軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

79・闇魔法の使い方~隊長の絶叫を添えて~【加筆】

「やぁやぁ初めまして。 魔障・外科を専門に見ているオトシン=クルスです。」

「はじめまして、ドクター。 私は第6騎士団団長で前衛魔術長のトラスル・カトフス。 隣は第7騎士団団長で、後方魔術師長のセトグス・カトフスです。」

「はじめまして。 セトグス・カトフスです。」

3人が挨拶をしている中、マイシン先生は魔術の話なら、僕は一度本部の方に契約書を提出に行ってくるね、と出て行かれた。 部下をお付けしようかと思ったのだが、勝手知ったるだから大丈夫だよ、と、ご自身の契約書とクルス先生のサイン済の契約書を持って出て行かれた。

私は再びお茶とお菓子の準備をし、お二人にお出ししたのだが、隣でクルス先生が羨ましそうに見ていたので、もう一切れお出しした。

私からブランデーケーキの3切れ目を、それは嬉しそうに丁寧に少しずつ食べながら、クルス先生はじーっと、カトフス隊長達を見て、口を開いた。

「で、早速なんだけど、お二人は魔術師団なんだよね? かなり魔力量は多そうだし、熟練しているのは解るんだけど……ちゃんと教えを乞うた師匠はいるの?」

それには、お兄様であるトラスル隊長が頷いた。

「はい。 と言っても、父と祖父なのですが。」

ふう~ん、と頷きながら、クルス先生はさらにまじまじと彼らを見る。

「あの、何か?」

あまりに見られているのが気になったのか、弟さんであるセトグス隊長が尋ねた。

「なるほどなるほど。 お兄さんの君が水属性、弟の君が木属性、かな?」

にこにこと二人を見ながらうんうんと頷いたクルス先生は、カトラリーを持っていた手をつっと上げると、トラスル様、次いでセトグス様を指し示し、それにはお二人共が声を上げた。

「あたりです! どうしてお解りに?」

「僕くらいになるとね、なんとなくその人の纏う魔力で、ね。 それにしても惜しいなぁ。 二人とも、ちょっと魔力に滞りがあるね。 双子にはよくあるんだけど、へその部分、ちょうど魔力回路の中心となる部分にね、魔力がまじりあって滞りの原因を作っているんだ。 ……うん、闇魔法が何たるかを教えるのにもちょうどいい。 ……ちょっと実験も兼ねて、君たちのそれ、治してもいいかな?」

「魔力の滞り、ですか? 聞いたことがないのですが。」

「しかも、実験……とは?」

きょとんとして腹を押さえる二人と、声をあげてしまった私に、クルス先生はケーキを口に入れ、カトラリーを咥えたままうんうん、と頷いた。

「まぁまぁ、医者の言う事は聞いておいた方がいいと思うよ。 ほら、奥方が闇魔法の使い手だろう? 奥方に魔力の発動の仕方と闇魔法の効果を教えようという『実験』と、君たち2人の魔力の滞りを治す『治療』と兼ねていると思って。 ねぇ、奥方。 空いているベッド、ある?」

「は、はい。 それはありますが。」

「闇魔法の凄いところを実感してもらおう。 ほら、魔術師の君たちだって気になるだろう? 希少な闇魔法使いが初めて魔法を使うんだからさ。 それに、君たちも、ちょっと楽になると思うよ? どうする?」

