軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

101 一撃に全てを

計算通り、「現実から逃げる」が発動した。

「……ふう。なんとかなった」

一度目は、芹香の告白から逃げた。

二度目は、クダーヴェの威圧から逃げた。

クダーヴェはともかく、芹香には悪いことをしたといまだに思う。

でもまあ、あのあと芹香も酔いつぶれてしまったからな。

あれはノーカン扱いにしてもらおう。

それでも、芹香が勇気を出して俺との関係を進めようとしてくれたからこそ、今俺はこうして「現実から逃げる」を使えている。

自分をどのくらい追い込んで「現実から逃げたい」と思えばいいか、その匙加減がつかめてるからな。

「ありがとな、芹香」

帰ったらあいつのことを力いっぱい抱きしめたい。

そのあとのことは……まあ、その場の流れだろう。

俺と芹香のことだからまた日和ってグダグダになるおそれも多分にある。

灰谷さんに冷やかされること請け合いだ。

死亡フラグはへし折ってきたつもりだが、冷静に考えてみると、あれはあれで新種の死亡フラグのような気がしなくもない。

……まあ、最終的には俺の覚悟の問題だからな。

あれだけかっこつけておいて死んだりしたら、ただ死ぬよりも恥ずかしい。

だから、間違っても死ねない。

そういうことだ。

俺は紫のワイヤーフレームと化した「穴」周辺の光景を見下ろしてみる。

さっきまでは 空隙(ブランク) が視界に入り込むたびに目が飛んでたんだが、今の状態ではそれがない。

かといって、「穴」に実体的な何かが見えるわけじゃない。

底知れない虚無の淵。

そうとしか言いようのないものがそこに開いてる。

人間の認識を拒むという 空隙(ブランク) が見えるようになったのは、時間が止まったからか、それともここが亜空間だからか。

その「穴」の外縁から這うようにこの世界に侵入してきてるのが、界竜シュプレフニルの白い「繊維」だ。

竜というより、丸い編み機で編んでる途中の毛糸のマフラーみたいな感じだな。

あるいは、超特大のイソギンチャクか。

モンスターの中で似たものを探すと、奥多摩湖ダンジョンの道中に出現したローパーがいちばん近いかもしれない。

クローヴィスが儀式の舞台に選んだダンジョンに、形状的にシュプレフニルに通じるモンスターが出るのは偶然だろうか。

「さあ、どうやってこいつを倒す?」

クダーヴェは言った。

世界に「穴」が空いている。

その「穴」から、シュプレフニルが這入って来ようとしている。

その「穴」を塞ぐのは、魔法でも物理でもない。

規則だ。

世界と世界の狭間にある未定義の「 (ブランク) 」に、ありったけのスキルを叩き込む。

俺の場合は、限界までスキルを相乗させた最強の一撃をぶちかませばいいだろう。

要するに、いつもやってることと同じである。

「なんだ、やることはシンプルだな」

世界の危機が迫ってる――その焦りはもちろんある。

ここでは時間が止まってるというのに、急がなければという焦りが胸を焼く。

こういう絶体絶命のピンチのときって、少年マンガの主人公なら戦いながら進化したり、覚醒したりするもんだよな?

