軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

208 順位

―朱野城芹香視点―

――時間は、悠人から神取さんと男児会の探索者たちを制圧したと連絡を受けたときまで遡る。

「……こっちにもお客さんが来たみたい」

私は、意識の焦点を、悠人との通話から通路の奥へと切り替える。

今私と翡翠ちゃんがいるのは、海ほたるダンジョン第二層――これまで高ランク探索者の通行を阻んできた水没部の入口となる大穴の前だ。

その大穴のある部屋に、入口側の通路の奥から背の高い男が現れた。

見た目は二十代後半くらい。

真っ白な長髪のところどころに蛍光紫のメッシュを入れ、耳はもちろん唇や眉の上にまで銀のピアスをつけている。

瞳の色が赤いのは生まれつきだと吹聴してるらしいけど、ほんとかどうかはわからない。

髪は根本が黒いから染めたんだろうってことはわかるけどね。

逆に、肌は不自然なほどに日焼けしてる。

ホストが着てそうなブランドもののスーツを着崩して、足だけはなぜかサンダルだ。

男は、気だるそうとも剣呑ともつかない目を、大穴の周囲に展開する私たちに向けてきた。

協会では、有名な人物だ。

有名と言っても、ほとんど悪名のほうだけどね。

「…… 雑喉(ざこう) 迅(じん) 。悪名高い『塩柱』がなぜここに?」

私の斜め後ろで翡翠ちゃんがつぶやくのが聞こえた。

『大丈夫なのか?』

と、悠人がスマホ越しに心配してくれる。

つい最近まで、心配するのは私のほうだった。

それがいまや、悠人は私を追い抜いて、国内でも並ぶものがいないほどの強さを身につけた。

「大丈夫。私を誰だと思ってるの?」

私は落ち着いてそう答える。

『わかった。なるべく早く――』

という悠人の言葉は途中で切れた。

逆にあっちのことが心配になるんだけど……こっちはこっちで面倒なことになるかもしれない。

「いよう、協会の犬ども。今日のところは見逃してやるから、さっさとこの道を空けやがれ」

男はそんなことを言いながら無造作に穴に近づいてくる。

その前に、私が立ち塞がる。

「……ぁん? なんのつもりだ?」

チンピラそのものの口調で男が私を睨みつける。

「 雑喉(ざこう) さん。この先は現在取り込み中なの」

「だからどうした? 俺が行きたきゃ行く。それだけだ」

引き下がらない雑喉に、私たちの近くにいた監察員の探索者が口を挟む。

「た、探索者協会監察局は、現在このダンジョンを封鎖している。この封鎖に法的強制力はないが、所属探索者には探索者協会の規約に基づき、可能な限りの協力を求めることができる」

「何ヌケたこと言ってやがる。俺は協会になんざ入ってねえよ。てめえらの指図を受ける筋合いはねえ」

言って、強引に足を進めようとする男に、

「『塩柱』――あなたの目的はなんです?」

と翡翠ちゃんが訊く。

「話す義理はねえな」

男――雑喉は無視して進もうとするが、

「まさかとは思いますが……あなたまでもがネットのデマに踊らされてやってきたのではありませんよね?」

「ちっ、あんな馬鹿どもと一緒にされるのは癪だな……」

顔をしかめた雑喉が、初めて足を止めて、翡翠ちゃんをギロリと睨んだ。

「あの研究捏造ビックリ女が男性根絶ウイルスを作ったとかいうトンデモヨタを信じたわけじゃねえよ。俺の用事は別にあるんだ――どけ」

「あなたの普段の行いからすると、噂を信じていなかったとしても安心はできません。ちょうどいい機会だと思ったのではないですか?」

「ぁん?」

「奥で揉めてる男児会、女自会の探索者をまとめて塩柱に変えてしまっても、今なら事故としてうやむやにできる……と」

「ククッ、答える必要を感じねーな」

「ここで言葉を濁すのなら、あなたがいわゆる『プレイヤーキル』を狙って奥に進もうとしているものと見なさざるをえません。当然、警察にも通報します。ここにいる監察員全員が証人になることでしょう」

