軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

166 若干の後日談と

翌朝、寝坊した俺たちを起こしに来た灰谷さんに、

「完全に事後ですね」

と言われ、俺と芹香は赤い顔で何もなかったと主張することになった。

例によって「これで何もなかったのですか……(戦慄)」とつぶやく灰谷さんから、あれやこれやの事情を聞いた。

ダンジョン崩壊が阻止されたことは既にニュースになっている。

探索者協会からの依頼を受けた探索者パーティが奥多摩湖ダンジョンに潜り、今日の昼前には四層までの調査を終えたらしい。

ジョブ世界の崩壊後奥多摩湖ダンジョンはSランクだが、ダンジョン崩壊が終息したこっちの世界の奥多摩湖ダンジョンは元通りのAランクだ。

精鋭を送り込めばスピード攻略も可能だろう。

それにしたって昨日の今日で調査終了はかなりの早さだ。

灰谷さんによれば国内の探索者のみならず海外からも有力なパーティが参加したらしい。

爆速の調査終了は、Sランクパーティ複数による分業と協力の成果なのだという。

もっとも、調査終了と言っても、崩壊の原因を解明したってわけじゃない。

単に、「どこにも変わったところはない」のを確認したに留まってる。

……そこから逆に、崩壊中のダンジョンを単独で踏破したのみならず、ダンジョン崩壊という未知の現象そのものを終息させたソロ探索者ってのは何者なんだ? という話にもなってるらしい。

神社に居合わせた人やクローヴィスから救い出した探索者たちの証言もあるからな。

はるかさんを拉致したクローヴィスを追って、俺が奥多摩湖ダンジョンを短時間で踏破したこともバレている。

「そこは、パラディンナイツ所属の探索者であるとだけ公表しています」

と灰谷さん。

「そう言っておくことで、問い合わせはこちらを通すように言えますから」

もう一つ気になるのは、ダンジョン崩壊の際に発射された弾道ミサイルのことだよな。

「結論から言うと、各国政府は弾道ミサイルの発射について公式な発表をしていません。――日本政府も含めて、です」

「クダーヴェの言ってた通りなら、ミサイルを発射したのはロシアと中国と北朝鮮のはずだ」

オホーツク海、南シナ海、朝鮮半島沖の潜水艦から発射されている。

自衛隊のイージスが二つを撃墜し、残りの一つをクダーヴェが消滅させた。

逆に言うと、アメリカはミサイルを発射していない。

「詳しいことはわかりません。おそらく、政治的な配慮からミサイルの発射自体をなかったことにする方向で手打ちが行われたのでしょう」

「日本政府もそれを呑んだわけか」

核ミサイルを撃ち込まれたことを公に認めてしまえば、それに対する報復はどうするのかって話になるはずだ。

日本に自前の核戦力はないが、日米安保がある以上、アメリカに核による報復を求めるのは自然な流れだ。

ダンジョン崩壊の阻止という大義名分はあったが、実際にミサイルが発射されたのは「天の声」が崩壊の阻止をアナウンスした後だった。

この事実が国民に漏れれば、アメリカはなぜ核で報復しないのか? 報復しないならなんのための日米安保なのか? 日本は自前で核武装し、ミサイル発射国に自力で報復するべきだ! 等々、世論が沸騰するのは目に見えてる。

それを日本政府が――あるいは、アメリカ政府が嫌ったのだ。

「クダーヴェについては何か言ってきてるか?」

「最初は問い合わせが殺到してました。問い合わせなんていう生易しいものではなく、恫喝のようなものも多かったです」

「だ、大丈夫だったのか?」

「蔵式さん。パラディンナイツは、人数こそ中規模ですが、精鋭ぞろいで有名なギルドなんですよ?」

「すまん、余計な心配だったな」

「いえ、心配してくださってありがとうございます。芹香さんのことしか眼中にないのかと思ってました」

「そ、そんなことは……」

「冗談です」

真顔だから全然冗談に聞こえないんだが。

「クダーヴェさんに関しては、途中からぱったり問い合わせがなくなりました。探索者協会や他のギルドからの問い合わせはあるのですが、政府系のものはなくなりましたね」

「……どういうことだ?」

「弾道ミサイルの発射がなかったことになったからでしょう。クダーヴェさんが弾道ミサイルを撃墜したこともなかったことになったのです」

「ああ、そういう理屈か」

「もちろん、表立っての問い合わせがないからと言って、これから先も干渉がないとは言い切れません。むしろ、あの手この手で近づいてくる輩が出てくると思っておくべきです」

