軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

109・さらに持ち込まれる厄介事

「ようこそおいでくださいました、ドンティス隊長。」

「やぁ、ネオン隊長。急な訪問の申し出に快く承諾くださったことを感謝する。」

「それでは、執務室の方へどうぞ。」

(いいえ、全然快くではありません、しょうがなくです……。先ほどお顔を思い浮かべたのは虫の知らせだったのかしら? それとも私の全く役に立たない危機察知能力?)

ついそんなことを考えてしまうのは、目の前の 第9番隊隊長(おせっかいやき) 様のせいだ。

久しぶりの創処置の介助も終わり、アルジに入れてもらった美味しいハーブティを飲みながら、改めてスラティブの効果を 辺境伯騎士団長(だんなさま) に報告するため記録を纏めていたところ、本部より9番隊隊長からの訪問打診のお使いがやってきた。

時計を見ればすでにおやつの時間も越して終業時間にほど近い。

『本日は朝から昼過ぎまで、『ベラ隊長による医療班の訪問(と迷惑千万な雑談)』と、クルス先生による処置(と、報連相のなかった先生独自の慈善事業? いえ、あれはどう考えても趣味でしょ?)の後始末をしていたため、私の許容範囲が超えたので嫌です』とお断りしようかと思ったのだが、辺境伯夫人としての事業であるバザーの件で早急にご相談とお願いがあるとの事だったため了承した。

それに、『 ラスボラ(だんなさま) と改めてやり直してほしい、奥方から歩み寄ってやってほしい』と頭を下げられたのをお断りして以来、何度かあった面会のお伺いを、全て医療院の仕事が立て込んでいるという理由でお断りをしていたため、御大自ら訪問させてほしいという願いをお断りするのは難しかったこともある。

その様な経緯もあり医療院へやってきたドンティス隊長。さんざんお断りしていたためご機嫌斜めかと思いきや、今までの経緯や前回のやり取りなどなかったかのように穏やかで人当たりの良い、まさに胡散臭い笑顔を浮かべてやってきた。

(しかも、今日は補佐官殿のほかにもう一人見知らぬ人を連れているわ。)

そう。いつも連れて歩いている真面目という概念を人にしたような補佐官殿のほかにもう一人、アルジ達と同じ一般隊員の隊服を着た青年というにはまだ幼さを残した面立ちに体つきの人も一緒だった。

「どうぞお席の方へ。今、お茶をお入れしますわ。」

「それはありがたい。隊長自ら淹れてくださるお茶が、私の楽しみですからな。」

「まぁ、お上手ですこと。」

内心、何を言われるのかと身構えながらも、いつものように笑顔でソファをすすめると、備え付けられた魔道具で湯を沸かし、自分を除いた3人分の紅茶を丁寧に淹れると、ソファに座ったドンティス隊長、そしてその後ろに立った補佐官殿と若い隊員にそれぞれ手渡した。

「隊長自ら淹れてくださるなんて、恐縮です。」

「お口に合うと嬉しいですわ。」

しっかりと腰を折ってからお茶を受け取った補佐官と隊員に笑顔を向けてから、ドンティス隊長の前に座ると、彼は見計らったように声をかけてきた。

「あぁ、美味い。ネオン隊長は茶を淹れるのが上手でいらっしゃる。しかし、ネオン隊長はお茶を飲まれないのですかな?」

「おほめ頂き光栄です。今日はドンティス隊長もご存じの通り、シグリット隊長の医療院の訪問がございました。その際お話が楽しくてお茶を飲み過ぎてしまったのですわ。それより、バザーの件でお話があると伺いましたが?」

