軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

177.帰途

外套の女性は興奮を抑えきれないかのように声を上げていた。

俺のことを『オルン様』と呼ぶ外套の女性が現れたことで思考が一瞬止まる。

「あ、あのあの! 握手してもらってもよろしいでしょうか!?」

外套の女性が右手を差し出しながら、上ずった声で問いかけてくる。

「は、はあ。いいですけど……」

ハイテンションな彼女に若干圧倒されながらも、差し出された右手を軽く握る。

「キャー! ローレ、どうしましょう! オルン様と握手をしてしまいました!」

外套の女性が近くにいるローレッタさんの方へ向きながら喜びを表現している。

察するに『ローレ』はローレッタさんの愛称なんだろう。

「はいはい。良かったね。満足したなら少し落ち着いてくれ。近所迷惑だから」

対してローレッタさんは疲れたような表情をしながら外套の女性を嗜める。

「それは無理です! だって、オルン様ですよ!? ツトライルを大量の魔獣から護り、帝国の侵攻を防いだ陰の立役者! まさしくこの国の英雄! そんな人と偶然会えたというのに、喜ばない方が失礼でしょう!?」

過大評価が過ぎる……。

しかし、帝国の侵攻に俺が関わっていたことはごく一部の人間しか知らない情報のはずだ。

彼女が俺の予想通りの人物だとしても知り得ないと思うが、もしかして王侯貴族やその関係者には既に知れ渡っているのか……?

