軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『ラスボラ視点』昼下がりの、遠い日の記憶。

「奥様から、図書館の使用のお願いがございましたため、許可をお出ししましたところそれは大変お喜びでした。 本日は、侍女下男によって持ち込まれた本を、お読みになってお過ごしでございます。 こちらが本日の離れの支出でございます。」

結婚式から10日たっていた。

結婚式を終え、妻を娶り屋敷に迎えたとはいえ、気の置けないやつらに冷やかされる以外には、生活は何も変わらなかった。

ただ、家令ジョゼフより騎士団から帰宅時に告げられる、領地や屋敷の一日の出来事の報告中に、彼女の様子も入ってくるようになっていた。

最初は気にしないよう、彼女の事は忘れるようにと、さらりと聞き流していたが、あまりも変わり映えしない内容が続くうちに、それは本当に大丈夫か? と、気になるようになった。

つまり、何か意図があって、そのような行動しているのではないか、という事だ。

そのため、侍女やメイドの他に、少々腕の立つ影の者を屋敷の使用人として紛れ込ませる様にした。

しかし陰からの報告の結果も『疑うべき点はなし』という物だった。

侍女やメイドからの報告によると、彼女は屋敷にある大量の本を離れに持ち込み読みふけり、三食を自ら調理をし食べ、菓子を作っては皆に振る舞い、身の回りの支度も湯あみも一人で行っていて……本当に高位令嬢なのかと疑ってしまうような、慎ましやかな生活をしているらしい。

与えられた予算も、わずかな生活費だけで使っていないに等しいらしい。

(高位貴族の令嬢だろう!? なぜそんなことが可能なのだ! 彼女は本当に女神……いや、人間なのか!? 魔物か何かの類なのではないだろうか。 ……いや、そうだ!)

今は実家から持参した贅沢な荷物を使っているのだろう、後々浪費するために予算を使っていないのだ。

今、ドレスや宝石なども買っていないのも、王都へ行くときのため。

この辺境で購入する必要がないと彼女が判断し、その時のために備えているのだと、私は勝手に結論付けた。

そして、こんな生活は、長く続かないだろう、とも。

あと10日……いや、1週間も過ぎれば……もしくは王都での夜会か社交に誘う便りを待っているのではないか。

そして、便りを手にしたその瞬間、あの夜に見た女神のごとき美しい化けの皮は剥がれ落ち、夜会で愛想や肉欲、香害を振りまく人間の女に変わるのだろう。

そうして、もうこんなところに住めないと、泣きながら実家に帰っていくだろう。

そう思った。

そう思うようにしていた。

だから今日も、ジョゼフから変わらない報告を受ける。

(今日こそ報告があるだろう。)

王都に帰りたいと、荷物をまとめて出ていかれました。

夜会を開きたいと、商会を呼び出されました。

実家から呼び出されたから行ってきます、と、宝飾やドレスを贖われました。

(今日こそは……。)

「本日の奥様のために、侍女やメイド達が読み終えた本と新しい本を大量に入れ替えをされておりました。 奥様は本をお読みになるのが早くていらっしゃるようです。 しかも、隣国の書物を原書でお読みになる事が出来るとか……賢いお方なのですね。 それから、屋敷の老庭師が花の手入れに行った際に一緒にお茶をしたことで仲良くなったようで、彼の要望で離れの庭を、彼女好みに変えて差し上げたいので許可が欲しいと言われております。 一部庭木の大掛かりなものが入りますため、旦那様の許可をとの事ですが、よろしいでしょうか。」

(本を買ったでも、取り替えろと命令したわけでなく、侍女達が入れ替えた? しかも隣国の原書を読む? 彼女は才女なのか?! 老庭師と仲良くお茶とはどういうことだ! 一介の庭師を茶に誘うなどと、令嬢の、夫人のすることか!?)

思った事を口に出さないように一度、息を飲みこんでから、家令に告げる。

「……屋敷の管理費だ。 それに夫人の好みに庭を変えると言うのは母上もよくなさっていた、好きにさせろ。」

「かしこまりました。 それでしたらこちらはちょうど、季節の変わり目にあたり大掛かりな屋敷の庭園管理がございますので、そちらの支出に合わせて計上させていただきます。」

「そうだな、いいだろう。」

そんなやり取りに、私は胸を締め付ける苦しさを感じながら、内心首をかしげるしかなかった。

何かおかしい。

何を企んでいるのか。

夜会、社交界で出会った令嬢や女性や、部下たちから聞かされる女性問題に出てくる女性たちとあまりにもかけ離れた姿。

それとも、本当に彼女はそのような慎ましやかな女性なのか。

そんなはずはない。

ではなぜ……このようにしてまでここにとどまる必要があると言うのか。

(そういえば彼女の実家は司法をつかさどる、あのテ・トーラ家。 我が辺境伯家の何かを探っているのかもしれない。 そうだ! そうに違いない!)

