軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

201.【sideソフィア】呪縛を解くための一歩

オルンさんと話をした翌日、昨日の曇り空が嘘のように今日は雲一つない快晴だった。

私の心の中もこの空と同様、晴れ晴れとしたものになっている。

昨日、オルンさんの前で泣いてしまったことは、今思い返すとすごく恥ずかしいけど、よくよく考えてみると、私ってオルンさんの前で泣いていること多いんだよね……。

うん、今のままじゃダメだよね。

これからも探索者としてやっていくって決めたんだもん。

もっともっと心も強くならなくちゃ!

だから、そのためにも――。

私が決意を新たにしていると、いつも通り扉の鍵が開けられ、お母様が部屋の中へと入ってくる。

「いつ来ても辛気臭い場所ね、ここは。ま、貴女にはお似合いの部屋でしょうけど」

部屋に入ってきたお母様の第一声は、大抵こんなもの。

昨日まではお母様が目の前に現れると、恐怖心が前面に出てしまい自然に体が震えていたけど、今日は自分でも驚くほど冷静でいられた。

「……おはようございます、お母様」

私が挨拶をしてもお母様から挨拶が返ってくることは無く、

「今日は一層気にくわない顔をしているわね」

つまらなそうな表情でお母様が口を開くと、そのまま今日の用件を話し始める。

「……これから特別に外に出してあげる。子爵とはいえ貴族の家に嫁ぐのだから、ドレスを仕立てないわけにはいかないの。クローデル家の沽券に関わることだから、本当に癪だけど何着か用意してあげるわ。さっさと行くわよ」

私のドレスを仕立てるという言葉にはすごく驚いたけど、お母様にとって何よりも大切なのは〝クローデル伯爵家〟という家名だから、それが傷つけられるのは私のドレスを仕立てることよりも嫌なことなんだと思う。

お母様からはこれまで散々嫌なことを言われてきた。

だけど、お母様にもお母様の信念があって行動しているということが、今の言動からもわかる。

私にとってお母様は好ましくない存在だけど、絶対悪というわけでも無い。

冷静にお母様のことを考えられるようになった私は、頭の片隅でそんなことを考えながらお母様の言葉を聞いていた。

だけど、お母様に信念があるように、私にも私の信念がある。

そんな当たり前のことに、ようやく気付けたような気がする。

「お断りします」

「………………なんですって?」

私が外に出ることを拒絶すると、お母様は一瞬私が何を言っているのかわからないと言わんばかりの表情をしていたが、すぐに不愉快そうな表情と声音が返ってきた。

「『お断りします』と言いました。私は結婚しません! これからも《夜天の銀兎》の探索者として生きていきます!」

「ふざけるんじゃないわよ! 貴女、自分が何を言っているのか理解しているの? それは領民を見捨てると言っているのよ!?」

私が再び拒絶し、自分の意志をはっきりと伝えると、お母様が怒りのままに声を荒げる。

「貴女の存在なんて私は認めたくも無い! それでも、貴女にはクローデルの血が流れているの! その血はこの領地のために使わなければならない。それが貴族の責務よ! 個人の感情なんて関係ないのよ!」

お母様はヒステリックに叫んでいるけど、内容自体は筋が通っているように思える。

私の方が我が儘を言っているんだと思う。

お母様にとって、私は存在すら認めたくないほど嫌いなんだ。

それでも今回の縁談が成立してエメルト子爵と結婚するということになれば、私はクローデル家の一員である証明にもなってしまう。

それは、お母様にとって耐えがたいほどのことなんだろう。

それでもクローデル家の人間として、自分の感情を押し殺して私の結婚の準備を進めてくれている。

まぁ、あれだけ罵詈雑言を浴びせられ続けていて、感情を押し殺しているとは言い難いかもしれないけど。

――それでも、私はもう自分に嘘を吐きたくない。

「今回の縁談のそもそもの原因は、迷宮の氾濫が懸念されているからですよね? だったら、私がその迷宮を攻略します! 〝探索者のソフィー〟として!」

迷宮が無くなれば、氾濫の心配は無くなる。

『ギルドの許可なく迷宮を攻略してはいけない』というルールがあるけど、今は戦時前だし、氾濫の懸念があるなら攻略しても問題無いはず。

そうなれば、私が結婚しなくてはならない理由はない。

それは、お母様にとっても望ましい展開であるはずだから、この話に乗ってくれる。

――と思っていた。

「ふっ、ふふふ。貴女ごときが迷宮を攻略する? 無理よ。貴女は知らないと思うけど、昨日、迷宮の攻略をすると言って出ていったセルマが、ボロボロになって帰ってきたのよ? Sランク探索者で、《大陸最高の付与術士》と呼ばれているセルマがよ!」

