軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

333.【sideシオン】魔女アイリス

連鎖的に爆ぜる爆炎の中、シオンは魔力結界を展開し、吹き上がる熱波を受け流しながら後方へ退く。

ルアリがちらりと顔を艦隊の方へ向け、軽く肩を竦めた。

「ねぇ提督、境界線なんて見える?」

先ほど降り注いだ炎弾によって、シオンが引いた氷の線は消え去っていた。

「そんなものは見えないな。全隻、進航せよ」

即答だった。

シオンは瞳を細め、杖を構える。

「……仕方ない。少し痛い目を見てもらうしかないね」

その独白が終わると同時に、耳をかすめる声がした。

「――それは、こっちのセリフ」

シオンが反射的に顔を向けた瞬間、ルアリの姿が目前に迫っていた。

ほとんど視認できないほどの速さで距離を詰め、彼女はそのまま回し蹴りを繰り出す。

咄嗟に防御姿勢を取ったが、衝撃は想像以上だった。

シオンの身体が弾き飛ばされ、海面を何度も跳ねる。

だが彼女は海に沈むことなく、上空へと飛翔した。

全身に走る痛みが、損傷と一緒に瞬時に消える。

【時間遡行】によって、受けたダメージはすぐに巻き戻されていた。

視界の隅で、艦隊が再び進み始める。

だが、彼女の視線は動かない。

それは赤髪の少女――《焚灼》ルアリがシオンを見下ろしていたためだ。

シオンがルアリを見据えながら口を開いた。

「……貴女が《焚灼》で間違いない?」

ルアリは口の端を上げ、愉しげに笑った。

「そう言うアンタは《魔女》の末裔?」

「……私が質問してたんだけど」

「ふふっ、先祖返りなんだっけ? その銀色の髪も、琥珀色の瞳も……見てるとつい思い出す。あの 無様な女(・・・・) を」

ルアリは会話をするつもりは無いようだ。

ただ、自分の話したいことを話している。

紅い瞳が細められ、炎のような光が宿る。

侮蔑の響きを含んだ声が、風に乗って届いた。

だが、シオンの表情は微動だにしない。

「アンタは、魔女アイリスのことをどこまで知ってるの?」

挑発を含んだ問いに、シオンは肩をすくめて答えた。

「さぁね。私の先祖が《おとぎ話の勇者》の仲間で、《魔女》と呼ばれていたこと。それと、この世界に来てからはヒティア公国の発展に寄与していたこと――そのくらいしか知らない」

その声音は、あくまで淡々としていた。

シオンが会話を続けている理由は時間を稼ぐため。

連邦艦隊の進軍はキョクトウの兵で迎え撃てる。

だが、この悪魔を野放しにすれば、それだけで国が焼き尽くされかねない。

シオン一人でもルアリ相手に善戦することはできるだろう。

だが、オルンたちが帰ってくれば、戦力はこちらが優勢と言える。

労力を掛けずにルアリを足止めできるのであれば、それはシオンの望むところだった。

ルアリがくすりと笑い、両腕を広げる。

「それはそうだよね。あんな情けない過去を、子々孫々に伝えたいなんて思えないもんね。……なら、親切な私が教えてあげる」

その声は甘く、だが底に焼けた鉄のような熱があった。

「――あの女の口癖は『私は常に前だけを見てる』だった。だと言うのに、発現した異能は、時間を巻き戻す【時間遡行】。これは運命のいたずら? 違う、そんな綺麗なものじゃない。たくさんのものを、失って、喪って、 散(うしな) って。――心の底から〝時間が戻ってほしい〟って願った結果だよ」

ルアリはくすくすと笑いながら、炎を指先で弄ぶ。

「滑稽だと思わない? 振り返らず未来だけを見てるはずの女が、最後には誰よりも過去に執着してた。……最期の瞬間には、未来なんて欠片も見てなかっただろうね。抱えきれないほどの後悔に圧し潰されて死んだはずだ」

