軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

233.【sideルーナ】僅かな時間稼ぎ

「オリヴァー、さん……?」

意外な人物の登場に、ルーナの表情が驚愕に変わる。

「……久しぶりだな、ルーナ」

ルーナの方へと振り返ったオリヴァーが彼女に笑顔を向ける。

(昔のオリヴァーさんに、戻ってる……)

オリヴァーの顔を見てルーナは心の中で呟く。

今の彼の表情は、昨年の共同討伐以降のどこか気負いのあったときのものではなく、オルンやルーナとの大迷宮攻略を純粋に楽しんでいるときのような、晴れやかなものに戻っていた。

「……随分なご挨拶だな、オリヴァー」

オリヴァーによる天閃の直撃を受けたはずのベリアは、その影響を全く見せずその場に佇んでいる。

「これがお前らの挨拶だろ? 十年前にそう学んだから、こうしてお前らの流儀に合わせてやったんだ。感謝されこそすれ 非難される謂れはないな」

視線をルーナからベリアに移したオリヴァーが、落ち着いた声音をベリアに向ける。

「お前らの里を襲撃したときのことを言っているのか? 十年も前のことを根に持っているなんて、女々しいな」

ベリアが率いていた《シクラメン教団》は、約十年前にオルンやオリヴァーが暮らしていた里を襲撃した。

そんな彼らの初撃は、前置き無しの大規模魔法であり、その魔法によって里の七割ほどが消し飛び、住人の大半が命を奪われた。

オリヴァーとオルンの記憶が書き換えられたのは、この戦いの直後。

記憶を取り戻してから一年も経っていないオリヴァーにとって、この出来事は単なる十年前の出来事ではない。

それがわかっておきながら、オリヴァーの心を揺さぶるためにベリアは、敢えて神経を逆なでするような返答を行った。

「はっ、数百年前のことを未だに引きずってるお前がそれを言うのかよ。滑稽だな」

しかし、そんなベリアの返答をオリヴァーが鼻で笑う。

オリヴァーの言葉にベリアの目が据わった。

「 存在価値を(・・・・・) 失ったレプリカ(・・・・・・・) 風情が」

「ははははは! まさかとは思うが、さっきから俺を動揺させるためにそんなことを言っているのか?」

冷たい雰囲気を放つベリアとは対照的に、オリヴァーは笑みを浮かべていた。

だが次の瞬間にはその笑いを潜めて、真剣な表情で口を開いた。

「だったらそれは的外れだ。 そんなもん(・・・・・) は、とっくの昔に俺の中で消化済みなんだよ。俺の未来を決めるのは、お前らでも《アムンツァース》でも無い。―― 俺自身(・・・) だ!!」

「……あぁ、そうかよ。……それで? お前は何で俺の前に現れたんだ? まさかとは思うが、俺を倒すため、なんて冗談は言わないよな?」

「そんな無謀なことはしないさ。異能を十全に使えた〝あの日〟のオルンでも、お前の左腕を吹っ飛ばすのが精々だったんだ。今の俺に勝てる相手でないことは重々承知している」

オリヴァーがあっけらかんと答える。

(何かが変だ。何でオリヴァーはこのタイミングでここに居るんだ?)

ベリアが眉を顰めながら心の中で呟く。

(コイツに俺の妨害をする意思が無いのなら、せめて他の戦場で戦って一人でも住民を護った方が建設的であることは明白だ。だというのに――――あぁ、そういうことか)

