軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話:大賢者は娘を導く

「ぴゅふぅーー」

苦労して、なんとか【嫉妬】の邪神レヴィアタンの体内から出てきた。

全身を震わせて、水気を払う。

振り向くと、【嫉妬】の邪神レヴィアタンが舌を出して倒れていた。

周囲が奴の血でちょっとした湖になっている。

回復が追いつかないほどの傷を受けた状態で、上空一〇〇〇メートルから墜落し傷口が開いたのだろう。

「ぴゅいっぴゅ(これで全力の三割以下だから恐れ入る)」

【嫉妬】の邪神レヴィアタンは、長年封印され続けてきたことによる飢えと、オルフェに魂へと流し込まれた【黒炎】のせいで、弱り切って、三割程度の力しか出せていない。

もし、レヴィアタンが万全だったらどうなっていたか。

【隷属刻印】があるので、オルフェの居場所はなんとなくわかる。こちらに向かってきているようだ。

邪神から目を離すのは怖い。ここで待機しておこう。

「ぴゅいー(これ食えるかな)」

邪神は俺にとって、最高の餌だ。

ぜひ、食べて【吸収】したいが全長一キロを超える化け物。

……食べきれるだろうか? オルフェたちを待っている間は暇だ。端のほうからゆっくりでもいいから食べていこう。

「ぴゅむぴゅむ(もぐもぐ)」

ぴゅいぴゅいもぐもぐ。

あれ、意外と美味しい。これなら、がんばれるかも。

オルフェたちの姿が見えた。

シマヅとニコラも一緒のようだ。

俺はようやく、十メートルほど喰い進めたところだ。

まだまだ先は長い。とはいえ、収穫はある。いろいろとレヴァイアタンのことが【分析】できた。末端部ではスキルの【吸収】まではできない。まだまだ食べる必要がある。

栄養と魔力たっぷりなので、スライム細胞がどんどん増えている。これならスライムスリー復活も夢ではないどころか、スライムイレブンぐらい作れそうだ。

「スラ! 無事!?」

ニコラが一番最初に駆け寄ってくる。

「ぴゅい!(元気だよ!)」

俺がそう言うと、ニコラがぎゅっと抱きしめてくれた。

「良かった、スラが無事で。スラ、ごめん。もっとゲオルギウスが強かったら、スラに危ないことさせなかったのに。ニコラのせいで危険な目に合わせた」

「ぴゅいぃ……」

そう言われると申し訳なくなる。

ニコラは最高の機体を作ってくれた。むしろ、壊したことを怒るべきなのに。

ニコラが離れるのを待ってから、ぴゅへっと、できる限り回収したゲオルギウスの破片を吐き出す。

「スラ、ちゃんと拾ってきてくれたんだ。ありがと」

「ぴゅいぴゅー」

これぐらいしかできなくて申し訳ない。

「シマヅねえ、シマヅねえが拾ってくれたパーツを見せて」

「いいわよ」

どうやら、シマヅのほうも、ゲオルギウスの破片を集めていたようだ。

風呂敷を持っていて、それを広げるとばらばらの破片がでてきた。

「……ん、思った通り。基幹となる部品がだいぶ残ってる、二体分の破片と、予備パーツがあれば、なんとか一体は組み上げられる。良かった。基幹が全損してたら作り直すのに何年もかかった」

それは良かった。ニコラの数年がかりの汗の結晶だ。

直ると聞いて安心した。

「オルフェねえ、あの邪神、本当に倒せたの」

「わからないよ。だから、今、儀式魔術の準備をしてる。スラちゃんにだいぶ魔力を吸われちゃったけど、一発だけならなんとかなる。【嫉妬】の邪神は【憤怒】の邪神の力に弱いからね。生きててもとどめがさせるはず。クリスちゃんも助けないとね……どうやって助けよう」

