軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

214 灰谷さんのターン

以前、「凍崎誠二の政治生命を断つ」と断言した灰谷さんは、その後様々な手を打ったらしい。

その結果が、全国紙にもでかでかと掲載された「ゲンロン.netに対する共同緊急非難声明」だ。

ゲンロン.netの悪質な対立煽りとマネタイズの問題について、各界の錚々たる顔ぶれが口を揃えて非難の声を上げたこの声明は、国内のみならず海外でも大きな話題になっている。

声明に参加した顔ぶれで目立つのはやはり、社会学者、政治学者、ジャーナリスト、元知事の有名弁護士といった左派に分類される識者だな。

彼らがこうした問題について発言するのは、正直言ってそこまで意外ではないだろう。

なんなら以前から既に警鐘を鳴らしてた人もいる。

人選が左に寄ってると偏向報道と捉える人も出てくると考えた灰谷さんは、保守界隈からも大物を何人か呼び込んだ。

文学者の夏目青藍、元自衛隊統合幕僚長佐々木孟紀、扶桑新聞論説委員の舟木俊隆、元駐米大使の中津川桔平……。

文句のつけようもなく右派、あるいは政権に近いと見なされる人たちが、普段は犬猿の仲の左派の識者とともに共同声明を発したのはインパクトがあった。

しかし、灰谷さんはそれでもまだ不満があったらしく、ネット界隈の有名人であるゆきむらやマイチューバーのKIRINにも参加を呼びかけた。

これは、「良識的な(と自認している)オールドメディアが新興ネットメディアを叩いてるだけ」というよくある図式にとられないよう、ネット界隈の有名人も巻き込んでおこうという作戦だ。

その結果、SNSでは「#分断ビジネス」が連日トレンド入り。

SNSでの過熱をテレビが伝えたことで、さらに騒動が広がった。

選挙前にもかかわらず、なぜ党派や主義主張を越えて共同声明が出せたのか?

俺も最初は驚いたんだが、灰谷さんから事情を聞かされて納得した。

彼らは、多かれ少なかれゲンロン.netの「被害者」だったのだ。

彼らはなまじ言論人として名が知れてるだけに、ゲンロン.netの配信者から標的にされやすかった。

ネット上での誹謗中傷などかわいいもの。

大学の講義や講演会などで許可もなくライブ配信しながら罵詈雑言を浴びせられたり、街頭で突然取り囲まれて吊し上げを食らったり、職場に街宣車を乗り付けられて名指しで終日侮辱されたり……。

いきなり難癖をつけられ、あまりのことに返す言葉を失ってるところだけを都合よく切り取って、「論破した」と動画で流すパターンが多いらしい。

反対勢力の有名人を面と向かって叩くことが、一種の度胸試しや「武勇伝」にされてたみたいだな。

各界の著名人たちにはそんな「実害」を受けてた人も多かった。

一部の過激な人のふるまいとして世間的にはスルーされてたとしても、言論を生業にする人たちにとっては 腸(はらわた) の煮えくり返るような事件だろう。

逆に、著名人の中には、創設当初に「ネット上に公共的な言論空間を創り出す」という謳い文句に乗せられ、ゲンロン.netの配信者となり、その後幻滅して去ったという人もいる。

声明に参加した有名ブロガーなどは、「いかにして私はゲンロン.netに煽動されたか」という実体験に基づく告白を公表した。

もちろん、ゲンロン.netで活動していた配信者たちは大荒れだ。

共同声明参加者に殺害予告をして警察に逮捕された配信者もいるくらいにな。

各配信者のシンパだった奴ら――たとえば男児会や女自会のメンバーのような――も、配信者に負けず劣らず敵対者への攻撃に没頭した。

しかし、ゲンロン.netに直接触れていなかった一般市民は、総じてゲンロン.net配信者に冷めた目を向けていた。

いや、静かな怒りと言ったほうがいいだろうか。

――自分たちはこんな荒唐無稽な主張に踊らされるほど馬鹿だと思われているのか?

