軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

255.蒼の黎明

◇ ◇ ◇

《夜天の銀兎》に別れを告げて外に出ると、既に日は沈んでいた。

空には満月が孤独に輝きを放っている。

魔導具の技術発展のお陰で、夜の闇を照らす街灯が街の至るところに設置されている。

お陰で夜でも真っ暗ではなくなった。

だけど、月の光の方が温かく感じた。

「ははは……。なんでセンチメンタルな気分に浸ってんだよ」

こうなる事は分かっていた。

それでも俺はこの道を選んだ。

だというのに、感情というのは厄介なものだ。

頭に浮かんでくるのは、《夜天の銀兎》でみんなと過ごした幸せな日々だった。

こんな何気ない毎日をみんなに過ごしてもらうために、俺は戦うんだ。

たとえ、俺がそこにもう居られないとしても。

「――それじゃあ、始めようか」

自分の目的を再確認したところで、感傷的になっている感情を理性で踏みつぶすように、俺は歩き出す。

俺にとって今日は、《夜天の銀兎》を脱退した重大な日だ。

だけど、大多数の人たちにとっては何気ない一日に過ぎない。

何か大きな催しがあるわけでもない。

大事件が起こったわけでもない。

ツトライルは探索者の街と呼ばれている。

だからなのだろう。この街の夜は迷宮探索から帰ってきた探索者たちによって賑わっている。

飽きるくらい見ている、いつもの日常の光景だ。

そんな日常とは対照的な場所に俺は居た。

オリヴァーの居る拘留所とその周囲状況を確認しながら正面口へと向かう。

そこには二人の兵士が居た。

「ん? 誰だ? この時間にこんなところうろついてると危ないぞ?」

拘留所を警備している兵士の一人が、俺を見つけると注意をしてくる。

「そうだな。……夜は何かと物騒だもんな」

適当に兵士の話に合わせながら、彼らに近づく。

「ん? お前、もしかして《夜天の銀兎》のオルン・ドゥーラか?」

片方の兵士が俺の顔を知っていたようで、俺の正体に気付いて くれた(・・・) 。

「あぁ、そうだ」

「王国の英雄がこんな場所に何の用だ?」

「俺の大切な仲間であるオリヴァーを解放するだけだ。邪魔をするなら容赦なく斬るぞ」

警告しながらシュヴァルツハーゼを握る。

兵士が反応できる速度で接近して、剣を大振りする。

「なっ!?」

兵士は驚きながらも、俺の剣を自身の剣で受け止めた。

「オリヴァーの解放だと!? ダメに決まってるだろ、そんなの! 昨年アイツが暴れたことで、あわや大惨事になっていたんだぞ!? そんな危険人物を外に出すなんて何を考えているんだ!?」

兵士は至極真っ当な内容で糾弾してくる。

「俺は親友を助けたいだけだ」

彼の返答的に、オリヴァーがフォーガス侯爵の手伝いをしていたことは知らないのだろう。

まぁ、オリヴァーは秘密裏に動いていたわけだし、言い方は悪いが、末端の兵士が知ってるわけないか。

俺が兵士と鍔迫り合いをしながら話をしていると、もう一人の兵士が魔導具を頭上に掲げる。

その魔導具が起動すると、空に一筋の光が上がり空中で弾ける。

おそらくは他の兵士たちに異常を伝える信号弾だろう。

「そこまでにしておけ! いくら王国の英雄だろうとも、これ以上俺たちに手を上げたら罪に問われるぞ!」

信号弾を上げた兵士が忠告をしてきた。

こんなことをやらかしている俺を気遣うなんて、優しい人だな。

だけどそんな言葉で止まるなら、最初から俺はこんなことをしていない。

「俺を罪に問うだと? やれるものならやってみろよ。お前らごときが俺を裁けるならな!」

兵士の二人を傷つけないように注意しながら派手に暴れる。

時間を追うごとに、一人二人と徐々に兵士が増えていく。

「何事だっ!?」

遂にはツトライルに常駐している中央軍の兵士まで駆けつけてきた。

(……そろそろ頃合いか)

