軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

197 疑惑

三層最初の部屋にいたのは、下半身が血まみれの男だった。

壁に背をもたせかけた男は、右足を根本から食いちぎられてる。

止血だけはしたようだが、出血量を考えればまだ意識があるのが驚きだ。

少し迷ったが、俺はアイテムボックスからエリクサーを取り出し、男の身体に振りかけた。

エリクサーは飲んでもかけても効果は同じだ。

止血帯を破って生足が再生する様子はちょっと気味の悪い光景だな。

「え、エリクサー!?」

と、男が驚く。

今さら繰り返すまでもなく、エリクサーは貴重品だからな。

エリクサーについては、認識を改めたことがある。

以前から、エリクサーが貴重だということはわかってるつもりだった。

だが、Aランクダンジョン周遊を終えて、俺はエリクサーの貴重さを以前よりも上方修正する必要に迫られた。

なぜかって?

Aランクダンジョンを20個も踏破したってのに、そのあいだにエリクサーをドロップするモンスターに一体も遭遇しなかったからだ。

芹香や灰谷さんの話では、Sランクダンジョンである新宿駅地下ダンジョンでは、一層のフロアボスがまれにエリクサーを落とすという。

国内でのエリクサーのドロップの報告例は、それ以外のダンジョンではわずか数カ所にすぎない。

世間的にエリクサーが貴重だと言われ、国の指定探索物とされてる意味が、ようやく正しく認識できた。

だが、となると、納得できないことがある。

俺がエリクサーを手に入れたのは、実家の近くにある黒鳥の森水上公園ダンジョン――Cランクダンジョンなのだ。

ダンジョンボスの三枠目のドロップという入手困難な設定ではあったが、とにもかくにも俺はあのダンジョンでエリクサーを手に入れることができた。

しかし、その後Aランクダンジョンに潜る中で、ドロップアイテム枠にエリクサーがあるダンジョンボスは一体もいなかった。

水上公園ダンジョンでほのかちゃんを騙そうとしてた不法探索者たちは、あそこのボスから低確率でエリクサーがドロップするとほのかちゃんに吹き込んでたらしい。

結果として三枠目にエリクサーがあったことから、俺はひょっとしたら不法探索者たちの話はデマではなかったんじゃないかとも思ってた。

でもこうなると、やはりその話はデマだったと考えるほうが自然なんだよな。

謎が謎を呼ぶ形になったが、ともあれ、俺の中でエリクサーの貴重度は以前よりかなり上がってる。

それが、エリクサーの使用を一瞬ためらってしまった理由である。

とはいえ、目の前にいる重傷者を無視してエリクサーを節約するという選択肢はない。

さっきまで千切れてた足を確かめるように触ってる男に、

「男児会の人間か?」

「あ、ああ……。そうだ」

「足はメガロドンにやられたのか?」

「そうだ……。なんとか三層へのポータルに飛び込んだんだが、歩けなくなって、このざまだ」

「置いていかれたのか?」

「違う! 男児会は誇り高き日本男児の集まりだ! 仲間を見捨てるわけがねえだろ!」

罪もない女性を脅すような活動をしてる連中に「誇り高き」とか言われてもな。

「ここに置いていくのは見捨てるのと同じだと思うけどな」

「女自会の神取を止めねえと、世界中の男が皆殺しにされるんだぞ! おまえだってそのためにここに来たんだろ!?」

「馬鹿を言わないでくれ。ネットの噂を真に受けて人をリンチしにきた奴らを止めに来ただけだ」

「な、なんだと!?」

男は立ち上がり、俺に向かって剣を構えようとする。

が、そこで動きが止まった。

俺が「霊圧」を浴びせたからだ。

「霊圧」の効果は動きが鈍くなるだけだが、男の意気を削ぐには十分だろう。

「やめておけ」

「うぐ……」

「おまえの言う日本男児ってのは、受けた恩を数秒で忘れるような奴のことを言うのか?」

「ちっ……クソ、そりゃそうだな」

案外素直に、男は剣を鞘にしまった。

「……あんたが噂の黒天狗か?」

「知ってるのか?」

「男児会には『羅漢』出身の連中もいる。光が丘公園のフラッドで黒天狗に助けられたって話は聞いてるよ」

ああ、そりゃそうか。

「男児会を止めに来たと言ったな?」

「ああ。……まさかやる気か?」

「まさか。こんなとこまでソロで来られるようなバケモンと戦えるか」

「そういう判断はできるんだな」

と、皮肉が漏れてしまった俺を、男が睨む。

「……どうせ、ネットのデマに踊らされる馬鹿だと思ってるんだろ?」

答えにくい質問に、俺は返す言葉に詰まった。

「たしかに、俺は馬鹿だよ。親からも学校のセンコーからもバイト先の上司からも、ずっと馬鹿だ馬鹿だと言われ続けてきた。そんだけじゃねえ、親の連れ子の妹からも、バイトの女子高生からも馬鹿にされてきた。勉強もできねえ、頭も 悪(わり) ぃ、仕事も覚えらんねえ続かねえ……。女自会の連中が俺みたいなののことをなんて言ってるかわかるか?」