でも、俺のような凡人に、限られた時間の中で都合よく進化できるような才能はない。

覚醒して引き出せるような秘められた力も(たぶん)ない。

そもそも、この狂った現代のルールでは、強くなる方法は二つしかない。

レベルを上げるか、スキルを取るかだ。

もちろん、探索者としての立ち回りだとか、スキルの使い方だとか、パーティでの連携だとか、他の要素もあるにはある。

はるかさんはそういうのを大事にしてるみたいだし、ほのかちゃんも修行を通じて固有スキルに覚醒したと言っていた。

でも、この世界のルール的には例外だろう。

はるかさんは異世界のエルフであり、ほのかちゃんはその娘だ。

クローヴィスの儀式魔法の知識もまた、この世界のルールからは外れたところがあると思う。

だが、そういうものがあったところで、レベルが高くて強いスキルがあるに越したことはない。

現にクローヴィスは俺に敗れ去ってるわけだしな。

熱い展開に盛り上がってたクダーヴェには悪いが、俺は世界の命運をかけたQTEなんてしたくない。

だから、クダーヴェに稼いでもらった3秒を使って、「現実から逃げる」で時間を止めた。

べつに、戦いの中で成長なんてしなくていいんだ。

時間を止めてこの亜空間でじっくり考え、必要ならスキルを取得したりスキルレベルを上げたりすればいいんだからな。

過労死するような職場で働いてもスキル(一般的な意味での)がつくとは限らないように、戦いが厳しければ厳しいほど強くなれるってもんでもないだろう。

時間と心に余裕があったほうが成長できるばあいだってあるはずだ。

って、思考が脇に逸れてしまったな。

空隙(ブランク) に規則を刻み込む上で、どういう手段が最も有効なのかはわからない。

可能な限り多くのスキルを利かせるべきなのか、よりスキルレベルの高いスキルを含めるべきなのか、シンプルに最終ダメージを最大化するべきなのか……。

モンスターを倒すのとは勝手が違うという可能性もなくはない。

「いや、もしそうだったらクダーヴェが注文をつけてたはずだ」

あの俺様系バハムートは、あれでかなり頭が回る。

俺が「3秒」と言ったことから、俺が「現実から逃げる」を使うとわかったはずだ。

クダーヴェは初対面のときに俺のステータスを「看破」で見てるしな。

クダーヴェが何も注文をつけなかったのだから、素直にダメージを最大化すると考えればいいだろう。

ダメージを最大化すれば、結局はスキルの数も多くなるし、レベルの高いスキルを軸にすることにもなる。

「スキルコンボかスキルシナジーかを使って、可能な限りのスキルを一撃に乗せる。これでいいはずだ」

武器スキルを組み合わせるのがスキルコンボで、魔法にバフスキルを重ねまくるのがスキルシナジーだ。

まあ、俺がそう呼んでるだけだけどな。

もちろん、バフを重ねてのスキルコンボもありうるし、「二重詠唱」などを駆使して魔法同士のコンボを組むこともできなくはない。

ただ、最後の核となる一撃は、武器攻撃か魔法攻撃かのいずれかを選ぶ必要がある。

一発勝負である以上、どっちも試すってわけにはいかないからな。

だが、これについては悩む必要がない。

俺はアイテムボックスから例のブツを取り出した。

「こいつを絡める必要があるからな」

神器(じんぎ) ・ 草薙剣(くさなぎのつるぎ) 。

神様から授かったこれ以外に、攻撃の核にふさわしいものはない。

狂った現代の規則であるスキルに加え、この国の神話に謳われた神器のもつ因果をも叩き込むことで、 空隙(ブランク) への刻み込みはいっそう確かなものになるだろう。

というより、神様がわざわざ貸してくれたからには、これを使わないと打開できない局面があるってことなんだよな。

そんな局面、今以外にはないはずだ。

ゲームで最強の回復薬や強化アイテムを腐らせがちな俺であっても、ここでこれを使わないという選択はない。

「クローヴィス対策で魔法スキルを強化してたってのにな」

その前の久留里城ダンジョンでは武器スキルの取得と研究をやっていた。

武器スキルを取ったのにクローヴィス戦では魔法スキルが必要になり、今度は武器スキルが必要になった。

なんともままならないものだよな。

まずは使えそうなスキルをあぶり出す。

剣だから「剣技」「剣術」というのは安直だ。

剣を剣として使うだけだと、同時に乗せられるスキルの数が限られる。

既に取得済みの範囲では、「剣技」「剣術」「刀剣技」「刀剣術」「片手剣」あたりから二つか三つが限界だ。

これらのスキルも、ただの一撃にすべてを乗せられるわけじゃない。

「剣技」の下位スキル「スラッシュ」に「剣術」の下位スキル「十文字斬り」の一段目を乗せ、「十文字斬り」の二段目に「刀剣術」の下位スキル「燕返し」を乗せる……というように、流れるように攻撃をつなげていくのがスキルコンボだ。

こういう下位スキルは、一撃一撃のダメージ倍率が高いとは言えない。

通常の攻撃の1.1倍、1.2倍、1.5倍の威力、あるいは、0.7倍の攻撃を二回、みたいな感じだな。

一つ一つは平凡な威力の攻撃を重ね合わせることでダメージを増しつつ、スキルからスキルへのセットプレイで敵を封殺するのがスキルコンボの目的だ。

そもそも、接近戦の穴を埋めるために編み出した方法だからな。

一撃にすべてを賭けるような組み立てにはなってない。

継続的に高ダメージを叩き出すことはできるが、一撃一撃のダメージ倍率はそこそこレベルに留まってる。

じゃあ、ダメージ倍率の高いスキルとは何か?

「魔神化」の全ステータス10倍、「魔人化」の全ステータス5倍……は、なんにせよ使う。

自明の前提すぎて使わないという選択がない。

この二つのスキルには最大HPが激減するというデメリットがあるが、いずれにせよ「繊維」をまともに浴びたら即死である。

さっきまでの戦いで「土俵際」のスキルが常時アラームを発してたからな。

どうせ一撃で死ぬんなら、最大HPが減ったところで同じことだ。

それ以外でダメージ倍率が高いのは、

Skill──────────────────

スキルバースト

そのスキルを失う代わりに一度だけスキルの効果を100倍にする。

失ったスキルは二度と取得することができなくなる。

────────────────────

Skill──────────────────

武器投げ5

武器を投げつけることで大ダメージを与える。与えるダメージはその武器の攻撃力のS.Lv倍に比例する。

命中したかどうかにかかわらず、投げた武器は砕け散る。

────────────────────

この二つだ。

だが、この二つのスキルはデメリットが痛すぎる。

もし「武器投げ」を「スキルバースト」したら、その後一生「武器投げ」が取れなくなってしまう。

今使いたいのは当然強力なスキルばかりなので、それがみんな再取得不能になるのはきつすぎる。

じゃあ、再取得できなくてもいいような微妙なスキルをバーストさせる?