その言葉に、お二人は顔を見合わせると、では、と、お兄様のトラスル隊長が手を上げた。

「……私が先に施術を受けましょう。」

「兄さん、いいんですか? 初対面なのに。 魔力回路の治療などと……今まで言われたことなどありませんでしたよ?」

「それはそうなんだが、気にはなるだろう? それに奥様もいるんだ、大丈夫だろう。 この身に闇魔法を受けてみたいという気持ちもあるしな。」

心配げな弟にそう笑って、承諾したトラスル隊長に、クルス先生はニヤッと笑った。

「お、ガッツがあるね。 大丈夫、受けたことを感謝することになると思うよ。 では奥方。」

「は、はい。 こちらにどうぞ。」

にこにこしながらそういうクルス先生に促され、私は執務室の個室を案内した。

騎士団の隊服のジャケットを脱ぎセトグス隊長に預けられたトラスル隊長は、クルス先生に言われ、ベッドに横になる。

すると、腹の上に黒い大きな手巾をクルス先生がかけた。

「こうするとより効果の範囲を集中しやすい。 それに淑女に男性の体をシャツの上からでも触れさせるわけには、ね。」

なんて笑いながら、クルス先生は椅子をベッドの横に用意すると、私をそこに座らせた。

「なにをするんですの? 先生。」

「へそのあたりに手を置いてさ、しっかり集中して、子守唄でも歌ってくれないか?」

「こ、子守唄ですか?」

「そう、子守唄。 今からやるのはこの部分の意識を眠らせるんだ。 だから、君が当てている手の部分だけを、本当に眠らせるつもりで歌ってくれればいい。 そうだな、具体的に範囲を決めるといい。 黒い布のかかった部分にだけ『眠れ』と意識すればいいよ。」

よくわからないが、先生が言うのならそういうモノなのだろう……?

「わ、解りました。 では、失礼しますね。」

「えぇ。」

(子守唄……か。)

意図がよくわからないまま、弟妹にしていたようにトラスル隊長の腹の上に手を置くと、私は静かに子守唄を歌った。

王都ではよく聞かれる、ゆりかごで眠る小鳥の歌だ。

(母さんが歌ってくれてた歌。 ……私の乳母は子守唄を歌ってくれる人じゃなかったから、妹たちが母さんに歌ってもらってるのが羨ましく思ってたわ。)

つい、とん、とん、と、リズムよく手を動かしながら歌っていると、クルス先生が横から顔を出してきた。

「歌を止めないで、そのままゆっくり歌ってるんだよ?」

そう言ってそっと私の手を一つ分横にずらすと、今度は自分がへその上に手を置き、静かに何かをぶつぶつとつぶやき始めた。

「ん?」

ほんの少し。 クルス先生が何か顔を顰めているが、止めてもいいと言われていないので、私は子守唄を歌い続ける。

と、ふと、手の下で何かがぐにゃりと動いたのを感じた。

トラスル隊長の腹の皮膚が動いたのかと思うくらいのぐにゃぐにゃした手の下の波は、徐々に大きくなり、そして一瞬、ぱぁっと光って、落ち着いた。

「よし、奥方、歌はもういいよ。」

「は、はい。」

歌を辞め、手を離すと、トラスル隊長もゆっくりと上体を起こす。

「やぁ、どうだい?」

「兄さん、大丈夫?」

にこにこしながらトラスル隊長の顔を覗き込むクルス先生と、心配げな顔をしたままのセトグス隊長に、しばらく自分のお腹を押さえていたトラスル隊長は、突然、その手を自分の目の前に上げた。

「『ヴァッサー』」

手のひらに、小さな小さな、透明の水の玉が浮かび上がる。 そして……。

「……すごい。」

その一言を呟くと、手の中の水を握ってけしたトラスル隊長はクルス先生を見た。

「魔法を出すときにあった引っ掛かりがないです! すごい、これは……コントロールもしやすくなった! これは、何ですか?」

「うん、それを説明する前に、弟君の方も治そうか。」

「はい、お願いします。」

兄に変わり、隊服を脱いでベッドに横になろうとしたカトフス隊長に、クルス先生はにっこり笑った。

「あ、そうそう。言っておくけれど。 今度は闇魔法なしでやるから、相当痛いよ。 頑張ってね。」

「……え?」

「わ、私も闇魔法を使ってほしかったです……。」

セトグス隊長の絶叫に、医療班の皆が鬼気迫る勢いで集まってくるというトラブルに見舞われたものの、皆を解散させ、執務室に戻った後。

「……申し訳ありません。 大変でいらっしゃいましたね……。」

涙ぐみながら恨みごちるセトグス隊長に、爆笑しているのはトラスル隊長とクルス先生で、私はその姿がとても可哀想でそっと、セトグス隊長にだけ、鎮静の効能のあるお茶を差し出した。

