軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話:スライムは【剣】のエンライトに挑む

「えっと、シマヅ姉さん、屋敷を」

【剣】のエンライト、狐獣人のシマヅが屋敷にやってきた。

扉に施してあった結界の起点を刀を突き立て壊し、扉をけ破って中に侵入してきた。

「オルフェねえ、バックアップをすぐに」

「うん!」

この屋敷には、オルフェの工房の鏡と繋がっている”窓”となる鏡が無数に配置されている。その一つ一つがオルフェの眼となる。

シマヅの姿が工房の鏡に映った。どうやらオルフェとニコラの魔力を感じ取り、こちらに向かっているらしい。

武を極めたシマヅはただ走っているだけでも絵になる。

所作の一つ一つが美しい。さらに、風にたなびくキツネ尻尾がたまらなく可愛いと常々思っていた。

「また、罠をかわされた。シマヅねえ、相変わらずめちゃくちゃする」

「私の防御結界も間に合わない!」

ニコラの罠は巧妙かつ狡猾、オルフェの結界も超一流の魔術士でも見破るのが難しいほどの技術をもって隠蔽されている。

シマヅは【身体能力強化】そして、もう一つの切り札たる魔術しか使えない。罠に関しては、戦場を渡り歩いた経験値で対応できなくもないが、オルフェが本気で隠ぺいして施した結界を見破れるはずがない。

それらがことごとく、回避されている。

いや違う。確実に結界は作動しているだが……。

「シマヅねえさん、本当に人!? 防御結界が発動するまでのコンマ数秒の間に駆け抜けてるんだけど!?」

結界には二種類ある。センサーと連動させて、獲物がかかってから展開されるタイプ。そして常時発動型。

常時発動型では魔力を消費し続けるため、罠として使う場合前者を使うことが多いのだ。

しかし、シマヅは圧倒的速度でセンサーが反応して、結界が発動するまでの間に範囲外に逃げる。

完全に常識の外にある動き。オルフェが驚くのも無理はない。

「ニコラの罠も通じてない。早すぎる。音より早い。動きが直線じゃない! どうしてあの速度で方向転換できる!? 急停止、急加速、えっ、飛んだ! 反射神経もおかしい! 生物の理論限界の先。シマヅねえ、あんなにすごかったとは知らなかった」

獣じみた勘でほとんどの罠を見破り、ニコラが罠を見破られた場合を想定して配置した意識の外を狙った悪質な罠はさすがにいくつか引っかかっているが、罠にかかってから瞬時の判断で切り抜けている。

信じられない光景が広がってる。

「でも、次の角を曲がると長い一本道の通路だよ! ここにはセンサー型じゃない、遠隔操作で通路丸ごと被う結界を用意しているよ! いくらなんでもこれなら! 私の自信作! 一度捉えれば物理攻撃に対しては無敵。シマヅ姉さんもなす術もないはず」

オルフェの目論見どおり、長い通路すべてを結界で被うという反則技にはシマヅも対応しきれなかったようだ。

物理攻撃に対して圧倒的な強度をもつオルフェ自慢の結界がシマヅを捉えた。

だが……。

シマヅ足を止めて深呼吸、目を見開いて抜刀した。

「剣で、結界を斬りさいた!? うそ!」

「オルフェねえ、剣じゃない刀。微妙に違う。あの刀ならできる。ニコラの作った試作品。形のないものを斬る霊刀。……ただ、魔力消費が激しすぎるし、制御が難しすぎる失敗作で処分しようとしたのをシマヅねえが欲しいって言ったからあげた。……シマヅねえの頭がおかしい魔力量でもきついはず。まさか、結界に触れる刹那の時間だけ魔力を注ぎ込んでる? その速さでの魔力制御!? そんなの人間業じゃない」

