軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話:スライムは慌てふためく

ぴゅふぅー、幸せ。

二人の娘に挟まれて、抱き着かれながらの眠りを味わう。

人生もとい、スラ生でもこんな幸せは味わったことがなかった。

オルフェもニコラも安心しきった顔で可愛い。

これだけ無防備にしているのだ。きっと俺に対する疑いも晴れたのだろう。

正体がばれていれば、こうして抱き着いてきたりはしない。

エンライトの娘たちは親離れが早く、だいたい十三になるころには、一緒にお風呂に入ってくれることもなくなり、一緒に眠ることも滅多になくなった。

疑いが晴れて一安心だ。

スラちゃんとしての日常が続いていく。

スライムになってから苦労もしたけど、スライムならではの幸せが俺を癒してくれる。

明日はきっと最高の一日になるだろう。

日差しが差し込み、オルフェとニコラが目を覚ます。

徹夜で実験結果の分析と検証をしていたせいか眠そうだ。

「ニコラ、スラちゃん、おはよう」

「オルフェねえ、おはよう」

「ぴゅい!」

姉妹たちがベッドからもそもそと起き上がり、着替える。

「ニコラ、じゃあ簡単なものを摘まみながら、議論しようか。お昼がご馳走だから朝は軽めにね。スラちゃんには……はい、スラちゃんが気に入ってたクッキー。これを食べてね」

「ぴゅいっ!」

朝ご飯にクッキー、邪道だが悪くない。

それに、オルフェの言う通り俺のお気に入りのクッキーだ。

さくさくで甘くて夢中にさせてくれる。

「じゃあ、いこっ。オルフェねえ、楽しい議論になりそう」

二人が部屋を出ていく。

俺もぴゅいっとついていく。横で娘たちの議論を眺めていたい。

「スラちゃんはこの部屋でお留守番」

「ぴゅい?」

どうして? と不思議そうな目でオルフェを見る。

「どうしてもだよ。スラちゃんは、私が迎えに来るまでこの部屋を出ちゃだめ。これは【命令】だよ」

魂を鷲掴みにされたような強制力を感じる。

これは、【隷属刻印】の力。使い魔を従わせるための力。

オルフェは今まで、俺にお願いはしても命令をすることはなかった。

これをされると、逆らえない。

「ぴゅいぃぃぃ……」

「そんな、悲しそうな顔をしてもだめ。すぐに迎えに来るからね」

そうして、俺を置き去りにしてオルフェたちが出ていった。

閉じていく扉を寂しそうに見ながら、ぴゅいぴゅいと悲しそうな鳴き声をあげる。

全力の可愛いスラちゃんの懇願もむなしく。二人は消えていった。

まあ、いい。

「ぴゅいっぴゅ(オルフェも甘い)」

たかだか、部屋から出さないぐらいで俺を封じ込められると思ったのか。

あくまで部屋から出れないのは俺だけだ。

クリア偽スラちゃんを生み出す。それも気付かれないように小型でだ。

ドアの隙間から偽スラちゃんが抜け出していく。

視界を共有しつつ、二人の後を追わせる。よし、オルフェの工房に着いた。

そう思ったときだった。偽スラちゃんが視えない何かに阻まれた。

「ぴゅいっ!?(結界!?)」

そこまで念を入れるのか?