翡翠ちゃんの突然のキラーパスに、監察員たちがやや青ざめた顔でうなずいている。

今、私たちと一緒にいる監察員は三人だ。

もちろん、こんな事件に駆り出された人たちだから、実力的には一線級。

だがそれでも、悪名高い『塩柱』が相手となれば話は別だ。

大体、お世辞にも報酬がいいとは言い難い監察局は人材難で、とくにSランク探索者の数は限られてるからね。

その数少ないSランクの監察員が私なんだけど……

ここにいる三人が不安に思うのも当然な事情がひとつある。

「ふん、レッドネームってだけじゃ証拠にはなんねえぞ」

めんどくさそうに答える雑喉に、翡翠ちゃんが食い下がる。

「あなたには疑惑が多すぎます。そのひとつだけでも立件されれば、あなたは高確率で刑務所行きです。場合によっては絞首台に送られるでしょう」

「ハン。俺を逮捕できるような奴がいるんならな」

やってみろと言わんばかりの口調で、雑喉が答える。

雑喉はちらりと私を見ると、

「『パラディンナイツ』の 朱野城(あけのじょう) だったか。聖騎士だのなんだのと言われて浮かれてるみてーだが、レベラン21位ぽっちのクソ雑魚が勘違いしてんじゃねえぞ。おまえんとこのサブマスは俺が何位か知らねえのか?」

私と翡翠ちゃんはちらりと目を見合わせた。

翡翠ちゃんは私にだけわかる角度で小さくうなずく。

「……んだよ、その態度は。少々数がいるくれーでレベラン3位の俺に勝てるとでも思ってやがんのか? こと対人戦に限っちゃ、正直言って俺は国内最強。なんなら、21位と247位、それから、ここにいる出涸らしみてーな監察員どもを全員塩柱に変えてやってもいいんだぜ?」

21位で私を、247位で翡翠ちゃんを指さして雑喉が言った。

殺意を隠そうともしない雑喉に、監察員の誰かが悲鳴を漏らす。

―― 雑喉(ざこう) 迅(じん) 。

探索者協会未所属の探索者。

ギルドにも所属してるという話はない。

今本人が言った通り、雑喉は国内レベルランキングで3位に食い込む実力者だ。

ランキングによれば、現在の雑喉のレベルは14409。

レベルランキングはダンジョン探索用アプリDungeons Go Proの機能でオプトアウト(非適用に)できるから、必ずしも雑喉がレベル順で国内3位であることを保証するものではない。

各国政府がレベルランキングに現れない高レベル探索者を抱えてるという噂は常にあるし、実際私はそういった人がいるのも知っている。

国お抱えでなくても、何らかの理由があってランキングをオプトアウトしてる探索者も結構いる。

たとえば、悪目立ちして厄介事を持ち込まれたくないとかだね。

とはいえ、レベルランキングに載ることは、実力ある探索者として名前を売る絶好のチャンスでもある。

企業や研究機関、政府といった「外部」(探索者界隈の外という意味で)から仕事を受ける上ではかなり役に立つことも事実なのだ。

私も翡翠ちゃんも、「パラディンナイツ」のギルドマスター、サブマスターとして、仕事上の便宜のためにランキングからのオプトアウトはしていない。

……まあ、単純にランクが上がると達成感があるとか名前を知られて承認欲求が満たされるみたいな理由でやってる人も多いみたいだけどね。

「人のことを順位で呼ばないでくれないかな」

私は肩をすくめてそう返す。

「てめえらが身の程を弁えねえで俺に逆らうからだろうが。なんだ、そんなに俺と 殺(や) り合いてえのか?」

雑喉は口角を吊り上げてそう言うと、両手の指を鈎状に曲げて身構える。

オープンフィンガーグローブから覗く指先が、口を開けた蛇のように筋張った。