軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

131 暗礁

崩壊後奥多摩湖ダンジョン第一層攻略から一ヶ月と少し。

俺は教室の窓際の席で、バルコニーを濡らす梅雨の雨をただぼんやりと眺めていた。

今は英語の授業中だ。

定期試験のあいまの時期だからか、教室の空気は緩んでる。

ダンジョンが出現しても、高校の指導要領に変化はない。

スキル世界の時点では大学入試試験の改革なんかも行われてたが、ジョブ世界ではまだ先の話だ。

高校中退の俺ではあるが、授業にはうっすら聞き覚えがある。

そのせいで授業から意識がそれがちなんだよな。

授業を聞かなくてもいいくらいばっちり覚えているならともかく、俺のふわふわな理解度では勉強し直さないと期末は酷い結果になるだろう。

……それまでには元の世界に戻れると思いたかったんだけどな。

俺は周囲に聞かれないよう、ため息を小さく押し殺す。

第一層の攻略は、予想以上にうまくいった。

たった一日でフロアボスまで撃破できるとは正直思ってなかったんだよな。

しかも、その過程で簒奪者のジョブランクまでカンストできた。

だが、新ジョブ「ダンジョンマスター」を引っさげて挑んだ二層の攻略は、打って変わって難航してる。

ダンジョンマスターを選んだのが失敗だったとは思わないが……。

あそこで勇者でも魔王でもなくダンジョンマスターを選んだのには、当然ながら理由がある。

まず、ダンジョンマスターのサポートアビリティ【ダンジョントラベル】の存在がでかい。

【ダンジョントラベル】は、「踏破済みのダンジョンの任意の地点に転移することができる。転移には距離に応じたマナコインが必要。」という効果。

スキル世界で得たスキル「ダンジョントラベル」とほぼそっくりの内容だ。

ただ、スキルの「ダンジョントラベル」が入口ポータルまでの転移にすぎないのに対し、サポートアビリティ版は踏破済みのダンジョンなら「任意の地点」に転移できる。

崩壊後奥多摩湖ダンジョンは踏破済みではないので転移の対象外ではある。

でも、奥多摩湖ダンジョンの近くにある別のダンジョンを踏破しておけば、家に近いダンジョンからそのダンジョンまでの転移はできる。

あの日の帰りに、奥多摩湖ダンジョン近くのCランクダンジョンをさくっと踏破してブクマした。

……いや、Cランクダンジョンとはいえダンジョンボスにはレベルレイズがあるから、道中はともかくボス戦には注意が必要だ。

とはいえ、シェイドローパーにくらべればなんでもない。

おあつらえ向きにオークの上位種だったので、一層では活躍の機会がなかった堡備人海に土俵を任せて完封だ。

勇者、魔王という強力なジョブを後回しにしてまで【ダンジョントラベル】にこだわった理由は、シンプルに時間と距離の問題だ。

俺の地元から奥多摩湖までは片道数時間の道のりだ。

高校生の身分であまり遅くまでの探索はできないからな。

【ダンジョントラベル】があれば、平日の放課後にちょっと行って潜るなんてことも可能になる。

とはいえ、もちろん、放課後の探索で攻略できるほどSランクダンジョンの二層は甘くない。

実際、翌日から潜り始めた二層は、端的に言って地獄だった。

アークサハギン、キングローパー、ダークゲイザーの三種に加え、二層からは新たなモンスターが出現するようになった。

ベビーケルベロスとグリムリーパーという完全に初見のモンスターだ。

ベビーケルベロスも強敵だが、厄介なのは圧倒的にグリムリーパーのほうだ。

襤褸をまとった骸骨、という死神のイメージそのもののモンスターなんだが、VITとMNDが高くて打たれ強い上に、大きな鎌での物理攻撃には即死効果が乗っている。

ダークゲイザーに続いてまた即死かよ! と毒づきながら戦うと、あっというまに「身代わり人形」を壊された。

鎌の一撃を剣できちんと受け止めたのに、だ。

どうやら、攻撃をガードしても即死効果が発生する仕様になってるらしい。

同じ即死なら、視線即死のダークゲイザーのほうが厄介なのでは?