多くの兵士に囲まれたところで、兵士たちに俺がやけくそになったと思わせるように、演技をしながら口を開く。

「次から次に、ぞろぞろと。あーもう、めんどくさい! アンタらごと、ここいら一帯を吹き飛ばしてやる!」

頭上に巨大な魔法陣を出現させる。

「な、なんだ、あの魔法陣は!?」

魔法陣を見上げた兵士の一人が声を上げる。

夜空だと光り輝く魔法陣はよく 見えるな、なんてことを頭の片隅で思いながら、【鳥瞰視覚】で影響範囲内に居る人たちの状態を確認する。

「おい、バカなことはやめろ、オルン・ドゥーラ! お前はこの国の英雄だろう!? 」

中央軍の指揮官のような人が、怒りの形相で声を荒らげる。

それには全くもって反論できない。

俺はこれから無関係な人まで巻き込んだ攻撃をするのだから。

それでも、許容できるのは物的被害だけだ。

人的被害を起こすわけにはいかない。

細心の注意を払ってケガをする人が出ないように術式を構築し、魔術を発動する。

「英雄だ何だって、知ったことかよ! 【 超爆発(エクスプロード) 】!!」

拘留所を中心に周囲を爆発が襲う。

同時に複数の魔法を行使して、爆発の範囲内に居る人たちを不自然に見えないように護る。

そのまま拘留所を包むように巻き上がった土煙の中へと飛び込んだ。

「お待たせ、オリヴァー」

オリヴァーの元に着いたところで、声を掛ける。

「事前に聞いてはいたが、派手にやったな。脱走しようとしている奴らは大丈夫なのか?」

「あぁ。事前にフォーガス侯爵に爆発後の拘留所の状態を含めて全部伝えているから、彼が上手く収拾してくれる手筈になってる」

「負傷者は?」

「誰も傷つけてない。全員無傷だ」

「そうか。……もう引き返すことはできないな」

「……だな。だけど、そんなことは覚悟の上だ。それじゃあ、アネリたちとも合流して、ここを離れよう」

「了解だ」

「マジでやりやがったのか……」

「火の手まで上がってるけど、本当に大丈夫なの?」

外壁の上まで移動したところで、街を見下ろすデリックとアネリが口を開く。

面会時にオリヴァーに頼まれたのが、アネリとデリックも一緒に連れ出すことだった。

突然の出来事なのに二人がそこまで動揺していないのは、オリヴァー経由で事前にこうなる事を知っていたからだろう。

「フォーガス侯爵に事前に伝えた通りの被害内容だ。【鳥瞰視覚】で確認してるけど、負傷者は確認できないし、脱走を試みてる他の収監者は全員拘束されている」

「そう。どさくさに紛れて脱走した私が言えることじゃないけど、それは良かったわ」

アネリが安堵したように呟く。

昨年の武術大会直後、ティターニアによって阻まれたから未遂に終わったが、彼女は大量の一般人へ魔術を放とうとしていた。

そんなことをやらかしたアネリだが、今は負傷者が居ないことに安心している。

やはりあの一件はフィリー・カーペンターによる【認識改変】によって引き起こされた、彼女の意思に反する行動だったのだろう。

それに、【認識改変】による後遺症も無さそうだな。良かった。

「――おい、オルン」

「……なんだ、デリック?」

アネリの言動を分析していると、デリックから声を掛けられる。

「……あー、そのー……、なんだ……」

デリックから声を掛けてきたというのに、当の本人は目を逸らしながら口ごもっていた。

自分の感情に従って突っ走ることが多いデリックには珍しい言動に首をかしげながら、次の言葉を待っていると、意を決したように逸らしていた視線を俺の方へ真っ直ぐに向けてきた。