終業の刻限も近いため、前置きは不要と単刀直入に話を切り出すと、ドンティス隊長は頷き、自分の後ろに立つあの少年に一歩、前に出るように告げた。

「まずは彼の紹介をさせていただいても?」

「えぇ。」

断る理由がないため、私が頷くと、ドンティス隊長も頷いた。

「彼の名前はパーンと言います。パーン、ネオン隊長にご挨拶を。」

「はいっ。」

補佐官が彼からティーセットを預かると、彼は騎士とは違い、両手を腹の前で組み、両膝を床についてから、私に向かって静かに頭を下げた。

「モルファ辺境伯夫人であり、第10番隊隊長に拝謁できたこと、心より感謝申し上げます。この度ドンティス隊長とのご縁で南方辺境伯騎士団第9番隊に配属になりましたパーンと申します。平民ですので家名はございません。どうぞよろしくお願いいたします。」

貴族や騎士の最敬礼とは違う礼の取り方と言葉選び、私は小さく頷いてから声をかけた。

「モルファ辺境伯当主が妻、南方辺境伯騎士団10番隊隊長ネオン・モルファです。どうぞ、頭をあげて頂戴。」

「はい。」

言って、顔を上げる彼。

「あら? 貴方……。」

彼がゆっくりと顔を上げたとき、その面差しに先ほどまで感じなかった 既(・) 視(・) 感(・) を覚え首を傾げると、彼は少し戸惑った様子で再び深く頭を下げた。

「申し訳ございません。なにか失礼なことをしてしまいましたでしょうか?」

その言葉に、私は静かに微笑んで首を振った。

「いいえ、何でもないわ。頭をあげて頂戴。」

私の言葉を受け立ち上がった彼は、ほっとした表情を浮かべ、後ろに下がると、隣にいる補佐官に丁寧にお礼を述べ、頭を下げている。

(年の割にしっかりしているのね。)

灰色を思わせる艶のない銀の髪に、黒が強い灰色の瞳の嵌った切れ長だがやや垂れ気味の目元は、顔は私の知り合いの誰とも似ていない。

だが全体に小柄で細身の体つきと、庶民の出でありながら、最低限とはいえ他者や目上の人間に対し、失礼がないよう幼い頃からきちんと教育を受けてきたのだと解る柔らかな所作が、王都に残してきた弟に似て見えたのかもしれない

先程騎士の礼の形を取らなかったのは、彼がまだ習っていないからで、だから余計に弟に似て見え、初めて会った気がしなかったのだろう。

(弟妹も、いざというときのために貴族としての最低限の所作とマナーは母さんに教えられていた。彼はきっと庶民でも裕福な家か商家の出で、ご両親が教育熱心だったのかもしれないわ。)

そう思ってもう一度彼の顔を見れば、それに気が付いた彼はそっと視線をそらす。

高貴な身分の人間とは決して目を合わせてはいけないという決まりを守っているのだろう。やはり、きちんと教育を受けているようだ。

(それにしても、騎士団に新人が入ってもこうして挨拶回りに連れて歩くなんて聞いたことがないわ。なぜ彼はここに連れてこられたのかしら?)

不思議に思い、目の前に座るドンティス隊長に視線を移した。

「御用件をお伺いしても?」

「えぇ。」

私の問いかけに頷いたドンティス隊長が何か言う前に、彼の後ろに立っていた補佐官が、自分のティーセットをパーン隊員に渡すと、抱えていた書類ケースから紙の束を取り出し、失礼します、と声をかけてから丁寧に私の前に置いた。

『調査報告書』と大きく書かれた表紙を見、ドンティス隊長に視線を戻す。

「こちらは?」

「パーンの身元調査書になります。私個人として、彼の事は彼の父親から聞かされていましたので人となりは解っているのですが、それでもネオン隊長のお傍に置くとなれば、しっかりと調べる必要があります。その調査報告書になります。それと……。」

「お待ちください。」

ドンティス隊長の言葉を聞き、内心激しく動揺したのを押し殺して、彼の言葉を止める。

「彼を私の傍に置くとはどういう事でしょうか? 本日の用件はバザーの件だと聞いておりますが、それが何故、そのような話になるのですか? 先程、彼は9番隊に配属になったのではないのですか?」

