軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

273.【sideハルト】氣の極致点

◇ ◇ ◇

ヒティア公国に居たハルトとテルシェは、現在ツトライルで生活していた。

先日の首脳会談で世界の敵として認定され、ルシラの立ち居振る舞いも相まって、教団がツトライルを襲撃する可能性は極めて低くなった。

それでも万が一ということがある。

そこで教団がツトライルに攻め込んできた際に、迎撃とオルンたちへすぐさま連絡を送るためにハルトとテルシェはツトライルへとやってきていた。

「ハルト、客人よ」

テルシェがツトライルにある《赤銅の晩霞》のクランホームで昼寝をしていたハルトに、人が訪れて来たことを告げる。

「客人だぁ? 応対すんの面倒くさいから適当に追い返してくれ」

ハルトは眠たげに瞼をこすりながら、あくびをしていた。

その態度を見て、テルシェから殺気が発せられる。

「私は貴方の使用人になった覚えは無いのだけれど?」

「調子に乗りました、すみません……」

テルシェの怒りの籠った低い声を聞いて、ハルトはその場で土下座のポーズを取った。

「ぷふっ。団長、ダサ過ぎない?」

「早速尻に敷かれてますね、団長」

そんな二人のやり取りを見ていたカティーナとヒューイが感想を零した。

「おい、そこ! うるせぇぞ!」

「だから、人を待たせてるって言ってるじゃない。早く行きなさい」

「ハイ……」

ハルトは彼を笑っていた二人にツッコミを入れるも、テルシェの苦言を受けてそそくさと応接室へと向かった。

「あ? お前らは……」

ハルトが応接室にやってくると、そこには《夜天の銀兎》のウィルクスとルクレーシャが居た。

「久しぶり、ハルトさん」

ウィルクスがハルトへ軽く手を挙げながら挨拶をする。

「これはまた意外な客だな。御多忙な《夜天の銀兎》の探索者さんがこんな弱小クランに何の用だ?」

「弱小クランって……。ハルトさんだってボクたちと同じSランク探索者じゃん。全然弱小じゃないと 思うけど?」

ルクレーシャが自分のクランを卑下したハルトに苦笑しながらフォローを入れた。

「確かに同じSランクパーティを抱えたクランだが、規模が違いすぎんだろ。ウチは十人ちょっとの規模に対して、そっちは千人以上の団員を抱える大手クランじゃねぇか。それに大迷宮攻略のためって名目で王室からの支援も決まったんだろ? 比べるのもおこがましいね」

「……なぁ、ハルトさん、《赤銅の晩霞》はこれからどうするんだ?」

ウィルクスが話を切って、早速用件に入った。

「どうするって、何が?」

「世間は大迷宮の攻略を望んでいる。《赤銅の晩霞》はこれまで深層の探索をしてこなかったみたいだけど、攻略の意思はあるのか、それが聞きたいんだ」

「攻略、ねぇ……。ガッカリさせるかもしれねぇが、 今のところ(・・・・・) 俺は大迷宮の攻略に興味が無いんだ」

ハルトの回答にウィルクスとルクレーシャは少なからず驚きを覚えた。

探索者になった者は、大迷宮の攻略を一度は夢見る。

数百年間攻略されていない難攻不落の迷宮。

そこを攻略したものが手にする栄誉や名声は他に代えがたいものがある。

しかしこれまで大迷宮の攻略は、あくまで〝探索者の夢〟でしかなく、普通に暮らす者たちにとってはどうでも良いことであった。

いや、むしろ攻略は望まれていなかったかもしれない。

昨年攻略された西の大迷宮は、それ以降迷宮としての機能を失い、そこから魔石やその他の資源を手に入れることが出来なくなっている。

探索者ではない人たちにとって必要なのは、生活に必要となる迷宮から得られる魔石やその他資源だ。

大迷宮の攻略は、大半の人たちにとってはマイナス要素の方が多かった。

それがここに来て一変した。

先日の首脳会議の内容は、新聞や人伝に瞬く間に広まっている。

大迷宮の攻略が地上から魔獣を居なくさせる第一歩になるという情報が周知されている現状では、大迷宮の攻略を願っている人たちが、それまでとは比較にならないほど増えている。