「お姉ちゃんが……」

最近、お姉ちゃんから念話が届かなかった理由は、迷宮攻略をしていたからだったんだ。

それって、お姉ちゃんが私が結婚をしなくても済むように、動いてくれていたってことだよね?

お姉ちゃんが私のために動いてくれていたことを知って、私は心が温かくなっていくのを感じた。

昨日オルンさんからお姉ちゃんの命に別状はないと聞いているから、大事には至っていないことはわかっている。

お母様の言葉が真実であるなら、私が攻略することは難しい。

――でも!

「それでも、やってみなければわかりません! 何もせずに諦めるなんて絶対に嫌です!」

「こ、この! いい加減にしなさ――――っ!?」

私を言葉でねじ伏せることができないと悟ったお母様が、手を上げて、それを振り下ろそうとする。

それを【念動力】で無理やり止める。

「なんで、身体が動かないの……!?」

「これが私の異能です。私はもう、ただやられるだけの弱い存在ではありません!」

「異能ですって……!? ふざけるのも――」

「――失礼しますね」

お母様が更に声を荒らげようとしたところで、突如部屋の扉が開き、外から凛としながらどこか力強い声が聞こえてきた。

そして、部屋の中に入ってきたのは、光り輝く金髪を靡かせている美しい女性だった。

「る、ルシラ殿下!?」

お母様が部屋に入ってきた人物を確認すると、驚きすぎて悲鳴に近い声を上げていた。

(この人が、王女様……?)

「おはようございます、ヘレン」

王女様が満面の笑みを浮かべながら、お母様の名前を呼ぶ。

その表情は笑顔であるはずなのに、どこか怖い雰囲気を感じる。

何か、すごく怒ってる?

「は、はい! おはようございます、殿下。ど、どうして、殿下がこのようなみすぼらしい場所に……?」

動揺しきっているお母様が、何とか平静を装うようにして王女様に問いかける。

「ヘレンに話があったのですよ。使用人に聞いたらここに居ると教えてくださいましたので、来ちゃいました」

王女様がいたずらを成功させた子どものような表情で、あっけらかんと答える。

「であれば、お呼びいただければ、すぐに参上しましたのに……」

「いえ、外の空気も吸いたかったので、ちょうど良かったのですよ。――それにしても、本当にやってくれましたね、貴女たち夫婦は。これは、私が考えうる限り 最悪の手(・・・・) でしたよ。本当にセルマをここに連れて来ていて良かったです。ここまで自分の選択を称えたいと思えるのも珍しいのですよ?」

先ほどまで心地良い声で話してくれていた王女様は、一転して背筋がゾッとするような声に変わった。

この声を聞いた人は全員、王女様が激怒していると言うと思う。

私に対して発せられていないのに、すごく怖いもん……。

「な、何をおっしゃられているのでしょうか……?」

王女様の怒りが向けられているお母様は、これまで見たことが無いほど狼狽している。

「貴女たちが、〝ソフィア・クローデル〟の 価値を見誤った(・・・・・・・) だけのことです。えぇ、それだけのことですよ。――それだけのことで、私が一番敵に回したくない存在が敵になるところでした。本当に、この落とし前はどうつけてもらうべきでしょうか」

「――っ!」

空気がさらに重たくなる。

オルンさんの【重力操作】が作用しているのではないかと思うほどに。

既に、お母様も声が出せないでいた。

「はぁ……。これから行う 彼女との交渉(・・・・・・) が憂鬱でなりませんよ。これで私は全面的に彼女の要求を呑まなければならないでしょうね。今回の一件が無ければ、もう少し譲歩してもらえたかもしれないというのに。全く、本当に面倒なことをしてくれましたね」

一体何のことかは私にはさっぱりわからない。

彼女との交渉?

