軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5話 姉の友人だった令嬢

薄曇りの空の下、馬車は静かに走っていた。

窓の外では、色を失った街並みが後ろへ流れていく。車輪が石畳を叩く、一定のリズム。その単調な音が、胸の奥で渦巻く感情を、無理やり押さえ込んでくれる。

「さて。現場を見たけど、……特に何も見つからなかったね」

対面に座る彼が、低く呟く。

「はい。結局、犯人に繋がる証拠は……何一つ、掴めませんでした……」

現場を確かめてみても、期待していたような痕跡は、ひとつも見つからなかった。

踏み荒らされた形跡も、争った跡も、わずかな違和感すら残っていない。

(……ううん。想像していた通り、と言うべきね)

あの日から、どれだけの時間が流れただろう。都合の悪いものが消されるには、十分すぎるほどだった。

ロザリーは視線を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。

「……次は、どうするつもりですか?」

ルーカスの問いかけに、ロザリーは迷わなかった。

次の標的は、すでに決まっている。

いつも、姉の周りに侍っていた令嬢。友人と信頼されながら、あの夜会では証人として姉を糾弾する側に回った――男爵家の娘。

「あの夜会で、姉さまを断罪する証言をした令嬢に……。話を聞こうと思ってます」

車輪の音が、わずかに強く響いた気がした。

「分かったよ」

「屋敷に着きましたら、まずは……わたしが。姉とは親しくしていた令嬢でした。どうして、あんな証言をなさったのか――伺います」

「ああ、そのことなんだけどね」

彼はわずかに声音を変えた。

「彼女の証言が気になって、少し調べてみたんだ」

「えっ……そうなのですか」

ロザリーは顔を上げる。驚きと不安が入り混じった瞳でルーカスを見つめる。

「ああ。それでね――実は」

そこで言葉を区切る。

馬車の揺れが、わずかに止んだ。屋敷が近いのか、それとも。

これから明かされる“事実”の重さを、予感させるように。

***

ほどなくして、馬車は男爵家の屋敷の前で止まった。

リリアーヌの友人だった令嬢の家だ。

淡い象牙色の外壁に、過剰ではないが手入れの行き届いた装飾。門扉や手すりには、流行を意識した意匠が施されていた。

門をくぐると使用人たちの視線が、こちらを警戒するように泳ぐ。

応接間に通されるまで、さほど時間はかからなかった。

現れた令嬢は、完璧に整えられた微笑を浮かべて頭を下げる。

「本日はようこそいらっしゃいました、ルーカス様。……それに、ロザリー様」

「……サラ様」

名を呼ぶと、亜麻色の髪がさらりと揺れた。

サラ・サルトーリ。

髪と同じ色の瞳を持つ、大人しそうな印象の男爵令嬢。

「それにしても、急なご来訪で驚きましたわ。それで……本日は、どのようなご用件でしょう?」

本来なら、事前に約束を取り付けるのが礼儀だ。隣にルーカスが控えている以上、露骨な非難はできないのだろう。それでも、その言葉の端には隠し切れない棘が滲んでいた。

それにしてもーーかつて姉に「大切な友人なの」と紹介された時の彼女とは、まるで別人のような態度だった。

内心では唖然としながらも、ロザリーはそれを顔に出さず、穏やかに微笑んだ。

「突然訪ねて、ごめんなさい。少し、確認したいことがあるんです。先日の夜会で……どうして、偽の証言をされたのか」

応接間の空気が、ぴんと張りつめる。

サラは、指先を組み、澄ました声で言い切った。

「……誤解なさらないでくださいませ。私は、偽の証言などしておりませんわ。確かに……リリアーヌ様が、アンジェリカ様を虐めていらした現場を、この目で見ましたもの」

「……現場、を?」

「ええ」

サラは、わずかに顎を上げた。

まるで、何ひとつ恐れることなどないとでも言いたげな表情だった。

「では偽証ではないと?」

「そうですよ。ルーカス様の前で、あまりいい加減なことをおっしゃらないでくださいな。私が偽証をしたなどと吹聴されれば、こちらの評判に関わりますわ。ロザリー様がお姉さまの無実を信じたいお気持ちは理解いたします。私も、あのリリアーヌ様が……と、最初は驚きましたもの」