彼女のここまでの行動を不審に思った私は、昼間、一度内密に屋敷に戻り、離れを見に行った。

報告には、彼女の行動は報告されるが、姿かたちを報告されることはない。

だとしたら、屋敷の中では、夜会に出るような、交際や婚姻、一夜の夢を願い出るような異性との交友関係、香水と宝石と豪奢なドレスで高慢にふるまっているに違いない。

そもそも自分は、強制参加させられる夜会や社交では、そんな女にしか出会った事がない。

唯一知る、母という人は質素倹約を常とした凛とした人であったため、初めて夜会へ出た時は、自分の腕に群がる胸を強調し、鼻を突く香水を振りまき、目にも鮮やかな赤い唇をした女性たちに吐き気がしたほどだ。

大概の女性という者はそんなものであると思っていた。

なのに彼女を初めて見た時、月の女神だと思ってしまった。

足かせなどなくてもいいと思ったのに、目をつぶれば、ふとした瞬間に、彼女の微笑みが瞼に映る。

(いいや、あれは闇夜の幻想だ! 私を公爵家の駒に取り込むための罠だったのだ!)

だから、彼女も、そんな女であることを願ったのだ。

そうすれば、気にしなくてもよくなると思ったのだ。

聖女でも妖精でも女神でもない。 ただの女であるから、もう気にしなくてもよくなる。

心が締め付けられるような気持ちからも、解放されるに違いないと。

しかし。

「まぁ、とても可愛い花ですね。」

「こちらはラナンキュラスという花です。 ネオン様のように可憐なお嬢様なら、このようなお花が似合います。」

それは、子供のころから知る人の良い庭師と、初夜の翌日に契約を結んで以来初めて聞く彼女の会話だった。

木々の隙間からのぞき見れば、高い木々の隙間を抜けて出来た陽だまりの狭い庭の花壇の前で、彼女は穏やかな微笑みを浮かべ、花を植えている庭師の傍にしゃがみこんでいた。

(あの笑顔は何だ? もっと張り付いた笑いしか見たことがないが!?)

胸が締め上げられる感覚にめまいがする。

「ネオン様、お茶のご用意をこちらにさせていただきますわ。」

「ありがとう、では、モリマ爺様もどうぞ。」

「これはこれは、光栄でございますな。」

立ち上がった彼女の姿に、私はさらにめまいを覚えた。

質素ともいえる柔らかな水色のシフォンワンピースに、侍女が付けるような白いエプロンを翻しながら、梳いただけの長い髪をきらめかせ、庭師をテーブルに誘ったのだ。

そして、老年の庭師と、菓子を持ってきた、女性――侍女ではない、ハウスメイドの制服の姿の恰幅の良い壮年の女性だ――と3人、木陰のテーブルに集まりお茶を始めた。

「このクッキーは、ネオン様がお作りになったのですよ?」

「これはこれは。 ありがたい。 私のような庭師風情がいただいてもよろしいのですかな?」

「どうぞ。 実は昔、良く作っていたの。 久しぶりだったから、ちょっと焦げちゃったわ。」

にこっと笑う彼女が差しだした皿から焼き菓子を取った老庭師は、それを口に含み、笑う。

「それも愛嬌、ですな。 おぉ、これはうまい。 ネオン様のお気持ちがこもっておりますよ。」

そう言って笑う老庭師とメイドに、彼女も微笑む。

その姿は、何も知らなければ、領地視察の際によくみる、ごく普通の裕福な商家の家族のようで。

(公爵家の令嬢が菓子を手作りだと? それにあの衣装……まるで平民の娘の様な姿ではないか。 しかも使用人と同じ席に座り手作りの菓子を食すなど……どういうことだ。)

報告を受けていても、目を疑う光景。

「そういえば、出来ればハーブも植えてくださる? お料理に使える、お手入れが簡単で、自分でもお手入れ出来る奴がいいのだけれど。」

「では、ローズマリーやネロリ、バジルなどを用意しましょうか。 あれらは地に植えると際限なく増えてしまう。 ネオン様にも扱いやすい、小さな鉢植えをいくつか用意しましょう。」

「嬉しい、ありがとう。」

(彼女は庭仕事もするというのか?)

そうして笑っている姿は楽しそうで、嬉しそうに笑いながら、今度は私がと、メイドと庭師に茶を淹れている。

(彼女は……何者なんだ? もしや、本当の令嬢の身代わりか、影武者か……? いや、それではあの髪の色は出ないだろう……。)

きらきらと輝くテ・トーラ公爵家特有の髪は、染めて作れるものではないと聞く。

(……しかし……。 ああ……。 あれ、は。)

一瞬、無意識に手を伸ばす。

パチン、と、その指先が木の枝に触れたことで、私は我に返り、気付かれる前に手を引くことが出来た。

(そろそろ戻らねば。)

しかし、自分の足は動かない。

もう少しだけでいい、この光景を、見ていたかった。

(あれは。)

幼い自分と

兄と

母と

遅れてやってきた父と

家族で笑いあって庭で過ごしていた懐かしく、優しい、二度と戻ってはこない時間。

そんな光景が、そこにあった。

幼い頃の記憶の中でしか見たことのない、穏やかな光景が、そこにはあって、私は少しの間、動けなかった。