ニコラが驚くの無理もない。

いくつかの魔道具は魔力を込めるだけでその機能を発揮するが、高度な機能を持つものは使い手にそれなりの技量を求める。

あの霊刀はその最たるものだ。人剣一体の境地に入りこんだシマヅだから、あんな無茶ができる。

そんな普通に扱うだけでも難しい刀を、全力で振るいながらインパクトの瞬間だけ効果を発動させることで魔力消費を抑えるなんてめちゃくちゃだ。

その後も結界も、罠も、ほとんどが発動しつつも速度で振り切られ、捕らえたと思っても切り伏せられる。

野性的な勘で、回避も切り伏せるのも不可能と判断すると、胸元からニコラ謹製の爆薬ポーションを取り出して罠ごと吹き飛ばす。

順調に結界と罠を突破していくシマヅだが、【魔術】と【錬金】のエンライトの防衛設備を相手にして体力も魔力もかなり消費が激しいようだ。肩で息をし始めた。

鏡ごしにその様子を見ている、オルフェとニコラは少しだけ表情を明るくする。

「ニコラ、これならなんとかなりそうだね」

「ん。このままいけば捕まえれる」

「ぴゅいぴゅい♪」

あっ、浴衣の懐に手を入れて瓶を取り出した。あの独特の瓶、ニコラ特製の超一級品の体力回復ポーションと、魔力回復ポーションだ。本当の自信作が出来たときだけ、ニコラが使う瓶だ。それをぐいっと飲む。

疲れてきて、ペタンっとしてきたキツネ耳が、ピンッとなった。……あれは絶好調なときのシマヅだ。

「ねえ、ニコラ。これだけ気持ちよく防衛設備が突破されてるのって、半分はニコラのせいじゃないかな?」

「……シマヅねえ、どんなネタっぽい武器を渡しても使いこなしてくれるから面白くて、ついいろいろ渡しちゃうし。何かを欲しいとねだられたらいつもデータとらせてもらっているお礼に、プレゼントしちゃう」

昔から、ニコラの作った武器や爆薬はほとんどシマヅが使っていたからな。シマヅの武装の九割ぐらいはニコラが作っている。

もう、目と鼻の先まで近づかれた。うん、これは本気でまずいな。

「ぴゅいっぴゅ!(任せて)」

「スラちゃん、どうしたの」

「ぴゅいぴゅい(僕も戦うよ)」

そろそろ俺の出番だ。

シマヅのいるフロアの天上からぼとぼとと液状のスライムが垂れ落ち、三つに集まり、三体のスライムが立ちふさがった。

シマヅはキツネ耳をぴくぴくとさせて警戒している。

どうやら、普通のスライムではないと気付いているらしい。

この三体は俺の分裂体。

人呼んで、スライムスリー!

「すごい、スラちゃんが三体も! 可愛い」

愛くるしいスライムスリーが鏡に映った瞬間、オルフェが身を乗り出した。

これこそが、屋敷防衛の切り札。スライムスリーだ!

「スラ、こんなこともできるんだ」

「ぴゅい!」

レベルが上がってからというもの、ご飯をたっぷり食べた日には、体が大きくなっていた。スライム細胞が増えているのだ。

ただ、今のサイズが気に入っており体のサイズを維持するために余分なボディは分裂しストックしていたのだ。

……あまり大きくなりすぎると娘に抱きしめてもらえなくなるし、一緒にお風呂も厳しくなる。それは悲しすぎるというのが大きい。

剣士にとって、物理無効のスライムは天敵だ。

いかにシマヅと言えども厳しい戦いになるだろう。

スライムスリーの雄姿を二人と一匹は、鏡を通して見守る。

まず、熱血野郎、深紅のボディのスライム1がシマヅの顔めがけて飛びかかる。紅いボディの標準的なスライムだ。

シマヅは霊刀を鞘に納めて、別の刀の柄を持って抜刀。

神速の居合い斬り。

だが、無駄だ。水を切ったところで意味がない。もとに戻るだけ!

しかし……。

「あっ、スラちゃんの分身、真っ二つになって燃えた」

「懐かしい、昔作ったネタ武器。魔力を込めることで超高温の炎を纏う。それだけじゃなくて超高速の原子運動による超振動を起こして切断力もアップ、超切断力で何もかも切り裂くし、切ったあと燃やすことで再生も許さない。でも欠陥品。まだまだ問題が山積み。ちょっと力を入れ過ぎるとすぐどっかーん」

「ぴゅー、ぴゅい!(ニコラ、またおまえか)」

スライムは魔力攻撃、とくに炎には弱い。

まあ、いい。

次だ! いけ、スライム2。

鋼の肉体をもつクールガイ! 身も心も冷たい頼れるイケスラ! それがスライム2だ!