と。

その怒りは当然、ゲンロン.netという下劣なプラットフォームを作った張本人――凍崎誠二へと向けられた。

吹き荒れる批判に自政党内部からも凍崎誠二を切るべきとの声が上がり、折村総理も名指しこそ避けたもののゲンロン.netに関わった議員の扱いについては十分に考慮すると発言、火消しを図った。

とまあ、そんな経緯がある以上、凍崎誠二の政治的野望はもはやこれまでと言っていいだろう。

コールドハウスについては気がかりだが、いくら強力な探索者を抱えていても選挙に勝てるわけじゃない。

ちなみに、選挙の趨勢については、自政党一人勝ちの観測が出てるみたいだな。

ゲンロン.netの炎上を考えれば自政党人気が翳りそうなものだが、忘れてはいけないのは先日のダンジョン崩壊と核ミサイル攻撃容認の一件だ。

ゲンロン.netのことはそれはそれとして追及すべきだが、安全保障上の重大な懸念が持ち上がった今、政権運営に不慣れな野党への政権交代はありえない、という空気ができあがっている。

そのあたりは共同声明に参加した識者の中でも、「凍崎誠二の暴走を許した自政党を許すな」という立場から、「凍崎誠二の個人的資質は問うとしても選挙の投票先がそれに左右されるべきではない」という立場まで様々だ。

結局、いつも通りにいつも通りの相手と決して折り合うことのない批判と非難の応酬を繰り広げてる感じだな。

……その普段通りの子どもの喧嘩じみた決めつけ合いがゲンロン.netと較べてそんなに偉いのか? といった疑問が沸かなくもないが。

数は少ないが、社会の分断が進んだことに対し、自分たちにも責任があると考えてる識者もいるのが救いだろうか。

文学者の夏目青藍は、こんなふうに言っている。

『我々の、決して妥協を許さぬ敵対的な言説こそが、社会の分断を実際以上に誇大化し、その修復がさも絶望的であるかのように見せかけてきた。我々言論人はそのことを率直に認めねばなるまい。ゲンロン.netは分断を作為的に煽っている点で論外ではある。だが、我々の『言論』とて、大なり小なり同じ陥穽に陥っているのではないか? 我々言論人もまた、意見の対立する相手とのあいだに社会的な合意を目指す努力を怠ってはいなかったか? 社会の分断があるからこそ言論で飯が食えるのだと、開き直ってはいなかったか? そしてまた、意見が対立する相手のことを、それでもなお、民主主義の一翼を担う貴重なパートナーとして尊重しようと思っていたか? 反省せねばならぬ、猛省せねばならぬ』

まあ、反省するのは結構なんだが、正直言って長続きしないのではないかと疑ってる。

こういう人たちの場合、口先だけで反省の言葉を口にすることはあっても、その反省に基づいて具体的な行動を起こすことはほとんどないからな。

単に、重く受け止めてる自分は己に厳しくて偉い、といった回りくどいマウンティングなんじゃないかと疑ってしまう。

俺に関係することで言えば、学校におけるいじめやひきこもりの問題を、「重く受け止める」と言った政治家はかなりの数に上ると思うんだが、これらの問題を解決するような手立てが十分に打たれたとはとてもじゃないが思えない。

って、そんな政治の話は置いといて。

「神取の行方はわからないのか?」

俺は灰谷さんに気になってたことを訊く。

「ええ……依然としてわかりません」

と、灰谷さんが首を振る。

そう。女自会の神取は、搬送された病院から逃亡した。

探索者の逃亡を阻止するための措置は講じられてたし、警察や監察員の監視もあった。

だが、神取は脱走に成功した。

病室のシーツの上にはぼろぼろに風化した拘束具 だった(・・・) ものが残されていたという。

おそらくは固有スキルの「実験空間」で拘束具を風化させたのだろう。

「実験空間」は対象の任意のパラメータを書き換えるスキルだ。

拘束具の「時間」を早めたのかもしれないし、「強度」や「密度」をいじったのかもしれない。

拘束具を急速に酸化させるとか、分子間の結合力を弱めるとか、頭良さげな理系的解決策はいくらでも思いつく(と灰谷さんが言ってた)。

神取は科学者だけにそのあたりのことはどうとでもできるんだろう。

レベル22万にもなる神取の逃走を防ぐのは難しいかもしれないとは思ってた。

ただ、常に俺が張り付いてるわけにもいかないし。

雑喉のこともそうだが、高レベル探索者が法を犯した場合に誰がどうやって捕らえるのかは、ものすごく難しい問題だよな。

「凍崎やコールドハウスが匿ってるってことか?」

「なんとも言えませんね。神取さんは『実験空間』によって容貌を変えることができるはずです。ステータス上の名前すら、パラメータとして書き換えられる可能性があります。追跡は非常に困難かと」