「どうして、攻略に興味が無いの?」

ルクレーシャがハルトに問いかける。

「勘違いしないで欲しいんだが、俺は大迷宮の攻略を否定しているわけじゃない。むしろ、攻略 するべき(・・・・) だと思っている」

「だったら、どうして――」

「それは優先順位の違いだな。今の俺には大迷宮の攻略よりも 優先したいこと(・・・・・・・) があるんだ」

「優先したいこと?」

「……あぁ。それは、俺の人生の中で、もしかしたら一番の大仕事になるかもしれないくらい俺にとって大切なことなんだ」

「……そうなんだ。ねぇ、ハルトさん、その〝優先したいこと〟ってすぐに始めるの?」

ルクレーシャが再度質問する。

「いや。今のところ連絡待ち状態だが、今日明日に行うものではないな」

「だったら、優先したいことを始めるまでで構わないから、ボクたちに戦い方を教えてくれないかな?」

「は? 戦い方? お前らは充分強いだろ」

「いや、オレたちの今の実力じゃ大迷宮の攻略はできないことは自覚してる……」

ウィルクスが悔しさに耐えるように握りこぶしを震わせていた。

「その向上心は良いと思うが、それでどうして俺のところに来るんだ?」

「実はオルンくんに助言されたんだ」

ハルトはルクレーシャの言葉を聞いて大きく目を見開いた。

「……オルンが?」

「うん……。ボクたちが更なるステップアップを求めているなら、ハルトさんを頼ってみるのがいいって。オルンくんもハルトさんからとある技術を教えてもらったって」

ハルトが思案しながら頭を掻く。

それから彼らを試すようなことを問いかけた。

「……今のオルンは、凶悪犯の脱走を手引きしようとした上に探索者ギルドのグランドマスターを殺害した犯罪者だぞ? そんなヤツの言うことを信じているのか?」

「オルンは考え無しにそんなことをする奴じゃねぇ!」

ハルトの問いに、ウィルクスが目を吊り上げながら大きな声を上げた。

「確かにオルンは《夜天の銀兎》から除名処分を受けた。犯罪に手を染めた。だけど、違うんだよ……! 詳しいことは言えないが、オルンは好き好んであんなことをする奴じゃない……!」

ウィルクスは悔しさをグッと抑えながら、それでも身体を震わせていた。

(……こいつ等はオルンの真意を少なからず知っているってことか? だが、俺とオルンの関係までは知らないようだな。……つーか、オルンよぉ、とんでもない置き土産を残してくれたな。ウィルクスとルクレーシャの修行にまで付き合ってたら、俺、過労死するんじゃねぇか?)

ハルトが遠い目をしながら心の中でオルンへ文句を言う。

「お願い、ハルトさん! 片手間で構わないから、ボクたちにその技術を教えて!」

「頼む!」

ルクレーシャとウィルクスがハルトに深く頭を下げる。

「…………少しだけ考えさせてくれ」

ハルトは二人にそう言うと、思考の海に潜った。

(こいつ等は探索者全体で見れば最上位の実力者だ。だが、俺よりは弱い。それだと大迷宮の攻略は難しいだろうな。それなのに、オルンは《夜天の銀兎》の第一部隊やアイツの弟子たちを 今でも(・・・) 高く評価しているんだよなぁ。それこそ南の大迷宮の攻略を任せるくらいに。……二人を俺に寄こしたってことは、氣の操作を習得すれば化けるってことか? 氣、ねぇ……)

それからも思考を重ねるが、結論を導き出せなかったハルトは、

(…………うん! 分からん! つーか、そもそも俺一人だけ更なる苦労を背負うなんておかしくないか? きっとそうだ。よし、テルシェを巻き込もう!)