オリヴァーの真意が読めなかったベリアだったが、彼の周囲を漂う 魔力の流れ(・・・・・) を視て、オリヴァーのやろうとしていることを察した。

「くっくっく。面白いことを考えたな、オリヴァー。……いや、ティターニアの入れ知恵か?」

「……一体何の話だ?」

オリヴァーは緊張で顔を強張らせながらもしらばくれる。

「そのままやってもらって一向に構わないが、すんなりとやりたいことをやらせるのも、それはそれで面白くないよな」

ベリアが呟きながら剣を握る。

直後、一瞬でオリヴァーとの距離を詰めた。

「っ!」

息を飲みながらも何とか反応するオリヴァー。

両者の剣が勢い良くぶつかる。

その衝撃を物語るように、地面に罅が走った。

「オリヴァーさんっ!?」

「はははっ! 流石にこれには反応できるか」

「ぐっ!」

涼しい表情をしているベリアとは対照的に、オリヴァーの表情が歪む。

そんなオリヴァーの左の瞳に幾何学的な模様が浮かび始め、黄金の魔力が漏れ出し始める。

「……へぇ、その左目。レプリカごときが、生意気にも魔の理に至ろうとしているのか」

オリヴァーの左目が精霊の瞳と同化していることを察したベリアが呟く。

「俺だって、十年前のままじゃねぇんだよ!」

オリヴァーが声を上げながら【魔力収束】を行使した。

収束されて可視化された黄金の魔力がオリヴァーの背に集まる。

それが徐々に翼を形作っていく。

「天使……?」

ルーナがオリヴァーの後ろ姿を見て思わず呟く。

オリヴァーが翼を勢い良く広げると、彼の周囲に黄金の羽根のようなものが舞った。

その羽根ひとつひとつが無軌道にベリアへ襲い掛かる。

ベリアは地面を蹴って後ろへと跳んで羽根による攻撃を躱す。

「……アンタと戦わずに済めば良かったが、やっぱりそんな都合良くいかないよな」

オリヴァーは呟きながらも、周囲を漂う魔力を一点に収束させ続ける。

「……状況は全く呑み込めていませんが、あの人が敵だということはわかりました。私も加勢します、オリヴァーさん!」

気が付くとルーナは前に出ていて、オリヴァーの隣に立っていた。

「…………。こんな愚か者、とっくに見捨てられてると思っていたんだけどな」

オリヴァーが驚いたような表情をしている。

「確かに去年の貴方は愚か者でした。そのことについては、しっかりと話をしたいところです。ですが、それは目の前の問題が片付いてからです!」

ベリアが刀身に纏った赤黒い魔力を斬撃として、会話をしている二人へ放つ。

「ははは……、ルーナの説教か……。一緒にパーティを組んでいたころは嫌だったが、 今は(・・) 有難く思えるから不思議だな!」

オリヴァーが喜びの声を上げながら、迫ってくる斬撃を天閃で迎撃する。

二つの斬撃が接触し、周囲に爆発的な破壊と衝撃波をまき散らす。

「ルーナ! 六十秒だ! 六十秒俺が生きられれば、俺たちの勝利と言って良い! だから、回復魔術に専念してくれ!」

「……っ。わかりました!」

何故六十秒なのか、その疑問をグッと飲み込んだルーナが、オリヴァーの言葉を受け入れた。

「――【 金糸雀之鎧装(アイギス) 】!」

オリヴァーが 魔法(・・) を発動すると、魔力が次第に白味を帯び始めながら彼の全身を覆う。

そして魔力が徐々に翼のある金糸雀色の鎧へと変化した。

【魔力収束】に加えて精霊の瞳を手に入れたオリヴァーは、魔力と親和性の高いシオンですら数年掛かった〝外〟との接触を、半年経たずにやり遂げていた。

「これは驚いた。まさか、既に魔の理に至っていたとは。『レプリカごとき』と嘲笑したことは撤回しよう」

オリヴァーが超越者となっていたことを知ったベリアが、感心したような表情へと変化した。

ベリアが更に言葉を重ねる。

「だとすると、余計に疑問だな。何故俺と敵対する。お前の境遇は知っている。 兵器として(・・・・・) 生まれたお前が外に触れたんだ。鳥籠のようなこの世界を壊したいとは思わないのか?」

