軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23.緊急事態

クレアが城下町のバルで酔いつぶれ、王宮の客間で目を覚ましてから数週間後。

その日、クレアは朝から言葉に出来ない気持ち悪さを感じていた。

(何だか居心地が悪いというか……胸騒ぎがする)

この数週間、自身の行いを深く反省したクレアは、これまで以上に自制を心掛けた生活を送っていた。

ヴィークが週に2~3回、クレアの部屋を少しだけ訪問するのは相変わらずだったが、マルティーノ家について直接聞くことはない。

クレアは出自を偽っていたことを謝罪したが、ヴィークは『それは俺もだろう。気にするな』と優しく笑っただけだった。

「はぁ」

王立学校の休憩時間、リディアがため息をつく。

「リディア様? どうかなさいましたか」

クレアは聞いた。

「クレア様。……私、朝から何だか変な胸騒ぎがするんですの。悪いことの予兆でなければいいのですが……」

リディアの答えに、クレアは少し驚く。

「リディア様もですか。私もなんです」

「殿下!」

クレアがそう答えた瞬間、キースとリュイ、ドニの3人が血相を変えた様子で講義室に入ってきた。

第一王子の側近であり、また近衛騎士でもある3人は、王立学校に通う貴族子息にとって王族以上に憧れの存在だ。

普段は会えない彼らがいることに、廊下や講義室がざわついている。

「何があった」

3人を目にしたヴィークが、一瞬で第一王子の顔に戻る。

キースがヴィークに何かを囁いている。

ヴィークの表情は変わらない。

(何かあったのかしら……)

キースからのほんの数秒間の報告の後、ヴィークは即座に帰城の用意を始めた。

その時、クレアは何かを探していたリュイと目があった。

リュイの口が『クレアも』と小さく動き、ヴィークが一瞬ためらった後、頷くのが見える。

(……?)

「もしかして、これは……」

様子を注意深く観察していたリディアが言葉を発そうとした瞬間、

「クレア、これから俺は王宮に戻る。緊急事態だ。一緒に来てくれるか」

クレアはヴィークに声をかけられた。

講義室は、さらにざわつく。

「はい、お供いたします」

ただならぬ4人の雰囲気に、クレアは即答した。

「王宮への転移魔法を使いましょう、殿下」

近衛騎士の筆頭でもあるキースがここまで慌てているのを、クレアは初めて見た。

「いや、ダメだ。リュイの魔力は完璧に近い状態で残しておきたい。事態が把握しきれていない今は許可しない」

ヴィークがそれを却下する。

人を動かす転移魔法は、高位魔法だ。強力な魔力の持ち主であっても、一度使うと魔力が回復するのに時間がかかってしまう。

「うん。まだ時間は十分にある。今は馬で戻ろう」

「それがいいね」

冷静さを保つリュイの額には汗が光り、優しいドニの声色からもいつもの甘さが消えている。

クレアは、パフィート国に何が重大な危険が迫っているのだと察した。

4人とクレアは馬を飛ばして王宮に戻った。

王宮内は、数週間前に訪問した時と比べて、酷くバタバタしている様子だ。

「すぐに戻って事情を説明する、待っていてくれ」

ヴィークは慌ただしくクレアに言い残し、4人は国王の執務室に直行する。

応接室に取り残されたクレアは、何だか落ち着かない。

窓辺に行って外を見ると、さっきまで晴れていた空がどす黒い色に変わり始めていた。

(これって……)

ふと、クレアの脳裏にある光景が思い浮かんだ。

クレアがまだ幼い頃の昼下がり。

クレアは、ぽかぽかした陽だまりの中で亡き祖母の膝に座り、本を読んでいた。

本の挿絵には、どす黒い渦。

「フローレンスおばあさま、この絵はなあに?」

クレアは見たことがないその絵を不思議に思い、祖母に聞く。

「これは、竜巻っていうのよ。」

「たつまき?」

「そう。人や家を巻き上げて壊してしまう怖いものなのよ」

「街をこわすの? こわいわ、おばあさま」

人や家を巻き上げて壊す。その恐ろしさに、クレアは怯える。

「そうね。竜巻にも小さなものから巨大なものまでたくさんあるのよ。巨大すぎるものは、国を滅ぼすこともあるわ。でもね、大丈夫よ」

祖母は優しく微笑んで、クレアが手にしている本のページをめくる。

次のページには、丘の上に立った少女が光をまとっている挿絵が描かれていた。

「この絵の女の子はね、若い頃のおばあちゃん。空気を浄化してあげれば、竜巻は消えるのよ」

「じょうか?」

「そう。とても大きな力が必要で、頑張らないといけないけれどね。……クレアにも、できるわ」

幼いクレアは、こくん、と頷いた。

回想を終えた時、ヴィークとリュイが駆け足で応接室に戻ってきた。

「クレア、突然連れてきてすまない」

「いえ、私にできることでしたら何でもいたします」

ヴィークの謝罪に、クレアは真っ直ぐ答える。

「ありがたい。実は、魔力竜巻が発生しそうなんだ、それも史上最悪規模の」

「……!」

やはりという気持ちと、信じたくないという思いがクレアに交錯する。

魔力竜巻は、放出された魔力や転移魔法を使うときに生まれる歪みが原因で起きる巨大な竜巻だ。

戦争がない現在はめったに発生しないが、一旦発生すると1日以上消えず、国や街を巻き込み人々を危険にさらす脅威となる。

クレアもその存在を知ってはいたが、少なくともクレアが生まれてから17年間近くは発生した話を聞いたことがなかった。

「今朝から、魔力の歪みを感じて嫌な予感がしていたんだ。王宮の魔術師と調査した結果、恐らくあと1時間以内には王都の東の空に巨大な竜巻が生まれると思う」

ヴィークの話を、リュイが早口で補足する。

クレアは頷いて答える。

「それで、私は何をしたらいいですか」

「魔力が強い者たちで王都に障壁を張り、そこに人々を避難させる。もうすでに誘導を始めているが、守れるのは王都だけなのか、国の全体をカバーできるのか、どれぐらいの規模のものができるかは正直分からない。できるだけ大きな障壁を作れるよう、クレアも助けてほしい」

予想とは違うヴィークの言葉に、クレアは戸惑う。

「あの、いつも竜巻が起こるときはそのような処置を?」

「いや。もともと十数年に一度小さなつむじ風が発生する程度で、この規模はほとんど前例がない。数十年前にノストン国との国境付近で発生した際は同じようにバリアを張った。ただ、その竜巻は街や人に被害が出る前に消えたという記録が残っている。さらにその前は数百年前で、詳細な記録すらない」

(……!)

自分に出来るのか不安だが、迷っている暇はなかった。

クレアは覚悟を決めて、言った。

「ヴィーク、私、竜巻を無効化できるかもしれない」

「「!!」」