シオンは沈黙を保ったまま、風に髪をなびかせた。

その静寂が、ルアリの神経を逆撫でする。

「ねぇ、アンタもそうなんでしょ? 無様に過去に縋ってるんでしょ? アンタの醜い部分も、私に見せてよ」

挑発めいた言葉が投げかけられても、シオンは眉一つ動かさなかった。

やがて、小さく息を吐き――。

「……話は終わった?」

つまらなそうにそう言って、瞳だけでルアリを射抜いた。

「退屈すぎて、あくびが出そうだった。貴女の話を要約すると――私の先祖が〝過去に戻りたい〟って願って【時間遡行】を発現した、ってこと?」

ルアリが何かを言う前に、シオンは淡々と続けた。

「だったら、感想は一つ。――『そうなんだ』。……人は誰しも、多かれ少なかれ過去に戻りたいと思うものだよ。その気持ちは、他人が嗤っていいものではない」

ルアリの笑みがわずかに歪む。

シオンの平然とした態度が、彼女を苛立たせていた。

「…………何? 私の話が嘘だとでも言うの?」

「別に、そう言いたいわけじゃない」

シオンの声は静かで、それでいて芯があった。

「確かに、私の先祖は過去に執着していたのかもしれない。けれど、それが魔女アイリスの全てだったとは思えないってだけ」

ルアリが眉を吊り上げ、低く問う。

「……何を根拠に?」

その問いに、シオンは迷いなく答えた。

「根拠は―― 私自身(・・・) 」

風が止み、海が静まる。

銀髪が揺れ、シオンの琥珀色の瞳がまっすぐルアリを見据えた。

「悪魔の貴女には分からないかもしれないけど……人間は、想いを未来に繋げる生き物なんだよ。たとえ自分が死んでも、自分が生きた証は、子へ、孫へと脈々と受け継がれていく。――私がここに居るという事実が、先祖が未来を諦めていなかった証拠だよ」