「……確かにお前の言う通り、この世界や《アムンツァース》の思想に思うところはある」

ベリアの言葉をオリヴァーは肯定する。

「だったらこっちに――」

「――だが、二十年というお前にとっては誤差程度の時間しか生きていない俺にも、その時間の中で大切な物が出来たんだ。…… もう(・・) 誓いを見失わない。俺は大切な物を奪われないためにも、もっともっと強くなる!」

ベリアの言葉を切り捨て、改めてすべてを奪われた時に立てた誓いを胸に、オリヴァーが剣を握る。

【魔力収束】によって周辺の空間が歪むほどに収束された魔力を刀身に集め、オリヴァーがベリアとの距離を詰める。

「そうか、だったら死んでろ」

再び両者の剣が激突する。

しかし、今回はただの激突ではない。

その刀身には、それぞれ自身の魔力を纏わせていた。

轟音とともに空間すら歪むほどのエネルギーのぶつかり合い。

それは互角に見えた。

しかし、鎧に護られているはずのオリヴァーだけが、斬撃に切り刻まれたかのように全身から血が噴き出した。

対してベリアは全くの無傷。

「ふん、話にならないな」

オリヴァーを刻んだ傷は致命傷に至るモノであった。――そのままであれば。

だが、今の彼には、オルンとともに勇者パーティを下支えしてきた回復術士のルーナが居る。

オリヴァーの身体に傷が刻まれた次の瞬間には、【 快癒(エクスヒール) 】によって傷は無くなっていた。

オリヴァーが【魔力収束】で魔剣を創り出す。

ベリアは左腕を失っていて、右腕はオリヴァーの剣撃を受け止めるのに使われている。

「うおおお!」

声を上げながらオリヴァーが魔剣を振るう。

が、しかし、その魔剣は目に見えない何らかの力によって留められ、ベリアには届かなかった。

それでも、オリヴァーの表情には不敵な笑みが浮かんでいる。

「右腕と異能を使わせたぞ……!」

「っ!」

オリヴァーのその言葉に、ベリアの目が見開く。

「――【 射撃+爆裂(ブラスト) 】!」

再び魔法を発動するオリヴァー。

肉薄している両者の間に魔弾が撃ち出され、それがベリアと接触すると巨大な爆発が発生する。

自傷上等と言わんばかりのオリヴァーの攻撃だが、オリヴァーは金糸雀色の鎧に護られ、ダメージを負っていない。

爆発の衝撃で後方へ吹き飛ばされたベリアは、地面に剣を突き立てて勢いを殺す。

そのまま何事もなかったかのように立ち上がった。

「今の連撃は少々驚いた」

「あの威力の直撃を受けても無傷か。本当に厄介な異能だな」

ベリアの異能は【永劫不変】。

文字通り一切変化しないというものだ。

それこそが数百年生きていながら、未だに若い見た目をしている正体となる。

しかし、ダメージを一切負わないなどというものは、この異能にとって序の口に過ぎない。

異能は発現したその時から、時間を追うごとに心身に馴染んでいく性質を持っている。

人間の一生を優に超える時間を過ごしているベリアは、この世で一番異能を使いこなしている人間と言って過言ではない。

「お前がここまで到達するなんて、思ってもみなかった。これも人間の可能性ってヤツかね? 良いモノを見せてもらった礼だ。抵抗しなければ、苦痛なく殺してやる」

「――え……」

ベリアがそう言うと、縮地でルーナの目の前に移動した。

そのまま剣を振り下ろす。

ルーナの戦闘能力は決して低くない。

そんな彼女が一切油断していなかったにもかかわらず、接近されてようやく自身に剣が迫っている状況を認識した。

当然、そんなルーナにベリアの剣が躱せるはずもなく、

「ルーナッ!」

オリヴァーがルーナを突き飛ばして、ベリアとの間に割って入る。

ベリアの剣がオリヴァーを深く斬り裂く。

「オリヴァーさ――あぐっ!?」

