軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

124 フロアボス

Aランクまでとはちがって、Sランクダンジョンには階層ごとにフロアボスが存在する。

これもまたSランクダンジョンの踏破を難しくしている一因だ。

だが、フロアボスがいることによるメリットもある。

フロアボス部屋の前後に帰還用のポータルが置かれているのだ。

ただし、これはあくまでも帰還用だ。

フロアボス前のポータルから帰還すれば、次はまたフロアの入口から再開することになる。

フロアボス後のポータルから帰還したばあいでも、ダンジョンの入口――すなわち第一層の最初からのやり直しだ。

もっとも、後者のケースにはとある救済措置が存在する。

「ふう……少し休むか」

俺はボス部屋前の安全地帯でしばし休憩を取ることにした。

女神像 のあるがらんとしたこのスペースに、モンスターが入ってくることはない。

光が丘公園ダンジョンのときみたいにフラッドでも起これば別だけどな。

ダンジョン内の安全地帯は、ランクが高くなるほど広くなる傾向にあるらしい。

高ランクダンジョンは複数パーティで共同しての探索が想定されてるのかもな。

でも、探索者側の都合としては、人の集中しやすい下位ダンジョンこそ広くしてほしいところなんだよな。

この安全地帯なんて百人は入れそうなところに俺一人しかいないし。

「やっぱり誰もいないよな」

当然だが、このダンジョンでは他の探索者の姿をこれまでまったく見かけなかった。

万一のフラッドに備えて近くに自衛隊の基地と探索者協会の支部まであるようなダンジョンだからな。

危険度という意味では国内最強。

Sランクダンジョンの中でも群を抜く。

海外のSランクダンジョンとくらべても、崩壊後奥多摩湖ダンジョン以上と言えそうなのはクフ王のピラミッドダンジョン、マチュピチュダンジョン、アレクサンドリア大図書館ダンジョンといった超大御所しか思いつかない。

ダンジョン崩壊という未曾有の現象が起きたことを思えば部分的にはそれらを上回っている可能性すらある。

「……本当に大丈夫か?」

俺は自分に問いかける。

やるかやらないか、覚悟を決めろ――的な発想は脇に置こう。

断行すれば鬼神もこれを遠ざく、なんていうが、覚悟なんていくら決めたところでモンスターがたじろいでくれるわけじゃない。

戦いになれば、その帰趨を決するのは、実力と準備と時の運だ。

「実力はある。準備はした。時の運については……知らん」

ジョブ世界が全般的に高校生の俺にとって「甘い」傾向にあるとはいえ、それが戦闘面にまで及ぶと考えるのは、別の意味で甘いだろう。

「ここで俺が死んだら……ほのかちゃんは悲しむだろうな。紗雪も、春原も」

元の世界の俺にも背負うものはあった。

さんざん迷惑をかける結果になった両親。

ずっと信じて待っててくれた芹香。

ジョブ世界とはちがった状況だが、ほのかちゃんやはるかさんだって大事な人の範囲に入ってくる。

だが、ジョブ世界の俺は、背負うものがずっと多い。

同級生で、俺のギルド「セイバー・セイバー」のメンバーでもある春原、ほのかちゃん、紗雪。

ほのかちゃんは俺の彼女でもある。

もちろん、ほのかちゃんの母親であるはるかさんとの関係も深い。

他にも、探索者として活動する中で知り合った人たちは数しれない。

「セイバー・セイバー」以外にも他の探索者と組んで探索することもある。

窮地を一緒に切り抜けた人たちだっている。

スキル世界の俺には考えがたいことだが、ジョブ世界では高校生活も順調だ。

友人といえるクラスメイトは何人かいるし、そうでない奴らともそれなりに良い関係を築けている。

スキル世界の俺と、ジョブ世界の俺と。

冷静に比較すれば、ジョブ世界の俺のほうがたくさんの人から必要とされていることは確実だ。

だから、俺は間違っても死ぬわけにはいかない。

だが――

「もし、俺が元の世界に帰ることで、この世界の俺が消えるとしたら……?」

俺はジョブ世界の俺が積み重ねてきたすべてを投げ捨てなければ、スキル世界に戻れないことになってしまう。

スキル世界の俺に元の世界に帰りたい切実な感情があるのと同様に、ジョブ世界の俺にもこの世界から消えるわけにはいかない十分すぎる事情がある。

「……やめやめ。今はそんなことを考えるときじゃない」

俺は頭を振って、こみ上げてきた感情を振り払う。

フロアボス前に弱気になるようなことを考えるべきじゃない。

それは正しいが、目の前の危機に没頭することで、いずれ直面する葛藤から「 」ただけだ――そう言われれば反論はできないな。

「さて、行くか」

時間は貴重だ。

高校生にあるまじき出張探索になってるからな。

俺がここに来てるのはほのかちゃんたちにも両親にも秘密のことだ。

当然、外泊なんてできるはずもない。

なぜ誰にも話してないかって?