また新たな疑問が舞い込んできた。

次から次へと勘弁してほしいな……。

「 自分の立場(・・・・・) を考えてくれ。これ以上騒ぐなら無理やり連れ帰るよ?」

多少の注意では外套の女性が落ち着かないと考えたのだろう。

ローレッタさんがトーンを下げながら脅すようなことを口にする。

「うぅ……! それは困ります!」

ローレッタさんの実力行使も已む無しという雰囲気に、外套の女性は不満気な雰囲気を漂わせながらも押し黙る。

それを確認したローレッタさんは俺の方へ視線を戻してから口を開く。

「全く……。――にしてもオルン君がこのタイミングで王都に居るとは思わなかったよ。もしかして、《夜天の銀兎》は中央軍の招聘に応じるのかい?」

「いえ、前線に出る予定はありません。今日は所用があって王都にやってきましたが、それも全て片付いたので、明日にはツトライルに戻るつもりです」

俺の発言を聞いた外套の女性が再び何か声を上げようとしていたが、それを予見していたローレッタさんが自身の手で外套の女性の口を塞ぐ。

外套の女性が「むー! むー!」と声を上げようと抵抗していた。

「なるほど。実は私たちも明日ツトライルに向かう予定なんだ。もしオルン君が良ければ一緒にツトライルまで同行させてもらいたいのだが、どうだろうか?」

そう提案してくるローレッタさんは、発言の最後に口を塞いでいる外套の女性へと視線を向ける。

「……えぇ、いいですよ。明日は一緒にツトライルに向かいましょう」

ローレッタさんの言外の意を汲み取って返答する。

察するに道中で外套の女性の話し相手になって欲しいということだろう。

自分で言うのも恥ずかしいが、彼女が俺に好意的な感情を向けていることはこの短い時間で充分に伝わってきた。

目的地や出発タイミングが同じだというのに別々に向かうことになれば、彼女の不満が爆発しそうだということは初対面の俺にもわかる。

ローレッタさんとしては、精神衛生上そのような状況を避けたいと考えているだろう。

俺としても身分の高い二人と長時間一緒に過ごすとなると、精神的な疲労は一人の時とは比べ物にならない。

正直避けたい展開ではあるが、それでも彼女らに対して 恩を着せられる(・・・・・・・) なら俺としても充分にメリットはある。

「ありがとう。それなら明日の午前十時に城門に集合でどうだろうか?」

「わかりました。では、明日の十時に」

俺の返答に頷いたローレッタさんが外套の女性を連れてアイーダさんの店の中へと入っていく。

彼女たちの姿が見え無くなったことを確認した俺も帰路に就いた。

翌日、馬を連れて集合場所へと向かうと、既に二人の姿があった。

「おはようございます。すいません、お待たせしてしまったようで」

「おはようございます、オルン様! 全く問題有りません! オルン様を待たせるわけにはいきませんから!」

ローレッタさんの友人は、今日も昨日と相変わらず黒く地味な外套を頭から被っていた。

この時間帯だと逆に目立つような気もするが、外套を被っていた方が良いと判断しているのだろう。

そして、テンションも昨日と変わっていない。

一日経てば多少は落ち着いているかと思っていたが、それは淡い望みだったみたいだな。

「おはよう、オルン君。朝から騒がしくてすまないね」

「いえ、気にしてませんよ」

ローレッタさんにそう告げてから、俺は外套の女性の方へ向き直ってから改めて口を開く。

「――私のことをご存じのようですが、名乗らせてください。《夜天の銀兎》所属の探索者、オルン・ドゥーラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「はい、よろしくお願いします! 私も名乗るのが遅くなってしまい申し訳ありません。私のことはルーシーと呼んでください!」

〝ルーシー〟か。

やはりこの人は俺が考えている人物で間違いなさそうだ。

そもそも隠す気もそこまでないのだろう。

隠すつもりなら自身の愛称ではなく偽名を名乗るだろうから。

「畏まりました。ルーシー様」

「オルン様は私を様付けで呼ぶ必要ないですよ! 気軽に呼び捨てで呼んでくれると嬉しいです!」

「私のことを様付けしないで頂けるならこちらも検討させていただきますよ、ルーシー様」

「また様付けで……。はぁ……。わかりました。それでは〝オルン〟と呼ばせてもらいますね。 公的な場(・・・・) ではそう呼ぶことになりますので」

「なるほど。公的な場の呼び方ということなら、私もそれに合わせないといけませんね」

「むぅ……。オルンは意外とイジワルな方なのですね」

「失礼しました。興が乗りすぎました。では、 俺(・) は〝ルーシーさん〟と呼ばせてもらいます。公的な場以外では、となりますが」

「わかりました。できれば呼び捨てが良かったですけど、仕方ありませんね」

こうして俺たちのお互いの呼び方が決まった。

俺たちの会話がひと段落着いたところで、ローレッタさんが口を開く。

「さて、それじゃあお互いの呼び方も決まったようだし、ツトライルに向けて出発しようか」

「わかりました」「了解です」

俺たちはそれぞれ馬に跨ると、城門を出て道なりにツトライルへと向けて出発した。

道中の話の主導権はルーシーさんが握っていて、俺は彼女から投げかけられる質問に答えていた。

「オルンはそんなに小さいころから探索者をやっていたのですね!」

俺が九歳の頃から探索者をしているという話を聞いたルーシーさんが感心したような反応をする。

「はい。俺が探索者になってから十年程度と短いので参考になるか微妙なところですが、ベテランの探索者たちも昨今の情勢には戸惑いの色が濃いように感じますね」

ルーシーさんは昨日の内に俺と話したい内容を決めていたのだろう。

次から次へと質問を投げかけられ、会話が途切れることは無かった。

俺も彼女に探索者について知ってもらえるように、伏せるものは伏せて、可能な限り情報を渡すようにしている。

彼女がこのタイミングでツトライルに向かっているというのは、探索者としてはあまり喜ばしいことではない。

ローレッタさんと親しくしているようだし、無理難題を押し付けてくることは無いだろうが、可能な限り布石は打っておくべきだろう。

後は彼女たちがどの程度 切羽詰まっているのか(・・・・・・・・・・) 次第だが、そう簡単にそちらの情報を渡してはくれなさそうだ。

「ノヒタント王国が比較的優位に外交を進めていられたのは、探索者の皆さんの尽力があってのものであると理解しています。こうしてオルンのお話を聞いていると特に。本当に探索者の皆さんには感謝しかありませんね」