自分を庇って深い傷を負ったオリヴァーを見て、即座に回復魔術と攻撃魔術を行使するべく術式構築を始める。

しかし魔術が発動するよりもベリアの行動の方が早かった。

ベリアが蹴りを繰り出す。

蹴り飛ばされたルーナが、吐血しながら壁に勢い良く打ち付けられた。

「抵抗しなければ苦痛を与えないって言ったのに。そんなに苦しんで死にたいのか?」

遠くで意識が朦朧としているルーナを見て、ベリアが昏い笑みを浮かべていた。

「テメェ!!」

オリヴァーが痛みを無視して怒鳴りながら剣を振る。

が、ベリアの異能によって剣は彼に届く前にその場に留められた。

そのままベリアが握る剣の切っ先が、鎧ごとオリヴァーの肩口を貫く。

腕に力が入らなくなったオリヴァーの手から剣が落ちる。

「超越者へのせめてもの手向けだ。仲間と一緒に死なせてやる」

オリヴァーの目の前で大きな爆発が起こった。

その直撃を受けたオリヴァーがルーナの傍まで吹き飛ばされる。

「ごほっ、ごほっ!」

「お、オリヴァー、さん……」

ルーナが弱々しい声を漏らす。

「巻き込んでしまって、済まない、ルーナ」

「貴方が、謝ることでは、ないでしょう……。私は、私の意思で、戦ったのですから……。戦いに、身を置いていたんです……。こういう最期が、あるかもしれないと、覚悟はしていました……。オリヴァーさんに、説教ができないのが、心残りではありますが……」

「いや、ルーナの説教は、きちんと聞くさ。――あと、少し。あと少し、なんだ……!」

ルーナが術式構築に割く余力が無いほどのダメージを負っている時点で、勝敗は決していた。

それは、オリヴァーも承知している。

しかし、彼の目は未だ死んでいなかった――。

「今生の別れは済ませたか? なら死ね。――【 雷霆(ケラウノス) 】」

ベリアが一切の容赦無く、魔法を発動した。

触れたものすべてを蒸発させる雷が二人に降り注ぐ。

二人の居た場所が、轟音とともに煙に包まれた。

「……タイムオーバーか。 逆算(・・) を間違えたつもり無かったんだがな」

立ち上る煙を眺めながら呟くベリアは、口惜しそうな表情をしている。

煙が徐々に晴れていくと、そこには 三つの影(・・・・) が見えた。

「――オリヴァー、よく成し遂げてくれた」

煙の中から、オリヴァーともルーナとも違う女性の声が聞こえた。

「この、声は……」

ルーナが驚きの声を漏らす。

それは、いつも脳内に響いていた女性の声が聴覚を刺激したから。

煙が完全に晴れるとそこには、身に纏っている衣服も、長い髪も、露出している肌も、瞳の色も、全てが現実離れしていると感じてしまうほどの白に統一された女性が佇んでいた。

「はぁ……はぁ……。本当に、ギリギリだった。俺にできるのは、ここまでだ。後は、任せていいよな?」

オリヴァーが息を切らしながら安堵の声を漏らす。

その言葉に白亜の麗人がコクリと頷いた。

それを見たオリヴァーが意識を手放した。

満足げな表情をしながら。

オリヴァーの異能は【魔力収束】。

それは、周囲の魔力を一点に収束させるというもの。

収束させた魔力を一気に拡散させる攻撃や、魔力で剣や鎧を形作るというのは、あくまで副次結果に過ぎない。

【魔力収束】の本質は、収束した魔力を 実体化(・・・) させること。

それはつまり、魔力である妖精をこの世界に実体として顕現させることが出来るということ。

オリヴァーはベリアと戦いながら、同時に妖精を顕現させるべく【魔力収束】を行使していた。

その結果――。

「ティターニア、ですか……?」

ルーナが問いかける。

白亜の麗人はルーナに笑いかけながら口を開いた。

「こうして面と向かって話をするのは初めてね、 ルゥ子(・・・) 」

――ティターニアがこの世界に顕現した。