょう」

芹香は肩をすくめ、灰谷さんはまだ疑わしそうな顔をしてる。

「『羅漢』はどうなるんだ?」

「脱退者が相次いでるね。内部告発や、過去の虐待を訴える動きもあるみたい。その対応に当たる幹部が減ってるもんだから大混乱だよ」

「当分の間、ギルドとしては機能しないでしょうね」

「フラッドの原因が凍崎純恋の死にあるんじゃないかって話は出てないのか?」

「出てるけど……証拠がないからね」

「もともと、ダンジョン内で探索者の死亡事故が起きたあとにフラッドが起きやすいのではないか、という意見はありました。今のところ関係が証明されるには至っていませんが」

「問題は元『羅漢』の探索者の受け入れ先でさ。なまじ人数が多い分、影響が大きくて」

「大量の探索者が活動休止に追い込まれかねませんからね。探索者協会は探索者同士のマッチングや他のギルドへの紹介でてんてこまいです」

「……そのマッチングや紹介も課題が多いんだよね」

芹香がため息をつく。

「どういうことだ?」

俺の質問には灰谷さんが答えた。

「『羅漢』は探索者を使い捨てにしてましたからね。所属探索者にまともな教育を施していないのです」

「ああ、そういうことか」

精神論と恐怖による支配で回ってたブラックギルドだからな。

支配から解放されたときに気づくのは、心身をボロボロにされた挙げ句、ろくなスキルも身についてない自分の姿だ。

「だから、他のギルドは元『羅漢』ってだけで引き受けを嫌がっててね。かくいうウチも、ちょっと受け入れる余裕はないかなって感じなんだけど」

「善意で受け入れて、ブラックギルドのやり方を持ち込まれても困りますから」

「なるほどな」

芹香たちも相当に苦労してるらしい。

「って、前置きが長くなっちゃったね。今日悠人に来てもらった用件なんだけど……」

芹香はそこで言葉を切り、俺をまっすぐに見つめて言った。

「ねえ、悠人。『パラディンナイツ』に入らない?」