軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

154 譲れないもの(9)俺だけのスキル

時が停まっていた。

ほのかちゃんたち三人は紫色のワイヤーフレームになっている。

崩壊後奥多摩湖ダンジョンのボス部屋も同様だ。

そして俺の視界の隅には「x0.00」の文字。

――「現実から逃げる」が発動したのだ。

「頭痛の正体はこれか」

逃げるという言葉を突きつけられるたびに意識が飛んで頭痛がした。

それだけじゃない。

俺は、逃げるという発想自体を封じられていた。

前に進まなければならない。

自分の意思を貫かなければならない。

どんな犠牲を払ってでも元の世界に戻らなければならない。

俺は押し付けられた不条理をすべて引き受け、なんとかしようとあがいていた。

だから、気づけなかった。

「この不条理は俺の問題じゃない。ほのかちゃんたちのことだって、俺に責任があることじゃない。そう『逃げる』のがむしろ自然な発想だったんだ」

「逃げる」という発想に至ってみれば、解決策も浮かんできた。

「現実から逃げる」が発動できたということは、「逃げる」はちゃんと生きている。

ステータスには表示されてなかったが、消えたわけではなかったということだ。

だが同時に、「現実から逃げる」が発動したということは、ジョブ世界は「現実」だってことでもある。

以前検討したこの世界が試練のための幻覚ではないかという説はやはり間違ってた可能性が高い。

しかし、これが現実だとすると、違和感のあることが多すぎる。

「なんで『逃げる』のことを忘れてたんだ?」

しかも、思い出すきっかけになるようなことは全部潰されるという念の入れようだ。

と同時に、まるで俺が「逃げる」を思い出すのを 待ってた(・・・・) かのようにも思えるよな。

その点では、この世界が俺に用意された試練のようなものなのではないか? という発想にも一理ある。

「……そんなことができそうな存在となると……まあ、あれしかないだろうな」

一応、この事態の元凶となった存在にも当たりがついた。

そして、この状況から脱する鍵になりそうなことにもな。

俺は小さく息をついてから、

「……『天の声』。固有スキル『逃げる』のスキルレベルを上げることはできるか?」

《あなたが現在所有しているSPは80,485,782です。固有スキル「逃げる」のスキルレベルを2から3に上げるにはSPが10,240,000必要となります。》

案の定、「天の声」が返ってきた。

「い、一千万!?」

たしか、スキルレベルを2に上げたときに必要だったSPは64万だったよな。

通常のスキルのスキルレベルを上げるのに必要なSPは、スキルレベルに応じて4倍ずつ上がっていく。

その法則で計算すると、スキルレベルを2から3に上げるのに必要なSPは256万になるはずだ。

だが、「天の声」によれば、今回必要となるSPは1024万だという。

「逃げる」のスキルレベルを上げるのに必要なSPは16倍ずつ上がってくってことか?

「まあ、今回は余裕で足りてるけど……」

スキル世界でダンジョン崩壊を止めた前後の事件でSPはうなるほど貯まってたからな。

問題は、「逃げる」のスキルレベル3で開放される新能力で本当にこの状況を打破できるのかってことなんだが……。

「そういえば、ステータスは? ステータスオープン……ダメか」

ステータスはこの世界の俺仕様のまま変わりがない。

使えることが判明した「逃げる」も表記がない。

スマホからDungeons Go Proを開いてみても同じだし、スキルレベルを上げるためのボタンもない。

でも、スキルは「天の声」に直接命令することでも上げられる。

俺が最初に「火魔法」を覚えたときも「天の声」へのコマンドで覚えたんだったな。

たとえスキルが生きてたとしても、 ジョブ(この) 世界のDGPにスキル取得やスキルレベルアップの機能がないのは当然だ。

「まあ、他のスキルは使えないのに『逃げる』だけ使える理由はわからないけどな……いや、待てよ?」

他のスキルと「逃げる」の違いは何か?

それはもちろん、

「固有スキルだからか?」

誰でも覚えられる普通のスキルと、取得者を選ぶ固有スキルではシステムの設計が違うのかもしれない。

以前「天の声」がエラーメッセージで「スキルライブラリ」なる言葉を使ってたことがあった。

普通のスキルは世界中の探索者が使用するから、その機能はスキルライブラリという形で一元化されて管理されていた。

一方、固有スキルはその所有者限定の能力だ。

同じ固有スキルを複数人が使うことが本当にないのであれば、ライブラリで一元管理する意味がない。

インターネットで喩えるなら、普通のスキルはサーバー上で管理されてるのに対し、固有スキルはローカルで管理されてるってことだな。

このばあいの「ローカル」というのは、俺の精神なり魂なりに直接埋め込まれてるってことになりそうだ。

もし固有スキルが俺の肉体――たとえば脳という物理的な器官に埋め込まれてたとしたら、今の俺に固有スキルが使えることと矛盾する。

今の俺の身体はジョブ世界の俺’のものだからな。

……っと、つい脱線してしまったな。

でも、慌てる必要がなくなったこともたしかである。

この空間において、時間の制約は存在しない。

さっきまではいつほのかちゃんたちに封印されるかもわからず、常に時間との戦いを強いられた。

今は、さっきまでの緊迫感が嘘のように薄れ、思考を自由に拡げることができている。

「やっぱ追い詰められると視野が狭くなるな」

「逃げる」に関することにロックがかかってたからなおさらだ。

思えば、俺がこの固有スキルを手に入れる前もそうだったな。

俺が現実から逃げ出した(スキルレベル2のことではなく現実世界で実際に)のは、極限まで追い詰められてからのことだった。

極限まで追い詰められてしまうと、取れる選択肢は減ってくる。

結果、逃げたあとのダメージも大きくなり、その後のリカバリーも難しくなる。

「追い詰められる前に逃げろってことだよな」

だが、それが案外難しい。

まだ追い詰められてない段階では、もう少しがんばれるのではないかと思いがちだ。

しかし、もうがんばれないと思ってからでは遅いのだ。

もうがんばれない=逃げるためのエネルギーすら残ってないってことだからな。

余力がないともはや逃げることすらできなくなる。

逃げられたとしても、それは理性で考えて計画的に行動を起こした結果ではなく、生物としての本能に衝き動かされた結果にすぎない。

「たぶん、これが答えなんだろうな。『天の声』、『逃げる』のスキルレベルを上げてくれ」