「面倒な話だな」

「面倒ですが、当然ですよ。蔵式さんは、個人で大国の弾道ミサイルを迎撃する能力を所持してしまったということなのですから。いえ、迎撃だけではありません。もし蔵式さんがその気になれば、ミサイルを迎撃したあの破壊力を地上に向けることだって可能です。核以上の抑止力ではありませんか?」

「……クダーヴェが大量虐殺に手を貸すとは思えないけどな」

だが、そこまでは他人にはわからないことだろう。

「凍崎誠二は?」

「穴が塞がったことは話しました。ただ『残念だ』とだけ」

「わざと塞いだんじゃないかとか難癖をつけられたりはしなかったか?」

「ありませんでしたね」

なんだか不気味だな。

「蔵式さんのことは、政府としてもあまり表沙汰にしたくないようです。パラディンナイツのメンバーが解決に尽力した、という程度に留めておきたいのだとか」

「それは助かるけど……なんでだ?」

「海外からいらぬ注目を集めたくないようですね。優秀な探索者の引き抜きはよくあることですから」

「ふうん」

「もともと知名度のある芹香さんが表に出て対応することになると思います」

「うん、それは当然だよ。私が代表なんだから」

と芹香がうなずく。

「ほんとは、悠人のがんばりを知ってもらいたい気持ちもあるけどね」

「やめてくれ。目立ってもいいことなんて何もないよ」

まあ、俺が一人でやったことの事後処理をパラディンナイツに押し付けてるようで気が引けるってのはあるんだが。

ともあれ、あれだけの事件だったわりに、事後処理は目立たない形で済みそうだな。

俺が「困難から逃げる」で逃げてきたジョブ世界について、その後のことを知る由はない――と思っていた。

シュプレフニルによれば、世界ごと滅ぶ運命が覆り、あのまま存続することになったらしいけどな。

――ひとつだけ、心残りなことがある。

……いや、ほのかちゃんとの恋人関係は惜しかったな、とかそんなことじゃないぞ?

心残りってのは、紗雪の書いた小説のことだ。

文藝界新人賞という華々しいタイトルを取った紗雪の小説は、翌月刊行の雑誌に掲載される予定だと言っていた。

しかし、スキル世界に戻った俺に、その雑誌を手に入れるすべはない。

……と思ったのだが、こっちの世界に戻ってしばらくしてから奇妙なことに気がついた。

「アイテムボックス」のことだ。

覚えてるだろうか?

ジョブ世界にいたときに、俺は簒奪者のユニークボーナスを使って、アイテムボックスからスキル世界で入手したアイテムを取り出した。

ジョブ世界にいたのに、スキル世界のアイテムボックスにアクセスできたということだ。

スキル世界に戻ってから試したところ、俺がジョブ世界で手に入れたアイテム――魔剣・シャドースレイヤーや聖者のケープなどを、アイテムボックスから取り出すことができた。