そう口にするルーシーさんの顔は外套に隠れていて見えないが、神妙な表情をしているように感じる。

つい先ほどまでのハイテンションな彼女とは違い、静かに物事を見極めようとしている今の雰囲気は、伝え聞くあの人の姿に近いものだった。

彼女は今何を考えているのだろうか。

「――そう言えば、オルンは深層のフロアボスを一人で倒したのですよね? その偉業から《竜殺し》という異名で呼ばれているとか!」

しばらく何かを考えるように黙っていたルーシーさんが、思い出したかのように次の質問をしてくる。

「そうですね。物騒すぎる異名ですが」

「ふふっ、確かに字面だけを見れば物騒ですが、歴史を鑑みれば素敵な異名だと思いますよ」

歴史とはおとぎ話の時代のことだろう。

魔獣は迷宮の中で生まれる存在だ。

そして、迷宮が各地に現れ始めたのはおとぎ話の時代。

当時は今よりも迷宮にある水晶の効果が弱かったのか、地上でも少なくない数の魔獣が暴れていたと言われている。

そんな時代に於いても、黒竜が分類されている〝竜種〟は凶悪な魔獣の筆頭格であったらしい。

当然竜種以外にも凶悪な魔獣は多く存在していたらしいが、魔獣を種族で分類した時に一番厄介だった種族が竜種であったとのことだ。

だからこそ、そんな竜種を討伐できた当時の人間は、《おとぎ話の勇者》やその仲間たちほどではないにしても人々からの称賛を集めていたらしい。

「歴史の偉人たちと一緒に並べられるのは、恐れ多いというのが正直な感想ではありますが」

「深層のフロアボスを一人で倒されるほどの実力を持っているのですから、全く見劣りするものではないと思いますよ。私の周りでもオルンが南の大迷宮を攻略するのも時間の問題、という声が少なくありませんし」

「それは過分すぎる評価ですよ。仮に南の大迷宮が百層で構成されていたとして、俺たちの到達階層は九十四層。つまり、未だに深層を半分も攻略できていないことになりますから。今後どれほど強力な魔獣が現れるかも未知数ですし、時間を掛ければ確実に攻略できるとは言い難いのが実情です。勿論、今後も俺たちは攻略に全力で取り組むことに変わりは無いですが」

「なるほど。やはり当事者から聞くことは大切ですね。月並みな言葉ではありますが、オルンの大迷宮攻略を応援しています!」

「なんだ、ルーシー。《 翡翠の疾風(私たち) 》のことは応援してくれないのかい?」

俺たちの会話を聞いていたローレッタさんが、俺を応援していると発言したルーシーさんに不服そうな声を洩らす。

しかしその表情はからかっているような笑みになっていることから本気で言っているわけではないのだろう。

それはルーシーさんもわかっているようで、

「ふふっ、勿論ローレ達のことも応援していますけど、私はオルンのファンなので!」

「ありがとうございます。ルーシーさんの応援に応えられるよう頑張ります」

(ようやく半分くらいか。確かこの辺りには中規模の迷宮と《 夜天の銀兎(ウチ) 》の拠点があるファリラ村があったな)

ツトライルまでの距離を半分ほど消化した頃、ルーシーさんやローレッタさんと会話をしながら、頭の片隅で記憶している地図を照らし合わせて現在地を確認していた。

「――っ! ローレ! 悪い予感が当たりました!」

突如、ルーシーさんが声を上げる。

その声音は直前までの柔らかいものではなく、緊張感を孕んだものだった。

ルーシーさんの言葉を受けたローレッタさんは、小さく舌打ちをすると上空に赤色の信号煙を打ち出しながら馬を降りる。

それから彼女は右手に大剣、左手に長剣と大きさの違う二振りの剣を出現させた。

彼女が色々と準備をしているうちに、俺も周囲の警戒レベルを引き上げると、俺の警戒網に 魔獣の大群(・・・・・) が引っかかった。

そちらの方向を注意深く見ると、土煙が上がっていた。

(魔獣の氾濫、アベルさんの言っていたやつか。これが人為的なものと考えるなら、狙いは十中八九――)

「オルン、巻き込んでしまってごめんなさい。オルンに迷惑をかけるわけにはいきません。私たちのことは気にせず、先にツトライルに向かってください!」

レグリフ領でのエディントン家に続いて今回も利用されたかと思ったが、ルーシーさんは即座に俺を離脱させようとしてくる。

俺を戦力として当てにしていたわけではなく、純粋にツトライルまでの道中で俺と会話がしたかっただけか?