言葉の通りオルフェは油断なく術式をくみ上げている最中だった。

……邪神はとんでもなくしつこい。

念には念を入れるべきだろう。

オルフェが魔力を高め始めたときだった。

邪神の腹が裂けた。

中から少女がはい出てくる。クリスだ。それを見てオルフェが術式を中断する。

「クリス、無事だったんだね」

「ぴゅい!(待て!)」

オルフェを制止する。

あれはクリスであって、クリスではない。

クリスに変化が表れ始めた。髪が白く染まり、眼が血の色に変わる。そして背中を突き破って竜の翼が生えた。

レヴィアタンは崩れ行く肉体を見限り、残されたわずかな力をクリスに注いで生き残ったようだ。

つまり、あれはクリスの姿をしたレヴァイアタンのコアだ。

「ただの人が、我をここまで追い詰めるとは。ナカナカ愉快であったぞ。楽しませてくれた礼だ。おまえたちを殺すのは最後にしてやる」

シマヅはすでに動いている。

武器をすべて失っているため、拳で殴りかかったのだ。

拳がクリスに突き刺さるが、ビクともしない。

武器が一つしかない時点で、【嫉妬】をもつレヴィアタン相手ではどうしようもない。やつはシマヅの肉体に【嫉妬】した。

オルフェが魔術を放つが、クリスは空を飛んで躱す。

「地を這う虫は、そこで見ているがいい。ワレが街を滅ぼし、力を取り戻すところを」

そう言って、やつは飛び去って行く。

「ぴゅいっ!」

「だめ、離れ過ぎて魔術が届かない」

「……まずいわね。ここは無人島、海上まで出られたら、追いつけないわ。船じゃ空を飛ぶ相手を追いかけるのは無理」

レヴァイアタンは少女の姿になって、飛行速度は明らかに落ちている。

時速百キロに届くか届かないか、巨竜のときと比べて十二分の一以下。

だが、それでも早い。

ゲオルギウスを失った俺たちにはどうしようもない。

ニコラがぎゅっとにぎりこぶしを作り、口を開いた。

「あの速度なら、街まで三十分はかかる。だから、ニ十分でゲオルギウスを直す、ゲオルギウスなら五分で追いつける。まだなんとかできる」

ニコラはポシェットから無数の工具を取り出し、両手を視認できない速度で動かす。

壊れた二機分の破片で一機を直そうとしている。

「いくらニコラでも無理だよ」

「オルフェねえ、無理でもやらないと。がんばれることがあるなら、がんばらないと。それが父さんと約束だから」

最後の一秒まで、手と頭を動かせ。

がんばって、がんばって、がんばり抜け。

それが、エンライトの姉妹と俺がした約束だ。

「ニコラ、わかった。ニコラに託す」

「ん、任せて。だってニコラは……」

ニコラは深呼吸をする。

覚悟を決め、力ある言葉を放つ。

「【錬金】のエンライト。ニコラ・エンライト。これより、エンライトを織りなす」

高らかにニコラは【錬金】のエンライトの名を名乗り、エンライトを織りなすと言った。

それは、ニコラにとって祝詞であり、ぜったいに成し遂げると言う誓いだ。これを口にした以上、ニコラは絶対に引かない

ニコラは極限まで手を早め、それでいて無駄な動きが一切ない。

超一流の錬金術士でも三日かかる工程を、ニコラなら三時間で終わらすだろう。

……だが、三時間だ。

理論上の最速、考えうる最短手順を、最速で走っても二時間と四十分足りない。

ニコラにもそれはわかっているだろう。

だけど、まだ気付いていない何かを、見つけ出すとことを信じ、全力で手を動かしながら思考する。

その姿を尊いと思った。

ならば、俺のやることは一つ。エンライトの姉妹にした約束には続きがある。それは……。

「ぴゅいっぴゅ!(敵の匂いがする)」

「あっ、スラちゃん! 敵って、いったい」

その場を離れる。約束の続きを果たすために!

