軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

101・隠された確執と、明日への対策

馬車に揺られてリ・アクアウムから辺境伯家の離れに戻った私は、待ち構えていたメイドや侍女たちに先ず浴室に連れていかれた。

町から帰っただけなのに、まるで茶会の前の日の様に念入りに全身を磨かれたあと、ハーブ水を使った全身のマッサージまで受けさせられた時には、流石にこれは『何がどうしたのか』と尋ねた。

その問いに返ってきた言葉は、至極わかりやすいものだった。

「シグリット女子爵がお出でになった?」

私室の鏡台の前に座らされ、魔法具を外したため虹を放つ銀色に戻った髪の毛を、一房ずつ丁寧に香油がしみ込んだブラシで梳かれながら問い返すと侍女は神妙な顔で頷いた。

「奥様がお出かけになられた後、本宅の方へお出でになられたそうです。」

「シグリット女子爵というと、王都で近衛騎士団の要人警護をなさっているかたよね?」

「さようです。」

「旦那様に御用事でもあったのかしら? でもそれなら、騎士団に行けばいい事よね、8番隊の隊長でいらっしゃるのだし。」

「それが……。」

侍女は鏡越しに困ったように笑んだ。

「どうやら任務でこの辺境伯領に戻られたらしく、奥様にはまだご挨拶をしていなかったため、本日はご結婚のお祝いの挨拶をさせていただきたいとお出でになられたようで。 こちらにお伺いが来ました。」

「そう。それで?」

「お忍びで街に、などとは申し上げられませんので、本日は急な執務が立て込んでいるため、よほどのことでなければお会いすることは出来ません、とお伝えしました。女子爵様には失礼かとは存じましたが、先ぶれもございませんでしたので。本家の方にしばらくお出でになったようですが、お昼前にはこちらを発たれたようです。」

「そうだったのね。」

丁寧に髪を梳き終え、緩やかに三つ編みにしてもらっていると、扉がノックされサービングカートを押してメイドのアナが入ってきた。

「ネオン様、お疲れのとれるハーブティをお淹れしましたよ。 蜂蜜もお入れしましょうね。」

「ありがとう。 あ、そうだわ。 リシアもアナも、これを貰って頂戴。」

侍女のリシアが私の肩にかけていた整髪用の肩掛けを外して鏡台を片付け始めたのを見計らって椅子から立ち上がった私は、持ち帰った籠の中の小さな包みをとりだすと、リシアとアナに手渡した。

「ネオン様、これは?」

「いつもありがとうの、お礼のプレゼントなの。 リシアには髪飾り、アナには眼鏡のチェーンにしてみたのだけれど、どうかしら?」

包みを受け取り、失礼しますと言ってそれを開けた二人は、目を真ん丸にしてそれと私を交互に見た。

「こ、こんな上等なもの頂けません!」

二人、声が揃ったが、それには私は首を振った。

「二人には、ここに来た時から本当にお世話になっているもの。 私の気持ちなの、貰ってちょうだい。 もらってもらえなかったら私、泣いてしまうわ。」

少し大げさにそう言えば、2人は深々と頭を下げ、リシアはきっちり上げている髪にそえるように東方の鮮やかな白い蘭の髪飾りをつけて見せてくれ、アナはエプロンのポケットにしまっていた、先日息子夫婦からもらったという真ん丸なレンズの嵌った細い銀縁の眼鏡のツルに、チェーンをつけて首から下げてくれた。

「ネオン様、こんな素敵なお品をありがとうございます、アナの宝物ですよ。」

「私も、大切にさせていただきます!」

力強くそう言った二人に、私は笑う。

「アルジにも言ったのだけれどね。 タンスの奥にしまったりせず、毎日使ってくれたら嬉しいわ。」

うんうん、と涙を浮かべながら頷いた二人の背を撫でながら、他の離れの侍女・メイド、そして本宅にいる離れの厨房当番分もあるの、と話していると、再び扉をノックする音が聞こえた。

