軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30.夜会

クレアがイザベラに付き従って夜会の会場に到着すると、既にたくさんの令嬢が集まっていた。

ホールに一歩足を踏み入れて進むと、周囲が一気にざわつく。

クレアはイザベラを気遣いながら、背筋を伸ばしてゆっくりと歩いた。

その気品に溢れ洗練された立ち居振る舞いに、第一王子の妃探しという名目の下においては本来ライバルであるはずの令嬢たちの目が釘付けになっていく。

「何か、入口の方が騒がしくない?」

会場の奥で、ヴィークの隣に立ち近衛騎士としての任務についていたドニが言う。

任務中にも関わらず、背後には顔見知りの令嬢たちを引き連れている。

「そうだな。ちょっと見てくるか」

キースがそう答えて向かおうとした瞬間、ざぁっと人の波が割れた。

その瞬間、お仕事モードで令嬢たちに笑顔を振りまいていたヴィークは目を疑う。

令嬢たちや貴族の間にできた道の先、そこにはクレアがいた。

恐らく、他の令嬢や招待客がクレアのことを位が高い令嬢だと判断したのだろう。

今日の主役である第一王子にいち早く挨拶をする権利があるものとして、自然と道が開いたのだった。

「……クレア嬢、こちらへ」

クレアは、万一殿下に声をかけられたら当然イザベラが挨拶を、と思っていた。

しかし、ヴィークは今クレアの名を呼んだ。

クレアは心の内では酷く狼狽していたが、すぐに落ち着きを取り戻して澄ました微笑みをたたえ、ヴィークに歩み寄る。そして深くカーテシーをした。

「……よく来てくれた。国王陛下へ挨拶を」

ヴィークは、クレアが跪いたときに取った手を握ったまま、国王陛下が座る高座へとエスコートする。

「殿下、今日、私は……」

クレアはなんとか小声で付き添いで来たことを伝えようとしたが、周りのざわめきがあまりに大きく、さらにヴィークのほうもそれを聞こうとしなかった。

(しまったわ。こんなことになるなんて)

クレアは自分の出過ぎた振る舞いをどう修正したらいいのか悩んだ。

しかし、その心配は必要なかった。

なぜなら、国王陛下への挨拶を終えた後、クレアは無事解放されたからだ。

「まずは平等にすべての令嬢に挨拶をしておかないと、面倒なことになる」

そう言って、リュイがヴィークを令嬢たちの波へと追い立ててくれたのだった。

(イザベラはどうしているかしら)

ヴィークから解放されたクレアは気になって会場を見回す。

イザベラは仲良しの令嬢を見つけたようだ。そこにいて、という風に、クレアに向かって嬉しそうに手を振っている。

クレアはホッとして、シャンパングラスを手に取る。

久しぶりに訪れた夜会の会場は、華やかな見た目とは裏腹にさまざまな思惑がひしめいているのが分かる。

特に今日は、第一王子のお妃選びという権力に取り入りたいものにとっては格好の戦場だ。

無用なトラブルに巻き込まれないよう何とか壁ぎわに移動しよう、そう思って歩いていたクレアは、不意に声をかけられた。

「こんばんは。さっき、ヴィーク殿下とご一緒に国王陛下に挨拶をしてらした方よね? 私はディアナ・ミードと申します」

そう自己紹介する彼女は、エキゾチックな雰囲気の令嬢だった。そっくり同じ顔の随伴を連れている。

「僕はディオン・ミード。ミード伯爵家の跡取りさ。僕たちは双子なんだ」

クレアが考えていることを察したように、付き添いの彼も自己紹介をした。

「私は、クレア・マルティーノと申します」

「マルティーノ? ノストン国の?」

クレアが自己紹介をするや否や、ディアナが深く切り込んで追求してくる。

この場にはふさわしくないストレートな物言いだ。

「……ええ、まぁ」

クレアは笑顔でかわしたものの、すぐにノストン国の名前が出たこととその強引さに違和感を持っていた。

「あなた……お母様が早くに亡くなっていないかしら?」

(……!)

クレアの顔色がサッと変わったのに気が付いたディオンが、頷いてディアナを止めに入る。

「……申し訳ありません、クレア嬢。失礼いたします」

「……いえ。お気になさらず」

クレアは、令嬢らしい微笑みで切り抜けた。

クレアから遠ざかる2人は、意味ありげに目配せし合っている。

(ミード伯爵家……)

クレアが、この何とも言えない違和感の置き場に困っている間に、ホールの中央ではワルツが流れ始めていた。

一通り、全ての令嬢に挨拶を終わらせたヴィークがクレアの側にやってきて、手を差し出し、言う。

「私と踊っていただけますか。クレア嬢」

(……!)

パフィート国の第一王子として今日の実質的な主役であり、さらにクレアにとっては最も大切な人の1人でもあるヴィークからの誘いを断れるはずなど、ない。

「ええ、喜んで」

侍女としてやってきたはずの夜会だったが、いつのまにかクレアは主役の隣に並んでいた。

ゆったりとしたワルツのリズムに合わせて、2人は踊った。

ヴィークの身のこなしは軽やかで、さすが第一王子だわ、とクレアは思う。

白くて美しい大理石の床の上を、するする滑って舞うみたいにステップを踏む。

顔を上げると、初めて会った時から印象的だった瞳にまた吸い込まれそうになる。

目を合わせるのが気恥ずかしくて、終始クレアは伏目がちだった。

視界の端っこで、イザベラが喜んでいる気がした。

(きっと、これでイザベラも納得してくれるわ)

(夢みたいなお伽噺は、夜会のダンスの想い出で終わるのよ)

(こんな結末があってもいいわ)

一曲を踊り終わると、会場からは大きな拍手が起きた。

歓声に合わせて、位の高い令嬢たちが順番にヴィークに話しかける。

「殿下、私とも踊ってくださいな」

「その次は私です」

次々に声がかかる。

(私の出番はここで終わりだわ)

自分の時間が終わったことを悟ったクレアは、そっと会場を抜け出した。

王宮のエントランスへ続く長い石壁の廊下。

庭園から、強い風が一気に吹き抜ける。

湿った風を頬に受けると、さっきまでの高揚感が嘘のように、一気に現実に引き戻された。

それが寂しくて、クレアは余韻を探すように胸元の懐中時計に手をやる。

「……ないわ」

ヴィークから借りて以来、大切にしていた懐中時計がなくなっていた。

咄嗟に、周囲を見回す。

わずかな灯りしか灯されていない通路は暗く、見える範囲に目的のものはなかった。

さっき、会場を出た時には確かにあったはずだ。

(どうしよう……あれがないと……私)

反射的に、会場への道を再度戻っていく。

クレアは自分がドレス姿だったことも忘れ、しゃがみこんで床を探した。

「ないわ……」

どうしても見つからない、そう思った時。

シャラン。チェーンが揺れてこすれた音がした。

「……探し物はこれか?」

クレアは驚きで固まった。

いま聞こえた、絶対にここにいるはずのない声。

その主は、ヴィークだった。