軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

230 逃亡者・蔵式悠人(2)

「人違いだ、と言ったら?」

……我ながらすかした物言いだが、「烏天狗のお面」を付けるとなんとなくこんな感じになってしまう。

アイテムの隠された効果――ではなく、単に気持ちの問題だろう。

「質問しているのはこちらだ」

特殊部隊員のような男がそう答える。

ライフルの銃口をこちらに向けてこそいないものの、油断のない構えに見える。

銃を使った戦闘のみならず、格闘の心得もありそうだ。

「冗談のわからない奴だな。で、俺がその蔵式なんとやらだとして、何の用なんだ?」

「質問しているのはこちらだ、と言っているのだがな」

「そうは言っても、俺はあんたらが誰なのかもわからないんだぜ? 知らない人についてっちゃダメだって大人の人に言われなかったか?」

俺の混ぜっ返しに眉ひとつ動かさず(バイザーで顔は見えないが顔の筋肉を動かした気配はない)、男が言った。

「蔵式悠人。おまえには逮捕状が出ている」

「……は?」

と、思わず素に戻る俺。

って、それはシャレにならないぞ。

あまりに唐突だったので間の抜けた反応になってしまったが、よく考えてみると――いや、全然考えなかったとしても、相当ヤバい事態だ。

「そう言うってことは、あんたらは警察官なのか? 大体、俺を何の容疑で逮捕するっていうんだ?」

あまり答えを期待してはいなかったが、男は律儀に答えた。

「我々は ECRT(エカート) ――内閣官房探索犯罪即応部隊だ。蔵式悠人、貴様を防諜法違反容疑で逮捕する」

「防諜法……?」

「国家機密に係る諜報行為等の防止に関する法律――俗に言うスパイ防止法だ」

日本には他国には存在するいわゆる「スパイ防止法」がない、というのは過去の話だ。

といっても、そんなに遠い過去のことじゃない。

例の奥多摩湖ダンジョン崩壊時の核ミサイル危機の後で、折村内閣が最後の政権浮揚策として打ち出し、一部野党の猛反対を押し切って採決した。

ふつう、法律の施行までは時間を取るものだが、この法律に関しては今月の頭からの施行という異例のタイムスケジュールになったらしい。

一般人である俺には関係のないこと――とは言い切れない。

有力な探索者には海外の工作員からのスカウトもあるという。

大金をちらつかせる、好みの異性を近づける、弱みを見つけて脅迫する、といった感じだな。

直接的な引き抜きでなくても、指定戦略探索物を国の許可を得ずに他国に高額で売却するような不届きな探索者もいるらしい。

でも、俺の所属する「パラディンナイツ」はコンプラに厳しいからな。

定期的に灰谷さんから注意やアンケートが回ってくるし、ダンジョン関連の新しい規制ができればそれもすぐに通達してくれる。

俺が防諜法成立の経緯について知ってたのも、灰谷さんのブリーフィングのおかげである。

だが、

「俺がスパイだって? どこの国のだよ?」

今のところ俺はそうした接触は受けていない。

もし受けたとしても全力でスルーすることはまちがいない。

そもそも俺は、例のミサイル攻撃を非公式に撃墜したわけで、国防にはむしろ貢献しかしていない。

可能性があるとすれば……同盟国であるアメリカからの引き抜きとかか?

俺と凍崎誠二との因縁は、その手の機関が本気で調べればすぐにわかることだろう。

凍崎が権力者となったことを嫌って俺がアメリカに流れるとでも疑われんだろうか?