これ以上の厄介事は御免だとやや強い口調で伝えれば、ドンティス隊長はその通りですと頷いた。

「実は彼は、この辺境伯騎士団と取引を行っていたカーブ商会の前商会長の次男なのです。」

それには、私は少しびっくりして彼を見た。

「不勉強でごめんなさい。騎士団と取引のある商会の御子息だったのね。」

私の言葉に彼は首を振る。

「いいえ。当家が扱っているものは、貴族のご婦人であれば決してご縁のない武器や防具などが主。御存じないのも当たり前です。」

「いいえ、それでも、騎士団に身を置くものとして知っておくべきだったわ。これからはもっと勉強するようにします。」

「いや、カーブ商会とはもう契約を切りましたからな、勉強は不要です。」

「契約を切った?」

「はい。」

そう答えた私に、ドンティス隊長が話を切り出した。

「実はつい先日、彼の兄である長男がカーブ商会の商会長に就任したと挨拶にやってきました。しかし前商会長とは長年にわたり友好的な取引関係にあり、個人的にも付き合いがあった私は、前商会長から聞いていた話とあまりにも異なった状況に困惑し、彼と連絡を取ろうとしました。そうしたところ、前商会長と次男であるパーンが私の元に訪れ、彼らに何があったのかを聞き、契約の打ち切りを行いました。」

「騎士団が武具の取引を取りやめるなど相手にとっては相当な痛手ではありませんか? 騎士団にとっても、武具の購入先の変更のような大きな契約はすぐに代わりが見つかるものではないでしょう。しかも長年友好的な関係であったとすればなおさらです。なのに そ(・) れ(・) をドンティス隊長が決断するに至った『なにか』……の詳細を、伺っても?」

首を傾げた私に、ドンティス隊長は頷く。

「もともとカーブ商会の後継に指名されていたのは、彼だったのです。彼はかなり優秀で努力家、語学も堪能で商才もある。商会の長男として生まれ、その座に満足し、与えられる お(・) べ(・) っ(・) か(・) と恩恵だけを享受し、自分こそが跡取りであると忠告も諫言も聞かず遊び惚けた長男と違い、彼は8歳の時には自ら小さな商いをはじめ、9歳からつい2ヶ月ほど前まで、自身の見聞を広げるために他国へ留学をしていたのです。それも、通常卒業まで12年かかるところ飛び級を重ね5年で卒業し、そのまま留学先の商会に気に入られ、期間限定ではありますが秘書として働いていたのです。」

「まぁ、それはすごいわね。」

「えぇ。ですから、商会長は次期商会長は彼だと公言していた訳です。」

なるほど、と納得すると同時に、新たな疑問が浮かび、私はそれを口にする。

「その様に優秀な方が何故、兄君に商会長の座をお譲りになり、全く畑違いである騎士団に入隊なさったのです?」

私の疑問には、発言をお許しください、と頭を下げたパーンが答えてくれた。

「よくあるお家騒動です。半年前、父が病に罹りました。命を落とすような大病ではなかったのですが、体が弱ったことで気持ちまで落ち込んだ父は、私に家督を継ぐために帰って来いと言いました。正直、もう少し他国で勉強したいところでしたが、勤めていた商会長にも戻った方が良いと勧められましたので、仕事の引継ぎを行い、急ぎこちらに戻ってきました。しかし私が準備をし帰路についてる間に、金で親戚を味方につけた兄とその妻が、父母を離れに閉じ込め書類にサインをさせ、商会長変更の手続きをしてしまったのです。」

その話には、私はただ溜息しか出なかった。

「まぁ……それは……何とかならないのですか?」

「残念ながら書類も法的には問題ない状態でしたので覆すことは出来ませんでした。兄は弟である私が自分の物をすべて奪うと思ったのかもしれませんので、そう思わせてしまった私の責任もあるでしょう。しかし、病で臥せっている父と気落ちしている母を孤立無援の状況に囲い込み、脅すようにして書類にサインさせた兄や親戚を許すことは出来ません。帰国し、すぐに父と母を連れて家を出た私は、リ・アクアウムに家を借り、そこを拠点に、父の力を借り、蓄えていた資金を使って、改めて『チャックス商会』という看板を掲げ、商会を立ち上げました。」

