軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

75・厄介な相手と、エスコートと商会。

馬車に入って右側に、私に手を貸してくださっている旦那様と、その前にシノ隊長、その隣に神父様が座っていて、自動的に私が旦那様の隣に座る形になった。

(……くっそ、まじで絶対許さない。)

つい前世の口調が出てしまったが、許して欲しい。 ようやく振り切ったはずの、朝の最低な気分の再来である。

「隊長、こちらを。」

アルジが持ってきてくれたのは昼食を詰め込んだ籠だ。 これも朝の既視感。

「ありがとう、アルジ。 でも、私の分だけ?」

「確認しましたところ、皆様はお食事は終えられているそうですので。」

「そう、解ったわ。 では、後はよろしくお願いしますね。」

そう言うと、騎士様が扉を閉め、外から鍵を掛け馬車は走り出した。

もうすでに地の底まで落ちた私の虫の居所なのだが、この面子を前に淑女の仮面を外すわけにもいかず、私は籠を抱えたままにっこりと微笑み、目の前に座る神父様に頭を下げた。

「先日はありがとうございました。 お礼に伺う事が出来ず、申し訳ございません。」

「いえいえ、ネオン隊長がお忙しいのは承知の上。 そして私は職務を全うしただけの事、ご案じ召されるな。」

「ありがとうございます。」

頭を下げた私は、そこでようやく、静かに自分の右側に座る二人を見た。

「ところで、神父様がいらっしゃるのはわかるのですが、何故団長とシノ隊長がいらっしゃるのですか?」

その問いに含みある笑顔で答えたのは、シノ隊長だ。

「物資輸送の件で厩舎に行ったところ、ネオン隊長がリ・アクアウムへ視察に出ると聞き、私も屋台の物資の輸送と設置のために行く予定があったので、ならば一緒に行けば二度手間にならぬだろうという事になったのだよ。 そこでその許可を団長に願い出たところ、団長も警護の下見をすると仰ったのでね。」

(取って付けたような理由を言うかと思えば、流石に文句の言えないしっかりした返答だったわ……。)

そう思いながらも、にっこりと私は淑女の仮面をきっちりと張り付けて微笑む。

「さようでございましたか。 鈴蘭祭も近いですし、大変でございますね。 一言言ってくだされば、お待たせするようなこともございませんでしたのに。」

そう言い終わってから、これ以上会話をしたくないな、と気が付かれないようにため息をつき、私は窓の外を見た。

木々が揺れる中、朝と同じ白い光を見つけ、心が沈んでいくのを止めるように視線を手元に戻すと、すぐにシノ隊長が声をかけて来る。

「ネオン隊長、昼を食べるお暇もなく仕事なさっていたとか。 どうぞ、お食べください。」

3人も男性が乗っている馬車の中で、一人食事を取るとか、淑女云々関係なく、ただただ食べにくいだけだ。

「いえ、まだお腹は減っておりませんので。」

にっこり笑ってお断りしつつ、どうにか別行動がとりたいと考えた末、と私は頭を下げた。

「私、教会に併設する医療院の話を、午後から教会でする予定ですが、今から向かうとあちらで少々時間が空いてしまいますの。 しかし皆様はお忙しい様子。 ですので、大通りで降ろしていただいてもよろしいでしょうか?」

そう聞くと、シノ隊長が腕を組んで首を傾げた。

「おや、その恰好でお一人では危ないのでは?」

「では駐屯地にいらっしゃる護衛を一人つけていただければと思います。 突然の出発になりましたので準備もしておりませんでしたし、バザーのための必要な小物の買い付けと、孤児院の子供たちのためのお土産を用意したいのです。 これは辺境伯夫人としての執務となりますのでお気遣いは不要ですわ。」

騎士団は関係ないのだから引っ込んでろ! と、暗に告げたのだが解ってくれましたか? と笑顔を向けると、それでは、と、シノ隊長は手を打った。

「団長とご一緒されるのはいかがでしょうか?」

(しつこいわね……)

舌打ちしそうになるのをぐっと抑え、私は笑みを深める。

「いいえ、旦那様は団長としてお忙しい身。 お手を煩わせるようなことになっては申し訳ありませんわ。 私一人で、大丈夫です。」

さらににっこり笑って柔らかく拒否すると、そこでシノ隊長は口を閉ざすしかなかったようだが、伏兵は別にいた。

私の隣で腕を組み、先ほどまでのやり取りを聞いていた旦那様が、ゆっくり私の方を見たのだ。

「いや、一緒に行こう。」

(はぁ!?)

そんな声がつい漏れそうになるのを抑え、私は体を少し動かして旦那様を見る。

「旦那様。 お心遣いは有難いのですが、警護の打ち合わせがおありなのではないのですか? 鈴蘭祭は街全体での祭りだと聞いております。 それゆえ、警護もかなり大掛かりだと。 領主であり団長である旦那様のお仕事の手を、私一人の我儘で止めてしまうことは出来ませんわ。」

(来るなって言ってるんですけど、察してくださいます?)

