軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話:スライムはお風呂を作る

ヘレンの話を聞いて驚いていた。

大規模な生産ラインを構築できない以上、【邪神】の病を治療できるポーションを作り配布するのではなく、自己治癒が可能かつ邪神の病に対する抗体をつけさせる人工の病を蔓延させるという斬新な手で【邪神】の病に対抗する。

それは俺ですら思いつかなかった手だ。

……この国を救うにはそれしかない。

百や二百程度の薬なら、ニコラと力を合わせれば作れてしまうだろう。

国の民全員を救うとなるとなれば数万個のポーションが必要となり、作ったあとも流通させるのに人手と時間がかかる。二人だけでは不可能だ。

ヘレンはずっと前から病をもって病を制するという考えを温めていたのだろう。

でなければ、今の時点で材料が揃えば病を作れるなんてことはありえない。

ポーションの配布よりも効率的な手をヘレンが打たなかったのは、患者を本人の意志に関係なく救ってしまうからだ。

治療を受けるかどうかも相手の意志を尊重する。それがヘレンの考え方だ。

だが、そんなことも言ってられない。もはや、救われない人間を救うことすら難しい状況なのだから。

それだけでなくヘレンの作った病によって死ぬ人間が現れるかもしれない。

この手は、十万人救うために数十人殺すかもしれない危険な方法だ。

医術を志すものは常に決断を迫られる。誰を救い誰を見捨てるのか。

ヘレンは苦しみながらこの決断をしたのだろう。

俺はその背中を支えてやりたい。

差し迫った状況だが今はそれらを頭から締め出す。

休息もまた重要だ。

心が弱り、体が疲れていては何もできはしない。

「ぴゅいぴゅい♪」

俺はお風呂の準備をしている。

姉妹たちは心も体も限界だ。

ヘレンは強がって平気な顔をしているが、ずっと気を張り詰めていたのだろう今にも倒れそうだ。

ここの村は安全らしいが、ヘレンは完全に気を許しているわけではなさそうだ。

そして、ボロボロなのはオルフェとニコラも一緒だ。

オルフェはマナの記憶を手繰った。人の身でマナと意識を繋ぎ合わせるというのは非常に危険な行為であり疲労も大きい。その疲れをオルフェは引きずっている。

ニコラは人を殺したことで負った心の傷は俺のケアでましになっているとはいえ癒えきったわけじゃない。

なので、最高の温泉を用意する。

こういうときだからこそ、癒しのために手間暇をかけるのだ。

幸い、ヘレンが借りている家には石畳の物置なんて最高のロケーションがあるので使わせてもらう。

庭に湯船を用意することも考えたが、娘たちの柔肌を他の男にみられるわけにはいかない。

……そんなことになれば目を抉るしかなくなる。

「ぴゅふふふふ」

魔術をある程度自在に使えるようになったので、湯船をよりグレードの高いものにする。

材質は良質なヒノキだ。

キョウに行ったとき、カネサダに使わせてもらったヒノキ風呂は素敵だった。

なので、いつかヒノキ風呂を作ろうと、セイメイの山でたっぷりとヒノキを伐採し加工して腹の中にため込んでいた。

強くなったせいか【収納】もパワーアップしている。

体から出すときに、イメージした形に加工できるようになっている。

頭の中でヒノキ風呂の設計図を作る。

かつて、キョウで学んだ組継ぎという手法を使う。

それはパズルのように木材の一つ一つの接続部に凹凸を作り、がっちりと噛み合わせることで、いっさい釘を使わずに頑強な木の工芸物を作る技。

非常に難易度が高いが俺ならできる。

取り出されたパーツたちをくみ上げていく。俺の形状変化と質感変化も極まってきた。にょろーんとスライムボディから腕が伸びて組み立て作業も楽々できる。

しばらくすると見事なヒノキの湯船が完成した。釘を使わずに一流の技で作った湯船は継ぎ目が見えない。

釘を使わないことで見た目が美しくなるし、金属臭がしないので温泉をより楽しめるのだ。

ぴゅいーっと水をたっぷりヒノキ湯船にいれる。

「ぴゅいぴゅ!(完璧)」

まったく水漏れがしない。

あとは、土台を作り薪をセット、ヒノキ湯船を乗せて。

完成、スライム風呂だ!