いや、今回は一発勝負なんだ。

もしスキルを惜しんで 空隙(ブランク) への刻み込みに失敗したら、俺も世界も終了だ。

とはいえ、世界を救いました、でも俺は弱体化しました、では先々困るのも間違いない。

「スキルバースト」に比べれば、「武器投げ」のデメリットはマイルドに見えるよな。

でも、俺が使おうとしてるのは三種の神器の一つ、この国の本物のレガリアだ。

「我の分身だと思って心して握れって言われたからな……」

神様には何かと世話になっている。

神様の分身を使い捨てにするのはできれば避けたい。

壇ノ浦の二の舞を自分でやりたいとは思わないしな。

「……デメリットの問題は、手がないこともないんだが……」

俺はアイテムボックスから砕けた水晶のようなものを取り出した。

Item──────────────────

賢者の石のかけら

使用することで取得済みのスキルのデメリットを一つ削除する。

────────────────────

この「賢者の石のかけら」を使っていずれかのスキルのデメリットを削除する発想はありだ。

でも、現在の所持数は一個だけ。

「武器投げ」と「スキルバースト」の両方には使えない。

だが、「賢者の石のかけら」は入手機会が限られている。

これまでに二回手に入れたが、いずれも特殊条件の報酬だ。

それも、「自分よりレベルが1000以上高いダンジョンボスを倒す」と「Aランク以上のダンジョンをレベル5以下で踏破する(初回のみ)」という、特殊条件の中でも厳しい部類に入る条件だった。

Sランクダンジョンをレベル1のままで初回踏破できれば条件のどれかでもらえそうではあるが、それ以降は入手が難しくなるかもしれない。

そんなレアアイテムを使い所の限られるスキルに使うのはもったいないような気もするよな。

「逃げる」のマイナス補正は最優先で削除したいし、他のスキルにもデメリットの削除で性能がぶっ壊れになりそうなものがたくさんある。

たとえば、「ショートテレポート」のクールダウン削除、「エバック」の戦闘中使用不可削除、「ダンジョントラベル」のマナコイン消費削除、「魔人化」「魔神化」の最大HP減少効果削除……考えだしたらキリがない。

今使ってる「現実から逃げる」の「連続使用すると現実に戻りたくなくなる」を削除するのも強いだろう。

あるいは、手持ちのスキルには使わず、将来手に入るスキルのために温存しておくという発想もある。

とくに、「逃げる」のスキルレベルが上がって新たな能力を手に入れた時に、その能力についたデメリットを削除できるように取っておく、というのは有効そうだ。

これまでの「逃げる」の傾向からして、新しい能力にもまずまちがいなくろくでもないデメリットがついてるに決まってるからな。

しかし、今の局面でかけらを惜しんで失敗したら目も当てられない。

「悩ましいアイテムはもうひとつあるんだよな」

俺はアイテムボックスから虹色のラメの入った巻物を取り出した。

Item──────────────────

極意書

使用すると固有スキル以外の任意のスキルのスキルレベルの上限が6になる。

────────────────────

ざっくり言えば、限界突破の巻物だ。

「スキルバースト」にはレベルの設定がないから使えないが、「武器投げ」には使うことができる。

スキルレベルの上限を6にするだけだから、それとはべつにSPを消費してスキルレベルを6に上げる必要もあるんだろう。

どうせなら上限と一緒に現在のスキルレベルも上げてくれればいいのにな。

スキルレベルを上げるのに必要なSPは、スキルレベルが1上がるごとに4倍になる。

だから、スキルレベルを5から6に上げるのに必要なSPは、かなりしゃれにならない量になる。

「武器投げ」は取得SPが200の比較的コストの軽いスキルだが、スキルレベルを5から6に上げるには、204800ものSPが必要だ。

それだけのSPを使うなら、「武器投げ」のスキルレベルは5に留め、浮いたSPで相乗できそうなスキルをいくつか取るという発想もなくはない。

この方法なら「極意書」の温存もできるしな。

もちろん、かけらと同じく、「極意書」をケチった結果負けました、ではマズいのだが。

「さて、どうするか」

俺はアイテムボックスから取り出したペットボトルを飲みながら、スキルのシミュレーションを開始した。