「いえ、奥様が謝られずとも。 しかし、こんなことなら僕が先に施術を受けておけばよかったです。 先生も先に教えてくださればよかったのに……。」

「いやいや、ほら、何をされるかわからない恐怖を味わうのと、魔力回路を矯正される痛みを味わうのと、どっちがいいかな? っていう前にお兄さんの方が名乗り出ちゃったからさぁ。」

「先に受けてよかったと本気で思いましたよ……。」

弟の本気の絶叫を聞いたのは子供の時以来です、と言っていたトラスル隊長はしかし心底ほっとした顔をする。

確かに、あの時のセトグス隊長を見たら、誰だってこんな表情になるだろう。 そう言ってゲラゲラ笑っているクルス先生は、冷たくなった紅茶を飲みながら、私達に言った。

「と、いうわけで。」

ぽん、と手を叩く。

「闇魔法はその部分の意識を奥底に眠り込ませることが出来るんだ。 だから処置をするのは可能になった。 その間ずっと歌ってもらわなきゃいけないけれどね。 それと、魔法が切れると痛みが一気に出るっていう問題もあるんだけど、それは、ちょっと今研究している『痛みを取る薬』があるから、安心してくれればいいよ。」

「それを聞いて安心しましたわ。 痛みはどうしても心を荒ませます。 後で詳しく教えていただいてもよろしいですか?」

「うん。」

(よかった。 痛み止めを先生が研究してらっしゃると解って。 術後の疼痛コントロールは本当に大事だもの。)

その言葉に心底ほっとした私の横で、いつの間にか魔術談議が始まっていた。

「ところで先生。 何故、子守唄なのですか?」

「繰り返し眠りの呪文を唱えるよりよっぽど楽だろう?」

セトグス隊長の問いにクルス先生が答えれば、トラスル隊長がなるほど、と頷く。

「しかし闇魔法はすごいですね。 僕は回路が修正される奇妙な感じは受けましたが、カトフスの様に痛みは全然感じませんでした。 それにあの効果。 魔法の可能性が広がりますね……。」

「だろう? 闇魔法の使い手は国が囲ちゃってるからなかなか接触する機会がなかったけれど、ここにいれば奥方が手伝ってくれるからな。 魔障が及ぼす怪我や病の治療を含め、僕はここで好きなだけ研究が出来る。 君らとは魔術の話も出来そうだし、僕がここに在駐して、マイシンには街に行ってもらえば、完璧だろう?」

「それは、私達からも是非に。 先ほどの魔術回路の滞りの事と言い、闇魔法の使い方といい、先生の知識には感服しました。 奥様の闇魔法の事もありますし、弟ともども、教えを乞えればと思います。」

クルス先生が満足げに笑ったところで、トラスル隊長がクルス先生に頭を下げた。

「うん、いいよぉ。」

あっけらかんと頷いたクルス先生に『あ、そうだわ』と私はお二人をお呼びした用件を思い出し、トラスル隊長とセトグス隊長の方を向いた。

「両隊長にお願いしたいことがございましたの。 クルス先生は領都の屋敷からこちらに通われるのですが、馬車ですと往復に時間がかかってしまうのです。 それで……」

「あぁ、なるほど。」

にこっと笑ったセトグス隊長は、トラスル隊長と頷き合った。

「転移門の事ですね。 わたし達が教えを乞う対価として、先生方にも使っていただけるようにしましょう。 もちろん、機密事項ですが。」

「ありがとうございます。」

「え? 転移門って何だい? 随分面白そうな話だね、詳しく聞かせてくれる?」

話がまとまった私たちに、身を乗り出すように言ったクルス先生。

これで一通り話はまとまり、治療もなんとかなりそうだと、私は正直ほっとした。