と、最初は思ったんだが、グリムリーパーにはダークゲイザーにはあったとある利点が存在しない。

ダークゲイザーはドロップ枠に「身代わり人形」を持ってるが、グリムリーパーは持ってない。

ダークゲイザーなら、もし視線即死を食らっても、倒すまでに「身代わり人形」を回収できればトントンだ。

視線即死を毎回食らうわけじゃないから、長期的には「身代わり人形」のストックは増えていく。

しかし、グリムリーパーはそうではない。

グリムリーパーはDEXも高いから、攻撃をすべて回避するのは難しい。

しかも、そのタフさのせいで、倒すまでにはどうしても手数がかかってしまう。

となると、グリムリーパーを倒すまでのあいだに、どうしても一回や二回は攻撃を受け止める必要に迫られる。

運が悪ければ、一戦闘中に「身代わり人形」を複数個壊されることもある。

安全を期するには一層でダークゲイザーを狩って「身代わり人形」を大量に確保するしかない。

だが、ダークゲイザー戦でも視線即死で「身代わり人形」が壊されることもある。

慣れもあって以前よりは安定して盗めるが、盗み放題というほど効率がいいわけじゃないんだよな。

「……ほのかちゃんか紗雪がいればな」

テレパスであるほのかちゃんは、精神に干渉するタイプの状態異常攻撃を防ぐ精神的な防壁を張ることができる。

黒魔術師の紗雪も、状態異常攻撃を反射する呪詛返しを得意としてる。

しかし、ないものねだりをしてもしかたがない。

「魔王のユニークボーナスに賭けるべきだったか……? でもなぁ」

ジョブ「魔王」には、「あらゆる状態異常にそれなりの耐性がある」というユニークボーナスがある。

だが、「それなりに」は程度表現の二段階目にすぎない。

ユニークボーナスの成長を期待するにしても、結局はグリムリーパー対策で「身代わり人形」を集めるはめになっただろう。

「……いや、弱気になるな。ちゃんと考えての選択だったんだ」

ダンジョンマスターを選んだのには、【ダンジョントラベル】以外にも理由がある。

ダンジョンマスターは、アイテムボックスを使えるのだ。

ユニークボーナスに「アイテムボックスの容量が破格に大きい」の一文があるが、ダンジョンマスターはそのジョブ技能の一部としてアイテムボックス――異空間にものを収納することができる。

このアイテムボックスの効果は、スキル世界のスキル「アイテムボックス」と同じに見えた。

となると、スキル世界でアイテムボックスに入れていたアイテムが、ダンジョンマスターのアイテムボックスから取り出せるのではないか?

もっとはっきり言えば、ダンジョンマスターの使うアイテムボックスは、スキル世界の「アイテムボックス」と中身がまったく同じなのではないか?

そんな期待をしてしまうような。

で、結果から言えば、この期待は当たりだった。

貯蓄してたエリクサーだとか、久留里城ダンジョンで手に入れた「レーザーブレード」だとか、アイテムボックスにしまってたからくりUFOだとかも重要だが、それ以上に有り難いのはクローヴィスから「強奪」した一連の強力な装備品である。

「世界樹の杖」、「エルヴンマント」、「隼の靴」、「殺戮の指輪」といったクローヴィスの装備してたアイテムに加え、所持品からも「雷鳴の杖」、「守護の指輪」、「エルヴンブーツ」なんかを手に入れてる。

取り出した当初はシステムの違いから説明文がバグたりしてたのだが、しばらくするとジョブ世界の能力値に変換された。

装備が魔術師寄りなのが玉に瑕だが、剣ならシェイドローパーから入手した「魔剣・シャドースレイヤー」もある。

元から持ってる「魔剣・ストームコーラー」だって悪くない。

魔剣ではないがビーム刃の出るロマン武器「レーザーブレード」も、相手によっては有用だろう。

勇者、魔王を後回しにした分は装備で補えるかも、というのが俺の目論見だったし、実際それは当たっていた。

だが、俺の想定以上に第二層は厳しかったのだ。

「はああ……」

俺は焦りをため息にして漏らしながら、望んでもいない第二の青春に戻るのだった。