しかし、俺の予想は大きく外れた。

「エリュデュシア王国だ」

真面目そのものの口調で言う男に、

「……それ、どこ?」

しばし考えてから俺は聞き返す。

地理が苦手だったやつの中には、「そんな国あったっけ?」と思ったやつもいるかもしれないな。

何を隠そうこの俺もだ。

一応、地理の乏しい脳内知識を検索してはみたものの、そのものずばりの国名は見当たらない。

かろうじて近いと言えそうなのはエリトリアだが、白地図上でエリトリアの位置を当てろと言われたら勘に頼るしかないだろう。

少なくとも、はるか遠くの日本までスパイを送り込んで俺に接触を図るような国ではないはずだ。

「とぼけるな。異世界シュプリングラーヴェンのエリュディシア王国だ。日本国が友好関係を結んでいるラマンナ共和国の敵対勢力に当たる」

「いや、知らんて」

一体どこからそんな話が出てきたのか。

あるいは、この話自体が俺を拘束するための口実なのか。

「あんたらが本当に警察官だという証明はできるのか?」

「われわれは厳密には警察官ではないが、逮捕状ならここにある。どのみち、おまえに抵抗する権利はない。大人しく同行してもらおう」

「ふぅん……」

こんな事態でも比較的冷静でいられるのは、探索者として経験を積んだからだろうか。

何度も絶体絶命に近いような目に遭ってきたからな。

だが、今回のこれはこれまでの危機とは毛色が違う。

これまでの危機は、最終的には力づくで突破すればいいだけだった。

スキルの組み合わせやジョブシステムを使って、いわば「ゲーム的な」解法を導くことができた。

でも、裁判所の正式な令状で逮捕されるという事態を、力づくで突破していいものだろうか?

もちろん、今の俺にならECRTとかいうらしい特殊部隊の連中を振り切って逃げることも、返り討ちにすることもできる。

さっきからこっそり鑑定をかけているが、彼らの平均レベルは3000くらい。リーダー格の男――「 東堂(とうどう) 啓輔(けいすけ) 」だけは16147と高めだが、それでも俺の相手は務まらない。レベルだけなら芹香のほうが上だからな。

このレベルなら国内レベルランキングの上位に食い込むはずだが、特殊部隊員のこの男はランキングの適用をオプトアウトしてるんだろう。

ちなみに、東堂の固有スキルは「揺るがぬ心」。

戦闘中に動揺を感じることがない、という、強いようでもあり、そうでもなさそうでもある効果だな。

どちらかといえば、それに付随するようにして書かれている「精神に作用するあらゆる状態異常にかかってもマイナスの影響を受けない」のほうが有用そうか。

そして、東堂には、当然のように凍崎誠二の固有スキル「作戦変更」によっていくつかの「作戦」が付与されている。

「俺に従え」、「力こそすべて」、「手段を選ぶな」、「最後の一滴まで搾り取れ」の四つだな。

凍崎誠二の作戦付与については、俺の中で仮説がある。

凍崎誠二は選挙に勝ち、総理大臣となることで、「作戦変更」の適用範囲を広げたんじゃないか?

そのうえで、あの演説の最中に「作戦変更」を発動した。

演説の締めくくりの言葉はこうだった。

『私はここに、日本国民の「作戦変更」を宣言する! 「俺に従え」、「力こそすべて」だ、生き残るためには「手段を選ぶな」、そして、掴んだ果実からは「最後の一滴まで搾り取れ」!』

……うん、真っ黒だよな。

「作戦変更」という固有スキルの存在を知らなくても違和感を覚えそうな表現だ。

ただ、ギリギリ一般的な表現だと言い抜けられそうな範囲でもある。

おそらくは、俺の「逃げる」同様、発動したことを認識できないような不可思議な効果が働いてるんだろう。

「作戦変更」の適用範囲については推測するしかない。

なにせ、凍崎のステータスはシステムに秘匿されてたからな。

だが、選挙がなんらかのきっかけになったのは状況からして間違いない。

全国に向かって演説を打つだけで「作戦」をかけられるというのではいくらなんでも条件が緩すぎるからな。

ゲーム的な発想をするなら、「作戦」を決めるのはリーダーであるプレイヤーキャラクターの仕事だろう。

ゲームによっては号令、命令といった言い方をする。

「作戦」を出すのは、自分が操作していないキャラクターに自分の望む行動を取らせるためだ。

となると、凍崎が総理大臣というこの国の「リーダー」になったことがなんらかの意味を持ってるんじゃないか?