この結界を破ることはできる。だが、オルフェに気付かれずに破ることはできない。

破らずに抜けるには時間がかかる。

……手詰まりだ。

大人しく待とう。昨日の夜の二人の様子を信じるんだ。

うとうと。

することがないので二度寝をしていた。

眠っている俺の体が抱き上げられる。

オルフェだ。相変わらず、オルフェの抱っこは世界一気持ちいい。このボリュームと柔らかさ。スライムボディにジャストフィットだし甘い匂いがする。

「スラちゃん、お待たせ。ニコラとの議論が終わったよ」

「ん。有意義な議論だった」

ニコラは顔を紅潮させて鼻息を荒くしている。

きっと、久々の議論を楽しめたのだろう。

……俺がマリン・エンライトかどうかの結論が出たようだ。それでも、こうして抱きしめられているということはシロで確定だったのだろう。

「ぴゅいっ!」

良かった。これからも思う存分娘に抱きしめてもらえる。

すりすり。幸せ。

「スラちゃん、くすぐったいよ」

「ぴゅいぴゅい」

いつもよりも激しくすりすり。

たまには羽目を外してもいいだろう。

「オルフェねえ、ニコラも抱きたい」

「どうぞ」

ニコラに手渡される。

こっちにもスラすりすり。硬いけどほんの少し柔らかい。わずかにだが成長してきている。

これはこれで癖になる。

「スラ、いつもより甘えん坊」

「みたいだね。じゃあ、キッチンにいこう。ご馳走の準備ができてる」

そうして、二人と一匹でご馳走が用意されているキッチンへと向かった。

キッチンにつくなり、いい匂いがしてきた。

ご馳走の山を目にしてよだれが出てくる。

テーブルの中央にはオルフェ特製のフルーツたっぷりのケーキがあり、他にはローストビーフや、大きなエビを丸一匹使ったグラタン、野菜と新鮮な魚を使った贅沢カルパッチョ、魚介類をふんだんに使用したパエリア、特製のトマトスープ、自家製パン。

「オルフェねえ、すっごい気合入ってる」

「こうやって、お祝いの料理を作るのは久しぶりだからね。本気出しちゃった」

美味しそうだ。

贅沢なだけではなく、どれも俺の好物だ。

「ぴゅいっ、ぴゅいっ!(はやく食べよう)」

興奮を隠せない。愛しい娘が作る大好物。

がまんできるわけがない。

「じゃあ、スラちゃん。席について」

「ぴゅいっ!」

俺専用の高い椅子に座る。スライムなので、普通の椅子では食卓に届かない。

オルフェとニコラもそれぞれの席についた。

そして、オルフェがこほんっと咳ばらいをする。

「えっと、私が挨拶をするね。今日は無事、お父さんが見つかったことを祝って、乾杯!」

「乾杯!」

「ぴゅっ、ぴゅいっ!?」

オルフェとニコラが満面の笑顔でコップをぶつけ合う。

「ニコラ、お父さんが生きててよかったね」

「ん。スライムでも生きてくれていて嬉しい」

「ぴゅいっ!? ぴゅいっ!?」

交互にオルフェとニコラの顔を見る。

二人は心の底からうれしそうにご飯を食べている。

いや、おかしい。

どうして、俺がマリン・エンライトだと気付いて、昨日や今日、無防備に抱き着いてきたり、着替えを見せた!?

まさか、あれは俺を油断させるための演技。

「スラちゃん、ううん、お父さん。逃げられると思わないでね。今、【隷属刻印】を魔力で強化してるから。絶対に逃がさないし、解呪させない」

「昨日、寝ている間に薬を打った。今、父さんの魔力抵抗力はかなり落ちてる。その状態でオルフェねえの【隷属刻印】に逆らうのは無理」

「ぴゅい? ぴゅいっぴゅっぴゅ(何のこと? 僕は悪いスライムじゃないよ)」

とりあえず、しらばっくれることにする。

人畜無害なスライムを装うのだ。

「誤魔化しても無駄だよ」

「ん。ニコラたちは疑いじゃない、すでに確信に至った。ニコラの実験やオルフェねえの解析魔術の結果ではシロだった。でも、お互いの結果を照らし合わせて、父さんのした偽装工作を見抜いた。その偽装工作自体が父さんだって証拠」

ぷるぷるとスライムボディが震える。

「お父さん、今までずっと近くにいて見守ってくれてたんだね」

「スラのふりをして、でも本当に危ないときは父さんの姿になって助けてくれた……実はスラがいなくなったあと、周囲を探したとき、どろどろで壊れたスライム細胞を見つけてた。そのスライム細胞には、【進化の輝石】の反応がある。スラ、もし父さんじゃないというのなら【進化の輝石】を三つ出して」

詰みだな。

【進化の輝石】は三つすべて使い切ってしまっている。

「ぴゅふー」

観念しよう。会話をするため【創成】の力で変身能力を強化して、少年時代の姿になり、ニコラに買ってもらったローブを纏う。

「オルフェ、ニコラ、よく突き止めたな。以前のおまえたちなら欺けたはずだ。その成長、嬉しく思う」

にっこりと微笑む。

正体を突き止められたのはまずい状況だが、俺のほどこした偽装を見破るほどに腕を上げたことは喜びたい。

オルフェとニコラの目に涙が溜まる。

「お父さん」

「父さん」

席から立ち二人は抱き着いてくる。

……成長したと思ったがまだまだ子供だな。

「どうして、今まで黙ってたの……父さんが死んでほんとに、ほんとに悲しかったんだから」

「スライムになってでも、生きてるならそれでよかった。早く教えてほしかった」

スライムのときとはまったく違う、娘の感触。

「【無限に進化するスライム】であれば、いずれはマリン・エンライトの姿を取り戻せる。すべてを明かすのはそれからのはずだった。……そして、おまえたちは俺の背中を見すぎていた。このままでは俺の先へと行けなくなる。自分たちで歩かせるために、俺はただのスライムとして見守ろうと決めた」