それから、頭をゆっくりと下げて、

「――パーティを追い出したときとか、その後とか、散々酷いこと言って、悪かった!」

デリックの予想外の行動に面を食らっていると、

「――私も、器用貧乏とかバカにして、オルンを傷つけた。ごめんなさい!」

続いてアネリまで頭を下げて謝罪をしてきた。

予想外すぎる展開に、思わず息を飲んで立ち尽くしてしまった。

「…………まさか二人から、こんな直接的な謝罪を受けるとは思ってなかった」

驚きすぎて思ったことがそのまま口に出てしまった。

俺の呟きを聞いた二人が居心地悪そうに顔を背ける。

そんな二人を見て、頬が緩んだ。

「だけど、本気の謝罪だって伝わってきたよ。……だから、――俺は二人を許すよ」

俺からの文句なり罵倒なりを覚悟していたのか、俺が謝罪を受け入れると、二人が呆気に取られた表情をしていた。

「本当に、いい、の……?」

「うん、もういいよ。こうして二人から謝罪の言葉を貰ったし、それに、一緒に来てくれたってことは、俺に協力してくれるってことだろ? 俺にとっては、それだけで充分だ」

心中を取り繕うことなく、素直に思ったことを二人にぶつけた。

「なんか、敵わねぇな」

「そうね。オルンはこの一年で、より一層大きくなってるわね」

二人は緊張から解放されたからか、脱力したような声を漏らしていた。

「変わったのはお前たちだけじゃないってことだ。これからまたよろしくな、二人とも」

「おう!」

「よろしく、オルン!」

再び仲間となったアネリとデリックの表情は晴れやかなものだった。

「それにしても、こうして《黄金の曙光》のメンバーの四人がまた揃うなんて、何か感慨深いな」

俺たちのやり取りを見守っていたオリヴァーが安心したように胸をなでおろしながら呟いていると、俺たちへと近づいてくる足音が聞こえた。

「だったら、一人忘れていませんか?」

俺たち全員が声のした方を向く。

そこに居たのは、この場に居ないはずの《黄金の曙光》の最後の一人、ルーナだった。

「ルーナ、何でここに……?」

「そんなの、オルンさんに付いて行くために決まっているじゃないですか」

俺がルーナに問いかけると、彼女はあっけらかんと答える。

彼女にはこのまま《夜天の銀兎》に居てもらうつもりだった。

「そんなのって……。《夜天の銀兎》はどうするんだよ?」

「クランを抜けたオルンさんがそれを言いますか?」

「……それを言われると、言い返せないけど。でも、ルーナまでこっち側に来る必要なんて――」

「――それを決めるのは私です!」

食い下がろうとするも、ルーナがバッサリと斬る。

「暗闇の中で迷子になっていた私に道を示してくれたのはオルンさんです。《黄昏の月虹》のみんなに申し訳ない気持ちは確かにありますが、私はあの時からオルンさんに付いて行くって決めているんです。オルンさんが《アムンツァース》の一員として教団と戦うというなら、私も戦います!」

ルーナが瞳に強い意志を宿しながら、自分の気持ちを吐露する。

「ルーナって頑固なところあるわよね」

「全くだな」

彼女の言葉を聞いたアネリが呟くと、デリックがそれに同意した。

「オルン、ルーナがここまで言っているんだ。彼女の意思を尊重するべきじゃないのか?」

続いて、オリヴァーも後押しをしてくる。

「後悔しても知らないぞ?」

「構いません。むしろ、ここに残っても、私は必ず後悔するでしょうし」

「…………。わかった。ルーナも一緒に行こう」

「はい! よろしくお願いします!」

同行を許可すると、ルーナは満面の笑みを浮かべた。

それから少しの間、もう帰ってくることがないであろうツトライルを眺めてから、街に背を向ける。

「――行くぞ」

みんなに号令をかけると、

オリヴァーが嬉しそうに目を細めながら「あぁ!」と、

ルーナが真剣な表情で「はい!」と、

アネリが不敵な笑みを浮かべながら「えぇ!」と、

デリックが挑戦的な表情で「おうよ!」と、

それぞれが応答してくれた。

それは《黄金の曙光》が大迷宮に挑む前の一幕を俺に思い出させた――。