それと私に何の関係があるのだろう。

「な、何か、殿下の気に障ったのでしたら、謝罪いたします……。なので、何がいけなかったのか、それをお教えいただけませんか……?」

お母様は、私が見たこともないほど低姿勢に王女様に問いかける。

「先ほども言ったでしょう。『〝ソフィア・クローデル〟の価値を見誤った』と」

「この愚女の価値、ですか?」

「はぁ。それが本当に分かっていないのであれば、もう良いです。貴女には表舞台から消えてもらいます。昨日付でクローデル家の家督と伯爵位はマリウスに移ったことですし、丁度良いですね」

「マリウスが家督を……? ど、どういう意味でしょうか!?」

お母様の動揺が更に増した。

お兄様がクローデル伯爵になった?

……まぁ、私にとってはあまり関係のない話か。

お兄様も私のことはよく思っていないだろうし。

でもお母様にとっては、どうでも良い話ではない。

お兄様は既に結婚もされているはずだから、お兄様の奥さんがクローデル伯爵夫人になる。

お母様は伯爵夫人でなくなった。

「そのままの意味ですよ。あの手際はお見事としか言いようがありませんでしたね。たったの一、二時間で父親から全てを取り上げるとは。本来なら家督の簒奪は私も見過ごせない出来事ですが、オルンを手中に収められていては、仕方ありませんね。国としても、私個人としても口を挟むことはできませんでした」

……オルンさんも何かしてくれたんだ。

私が嬉しい気持ちになっていると、お母様がへたり込んでいた。

王女様は、そんなお母様を興味のない虫でも見ているかのような、冷徹な目で見降ろしながら、後ろに控えていた部下に「彼女を連れて行きなさい」とだけ言っていた。

私の目の前でお母様がどこかへと連れていかれると、王女様が私の方に近づいてきた。

(次は私!?)

何をされるのかと戦々恐々としていたけど、王女様は先ほどまでと違って人懐っこい笑みを浮かべていた。

「貴女がソフィアですね。初めまして、ルシラ・N・エーデルワイスです。セルマのお友達です。よろしくお願いしますね」

「は、はい! よ、よろしくお願いします!」

「ふふっ、セルマの言っていた通り可愛らしいですね。――では、行きましょうか?」

「ど、どこに連れていかれるのでしょうか?」

「安心してください。貴女が居るべき場所、ですよ」

私が怯えるように問いかけている姿が面白かったのか、コロコロと笑いながら、王女様は私の質問に答えてくれた。

それから王女様に連れられたのは、お姉ちゃんの自室だった。

王女様とは部屋の前で別れている。

それと、オルンさんは昨日の家督簒奪の後処理を手伝っているようで、今すごく忙しくしているらしい。

オルンさんにもちゃんとお礼を言いたいけど、今行ったら邪魔になっちゃうから、今は我慢してる。

私はお姉ちゃんのベッドの脇で椅子に腰かける。

そして、私の視線の先には、眠っているお姉ちゃんの姿があった。

(本当にお姉ちゃんだ。また会えるなんて思わなかった……)

お姉ちゃんの姿を見ると、自然と視界がぼやけ始める。

道中に王女様から聞いたところによると、ここに帰って来たお姉ちゃんは魔術の使い過ぎで疲労困憊な状態だったらしい。

そんなボロボロになっても、私のために迷宮の攻略を頑張ってくれたお姉ちゃんには感謝しかない。

(お姉ちゃんも、私のためにありがとう)

起こさないように心の中でお姉ちゃんにお礼を言うと、私の言葉が届いたかのように、ちょうど目を覚ました。

寝起きの、まだ意識がはっきりしていないお姉ちゃんの視界が私を捉えた。

「あぁ、ソフィアか。おはよう」

「……うん、おはよう、お姉ちゃん」

まだ寝ぼけているのか、クランの寮の日常のようなそんな挨拶をお互いに交わす。

「……………………え!? ソフィア!?」

そんなお姉ちゃんも次第に意識がはっきりすると、勢いよく身を起こしながら、お姉ちゃんの顔が私に近づいてくる。

「うん、私だよ。その、ただいま」

なんか気恥ずかしくなった私は、気が付くと『ただいま』と言っていた。

その言葉を聞いたお姉ちゃんは、ただただ嬉しそうに顔を緩ませながら、口を開いた。

「あぁ。おかえり、ソフィア」