二人を撫でてやる。

スライムになってからは撫でられてばかりで、撫でてやるのは久しぶりだ。

「お父さんのばか」

「ん。意地悪」

二人が顔を俺に押し付けた。きっと泣き顔を見られたくないのだろう。

俺は二人を受け入れる。気が済むまでこうしていよう。

しばらくして、二人が席に戻る。

そして、涙を拭ったオルフェが口を開く。

「せっかく、作ったんだからどんどん食べて」

「ん。食べる」

「いただこう」

そうして、家族での食卓が始まる。

二人がちらちらと俺のほうを見ている。少々食べ辛い。

苦労して口に含む。

オルフェの料理は絶品だ。

調理技術が高いだけでなく、味付けが俺好みだ。オルフェはいつも俺に料理の感想を聞いてくれて、どんどん俺の好みの味付けを覚えていった。

父親想いの子だ。

たわいのない話をしながら、料理を片付けていく。

オルフェがワインを取り出してきた。お祝いでしか飲まない最上のものだ。そして、俺にもニコラにも進めてくる。

いつもより、酒のペースが速い。

……嫌な予感がしてきた。

「知らなかったよ。お父さんが、あんなエッチだったなんて」

「ん。なんども着替え覗かれた」

「お風呂も一緒に入ろうとしたよね」

「触手で変なところを触られた」

「抱っこするといつも胸に体を擦り付けてくるし」

「スカートを下から覗く」

冷汗がだらだらと流れていく。

オルフェとニコラがスライムだったころの悪行を次々に語っていく。

二人ともアルコールが回っているせいか、饒舌だ。

「ニコラ、お風呂入ろ。お父さんも一緒に。それでね、今日も一緒に寝るの!」

「いい考え。今までの分も父さんに甘える」

「その、だな。おまえたちはもう大人と言える年齢だ……あれだ、恥じらいを持ちなさい」

……スライムだったころは、わりと好き勝手できたが、マリン・エンライトとして娘たちと一緒にそういうことをするのには抵抗がある。

親子でそういうことはいけない。

「あれだけ好き勝手しておいて何を今さら言ってるの? 今のお父さんにそんなことを言う資格があるのかな?」

「ん。父さん、十三になったら一緒にお風呂も入ってくれなくなったし、一緒に寝てくれなくなった。ヘレンねえたちも親離れしろってうるさかった。でも、父さんは自分からそういうことした。もう断らせない」

娘たちが怖い。

十三になったら親離れをしたんじゃなくて、俺がそうなるように仕向けていたことを思い出す。

とりあえず、変身を解きもとに戻る。

「ぴゅいっ!(時間切れ)」

スライム姿なら罪悪感がなくなる。

「まだ、変身できる時間に限りがあるんだね」

「……ニコラとデートしたときはもっと変身時間が長かった」

「ぴゅーぴゅぴゅぴゅぅー」

口笛を吹いて誤魔化す。

オルフェとニコラは苦笑する。

きっと、俺の考えをある程度見透かしているのだろう。

「何はともあれ、父さんが生きてくれていてよかった。そろそろデザートのケーキだね。たくさん食べて」

「美味しそう!」

「ぴゅいっ!」

ふんわりと柔らかい生クリームに、しっとりしたスポンジ。

たっぷりのイチゴが口をリセットしていくらでも食べられそうだ。

「はい、お父さん、あーん」

「オルフェねえ、ずるい。ニコラも、あーん」

しばらく、父親不在だった寂しさの反動でスキンシップが過激になっている気はするが、素直に喜んでくれている娘に水を差すのは止めよう。

あるがままに楽しむのだ。

……でも、さすがにファザコンが過ぎるので、もう少ししたら一緒にお風呂も一緒に眠るのもやめさせよう。

そう、遠くないうちに。父の威厳があればできるはずだ。

そんなことを俺は考えていた。