軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

284.【sideフィリー】神降ろし

◇ ◇ ◇

ナギサを東雲家の一室に閉じ込めた翌日、わたくしは霊山を登っていた。

「して、フィリー殿。ナギサ様を閉じ込めたあれは何なのでしょう?」

わたくしに付いてきたキリュウが疑問を口にする。

「去年、オルン・ドゥーラが《英雄》と戦った際に使用していた魔導具よ。使用後に放置されていたから回収しておいたの」

「《魔王》オルン・ドゥーラが。それはさぞ強力な魔道具なのでしょうね。それを量産しているなんて心強いですな」

「……残念ながら量産は出来ていないわ」

昨年のレグリフ領での一件で偶然手に入れたあの魔導具は、対象の空間を閉じ込める結界を展開し、その空間内を灼熱で飲み込むというもの。

しかし、そこまで解析が進んでいるにもかかわらず、その魔道具に封入してある術式は、どういうわけか複製することができなかった。

《博士》にも魔力生命体である《雷帝》にもその術式を完全には読み解くことができず、これを作った魔導具師の技量の高さには二人とも舌を巻いていた。

あの頃のオルンが作成できるわけもなく、一体誰がそんな魔導具を作ったのか、それだけが未だに分かっていない。

彼が使用していたわけだから当時の彼に近い人物だとは思うけれど、それに該当しそうな人物に心当たりが 全くない(・・・・) 。

「なるほど。あの魔導具は 一つしかない(・・・・・・) というわけですか」

「えぇ。そうなるわね」

キリュウと適当に会話をしているうちに目的地である天霊神社が見えてきた。

そのまま鳥居をくぐり境内へと踏み入れる。

前方に大きく佇む本殿の脇に、舞を奉納するための舞台である 櫓(やぐら) が組み立てられていた。

その櫓からは空気を震わせるほどの魔力を感じた。

その事実を前に思わず笑みが零れてしまう。

舞台の上に立つと、そこに集まる膨大な魔力が目に見えるような感覚を覚える。

魔力を感知する能力に乏しいわたくしでも、その膨大さは感じ取ることができている。それほどの魔力がここにはあった。

「ふふふっ。条件は整っているわね」

わたくしは呟き、数か月前にノヒタント王国の王都近くでベリアを飲み込んだ涅い卵のようなものを出現させると、櫓の中心に設置した。

「フィリー殿、何をしようとしているのですか?」

設置作業を終えて櫓から降りたところで、キリュウが問いかけてくる。

「わたくしたちの神を降ろすのよ」

この世界は、人間にとっては猛毒となる外の世界の魔力を阻む巨大な結界の中に存在している。

そしてその結界を維持するためには、膨大なエネルギーが必要だ。

しかし、外の世界の魔力を断ったこの世界では、《おとぎ話の勇者》であろうとも、そんなエネルギーを確保することはできなかった。

そこで彼が目を着けたのは、彼らが 邪神と呼んでいる存在(・・・・・・・・・・) だった。

邪神(オベロン) 様も魔力生命体となる。

そのオベロン様の身動きを封じ、その魔力をこの世界の維持のためのエネルギー源にしている。

オベロン様がこの世界の維持を担っていると言って過言ではない。

だというのに、大半の人間はこの事実を知らずに過ごしている。

「滑稽だと思わない?」

わたくしは静かに語り続ける。

「この世界は、人間を絶滅寸前まで追い込んだ仇敵の存在のお陰で維持されているのだから。今の人間は、オベロン様がいなければ死滅を迎えることしかできない生き物だというのに」

とはいえ、強大なオベロン様が内包する膨大な魔力量は、術理の世界の維持に必要な量をも上回っている。

その有り余った魔力が地脈を通じて、世界各地に迷宮を創っている。

その迷宮で生まれる魔獣は、言い換えればオベロン様の魔力から生まれた彼の尖兵だ。

そしてその魔獣が死んだ際、魔力の一部が結晶化して魔石としてその場に残り、残りは〝黒い霧〟となって宙を漂うことになる。

この黒い霧こそが希釈されたオベロン様の魔力そのもの。

そして、それら黒い霧は最終的に、ここ――霊山に集まることになっている。

「キリュウ、貴方は知っているのかしら? 年に一度行われている霊舞祭の儀式が何なのか」

「儂は 天堂(テンドウ) 家の人間ですからな。霊舞祭は伝統的な儀式であることしか知りませぬ」

「そう。なら教えてあげるわ。その儀式の本質は、霊山に留めているオベロン様の魔力を外の世界に放出することよ」

霊舞祭の儀式は、舞の奉納でオベロン様の魔力を外の世界へ送るための道を作り、妖刀に宿る妖力がその道を通じてオベロン様の魔力を外の世界へと送ることになっている。

「だけれど、この数年は、 東雲(シノノメ) 家の不在によって、完全な儀式は行われていない」

舞の奉納のみでも多少の魔力は外の世界へ送れるでしょうけれど、霊山に留めている総量の三割を外の世界に送れていれば御の字といったところでしょう。

「その結果として、今の霊山にはオベロン様の魔力が決壊寸前まで溜まっているの。それだけの量があれば、オベロン様の 人格を呼び起こす(・・・・・・・・) ことも可能でしょう」