思考を放棄してテルシェを巻き込むことを決めた。

それがオルンの狙いだと彼が気づくことは終ぞ無かった。

ハルトがウィルクスたちに一時的に退室することを伝えてから、テルシェの元へ向かう。

「おーい、テルシェ!」

キッチンで料理をしていたテルシェが表情を顰めた。

「……何かしら?」

ハルトが視線を落とすと、そこには大きな肉を煮込んでいる鍋が視界に映った。

「お、美味そうだな。今日の夕飯は肉か? いつも作ってくれてありがとうな」

ハルトの純粋な感謝の言葉を受けて、テルシェの表情が僅かに緩んだ。

しかし、すぐに顰め面に戻してしまう。

「別に、ついでに過ぎないわ。……そんなことを言いに来たの? なら邪魔だからどっか行ってなさい」

「そんなつっけんどんな態度を取らなくてもいいじゃねぇか」

「うるさいわね。本当に用事が無いなら出て行ってくれないかしら?」

「悪かったって。実はテルシェに頼みたいことがあって来たんだ」

「……私に頼み事?」

それからハルトは、先ほどウィルクスたちから氣について教えて欲しいと言われたことを伝える。

テルシェは怪訝な表情をしながらも、ハルトの話を聞いていた。

「オルン様が彼らにそう言っていたのであれば、何かしらの意図があるはずだけど……」

テルシェが顎に触れながらオルンの意図を汲み取ろうとしている。

「ウィルクスの方は氣の極致点だろ」

ハルトが自分の考えを告げた。

それにテルシェが頷く。

「えぇ、それは間違いないでしょう。非異能者が異能者や悪魔に唯一対抗出来うる手段が〔破魔〕へと至ることなわけだし。南の大迷宮百層のフロアボスを相手にするにも必須と言えるわ」

おとぎ話の時代、邪神や悪魔との戦いを強いられた人間は、大きく進化したと言われている。

それが、異能の取得と、氣を操作することができるようになったこと。

氣は元来人間に備わっている力であった。

それが窮地に立たされたことで氣を操りだす者が現れるようになった。

その技術は人伝に広まり、人間の大きな力となった。

更に氣を極めた者は魔力を打ち破る力を手に入れた。

それが〔破魔〕だ。

しかし、それに至る権利を持つのは、 非異能者のみ(・・・・・・) となる。

それは何故か。

異能が 魔力由来のもの(・・・・・・・) だからだ。

異能という魔力と同化している異能者が〔破魔〕を扱えば、自分自身が多大なダメージを負うことになる。

そのため異能者は無意識化でブレーキを掛けてしまい、〔破魔〕を扱えない。

そのブレーキを取っ払った末の極致が、オルンの【 終之型(モント・エンデ) 】の本質となる。

「だが、そんな短時間で習得できるものなのか? そもそもおとぎ話の時代でも片手で数えられる程度しか至ってないんだろ?」

「オルン様は習得できると判断したのでしょうね。問題はもう一人の方……。【魔力追跡】という異能……。魔力の残滓を追う……。――あ、もしかして……」

テルシェが難しい表情でルクレーシャの可能性を模索していると、何かを閃いたのか、合点のいったような表情に変わった。

「わかったのか?」

「えぇ、恐らくだけど。【魔力追跡】の異能者は私が預かるわ。ハルトは非異能者の方に集中しなさい」

「というわけで、お前たちの要望に応えて技術を伝授してやる!」

ハルトがテルシェを連れて応接室に戻ると、開口一番にそう言った。

「えと……。ありがとう……」

ルクレーシャが戸惑いながらも感謝を口にする。

先ほどまで神妙な面持ちをしていたハルトの態度が一変したことに、二人は戸惑いを隠せないでいた。

そんな雰囲気を無視して、テルシェがルクレーシャへと近づく。

「貴女がルクレーシャ・オーティスね。私はテルシェ……よ。貴女の指導は私が受け持つわ。甘やかすつもりは無いから、辞めたくなったら早く言いなさい。その方がお互い時間を無駄にしなくて済むから」

テルシェが自分の姓を伏せて自己紹介をしてから、厳しさを突き付ける。

言葉こそ刺々しいものだが、その瞳や表情、立ち居振る舞いには優しさが見え隠れしていた。

ルクレーシャもそれに気付いた。

「ギブアップなんてしないよ……です! よろしくお願いします!」

「……敬語が苦手なら使わなくても大丈夫よ」

「え? あ、うん。ありがとう」

「それじゃあ今から大迷宮に行くわよ。付いてきなさい」

テルシェは言うことを言うと、すたすたと外へ向かう。

「あ、ちょっと待ってよ!」

ルクレーシャが慌ててテルシェを追いかけた。

「……大丈夫なのか?」

ウィルクスがテルシェたちのやり取りを見て心配そうに呟く。

「ま、大丈夫だろ。テルシェはなんだかんだで優しいヤツだからな。それじゃ、こっちも早速始めるぞ」

ハルトはフォローを入れてから、ウィルクスの方を向く。

「うすっ! お願いします!」

ウィルクスも思考を切り替えて、ハルトを真っ直ぐ見据えた。

「お前が目指すのはディフェンダーの完成形だ。視線の使い方や体捌きといった基本的なことと、お前が求めてる技術を叩き込む。こっちもスパルタで行くから、必死で食らいついて来いよ」

「上等だ! 絶対に身に付けてやる!」

ウィルクスは、ハルトの挑戦的な言葉を受けて不敵な笑みを浮かべる。

こうして二人は、ハルトとテルシェそれぞれから指導を受けることになった――。