「ぴゅいー! ぴゅいー! ぴゅいー!(お風呂出来たよ! おいでー!)」

大声で鳴いてオルフェたちを呼ぶ。

しばらくすると、タオルと着替えを持って三人でやって来た。

「うわぁ、スラちゃん。いつものお風呂じゃなくて、新しいお風呂を作ってくれたんだね!」

「この前のは金属で二人でいっぱいの大きさだった。こっちのほうがずっといい」

オルフェとニコラが駆け寄ってきて、新しいスライム風呂をぺたぺたと触る。

二人ともお風呂が大好きでヒノキ風呂の良さを知っているのでうれしそうだ。

「スライムさん、もしかして私たちがみんなで入れるようにわざわざ新しいお風呂を作ってくれたのでしょうか?」

「ぴゅい!」

「ありがとうございます。スライムさん、えらいえらい」

「ぴゅふぅー」

頑張った甲斐があった。

俺は娘たちのためならいくらでもがんばれるスライムだ。

「スラちゃん、お水をお願い」

「ぴゅい!」

オルフェの指示を受けて湯船に水を張る。

ただの水じゃない。

アッシュレイ帝国に来る途中によった温泉の村で手に入れた水だ。

疲労回復や怪我の治療、肩こりなどに効くありがたい天然温泉。

特別なときのために温存していたのをヘレンのために使う。

「ありがと、スラちゃん。お湯にしちゃうね」

オルフェが火の魔法を使うと水があっという間にお湯になる。

温泉のいい匂いが漂い始めた。

「温泉の匂い。スラはわかってる」

「ただのお風呂でも素敵ですのに、温泉だなんて。この村でこんな贅沢ができるなんて夢のようです。スライムさんのことを好きになってしまいそうですわ」

よほどうれしいのか、ヘレンは白い翼をぱたぱたとする。

「ぴゅいぴゅい!(もっと褒めて)」

エンライトの姉妹たちは俺の影響を受けて全員が風呂好きだ。

それはヘレンも例外じゃない。

「さあ、お風呂が沸いたよ。湯船に浸かろう!」

「ん。姉妹仲良くお風呂」

「オルフェ、ニコラ、先にお湯で体を清めなさい。お行儀が悪いですわよ」

さすがヘレン。長女というだけあってしっかりしている。

オルフェたちが服を脱ぎ始める。

ぴゅふっ!?