つまり、俺のアイテムボックスはジョブ世界からもスキル世界からもアクセスでき、中身は共通ってことだよな。

俺と俺’でアイテムの取り合いになっては困るので、俺「たち」はアイテムボックスを介して文通をし、アイテムの分配や共有について相談をした。

たとえば、魔剣・ストームコーラーは俺’の愛用武器だから向こうの専用とする。

その代わり、崩壊後奥多摩湖ダンジョンで手に入れた魔剣・シャドースレイヤーは俺が自由に使っていい。

俺には神様に強化してもらった「祈りのイヤリング」(あらゆる状態異常に完全耐性)があるから、聖者のケープなどの状態異常対策アクセサリは俺’に譲った。

俺が元々持ってるアイテムで俺’が使いたいものがあれば融通するし、その逆も適宜相談する。

「逃げる」を使ってボスからレアアイテムを無限に盗める俺は、エリクサーをかなり楽に調達できる。

逆に「セイバー・セイバー」でパーティ活動をしてる俺’は、ダンジョンの宝箱から回収したアイテムが余りがちだ。

俺と違って「逃げる」たびに金を落としたりもしないから、レアアイテムは売らずに取っておくことが多いらしい。

つまり、二つの世界の俺のあいだで、アイテムボックスを利用したトレードができるってことだ。

それはいいのだが、高校生の自分と文通するのは奇妙な感覚だよな。

俺と同じお世辞にも上手いとは言えない筆跡を見るたびに、ああこいつは俺なんだなと実感する。

向こうで俺が、「できるなら進学しておいたほうがいい」と考えたことがあったよな。

その件で俺’から意見を訊かれたりもした。

俺(ひきこもり) のアドバイスが役に立つかは疑問だが、そこでひとつ重要なことに気がついた。

スキル世界とジョブ世界では時間軸に数年分のズレがある。

ダンジョンという撹乱要因があるとはいえ、技術の進歩や社会の変化は大体同じとみていいだろう。

そんなわけで、インターネットをぽちぽち検索しては、過去の「俺」の役に立ちそうな情報を探したりもしてる。

真っ先に思いつくのは当たり馬券を教えるという発想だが、あいにく俺’は未成年だし、金に困ってるわけでもない。

ただ、数年後の経済の状況だとか、就職市場の動向だとかはかなり役に立つかもしれないよな。

俺’ではなく灰谷さん’的な人を見つけてこっちの情報を教えたら大変なことをやりだしそうだ。

しかし、もう一人の俺もさるもので、「俺たちの未来は俺たちの力で切り拓く」と、必要以上の情報提供を拒んできた。

俺が相談に乗るのは本当に個人的な進路の問題だけになりそうだ。

俺という具体的な失敗例を踏まえて、輝かしい未来を手に入れてほしいもんだよな。

それにしても、ダンジョン崩壊に始まりジョブ世界からの帰還に至るまでさまざまなことがありすぎた。

俺は、世間から身を隠す意味も含めて、一、二週間ほどまとまった休養を取ることにした。

途中で風邪を引いて寝込んだが、それからも回復し、そろそろ活動を再開しようかと思い始めた矢先に、俺’から便箋と一冊の雑誌が送られてきた。

「これは……」

アイテムボックスから取り出した雑誌は、「文藝界」。

発行年月日はスキル世界より数年前の日付になっている。

表紙には「文藝界新人賞受賞作 雪代(ゆきしろ) 棗(なつめ) 『 虫籠(むしかご) 』」とある。

「おお、紗雪の小説か!」

俺は喜び、俺’の便箋を後回しにして、文藝界の表紙をめくる。

受賞作「虫籠」は、俺にとっては難解な作品だった。

文学的ではあるんだろうけど、表現が難しくて咀嚼するのに時間がかかる。

女子高生が書いたとは思えない難渋で荘重な文体だ――なんて言うと、今どきは偏見だと言われるんだろうか。

「虫籠」の舞台は高校だ。

あらゆる登場人物を突き放したような、冷徹で底意地の悪い三人称で描かれるのは、いじめを巡る少年少女四人の物語。

いじめる少女といじめられる少女は、いじめを介した共依存の関係にある。

それはある意味でとても安定した関係だった、と書かれている。

「屈辱にまみれてはいるが、冷たい泥濘に浸かっているあいだは他の汚辱を忘れることができた」――こんな表現になってるな。

「紗雪と凍崎純恋の関係――ではないな」

紗雪と純恋が共依存なんてことはありえない。

あれは文学的な内面なんてありえない、ただのむき出しの暴力だった。

凍崎純恋はモンスターだ。

あまりにもステレオタイプなモンスターすぎて、文学として掘り下げる余地すらないだろう。

紗雪はきっと、自身の体験をもとに、文学として深みのある形に脚色を加えているのだと思う。