炎が音もなく揺らぎ、空気が張り詰める。

「貴女がどんなに言葉を重ねても、この事実だけは揺るがない」

シオンの言葉が、海上に響いた。

静かで――けれど、凛烈なまでに強い声音だった。

それを聞いたルアリのから笑みが消える。

「せっかく面白いものが見られるかもって期待してたのに。……期待外れだった」

その声は、熱を孕んでいながらも氷のように冷たい。

彼女は手を軽く掲げ、無感情に囁いた。

「――もういいや」

真紅の魔力が弾ける。

瞬く間に十を超える炎弾が生成され、シオンへと降り注いだ。

シオンは杖を横薙ぎに振り、氷の幕を展開する。

燃え盛る弾丸がぶつかり、轟音と共に白煙が弾けた。

水蒸気が視界を覆う――その刹那。

背後から、ルアリが迫る。

「――っ!」

シオンは杖を後方へ突き出し、瞬時に氷の刃を放つ。

だがルアリは容易くそれを躱し、至近距離から蹴りを放った。

炎を纏った脚が結界を砕き、シオンの身体が再び空へと弾かれる。

だが、彼女は落下しながら魔力を集中させた。

「――【 氷槍群(フロストジャベリン) 】!」

白銀の魔力が奔り、数十本の槍が螺旋を描いてルアリを包囲する。

――しかし、炎が笑う。

ルアリの身体が一瞬で炎に包まれ、槍を飲み込む。

溶けた氷が蒸気となって弾け飛び、周囲の温度が一気に上昇する。

「そんな冷たいだけのおもちゃが私に届くとでも?」

炎の中から姿を現したルアリが、指先を軽く弾く。

その軌跡から、灼熱の線が描かれ、蛇のようにシオンへ襲いかかる。

シオンは身体を傾け、滑るように後方へ退いた。

燃え盛る鞭がわずかに頬を掠め、髪の先が焼け落ちる。

熱気が皮膚を刺したが、表情は微動だにしない。

彼女は杖を振るうと、彼女の周囲に無数の玉霰が現れる。

「――【 霏霏(ストレイフ) 】」

亜音速で放たれた氷の弾丸がルアリを襲う。

ルアリがおもむろに右手を前に出した。

だぼったい上衣の袖口に隠れていた右手が燃え盛ると、巨大な炎の手へと変わる。

弾幕のような氷弾が炎の手にぶつかり、空中で連鎖的に爆ぜた。

衝突点を中心に冷気と熱が混ざり合い、白い霧がルアリを包む。

互いに互いが見えなくなったところで、シオンの右目から白銀色の魔力が漏れ始め、その瞳には幾何学模様が浮かび上がった。

手に持つ杖をルアリへと向けると、シオンの周りの空間に亀裂が走る。

裂け目から、凍てついた世界の冷気が一気に流れ込んでくる。

シオンの杖の先に魔法陣が幾重にも展開され、冷気が魔法陣に吸い寄せられていく。

ルアリを隠していた白煙が徐々に晴れていくと、ルアリの影が浮かび始めた。

「――【 絶零之銀葬(グレイシエル) 】」

シオンの声が静かに響く。

杖の先端から白銀の光が奔った。

圧縮された冷気による破壊の奔流。

白銀の光が一直線に走り、空気を裂いて唸りを上げた。

進路上の海面が一瞬で凍りつき、続いて粉砕されて爆ぜる。

ルアリは即座に反応した。

両腕を交差させ、燃え盛る炎の壁を張る。

だが、次の瞬間――白銀と深紅が衝突し、激しい衝撃波が巻き起こった。

氷と炎が拮抗し、境界で弾ける。

砕け散った氷片が雨のように降り注ぎ、灼熱の風がそれを蒸発させて霧へと変えた。

視界の中で、蒸気が渦を巻き、空気が鳴動する。

「へぇ……。意外と愉しませてくれそうだね」

霧の向こうからルアリの声が響いた。

その声には痛みも怒りもなく、ただ純粋な愉悦だけが滲んでいる。

炎が霧を吹き飛ばした。

燃え盛る奔流が空気を押し退け、ルアリの姿が露わになる。

口元に笑みを浮かべ、燃える右腕を軽く掲げた。

「――【 灼閃(イグニス) 】」

その言葉と同時に、世界が歪んだ。

ルアリの掌から噴き出した炎は、瞬時に熱線へと変わり放たれる。

大気が引き裂かれ、海面が触れる前に蒸発して白煙を上げた。

シオンは瞬時に魔力を集中させ、身体を捻るようにして横へ滑る。

真紅の軌跡を追うように、背後の海が爆発的に膨張した。

熱波が押し寄せ、肌が焦げるほどの灼熱が全身を舐める。

(私の【 絶零之銀葬(グレイシエル) 】と同等、いや――それ以上……。しかも、私みたいに溜めが要らないなんてね……)

シオンは息を整え、冷気を放つ。

氷の精霊が膨張し、周囲の温度が急激に下がった。

焦げた空気が凍り付き、霧氷が瞬く間に舞う。

だが、ルアリは止まらない。

次の瞬間にはすでに距離を詰め、焼け焦げた空気の中を滑るように突進していた。

灼熱の拳が振り抜かれ、残像のような火線が空を切る。

シオンは杖を構え、氷の盾を生成する。

盾が触れた瞬間、轟音を立てて蒸発した。

それでも彼女は動じず、空中で身を翻す。

再び放たれた【 灼閃(イグニス) 】の余波が海を焼き、波を吹き飛ばした。

「避けるのに必死だね」

ルアリが笑う。

紅い瞳が狂気に染まり、熱気の中で輝いていた。

シオンは無言で杖を構え直し、【 霏霏(ストレイフ) 】を放つ。

弾幕のように展開された氷弾が、紅蓮の奔流と正面からぶつかる。

空気が膨張して発生した爆風が二人を押し離し、距離が開く。

その間にも、空気は焼け焦げたような臭いを放ち、海からは止めどなく蒸気が上がっている。

(これが悪魔……。とんでもないね……)

シオンは短く息を吐き、杖を構え直した。

陽光の中、ルアリの右手も髪も炎に包まれ、周囲の空気が歪む。

その姿は、まさに海に降り立った深紅の悪魔だった。