「いや……」

「トラッシュ・マンだとよ。無能な男はただのゴミだ、女性の社会進出のためにいなくなれ……だ。女性様に居場所を譲ったあとに、俺はいったいどこに行きゃいい? 人の居場所を奪っておいて勝ち誇った顔で『差別が減った』と抜かすのが、あの地雷女どものやり口なんだよ!」

「……悪いが……」

唐突に始まったこいつの自分語りに付き合ってる時間はない。

こいつの歪んだ思想信条に逐一つっこみを入れてる時間もな。

「まあ、もう少しだから聞いてくれ。いくらあんたでも神取のラボの位置までは知らねえだろ?」

たしかに、俺は神取の極秘ラボとやらの位置を知らない。

ダンジョンマスターの技能でわかるのは、そのフロアの構造までだ。

そのフロアに後から人為的に付け加えられた施設があったとしても、その位置まではわからない。

ボス部屋やポータルの近くにあるならともかく、フロアの隅にでもあったら探し出すのは大変だ。

俺が返事をしなかったことを、男は肯定と捉えたらしい。

「俺は馬鹿だから、何を信じたらいいんだかわかんねえ。自分の頭で考えろと言われたって、俺の頭で考えたことなんざ、どっか間違ってるに決まってる。このクソみてえな世の中は、俺より頭のいい奴らが勝手に決めた、俺には理解できねえルールで回ってやがるんだからな」

「……誰かに相談すればいい」

「誰を信じたらいいかもわかんねえんだよ。俺の周りには馬鹿しかいねえし、頭のいい奴の言ってることは理解できねえし、テレビもネットもみんな勝手なことばかり言ってやがって、どれがほんとだかわかりゃしねえ。読んだことねえが、本や雑誌に書いてあることもどうせ嘘ばっかなんだろ? だから俺は、信じたいものを信じることにした。信じたいと思った奴の言ってることだけを信じることにしたんだ」

「……その信じたい奴の言ってることが間違ってたら?」

「知るかよ。そんときゃ一緒に間違うだけだ。俺が信じた奴が間違うんだ。そんならあきらめもつくってもんだろ」

……まあ、一理はあるんだろうか。

男児会の過激な街宣で嫌悪や恐怖を覚えた女性がそんな言い分を認めるとも思えないが。

「男児会の奴らはみんなそういう考えなのか?」

「んなわけあるか。みんなちげーよ。行き場がなくって来たって奴もいれば、単に暴れたいだけだろって奴もいる。悪い奴もたくさんいるが、みんな男児会の仲間なんだ」

「男児会の考えに賛同して集まったんじゃないのか?」

「男児会の中もいろいろなんだよ。俺らは、大和についてくことにしたグループだ。俺たちの置かれた状況に同情し、あいつは声を上げてくれた。ネット上でいくら女どもや頭良さげな連中から叩かれても、俺らの怒りを『ゲンロン』って奴に変えてくれたんだ。ヤワそうに見えて、 侠気(おとこぎ) のある奴なんだよ」