「あのスキルにはそういう使い方もあるのか」

逃げに回られれるとかなり厄介な能力だな。

「雑喉とは違い、無意味に人を襲うようなことはなさそうなのが不幸中の幸いでしょうか」

「魔苔からモンスターを生み出すための実験台として人をさらうかもしれないけどな」

「警察の追跡を逃れながら研究施設を用意するのは難しいはずです。当面は大人しくしているものと思いたいですが……」

「あのラボにあった研究資材や試料はどうだったんだ?」

「マウスの受精卵にダンジョンで採取した魔苔を埋め込む研究をしていたようですね。魔苔によってマウスをモンスター化できるのであれば、それはそれで大発見と言えるでしょう」

「その言い方じゃ成功はしなかったんだな?」

「そのようですね。神取さんは自分自身の身体に魔苔を注入するようなこともしていますが、それだけでモンスターになることはなかったと、実験ノートには記されていました」

「男性根絶ウイルスの件は?」

「そちらは完全なデマと言っていいでしょう。そのような研究をしていた形跡はありませんでした」

「じゃあ、神取の研究はろくな成果を上げてなかったってことか?」

「いえ、そうでもありません。神取さんはダンジョンから魔苔を抽出し、安定した形で保持する手法を編み出していました。しかし、ダンジョンを経由せずに魔苔から直接モンスターを生むことには成功していません」

俺がダンジョンマスターの技能でモンスターを作れるのは、ダンジョンの機能を利用してのことだ。

俺だけの力でDPを直接モンスターにできるわけじゃない。

魔苔は、ダンジョンに回収されてDPとなる前の、使用済みDPの残り滓のような存在だ。

その残り滓をリサイクルすることは、今のところダンジョン機能を使うしかない。

だが、神取は自分の身体の一部を「実験空間」でダンジョンに作る変えることができる。

当初の仮説(魔苔には魔苔生物叢というマイクロモンスターのバイオームがあるという説)とは別の話になってるが、惜しいところまで近づいてたと言えなくもない。

「もし神取が発見されたら教えてくれ。たぶん、俺じゃないと捕まえられない」

あの時みたいに、全身のマイクロダンジョンをフラッドさせて無数のスライムマクロファージを霞のように浴びせてくる、という戦法を取らなかったとしても、レベル22万の能力値だけでも危険すぎる存在だ。

神取はレベルランキングをオプトアウトしてるみたいだが、もしそうでなかったら国内レベラン1位は固かったろう。

神取は探索者としての活動にはまったく興味がないようなので、戦闘慣れしてなさそうなのが救いだろうか。

とはいえ、普通の探索者――いや、国内最上級の探索者であっても危険な相手には違いない。

「その時にはお願いします」

灰谷さんが共同声明をセッティングした関係で、灰谷さんは今日ギルドルームに詰め切りだ。

日曜なのに一人で仕事というのもかわいそうだったので、俺と芹香も選挙帰りに立ち寄ったってわけだ。

「悠人。そろそろ行かないとじゃないの?」

「おっと。もうそんな時間か」

芹香に言われて、俺は用事があったのを思い出す。

「今から海ほたるダンジョンですか……。まあ、蔵式さんなら踏破してしまうのでしょうが」

「未踏破のまま残しておくのも気持ち悪いからな」

前回緊急要請で潜った時は、保護(?)した男児会の探索者たちを連れ帰る必要があったため、海ほたるダンジョンを踏破する余裕はなかった。

でも、結構特色のあるダンジョンだからな。

今回のAランクダンジョン周遊の締めくくりってことで最後に踏破しておくのも悪くない。

「開票までには戻ってくるよ」

「いや、普通は数時間で踏破できるダンジョンじゃないと思うんだけど……」

呆れ顔で言ってくる芹香に一時の別れを告げて、俺は海ほたるへと向かうのだった。