紗雪は、辛い体験を糧にして、作品という形に昇華させた。

どちらの世界の紗雪も知る俺は、不覚にも涙が溢れそうになった。

二人の少女の関係は、ある日、一人の少年がいじめられる少女をかばったことで変化し始める。

「……まあ、俺がモデルなんだろうな」

決して気が強いとはいえない少年が奮った勇気にヒロイックさを認めつつも、その裏に隠された少女への下心と幼稚で身勝手な英雄願望を、紗雪の筆は容赦なくえぐっていく。

……俺も傷つくからやめてくれませんかね。

ところが、俺モデルの少年には彼女がいた。

その彼女は少年にかばわれた少女に嫉妬する。

嫉妬した少女は、いじめる少女を唆し、いじめの標的を少年へと変えさせる。

いじめの標的となりボロボロになる少年を慰めることに、彼女は快楽を覚えていく。

彼女はまた、いじめられることがなくなった少女に対し、優越感を隠そうともしなくなる。

「ポジション的にはほのかちゃんだけど、全然違うな」

ほのかちゃんにもちょっとヤンデレみを感じることがないでもない。

でも、ほのかちゃんにはこの少女みたいな陰湿さはないと思う。

彼女としてのほのかちゃんは、明るくオープンなライトヤンデレって感じだな。

好意をまっすぐにぶつけてきて、たまにすねたり嫉妬したりするのもかわいいのだ。

俺’が沼にハマってるのも納得だ。

いじめられなくなった少女は、共依存の関係にあったいじめ少女と、英雄願望の少年を罰したいと思うようになる。

そのための手段として、少女は狂言自殺を思いつく。

遺書を残すことで、いじめた少女にいじめの加害者であるという生涯消えることのないスティグマを残し、英雄願望の少年には癒えることのない自責の念を植え付ける。

だが、狂言のはずの自殺は、事故によって本当の自殺になってしまう。

少女の自殺後、少女の計画通りに、少女の遺書がSNSに流出する。

その流出した遺書の文面を見て、俺の頭はフリーズした。

『どうせ助けられないなら最初からなにもしないでほしかった。先に絶望するなら希望なんて見せないでほしかった。ずっと真っ暗闇だったら耐えられたかもしれないのに、なまじ光を見せられたから耐えられなくなってしまった。もうどうしたらいいかわからない。私をいじめた人たちも、私を中途半端にかばった人も、見て見ぬふりを決め込んだ人たちも、みんな社会的に死ねばいい!!!』

「……どういうことだよ」

俺は呆然とつぶやく。

「どういうことなんだよ! これはぁっ⁉」

俺は、それを 実際の(・・・) SNSで目にしたときの衝撃をいまだに覚えてる。

スマホで撮影されたノートの切れ端に、乱れた紗雪の筆跡で、一字一句違わぬ文面が書かれていた。

俺は紗雪の筆跡を知っていた。

だから、それが紗雪の遺書であることを疑わなかった。

文藝界を皺がつくほど握りしめたまま、窓の外が暗くなるまで、俺はまったく動けないでいた。

文字が見えないことに気づき、よろよろと電灯を点ける俺。

俺は、からからに乾いた喉でつぶやいた。

「……遺書がノートの切れ端だったのは、それが遺書じゃなかったからだ」

紗雪は小説を書いていた。

最終的にはパソコンで清書するんだと思うが、その前段階としてノートにアイデアを書き付けたりしてた可能性はある。

あの「遺書」の筆跡が乱れていたのは、極度の興奮のせいじゃない。

思いついたアイデアを慌てて書き殴ったからだ。

書道経験のある紗雪は、驚くほど綺麗な文字を書く。

遺書を残すなら、綺麗な字で書こうとするのではないか?

用紙だって、こんなノートの切れ端を選ぶはずがない。

「じゃあ、あの遺書は……」

自殺するまで追い詰められていた紗雪が、わざわざ小説の断片だけをSNSに流すはずがない。

小説全体を死ぬ前にアップするっていうならまだわからなくもないのだが。

同様に、小説の断片をスマホで撮って誰かに共有するとも考えにくい。

いきなりこんなどぎつい場面を送ってこられてもコメントのしようがないだろう。

旅館でも小説を書いてることを恥ずかしそうに告白したくらいだ。

他の誰かにノートを見せてた可能性は低いと思う。

だとしたら……それはつまり。

「誰かが、紗雪の創作ノートを見て、遺書の 代わり(・・・) に使えると思ったんだ……」

だとすると、あれは遺書なんかじゃない。

もしあれが遺書でないなら、

「紗雪の死は、自殺じゃない……!」

気づけば俺は、爪が肉に食い込むほど強く、右手の拳を握りしめていた――