「……そうか」

大和の意見が正しいかどうかなんて、この男にとってはどうでもいいんだろう。

ただ、大和を見込んでついてくことにした――

そういうことなんだろうな。

まあ、「悪い奴もたくさんいる」と自慢げに言うような集団に「侠気」などと言われても、社会の多数派は眉をひそめるだけだと思うんだが。

結局、こいつらの仲間意識は、とことん内側だけを向いている。

「黒天狗さんよ。あんたは正義の味方なのか?」

「そんな大層なもんじゃない」

「けっ、そうじゃない奴が見知らぬ怪我人にエリクサーなんか使うかよ」

まあ、それはそうかもしれないが。

「男児会が掴んだラボの場所を教えてやる。だが、頼みがある」

「……聞けるものと聞けないものがあるぞ」

「女自会の神取が企んでることがマジだったら、あんたはどうする?」

「Y染色体を持つ人間だけを死滅させるウイルスを培養してるって話か?」

「詳しいことは知らんが、男を皆殺しにするウイルスのことだよ」

「そりゃ、もし本当なら止めるさ。本当ならな」

神取がそういったウイルスを培養したいと考え、研究してる可能性はある。

だが、今の神取にそれを実現できる技術はないだろう。

この先そんなことができるようになるかも怪しいとこだ。

神取の入れ込んでる「魔苔」は、彼女の期待してるようなものじゃないんだからな。

とはいえ、万一本当にそんな研究を進めてるようなら、神取を生け捕りにした上で、研究成果は闇に葬り去ってしまいたい。

貴重な研究成果がもったいない――と言う奴もいるかもしれないな。

でも、そんな人を不幸にしかしない研究なんざ、なかったことにしたほうが世のためだ。

……それは俺が判断することじゃないって? そんなの知るかよ。

「頼みってのはそれでいいのか?」

「いや、そいつは頼みじゃねえよ。頼まなくてもあんたはそうするつもりなんだろ?」

「……だったらなんだ?」

「大和のことだよ。今回のことは、あいつが言い出したことだ。だから、俺らはあいつに付き合うことにした。だが……今のあいつはなんか変だ。いや、最近のあいつは、か」

「変……とは?」

「何かに取り憑かれたような顔をしてやがる。周りが見えなくなってんだ」

「それはいつものことじゃないか?」

「前はもっと余裕がある感じだった。よくも悪くも、議論を楽しんでるっつーか、他人をおちょくってるような余裕があった」

「……ふむ」

たしかに、姉である美穂さんによれば、大和はもともとお小遣い稼ぎのために言論活動(といっていいのかどうか知らないが)を始めたはずだ。

当人の言い分では、「一部の人たちが喜びそうなことを書いている」だけだ、と。

「あいつら、ソースも確認せずに自分に都合のいい妄想を頭っから信じ込むからな。楽な商売だよ」――などとも言ってたらしい。

男の言う通り、他人をおちょくってる面もあっただろう。

そんな大和が、自分の「主張」を鵜呑みにし、危険を冒して襲撃の先陣を切っている――

言われてみれば、違和感のある状況だ。

「おかしくなったのは、ネットの番組であのクソと知り合ってからだ」

「誰のことだ?」

「あいつだ、『羅漢』の親玉だった冷酷女の親父だよ」

「――凍崎誠二か」

「そいつだ。あのクソ女も気に食わねえが、その親父はもっとひでえ。自分の会社で役立たずと決めつけた連中をクビにして、食い詰めさせてから娘のギルドに入れて探索者にしてやがるんだ。同じような連中が何人も死んだって元『羅漢』の奴が言ってたぜ」

「だが、ゲンロン.netも羅漢のグループ企業とずぶずぶらしいじゃないか。男児会も大和も、結局は凍崎誠二に踊らされてるだけだ――違うか?」

「そ、そうなのか……!? だが、大和の奴は、そんなのは陰謀論だから気にするなと……」

「……ふぅん?」

大和は凍崎誠二に騙されてるのか?

……いや、違うな。

以前、凍崎誠二の街頭演説で出くわしたときの大和の様子を思い出す。

――大和は、凍崎誠二を憎んでいる。

そりゃ、姉である美穂さんが「羅漢」で酷い目に遭わされてたわけだからな。

今の男の話と合わせると、それ以前は羅漢の関連会社で働いてた可能性もある。

だとしたら、ブラック企業で虐待されてクビにされ、今度はブラックギルドで命を摺り潰すような探索をさせられてたことになる。

それも、弟である大和を育てるために――

今男が話したような裏のからくりを、頭のいい大和が知らないとは思えない。

キナ臭いものを感じて、俺は男に訊いた。

「それで、大和は? ラボに向かってるのか?」

「あいつを助けてくれるのか? それが条件だ!」

「……おまえに条件を付けられるいわれはない。だが、たとえ罪を犯した後だったとしても、その場で殺すようなことはしないし、させない。おまえともども地上に連れ帰り、法の裁きを受けさせるだけだ」

「クソっ、いちいち気に触る言い方しやがって……!」

「べつにおまえの案内が是が非でも必要なわけじゃない。時間の節約になる可能性があるから付き合ってやってるだけだ。これ以上渋るようなら、ただの時間稼ぎと見てここに置き去りにさせてもらう」

怪我が治ったとはいえ、この男一人でここから脱出できるとは思えない。

二層の水路にいたモンスターは倒したばかりだから、今なら来た道を戻ることはできるだろう。

だが、水路の前には、芹香たちと協会の監察員がいるはずだ。

かといって、ダンジョンをソロで踏破して奥の出口ポータルから脱出するのはそれ以上に難しい。

男のステータスを覗き見た上での判断だ。

なお、さっきから俺の口調がいつもより芝居がかった感じなのは、お面をつけてるせいもある。

多少意識して高圧的にしゃべってはいるのだが、それ以上に顔を隠してることによる心理的効果が大きいみたいだな。

素顔のままでこんなスカした態度は取れないからな。

「ああ、クソ。わかったよ、それでいい。こっちだ、ついてこい」

片方が剥き出しのまま走り出した男に続いて、俺は海ほたるダンジョン三層の奥を目指すのだった。