心からの言葉を込めて笑顔を向けてみるが、旦那様には全く伝わらなかったらしい。

「気にするな。 君が考えたバザーや孤児院への慈善事業は領主として興味がある。 君も、今日はあの魔道具を使っていないだろう? その姿ではかなり目立つ。 警護する側も1人ずつよりは2人でいてもらった方が人手も割かずに済むからいいだろう。 それでいいか?」

「かしこまりました。」

これ以上ない正論に、反論することは事も出来ず私は静かに頭を下げ了承したが、内心は穏やかではない。

ちらっと盗み見れば、先ほどに比べ満面の笑みのシノ隊長と神父様。 これは確実に『旦那様と奥様の仲を取り持つために頑張ろう!』的な、あの失礼な家令と同様の思考での行動なのだろう。

(本当に迷惑だわ……。 しかしお飾り夫人と家令というような明確な主従ではないからはっきり断りにくい…… 神の御使いの神父様はもうお仕事柄仕方がないのでしょうけれど、ジョセフと言い、シノ隊長やブルー隊長と言い、『良かれと思う迷惑行動』をいい加減にやめてもらいたいわ。 契約書を叩きつけてやろうかしら……?)

本当にうっとうしくなってきて、私は手の中の籠を持つ手に力を込めながら、しみじみため息をついてしまった。

「で、何処に行くのだ?」

騎士団駐屯地で馬車を降り、鈴蘭祭実行事務所へ向かったシノ隊長、教会へ向かった神父様とお別れした私は、3人の護衛と旦那様に囲まれてお通夜……いえ、気持ち新たにリ・アクアウムの大通りに出た。

「教会のバザーの品物を作るために、刺繍糸や裁縫道具を購入したいのですが……。」

「では、商会がいいだろう。 こっちだ。」

ごく自然に、旦那様が私に向かって手を出された。

「失礼します。」

夫からのエスコートの手を取らないわけにもいかず、その手を取ると、旦那様にエスコートされて一番大きな商会へと向かい歩き出す。

半歩前を歩く旦那様は、今日は歩く速度をはじめから合わせてくださっている。

目の前を、波打つ長い赤い髪をなびかせ、騎士団長のマントを羽織った旦那様。 そして濃紺に房飾りと勲章のついた辺境伯騎士団隊長服をきた、虹色の光を放つ銀の髪の私……

実は、歩き出した時から気にしないようにしていたが、かなり目立っているようだ……領民たちが集まってひそひそしたり、小さな子に手を振られたり、とうとう歓声を送られた。

(領主の務めだものね……)

流石の私でも無視するわけにいかず、淑女の微笑みを張り付け、歩きながら手を振り返す。

(目立つ容姿×2は危険だという事がわかったわ、公の場以外は魔道具を使いましょう。 しかし確かに目立つけど、何故皆そんなに盛り上がって……あっ……これ、前世の〇族のお忍び旅行にみんなが旗を振ってたあれか!?)

あの時点でもうお忍びじゃないなぁとは思っていたけれど、こういう事かぁ……と。遠い目になりながら笑顔を振りまきつつ、到着した商会に入る。

「これは! 領主様! 奥方様! 言ってくださればお屋敷まで出向きましたのに!」

「いや、祭りの下見のついでに来ただけだ。 妻が欲しいものがあるらしいから聞いてくれ。」

「奥様が!?」

そこで私の方を見た、大きなおなかに人のよさそうな『おじちゃま』という表現がぴったりな外見の商会長に私は頷いた。

「大騒ぎをさせてしまってごめんなさい。 普段使いにできるくらいの品質の刺繍糸と、それに合った手布を見せてほしいのだけど。」

「かしこまりました。 部屋を用意します、こちらへどうぞ。」

「ありがとう。 では旦那様、私はお品を見せてもらってきますが、旦那様はどうなさいますか?」

デパートの様に客の多い商会の中を、会長の案内で移動を促される中、私は一応旦那様にお伺いを立てた。

「一緒に行こう。 君が何を選ぶか、興味がある。」

「さようですか。」

離れてくれればよかったのに、と思いながら旦那様のエスコートで先に進む中、旦那様が商会長に問う。

「そういえば商会では、専門的な本の取り扱いもしているか?」

それには、私達の数歩前を歩く商会長が嬉しそうに笑って頷く。

「はい。 ここにはございませんが、取り寄せることは可能でございます。」

「そうか。 では妻の要望を聞いてやってほしい。」

「え?」

「かしこまりました。 では後程、そちらもお伺いいたしましょう。」

恭しく頭を下げながら、こちらへどうぞ、と設えの美しい部屋に通された私たちは、促されて上質なソファに座ると、すぐにお茶が運ばれてきた。

「あの、旦那様。 本、とは?」

「先日、図書館で君が表題を書き写していた。 それを頼むがいい。」

(あのときの!?)