そこでわざとらしく息をつき、肩をすくめる。

「けれど、他の証言者も申し上げている通りです。アンジェリカ様を虐げていたのは事実。残念ですが、真実は覆りませんわ」

サラは、唇の端をゆるやかに吊り上がる。

「それより――ロザリー様は……新しい結婚相手をお探しになった方が、よろしいのではなくて?」

くすりと、嘲るような笑い声が零れる。

「お姉さまと同じく、婚約破棄されたのでしょう? ロザリー様は、探偵ごっこなどなさるよりも……なさるべきことが、おありなのでは?」

向けられた露骨な嫌味にも、ロザリーは表情を崩さない。

感情を挟まず、淡々と問いを重ねる。

「現場を見たと言いましたが……いつ、どこで?」

嫌味が通じないことに苛立ったのか、サラはわずかに声を尖らせて答える。

「……先日の夜会でも言いましたけれど、放課後に。場所は、学園の北棟の回廊ですわ」

「放課後、ですか」

ロザリーは否定も肯定もせず、ただ、そっと首を傾げる。

「不思議ですね」

「なにが?」

返ってきた声には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。

その揺らぎを、ロザリーは逃さない。

「その日、姉さまは――学園にいませんでした」

「そっ……」

サラは、慌てた様子を悟られまいと、声を強める。

「そんな事は口先だけでは好きに言えるわ。リリアーヌ様に、確かなアリバイはないのでしょう? その日の放課後、王宮へ向かわれた記録もない。殿下とのお茶会も、王太子妃教育も予定されていなかったと……私は聞いてるわ」

けれど、言葉を重ねるほどに、どこか焦りが滲む。

――だから、学園にいたはずだ。

そう断じたいのだろう。まるでアリバイはなかったと言いたいようだが、そもそも何故その事を知っているのか。語るに落ちているのに、彼女は気が付いていないのか。

ロザリーは、彼女の言葉が終わるのを待ってから告げた。

「いいえ」

低い声が、応接間に落ちる。

「その時間帯、姉さまは……別の場所にいました」

沈黙。

衣擦れの音すら遠のき、誰もが呼吸を忘れたかのように動かない。

「姉さまは、わたしの誕生日の贈り物を選ぶために、とある店を訪れていたのです。そして、その店の帳簿には……姉さまの名が残っています」

その合図を待っていたかのように、ルーカスが一歩前に出て、書類を卓上に置いた。商会の正式な記録。購入者名、署名、そして――明確な時刻。

「そ、そんなもの……!」

サラの声が、裏返る。

「詐称に決まっていますわ! 本当にあの女が行ったかなんて、分からないじゃない!」

追い詰められた者の、最後の抵抗。

だが――

「いや」

低く、穏やかな声が、それを静かに断ち切った。

ルーカスが、微笑を崩さぬまま視線を上げる。その瞳は、凪いだ湖面のように静かで、底が見えない。

「その日、彼女が確実にその店にいたことは……僕が保証する。何故ならーー僕が、一緒だったからね。その際、リリアーヌ嬢へ贈り物を買ったから、店の帳簿には僕の名前も残っているよ」

卓上の書類を指で指し示す。そこにはルーカスの名も綴られていた。

隣国の王子の証言を、嘘だと切り捨てることはできない。サラは唇を震わせた。

「……そ、そんな……」

視線が泳ぎ、やがて縋るように言葉を紡ぐ。

「で、では……別の日ですわ! 日にちを、取り違えてしまっただけ……」

「その日は、いつですか?」

ロザリーは、間を与えず、即座に問い返す。

「……その翌日……」

「その日は、王妃教育のため、王宮にいたわ。既に、確認も取ってるわ」

「で、では……その、翌日……」

「その日も同じです」

きっぱりと言い切る。

逃げ道を一つひとつ、確実に塞いでいく声だった。

「次期王太子妃である姉さまは、多忙だったの。あの日以外の予定は……すべて埋まってたわ。アンジェリカ様を苛める暇なんてなかったんですよ」

「……」

言い訳を探そうとしているのだろう。けれど、思いつかないのか、サラははくはくと口を開け閉めするばかりだ。

血の気を失った顔は、みるみるうちに真っ青に染まっていった。

「さあ、認めて。偽の証言をしたという事を」