「はい、どうぞ。」

「ネオン様、失礼いたします。 ……なにをなさっているのですか?」

礼を取って入ってきた、いつもの辺境伯家の執事が着用する洋服にきっちりと着替え、メイドと侍女の背中を撫でている私にびっくりしたいるデルモだが、その制服に先ほどプレゼントした金のチェーンが映え、私は嬉しくなった。

「何でもないの。2人にもお土産を渡してただけよ。 デルモと一緒よ。その制服に良く似合っていてよかったわ。」

「はい、先程も皆に良く似合っていると言われ、恥ずかしくも、大変誇らしく思います。」

少し照れたようなデルモに、私は笑いかける。

「それで? 今日はもうお休みしていいと言ってあったのに、制服を身に着けてこちらに来たという事は、何かあったのかしら?」

私の御供での街歩きは疲れただろうから、明日まで休んでよいと伝えてあり、彼も了承した。それなのに執事服を着こんでいるという事は、何かあったのだろう。

(先ほど聞いた話かしら?)

そう思いながら問いかけると、デルモは眉を少しひそめた。

「はい。視察からの御帰宅後でお疲れとは存じますが、少々お耳に入れておく必要がございまして。もしかしたらお聞きになっているかもしれませんが、本日、本宅にシグリット女子爵様の訪問があったようです。」

「えぇ、今リシアから聞いたところよ。」

メイド達には仕事に戻ってもらうように言いつつ、私は話を聞くために窓辺のソファに向かった。

ソファに座ると、ハーブティーが差し出された。

「辺境伯領に戻られて、ご挨拶を、と先ぶれもなく来られたようね。でも、ただの訪問だけなら、報告は明日でもいいようなものだけれど何かあったの?」

「私としても、そう思ったのですが……どうやら本宅で騒ぎが起こってしまったようで。」

「騒ぎ?」

ハーブティーを飲みながら首をかしげて訊ねると、デルモはお心の準備を、と言いながら、ひとつ深い溜息をついてから教えてくれた。

「シグリット女子爵様に、旦那様と奥様の復縁の手助けをしていただけるように、と言った者がいたようで、その仔細をお聞きになられたシグリット女子爵様がひどくお怒りになられた、と。」

「は……?」

それには、開いた口がふさがらなかった。

「状況が呑み込めないのだけれど、シグリット女子爵様と言えば、先日話に出た、王都で近衛騎士をなさっている方よね? 旦那様の元婚約者の。」

問えば、デルモは頷く。

「はい、その女子爵様で間違いございません。」

「その女子爵様に、誰が何と言った、と?」

改めて問えば、頭痛でもするのか、右のこめかみを押さえ顔を顰めたデルモが珍しく深い溜息をついた。

「家令と侍女長が、旦那様と奥様の現状を詳細に話した上で、もう自分達では関係修復は不可能だから、是非シグリット女子爵様にその間を取り持っていただけないか、とお願いしたそうです。」

「はああぁぁぁぁぁぁ……。」

その言葉に、あぁ聞き間違いではなかったのだと心底うんざりし、カップをテーブルに戻すと、デルモの様にこめかみを押さえ深い溜息をついた。

「大丈夫、で、ございますか?」

「あまり大丈夫ではないわね……。」

もう一つ溜息をつきながら、ちらりとデルモを見る。

「それで?」

その単語一つで、デルモには質問の意図が正確に伝わったのだろう。

本宅から聞かされた情報の詳細を、彼は大変事細かに、解りやすく教えてくれた。

その話を聞くにつれて、吐き気と頭痛と眩暈と耳鳴りに襲われた私は、それでもそれを口に出した。

「つまり、結婚式の夜に、白い結婚を含む契約結婚を旦那様が私に持ちかけたこと、それに私が乗り翌日契約を結び離れに移り住んだこと。その後の騎士団でのいざこざと、鈴蘭祭の夜のことを、事細かにお話をした上で、幼馴染の中で一番仲が良く、一時婚約者でもあったシグリット女子爵様に二人の仲を取り持てとお願いし、この話を聞いたシグリット女子爵様は大変ご立腹され、泣いて縋った家令と侍女長達を論破して、旦那様のいる騎士団へ乗り込んでいった、と。」