いや、これは好意的に考えすぎだな。

それに、巻き込まれる形になってしまったが大局的に見れば同行して正解だった。

俺がルーシーさんたちに同行しようが、しまいが、魔獣の氾濫が起こっていたのであれば、いち早く氾濫の事実を知れたことは大きい。

現在、俺たちのいる位置は魔獣の大群とファリラ村に挟まれている形だ。

つまり、このまま魔獣の大群がこちらに直進してくれば、いずれファリラ村にぶつかる。

それは《夜天の銀兎》の団員がこの氾濫に巻き込まれることを意味する。

出張所にも探索者が何人か居るだろうが、魔獣が突然なだれ込んでくれば上級探索者であろうと村を無傷で護ることはほぼ不可能。

だからこそ、ここで魔獣の群れを殲滅するべきだろう。

全滅が難しいとしても、可能な限り数を減らしつつタイミングを見て村にこの事実を伝え、防衛の準備の時間を稼ぐべきだろう。

幸いにして、この場にはSランクパーティのエースであるローレッタさんが居て、先ほどの信号煙から察するに 後方(・・) からは他の《翡翠の疾風》のメンバーがこちらに向かってきていると考えられる。

即座に自分のやることを決めた俺は馬から降りて、シュヴァルツハーゼを握る。

そのタイミングで魔獣の群れの先頭が視界に移った。

「……オルン?」

ルーシーさんは馬から降りた俺を見て戸惑った声をこぼす。

「こちらにも事情がありますので、ここは力を貸しますよ。ローレッタさん、他の翡翠の人たちはどれくらいで合流できそうですか?」

「気づいていたのかい?」

「王国内で魔獣の氾濫が続出している状況や先ほどの貴女の行動を加味すれば当然の帰結だと思いますが?」

「――っ! 君が何故氾濫のことを……。いや、今はどうでも良いことか。力を貸してくれるのであればありがたい。他の仲間たちは二分もあれば合流できるはずだ!」

(二分、か。間に合わないな)

視界に移る魔獣の群れが俺たちと接触するのにあと一分も掛からないだろう。

Sランクパーティのエースである俺とローレッタさんにとって、あの程度の魔獣の群れ自体は脅威ではない。

だが二人とも前衛アタッカーであるため、ルーシーさんを護りながらとなると少々厳しいな。

彼女を傷つけるわけにもいかないし、仕方ないか。

「わかりました。第一波は俺が殲滅します。第二波が来るまでに合流してもらえるよう連絡してください」

「あの数を一人で!? 流石に君でも無茶だ!」

「そうです! 危険ですよ! 私なら大丈夫です! 数分くらいなら私の魔導具があれば耐えられますので! オルンだけが身を危険にさらす必要はありません……!」

俺たちの視線の先には百体に迫る数の魔獣がこちらに向かってきていた。

確かに二人の言う通り前衛アタッカーにとっては厳しい数だ。

――しかしそれは、接近戦で挑めばの話だ。

「ご心配なく。一応これでもツトライル最強の探索者と呼ばれているので。とりあえず初撃は俺に任せてください。――【 魔剣合一(オルトレーション) 】、【 陸ノ型(モント・ゼクス) 】」

二人に心配無用なことを伝えてから、二人の前に立つ。

シュヴァルツハーゼは収納魔導具内で収束し続けていた〝 収束魔力(・・・・) 〟に反応して流動的な魔力へと変わる。

そして、その姿を弓の形へと変えた。

残りの収束魔力を矢に変えてから、弓に矢を番える。

矢の魔力を限界近くまで収束させていくと、矢の周囲の空間がゆがみ始めた。

収束した魔力の矢を魔獣の群れの上空めがけて放つ。

「――黎天」