オルフェたちが見えなくなったところで、【収納】から【進化の輝石】を取り出す。

ほんの一時だけ、絶大な力を魔物に与える至高の魔道具。

残り二つしかない、俺の切り札。

だが、ここで使わずどこで使う。

エンライトの姉妹にした約束の続き、それは……。

『がんばって、がんばって、それでもだめなら俺がなんとかしてやる』

ニコラは、戦いが始まる寸前まで、ボロボロになりながら、ゲオルギウスを強化し続けた。シマヅやスラが無事帰ってこられるように。

そして、今このときも限界を超えようと戦っている。

……ニコラは約束を果たした。がんばって、頑張りぬいた。

そして、俺を待ち望んでいる。俺は忘れない。スラとなった俺に、オルフェと同じようにがんばったら、父さんが現れてくれるかな? と言って涙を流した横顔を。

だから……。

「ぴゅい!」

【進化の輝石】をかみ砕いた。

強制的に、進化が始まる。

力が満ちる。

魔術回路が充実する。

思考が急激にクリアになる。

魔力上限の上昇を確認。

進化した魔力回路をさらに効率化。全盛期の自分を再現開始。

スライムの体から四肢を伸ばし、疑似神経、疑似魔術回路、疑似筋肉の形成が完了。

質感、色の完全再現。

疑似頭脳構成完了、仮想頭脳との多重化。

ありし日の自分を取り戻す。

俺の知る最強の存在、大賢者マリン・エンライトを形作る。

さあ、約束を果たそう。

~ニコラ視点~

修復を始めて、三分が経った。

修復完了時間は、当初の見込みの三時間から十分削った。

でも、いくらがんばっても、どうしても、それ以上に時間が削れない。

三時間で直すことにも意味がないわけじゃない。

三時間で直せれば、犠牲を最小限にできる。

……だけど、そんな妥協は許されない。

【錬金】のエンライトを名乗ったのだから。

それに、どんなときでも諦めないのが父さんとの約束だ。

まだ、可能性はある。

考えて、考え抜けば、もっといい手順が。

「まだ、まだ、できる。諦めない」

脳はオーバーヒート寸前だ。

無理な動きをさせている腕が悲鳴をあげる。

でも、まだやれる。

視界が急に暗くなる。

ああ、そうか、無理をし過ぎた。

たまに、私はこうなる。がんばりすぎて、強制終了される。

落ちてしまう。

こんなロス、やっている暇はないのに……。

地面にぶつかる前、優しい手に抱きとめられた。

硬くて、大きくて、でも、温かい手。

この手を知ってる。

忘れるはずがない。

だって、一番大好きな手。

ずっと待ち続けている手だから。

その手が私の意識を引き留める。

「と、う、さ、ん」

うまく言葉がでない。

だけど、体は動く。その人の顔を見ようとする。

「よく頑張ったな。ニコラ」

よく頑張った。めったに言ってくれない。だけど、なによりも好きな言葉。その言葉だけで、胸がぽかぽかになる。

「父さん!」

抱き着きたい。

抱き着いて、泣いて、再会を喜びたい……でも、それはしない。

まだ、私は仕事中だから。

その手を振りほどいて、再び、ゲオルギウスの破片と向き合う。

父さんの娘として、【錬金】のエンライトとして、そして、なにより私のプライドにかけて、仕事を放り出して父さんに甘えるなんて、そんな恥ずかしい真似はできない。

「いい子だ。そんなニコラだから、会いに来たんだ。ニコラに時間をやる。二人でその子をくみ上げよう。そして、教え残したことをこの場で教えよう」

気が付いたら、周囲にいくつもの魔法陣が出来ていた。

噂には聞いたことがある。

大賢者マリン・エンライトのみに許された【刻】の魔法。

空中に描かれた魔法陣がくるくる回り、オルフェねえもシマヅねえも、動きがやけにゆっくりになる。それだけじゃない、風に揺れる木々も鳥もすべてが信じられないほどゆっくりだ。

「これ、父さんの【刻】の魔法?」

「正解だ。さあ、がんばろう。ニコラに与えてやれる時間は二時間。ニコラ一人なら、まだ少し足りない。だが、俺となら間に合うだろう?」

そんなの考えるまでもない。

父さんと二人だ。世界最高の錬金術士が二人いて、とどかないはずがない。

それに、なにより……。

「うん、大丈夫。こうして、抱き着いて、甘えてもお釣りがくるぐらいの余裕がある。……父さん、ずっとずっと会いたかった」

やっと甘えられた。

父さんが微笑んで、ごつごつした手が私の頭を撫でる。幸せで、幸せ過ぎて、泣きそうだ。

……もう十分だ。

ここからは仕事の時間だ。

「父さん、手伝って。二人でゲオルギウスを直して。レヴィアタンに追いつく」

「任せておけ」

もう、言葉はいらない。

呼吸を合わせて、相手のやっていることを読み取ればいい。

父さんが示してくれた道を進む。

これは、たぶん最初で最後の奇跡。父さんがくれる全部を吸収しよう。そう決意し、大好きな父さんと一緒に、ゲオルギウスの修復を開始した。