「そういう事でございます。」

「……はぁぁぁぁぁ……。」

皆まで聞きたくなかったし、反芻したくなかったが、確認せざるを得ないだろう。

「仮にも上位貴族の使用人として雇用契約を結んでいる主人の家庭内の、夫婦関係という最も私的で機密的なことを、訪ねていらっしゃった元婚約者、しかも同門の分家の当主様に話した挙句、どうにかしてほしいとお願いするなんて、本家の恥を身内にぶちまけるようなものよ? 本宅の使用人は本当に馬鹿なの?」

つい、口にしてしまえば、デルモは困ったように頭を下げた。

「それにつきましては、返す言葉もございません。」

「あぁ、デルモが悪いわけではないの。ただ本当にあきれただけ……どうしてそういう思考になるのかしら?」

頭かち割ってみればその構造が解るのかしら? とは口にしないまでも、脳内細胞がどのように指令伝達しているのか知りたいものである。

(脳神経科学の問題かしら? それとも精神科領域? 集団妄想とか怪しい薬やってるとかなの?)

と、多分ありえないけれど若干否定しかねる想像をしながら息をつきながら考えて、ふと、顔をあげる。

「いまの話だと今、シグリット女子爵様は辺境伯騎士団の砦にいらっしゃるという事よね?」

「はい。そういう事になりますね。」

「泣きついた使用人の方を怒った、という事だし、私にそのお説教の飛び火がしてくるとは考えにくいけれど、そもそもは私に会うために訪問していらっしゃったという事だから、もしかしたら、面会を求めて医療班にいらっしゃっている可能性もあるわね……。」

「はい。 こちらにも改めて面会のお申し出があるかもしれません。」

頷いたデルモに、私は考える。

「シグリット女子爵様は、確か王都にお住まいだったわよね?」

「はい。」

「では、価値観は王都の貴族と同じと思っていいわね……。」

辺境伯という旦那様の立場や、辺境という土地柄、招待状の握り潰しに、自身の騎士団での勤務などで、私の中で社交界という観念を忘れそうになることがあるが、しっかり思い出して考える。

相手は、王都にお住いの近衛騎士団の要人護衛を担う隊の副隊長であり、自身も子爵家の女当主の方だ。

となれば、その立場上、社交界の出入りは多いだろう。

にもかかわらず、王都からわざわざ辺境伯領まで、何の先ぶれもなく(これについては、本宅が隠していたという前例もあるので追求はしない)、女子爵が訪問してきた、という事実は、急ぎ私に面会をしなければならないなにかがあったに違いないと考える。

「今回の女子爵の訪問は、先日お茶会をしたカルヴァ侯爵夫人から何かお聞きになられたか、王都で辺境伯領にとって何か不利益なことがあり、その確認のために私に会いに来た、という事かしら?」

問えば、デルモは頷いた。

「お茶会そのものは何事もなく終わりましたが、カルヴァ夫人も思う事はおありの様子でしたので、その可能性はあるかと。 ただ王都の方からの連絡は特にありません。 タウンハウスに確認を行いましょうか?」

「えぇ、念のためにお願いするわ。」

頷いた私は、気になったことをデルモに聞く。

「一つ疑問があるのだけれど。」

「何でしょうか?」

「本宅の使用人たちの動きよ。 カルヴァ侯爵夫人のお茶会の招待状は握りつぶしていたくせに、シグリット女子爵の訪問は快くに招き入れ、しかも直接お門違いのお願い事をしているの。両家とも同門、家格で言えばカルヴァ侯爵家の方が格上なのに、何故かしら?」

「そういわれれば、そうですね……。」

怪訝そうな顔をしたデルモに、私は言葉を続ける。

「モルファ家とカルヴァ侯爵家との確執はあれど、シグリット子爵家とはそれがないという事かしら? カルヴァ侯爵家といったい何があったの?」

「……そのことに関しては、一切家令と侍女長はお話にならないのですが……記録を調べてみましょうか?」

「ありがとう、出来る範囲でお願い。 私は明日、医療班にシグリット女子爵様の面会があった時の対策を考えるわ……。」

さて、面倒ごとが大きくならなければいいけれど、と、私はハーブティーを飲み干してからため息をついた。