もちろん、無用な心配をかけたくないからだ。

もし俺の親しいやつが急にSランクダンジョンにソロで潜るなどと言い出したら、俺は力づくででも止めるだろう。

はっきり言って自殺行為だからな。

実際、自殺目的でダンジョンに入るやつは多いらしい。

ダンジョン以前だったら首吊りや飛び降り、飛び込み等で死んでいた人たちの一部が、自殺の手段にダンジョンを選ぶようになっている。

たしかに、他の手段での自殺は失敗のリスクがつきまとうが、モンスターなら確実に殺しきってくれるからな。

政府の統計でも、確認された自殺者の数が減る一方、失踪者の数が増えてるという。

といっても、失踪者の増分がそのまま自殺者の数とも言い切れない。

前、ほのかちゃんを騙そうとした悪質な大学生探索者たちのグループがあったよな。

ああいったダンジョン犯罪の犠牲になった人たちも失踪者の中に含まれている。

ダンジョンは人を呑み込み、返さない。

だから、ダンジョン自殺やダンジョン犯罪で大事な人を亡くした人たちは、なかなか気持ちの整理がつけられないという話だ。

そんな人たちにつけ込むように、「ダンジョンに呑まれた人たちはダンジョンの向こうの世界で暮らしている」などと主張する怪しげな 輩(やから) もいるらしい。

「ダンジョンの向こう、か……」

実際問題として、はるかさんやクローヴィスはダンジョンの「向こう」の異世界からやってきた。

もちろん、 似非(えせ) スピリチュアルな主張をする連中がそれを知ってるはずもないけどな。

「俺が元の世界に帰ったら、この世界の俺も……」

……くそ。どうしても引きずるな。

俺は強く首を振ってから、フロアボス部屋の観音扉をぐっと押す。

ぎいいいいいいっ、と重い音を立ててドアが開く。

「暗い……?」

ドアの奥は、完全な闇ではないまでも、肉眼では見通せないほどに暗かった。

ダンジョンの内部は、いつも一定の明るさが保たれている。

その明るさはダンジョンによって異なるが、別途明かりを必要とするほど暗いダンジョンは見つかってない。

この崩壊後奥多摩湖ダンジョンは、ダンジョンの中では薄暗い部類。

逆に、スキル世界で踏破した久留里城ダンジョンなんかは明るかった。

光源などないはずなのにダンジョン内の光度が一定に保たれてることは、ダンジョン出現以来大きな謎とされている。

「何か……いる」

闇の奥に在る強烈な霊気に当てられて、俺の腕に鳥肌が立つ。

過去の経験からすると、自分よりレベルが上の相手だろう。

クダーヴェから感じたほどではないが、これまでモンスター相手に感じたことがないほどのプレッシャーだ。

明るくすべきか否か?

一瞬迷ったが、

「ライト」

俺はあまり使う機会のない明かりの魔法で数個の光の玉を生み出した。

浮遊する光の玉を、ボス部屋の奥へ扇状に広がるように進ませる。

明かりがモンスターを刺激するのでは? とも思ったが、いまさらだ。

むしろ、闇の中に身を潜めてるようなモンスターと戦うなら、こちらの視界をきっちり確保しておいたほうがいい。

フロアボスである以上、やりすごすこともできないんだからな。

光の玉に照らされる中に、浮かび上がるひとつの巨大な影があった。

影ってのは、比喩じゃない。

文字通り、黒く塗りつぶされた何かが、光の中に浮かび上がったのだ。

俺の放った光の玉のそれぞれが、黒く塗りつぶされた触手の束のようなものに、いくつもの長い影を作ってる。

やや広めのボス部屋の壁に、光と影の縞模様が浮かぶ。

鉄格子の中を思わせる光景だ。

大きさは……ギガントロックゴーレムと同じくらいだろうか。

輪郭のはっきりしたあれとは違い、目の前にいるフロアボスはうねうねとした不定形な存在に見える。

大きさこそ違うが、それとよく似たモンスターを道中で見た。

「ローパー……か?」

俺は簒奪者の鑑定技能をローパー?に向けた。

Status────────────────────

シェイドローパー(フロアボス)

多頭蛇S

レベル 10,200

HP 2,070,600/2,070,600

MP 1,428,000/1,428,000

STR 204,000

INT 71,400

VIT 204,000

MND 214,200

DEX 122,400

AGI 112,200

LCK 40,800

撃破時獲得経験値 0

撃破時獲得マナコイン(円換算) 53,040,000

ドロップアイテム 奇跡の雫 崩壊後奥多摩湖ダンジョン第二層への魔鍵 魔剣・シャドースレイヤー

──────────────────────

「レベル10000超え……!」

しかも、

「通常ボスじゃなくてシークレットボスのほうかよ!?」

そう毒づき、剣を構える俺の前で、

「PUSHIIIIIIIIIIIII……!!」

ボス部屋に伸びた影という影が、まるで生きているかのように 蠢(うごめ) いた。