と思いつつ、隊服の内側のポケットにいれていたメモを取り出すと、私達の右隣のソファに座った商会長が笑顔で手を出してきた。

「ではそちらのメモをお預かりさせていただいてよろしいでしょうか?」

「えぇ、お願いしますね。」

私は少し戸惑い気味に、メモを商会長に渡す。

そうしている間にも、私の目の前には上質な刺繍の糸と、刺繍を入れやすそうな綺麗な様々な大きさの布が並べられ、私はハンカチに合いそうなものと、ショールに出来そうな反物とを選ぶと、私の私費で購入するように手続きしつつ、隣に座る旦那様の方を見た。

旦那様は商会長と今年の鈴蘭祭の屋台の傾向や、昨年の客の入りなどの話をしている。 なるほど、ただ私のすることに興味を持っただけでなく、業務の一環だったようだ。

(しかし、一緒に行動すると言い出すなんて、旦那様は何を考えているのかしら?)

そう考えつつ、丁寧に刺繍糸や布を手配してくれた女性職員に私は声をかけた。

「この商会で、ビーズという物はありますか? 手芸用の、小さな材料なのですが。」

「ビーズ、で、ございますか? 名前を聞いたこともございませんし、現在お取り扱いもございません。 それはどういったものでございましょうか?」

「いいえ、私も聞いたことがあるだけで詳しくは知らないの、ごめんなさいね。 ではこの刺繍糸を一揃えと、こちらに選んだ布、それから針に刺繍枠を10人分、全て教会へ。 書籍は辺境伯家へ送ってくださいませ。 それから、申し訳ないのだけれど、珍しい菓子があれば40人分ほど用意してもらっても良いかしら。 刺繍道具と一緒に教会へ届けてほしいの。 少し日持ちする物がいいわ。 支払いはすべて私の名で辺境伯家へ。」

菓子を見繕ってくれ、作ってくれた注文書に、私は自分の名前を入れて渡すと、女性職員は受け取った書類を確認し深々と頭を下げた。

これで私の必要事項は終わった、と、紅茶を飲んでいる旦那様に声をかける。

「旦那様。 お手数をおかけしました。」

「終わったか?」

「はい、私の用事は全て。 旦那様の御話し合いはいかがでしょうか。」

「ちょうど終わったところだ。 では、行くか。 さすがに人が集まりすぎてしまったから馬車を用意させてある。」

「……教会へは、旦那様もいかれるのですか?」

教会にまでついて来るなんて聞いていない、と思い、聞き返すと、少しむっとしたような顔で、旦那様は私に手を出してきた。

「君の言っていた、バザーや、騎士体験の話を聞きたいからな。 今日は世話になった。」

「いいえ、領主さま、奥方様、今後ともごひいきにお願いいたします。」

「あぁ。」

旦那様に続き、私が礼を言おうとしたが、何故か旦那様に手を引かれてしまったため、会釈だけして私は不格好にならぬように気を付けて歩き出した。

商会の職員全員の丁寧な見送りで建物を出た私たちは、民衆の歓声を受けながら護衛の警護の下で用意されていた馬車に乗り込む。

馬車の窓から集まってしまった領民に、淑女の微笑みを向け手を振る。

「次からはやはり魔道具が必要だな、こんなに民が集まるとは。」

「軽率でしたわ、申し訳ございません。」

「君を責めているわけではない。 すでに工事が始まった教会の仕事に携わる者達から口づてに、孤児院や医療院の慈善事業が始まったことを聞いた領民が君を女神だと言っている、と聞いていたから警戒はしていたのだ。 だが私が少々甘く見ていたようだな。」

「さようでございましたか。 ……まだ何もやっておりませんのに、身に余る評価で申し訳ないですわ。」

私がそう言うと、そんなことはないだろう、と言った旦那様が、そういえば、と、私を見た。

「ところで、君は先ほど商会で何を求めようとしたのだ?」

「……なにを、とは?」

「聞きなれない物を探していただろう。」

ビーズの事か、と思い至り、聞いていたのかとびっくりしながら私は説明する。

「あぁ、ビーズですね。 教会のバザーで販売するものを考えていた時に思い出……思いついた、衣料品の装飾用小物で、そのようなものがあるかどうか確認しただけです。 どうやら存在しないようなので、騎士団の縫製士たちに相談をするつもりです。」

旦那様にならいいだろう、と、私のメモ紙を見せると、手を取った旦那様はふむ、とその紙を見、私に返してくれた。

「勲章の宝石をはめ込む技術に似ているな。」

「そうでございますが、勲章は爪で固定する方法でございましょう? ビーズは空洞になっているのです。 それを針と糸で刺繍に止め付ければ、より良い品になるかと思いましたの。」

(そう、宝石をカットした際に出る小さな石でも、このように加工すればドレスに縫い付けることもできるんですよ、旦那様。 私の内緒の個人資産を蓄えたいので、お話しませんけどね!)

「それは、君が考えたのか?」

「もしこの世界にこれがなければ、そうなりますわね。」

まさか前世の記憶です! とは言えないので、頷くと、なるほどな、と彼は普段見せない穏やかな顔で笑った。

「なるほど。 バザーの件といい、騎士体験といい、君は発想力が豊かなのだな。」

前世の記憶ですけどね、等とも言えず、私は軽く会釈をする。

「お褒め頂きありがとうございます。」

そうこうしているうちに、私達が乗った馬車は速度をゆるゆると落とし、教会の傍で止まった。