総理大臣になりさえすれば全国民を対象とできるのか?

いや、そうだとすると「作戦」を付与される側の同意が必要ないことになって強すぎる。

「作戦」にはデメリットも存在することから、なんらかの意思表示が必要と考えるべきだろう。

たとえば……選挙で凍崎ないし自政党に票を投じたことをもって、凍崎をリーダーと認めたと見なされる、とかか?

……って、そういえば俺は?

今回の選挙で、俺は自政党に投票している。

凍崎が総理になるとわかっていれば入れなかったのだが、凍崎は小選挙区で惨敗する見込みだったからな。

俺も関係した核ミサイル危機の後で、日本を取り巻く安全保障環境は極度の緊張状態にある。

太平洋戦争開戦前夜や、キューバ危機に喩えた評論家もいる。

今の状態で、安全保障に弱く、政権運営能力に疑問が残る野党への政権交代は、リスクが高い。

俺のみならず大多数の有権者がそう考えたようで、今回の選挙は終わってみれば自政党の地すべり的な大勝となった。

元はと言えば折村総理の核攻撃容認への批判が解散の理由だったのに、首をすげ替えただけで自政党が逆に議席を伸ばすという皮肉な結果になっている。

それはともかく、俺は比例区では自政党に投票している。

それが凍崎をリーダーと認めることになっているのだとしたら、俺にも「作戦変更」がかかっている可能性がある。

俺は東堂に気づかれないよう、自分自身に「詳細鑑定」をかけた。

……あった。

「詳細鑑定」で表示される隠されたステータスに、東堂と同じ四つの作戦が並んでいる。

……そういえば。

ほのかちゃんとの合流を急いだとはいえ、駅のホームから直接外に飛び出したりしたのは、俺にしては思い切った行動だった。

そう、「手段を選ばない」行動だな。

それでも、過去に見た「作戦」をかけられた連中――お隣の弟君や男児会の探索者たち――と比べると、俺の精神への「作戦」の影響は軽微に思える。

ひょっとすると、能力値の精神力の値が高いと影響されづらいというような、隠れた「仕様」があるのかもな。

もちろん、だからといって放置しておきたいものではない。

俺は「強制解除」を使って自分にかけられた「作戦」を解除した。

もしかしたら、「作戦」のせいで強硬策に考えが傾いていたのではないか?

そんなふうにも疑ったんだが、俺の思考の方向性は解除の前後でほとんど違いがないようだ。

若干、強硬策を取ることへの恐れや、逮捕状が出たことへの社会的な不安が強くなったか?

「作戦」で抑えられていた弱気な感情が解放されたということだろう。

この程度なら考えに影響をおよぼすほどではないが、もしこの効果がずっと強かったら、一線を踏み越えるやつも出てくるはずだ。

……って、待てよ?

俺はふと思いついたことを実行する。

目の前にいる東堂に「強制解除」を使い、「作戦」を解除したのだ。

「なあ……俺を逮捕するという考えに変わりはないか? 異世界との行き来の方法は政府しか知らないんだろう? 俺が異世界の敵国と通じてるなんて、馬鹿げた話だと思わないか?」

そう訊いてみるが、

「何を馬鹿なことを。われわれの仕事は法の執行だ。内閣の下した判断を疑うことはわれわれの職務の範囲を逸脱している」

東堂からはクソ真面目な模範解答が返ってきた。

「……自分の頭で考えない奴に期待した俺が馬鹿だったよ」

と、思わずつぶやく俺。

東堂に付き従う二人の隊員にも「強制解除」をかけてみるが……まあ、無駄だろうな。