わたくしは話し終えると、《博士》に作らせた特製の魔導具を手に取った。

その魔道具が霊山に内包されている膨大な魔力を操る。

地面が震えるのを感じた瞬間、まるで火山が噴火したかのように魔力が地中から吹き出すと、櫓を飲み込んだ。

その膨大な魔力を、櫓の中心に置かれた涅い卵が受け止める。

しかし、全ての魔力が卵に注がれているわけではなく、卵から漏れた魔力は四散するように次第に霊山の麓に広がっている首都の上空を涅く染め始めた。

「ふふふっ、絶景ね。やはり日が完全に昇るのを待って正解だったわ」

わたくしは、青空が涅色に染まりゆく様を見つめながら、満足げに微笑んだ。

しばらくして、涅く染まった空からは雨のような涅い雫が垂れ始める。

「もうすぐ。もうすぐよ。この時をどれだけ待ちわびたものか」

霊山周辺の地上に降り注いだ涅い雨が、空と同じく、大地を涅く染め上げていく。

やがて、その濡れた地面が蠢き始め、波打つように盛り上がり始める。

それは次第に輪郭を得て、魔獣を思わせる異形の姿を形づくる。

そして遂には、意思らしきものを宿し始めた。

空気は重く淀み、その気配に満ちていった。

動き始めたそれらは、一斉に大地を蹂躙し始める。

人々を終わりの世界へと引きずり込むように。

〝涅い 魔物(・・) 〟たちの咆哮には、怒りと憎悪が満ちていた。

それはオベロン様の深層から放たれた怒りそのものだった。

「…………。……地獄絵図とは、まさにこのことを言うのでしょうな」

涅い魔物が暴れ始めている光景に満足していると、隣からキリュウの冷徹な声が聞こえた。

わたくしはその言葉に頷きながら、視線を霊山の頂きに向ける。

遠くで、雷鳴のような音が鳴り響き、街では涅い魔物たちが次々と誕生していく。

それに比例して人々の戸惑い、悲鳴が大きくなっていく。

さぁ、始まりよ。

ここキョクトウから、世界は死に飲み込まれていくことになるでしょう。

更なる混沌をわたくしに見せて頂戴――。

「ふふふっ。人の悲鳴はいつ聞いても良いものね」

突如現れた涅い魔物に襲われ始めた人々の悲鳴が、霊山の中腹まで届くほど大きくなっていた。

「フィリー殿は良い趣味を持っているようですな」

隣に佇むキリュウが嫌味とも受け取れる言葉を零す。

そんな彼に視線を向けると、驚くほどに無表情だった。

その顔からは彼が何を考えているのかが全く読み取れない。

キリュウの言動を怪訝に思っていると、再び口を開いた。

「しかしながら、物事というものは、予定通りに進んではくれませんな」

「……どういう意味かしら?」

彼の言葉の真意を問いながら、彼への警戒度を高める。

キリュウには【認識改変】を施している。

特にわたくしに刃を向けることを徹底的に禁止させているはずなのに、どうしてか今すぐにでも斬られてしまうのではないかと思うほどの雰囲気が彼にはあった。

「他意はありませんよ。だた、少々懐かしい気配を感じ取ってしまったものですから」

「気配……?」

わたくしにはキリュウの言う気配を感じ取ることができなかった。

武人特有の感覚というものかしら?

「えぇ。東雲家の一人娘である愛弟子の気配を。それ以外にも強大な気配が複数、突然国内に現れましたね」

「まさか、東雲風花!? それに複数の強大な気配って……!」

フウカは今もオルン達と共に行動しているはず。

それはすなわち、フウカだけでなくオルンもキョクトウにやってきたということになる。

「よりによってこのタイミングでやってくるなんて、完全に想定外ね」

「如何しますか?」

キリュウの問いに、軽く唇を噛む。

この状況ならオルン達が霊山を登ってくることは間違いない。

と言っても、わたくしのやることは変わらない。ここで神降ろしを完遂すること。

「キリュウ、山を降りて彼らを迎え撃ちなさい」

「わかりました。では、行ってまいります」

わたくしの命令に従って、キリュウが下山を始める。

それを見送りながら、心の中で悪態を吐いていた。

(こうなるなら、ルアリも連れてくるべきだったわ。……いえ、今はそんなことを考えていても仕方ないわね)

栓無き事を考えても仕方ないと思考を切り替えて、先ほどまで悲鳴が上がっていた街へと注意を向ける。

未だに悲鳴は聞こえているけれど、徐々にあちこちから戦闘音が聞こえてくる。

「さて、こちらも準備をしておこうかしら」

キリュウの実力は本物であるけれど、先ほど彼に違和感を覚えた。

それに、彼の言う通り物事が予定通りに進むことの方が少ない。

彼らが山を登ってくることも考えて手を打っておくべきね。