「まぁ、それはすごいですね……。」

私も先日、アルジを商会長として商会を立ち上げたため、そのほとんどをデルモがやってくれたとはいえ、それがどれだけ大変な作業であるかは理解している。

だが、しかし。

私は貴族的思考へ意識を切り替えると、ドンティス隊長を見た。

「で、このお話が、どうすれば私の行う慈善事業と関係するのかしら?」

そう聞けば、ドンティス隊長は改めて口を開いた。

「彼の商会は父君が彼の代わりに会長として指揮を執っておりましてな、かの商会と入れ替わりで契約を交わしたのですよ。なに、商品の取引などは、 以(・) 前(・) と(・) 変(・) わ(・) ら(・) な(・) い(・) か(・) 、(・) 安(・) く(・) 仕(・) 入(・) れ(・) ら(・) れ(・) る(・) 予(・) 定(・) で(・) す(・) 。父君は今回の件で長男の根性を叩きなおすいい機会だと奮起しておりましてな、パーンの出番が今はまだないのですよ。そこで、彼は国を離れていた数年分の情報収集も兼ね、騎士団に入隊し私の下で働く事になったのです。しかしさすがに取引先の息子を会計や輸送に関わらせるわけにはいきません。そこで、ネオン隊長が行っていらっしゃる教会とのバザーに孤児院、医療院設立、学舎の運営などの大規模な慈善事業を思い出したわけです。会計監査役として現在、9番隊の会計係を一人手配しているのですが、その任務を彼に任せたいと思っているのです。」

「なるほど。」

とても納得できる説明に、私は頷いた。

「それについては、元々第9番隊隊員をお借りしているので、隊長命令の人事変更であれば、私に否やはありません。ただ今回のバザーは、鈴蘭祭の時のようにお祭り騒ぎの中で行われるわけではありません。ですから前回ほど注目もされていないでしょうし、客入りも減ると思います。しかしもとよりこれは慈善事業です。客の入りが少ない分、教会の皆様にしっかりと商売の基礎と会計の基礎を丁寧に教え、覚えていただきたいと思っていたのです。それをお願いすることは出来ますか?」

頷いたのは補佐官だ。

「次回のバザーに関しましては、引継ぎを兼ね、前回の担当者とパーンの両名を第9班から派遣いたします。彼は商人だけあって、商売の方法も、その仕組みも我々よりうまく説明できるでしょう。ですので、ネオン隊長の御希望に添えると思います。」

「ありがとう。では、この件は了承いたしました。」

にこりと笑って答えると、ほっとした様子のドンティス隊長は先程の書類を私に差し出した。

「私の個人的な我儘を聞いていただき、感謝します。しかしネオン隊長。出来ればそちらの調査書にはぜひ目を通していただきたい。彼は有能ですからな、他の点でもネオン隊長のお役に立てるかもしれませんぞ?」

(確かに。他国へ留学していたのなら、語学は堪能……9番隊に籍だけ置いて外部に出すのであれば、彼のスキルを活かしてあげるのがいいかもしれないわ。そうね、デルモに相談して見ましょうか。)

そう考えた私は、ドンティス隊長に頷いた。

「解りましたわ。 しかし今日はもう終業時間になりますので、こちらの書類は一度預からせていただき、精査の上、後日、こちらからご連絡させていただきますわ。」

「畏まりました。」

そうして話が終わり、医療院を出て行かれた3人を見送ったところで終業のラッパが鳴り響いた。

日勤で帰る者、夜勤でこれから働く者。皆に労いの言葉をかけてから、執務室に戻りスクラブを脱ぎ隊服に着替えた。

そうして先程預かった書類を鞄に入れ、執務室を出て扉の鍵をかけると、同じく仕事を終え隊服に着替えたアルジと共に、辺境伯家の離れに帰る馬車に乗り込んだのだった。