「ぴゅい!! ぴゅいっ、ぴゅい!!(オルフェ、そんな破廉恥な下着はだめ!)」

「スラちゃん、そんなに怒ってどうしたの?」

オルフェが首をかしげる。

オルフェはちょっと大人すぎる下着を身に着けていた。いったいいつの間にそんなものを買ったのか。

布面積が小さいし黒くて大人びたデザインだ。そんな下着はオルフェには早過ぎる。お父さんは許しません。

「たまにスラは変なことで怒る」

言葉は通じていないが、いきなり怒り出した俺を見てニコラが首をかしげる。

ニコラは、まあ、あれだ。うん、子供らしくていいと思う。ただ、いくらなんでもそれは……。

「スライムさんにはスライムさんの価値観があると思いますわ。あまり気にしてもしょうがないですわ」

「それもそうだね」

「ん。スラ、大人しくして」

「……ぴゅいぃぃ」

実は言葉も話せるが、さすがにもっと大人しい下着にしろと言うために今まで話せることを隠していたことをばらすのもばからしい。

あとでこっそり、没収しよう。オルフェにこれは早い。

それにしても……ヘレンはすごい。

地味な下着なのに中身が。

ヘレンと最後に風呂に入ったのはヘレンが十三のとき。そのときにはすでに今のオルフェより少し小さいぐらいだったからな。

ニコラのほうを見る。

姉妹で同じものを食べて育ったのにどうしてこうも違うのか。慢心、種族の違い。

「スラ、なんか変なことを考えた?」

「ぴゅんぴゅん」

ニコラはなぜか胸のことになると勘がするどい。怒られたくなので必死に首を振るとようやく納得してくれた。

服を脱いだ姉妹たちがお湯をかぶり体を清める。

そして湯船に入っていく、俺もスラじゃんぷ。

そのままだと沈んでしまうので、ほどよくスライム細胞に空気を混ぜ込む。

ぷかぷかと浮かんで顔を出しておく。

「うーん、やっぱり温泉は気持ちいいね」

「極楽」

「生き返りますわね」

温泉の香りと檜の香りに包まれて娘たちは幸せそうだ。

俺のスライムボディを誰かが引っ張る。

「ほんとうにありがとう、スライムさん。ずっとずっとこうして湯船に入りたかったですわ」

ヘレンだ。

ぴゅふぅ。姉妹で一番の発育は伊達じゃない。

温泉との相乗効果で天国に行けそうだ。

「ヘレンねえ。空いた時間で調べてみたけどこの村の地下に水脈がある。作ろうとおもったら井戸ぐらい一時間もあればできる。つくっとく?」

「それはありがたいですわね。村人たちも喜びますわ」

ニコラの知識と土魔術があればそれぐらいは容易いだろう。

この村はあまり発展していないとはいえ、まさか井戸すらないとは驚きだ。

ヘレンは俺を抱きつつ、撫で撫でする。

この可愛がられ感は嫌いじゃない。

ヘレンに触発されて、オルフェとニコラもつんつんしてくる。

温泉に浸かれながら姉妹たちに可愛がられる。俺はなんて幸せなスライムなのだろう。

「ぴゅふぅ♪」

こんな時間がずっと続くといい。

そう俺は祈っていた。

お風呂が終わったあとはそれぞれの作業を始めた。

ヘレンはアッシュレイ帝国に送るレシピ作っている。生産効率を下げてでも普通の錬金術士でも作れるように簡略したものを書き記す必要がある。

ニコラはヘレンの作った薬を元にして、作れるだけの治療薬を作っておく。権力者たちとの交渉のときに使えるかもしれない。

そして、俺とオルフェは近くの森で野草集め。

幸いなことに、薬の原料になる野草が近くの森にもあった。

オルフェを手伝いながら、ついでに魔物を探していた。新たなスキルを得て、ステータスを上げるためには今まで吸収したことがない魔物が必要だ。

……まあ、最近では偽スラちゃんですら十分強くなったので、分裂した偽スラちゃんたちは数百体がかりで世界中を旅しながら魔物を狩らせるという分身吸収作戦なんてやっている。

実のところ、俺が直接魔物を狩る意味は少ない。

それでも、少しでも強さを重ねるためにやる。

「ねえ、スラちゃん。私たちは本当に邪神に勝てると思う?」

いつになく不安そうにオルフェは聞いてくる。

「ぴゅい!(もちろん)」

即答する。

不安は人から人への 伝播(でんぱ) する。

その逆もまたしかり。だから精一杯元気よく返事をした。

「……スラちゃんを見てると後ろ向きになった自分が情けなくなるよ。うん、がんばるぞ!」

今まで俺たちは、【暴食】の邪神ベルゼブブ、【嫉妬】の邪神レヴィアタン、【怠惰】の邪神ベルフェゴールを倒してきた。

だけど、弱体化していない邪神と戦うのは初めてだ。

危険な戦いになる。

……今回は俺は今のスラちゃんとして戦えるすべてを出し切るつもりだ。

もはや、手札の温存はせず、姉妹たちに秘密を知られてしまっても構わない。

俺は三体の邪神を取り込んだことによって、限りなく邪神に近づいている。

スーパースラちゃん2の状態で邪神の力を使えばたとえ邪神が相手だろうと後れはとらないはずだ。

そして、最後の【進化の輝石】がある。

シマヅのおかげで使わずに済んだ切り札。

おそらく、今回使うことになるだろう。

「スラちゃん、向こうに魔物がいるね。倒しにいこうか!」

「ぴゅいっ!」

姉妹たちは恐怖を感じないわけではない。ちゃんと怖いのだ。

だけど、足を止めずに自分にできることをやり続ける。

そう俺が教えてあり、その教えを実践してくれている。

娘たちが俺の教えを守ってくれているのだ。俺も全力でなすべきことをやる。じゃないとあまりにも情けない。

すべては姉妹たちの幸せと、この国を救いたいと願うヘレンのために。