「こんどはメタリックなスラちゃんだ」

「あれ、オリハルコン。神の金属ならシマヅねえにも斬れないはず」

ふふふ、父親の偉大さを思い知るがいい。

スライム2はオリハルコンを体表に纏った最硬度のスライム、加えて魔法にも炎にも強いのだ! ニコラの作った炎の刀もオリハルコンの前には無力だ!

スライム2が体当たりで襲い掛かる。

【剛力】と【角突撃】の併用。オリハルコンボディの体当たりの威力は想像を絶する。さあ、シマヅはどうする?

シマヅは炎刀を鞘に入れて、別の刀を手にする。そして……。

「ぴゅへっ!?(まじか)」

スライム2のオリハルコンボディが真っ二つになった。

オリハルコンを切断しただと!?

「ねえ、ニコラ。あれもニコラの?」

「違う、あれは父さんの作った刀。ただ斬ることだけを極めつくした神域の概念武装。あれとシマヅねえの絶技が合わされば、オリハルコンだって斬れる」

「でも、再生しないのは変だよ」

「あれは斬撃の概念を叩きつけられた。もうすでに完全に”絶たれている”。スライムでも再生は不可能」

心底驚いた。

あの刀は、ただ魔力を通わせるだけではその機能を発揮しない。刀と心を一つにし、呼吸を合わせ、そして正しく振るう必要がある。

あれを正しく使えるのは、少なくてもあと三年は先だと思っていたが、娘の成長は俺の想像の遥か上をいったようだ。

オルフェもニコラも驚いている。

シマヅはいつも武者修行で外出しており、最後に戦いを見たのが数年前だったからだ。

俺たちの知っているシマヅにはこんな芸当はできなかった。

ならば、ラストだ。

いけ、スライム3。

緑色の大きなボディをもつ、頼れる系兄貴肌! 愛され系スライム。それこそがスライム3だ!

「今度のスラちゃんは緑色でおっきいね」

「ぴゅい!」

ちなみにスライム3は毒スライムモード。

そして、それだけじゃない。

【千本針】を発動。さらに【硬化】で針を固くする。

【剛力】発動。筋力を増した状態で限界まで体を圧縮し……はじけ飛んだ。

数百の小さな針が、四方八方からシマヅに襲いかかる。

剣士の弱点、それは全方位からの同時攻撃。

しかもその針の一つ一つが【分裂】した俺であり意志をもち獲物を狙う。

シマヅは魔術士と違って結界を作ることはできない。

しかも今回は的の一つ一つが小さく、速い。一本でもスライム針が刺されば、筋弛緩剤によりシマヅの動きは鈍る。

そうなれば、残りのスライム針も躱せなくなるだろう。

シマヅが目をつぶった。

そして腰を落とす。

スライム針が全方位から襲い掛かる。仕留めた! さすがだスライム3。

「ぴゅいっぴゅ!?(な、ん、だ、と)」

だが、無数の閃光が走った。

もはや視認は不可能。そのあまりの速さに空気が切り裂かれ、周囲の壁がずたずたに切り裂かれていた。

まるで剣の結界。

なんの手品もない。

……ただ全方位から襲い掛かる針の気配を感じ取り、一呼吸で無数の斬撃を放って切り払っただけ。

これでスライムスリーが全滅。

良かった。本体で出向かないで。行ったら死んでたな。ぴゅふー、シマヅの成長ぶりにお父さん、ちょっと嬉しくなってきた。

「スラちゃんの分身が全滅……ニコラ、ちょっと、シマヅ姉さん、強すぎるよね」

「思えば、シマヅねえの本気って見たことがなかった。そもそもシマヅねえが本気を出す必要がある相手なんていないし」

シマヅの戦いを見る機会自体がなかったし、その戦いでもシマヅは本気は出していなかった。

その事実を知って、オルフェとニコラが戦慄している。

「残りの結界と罠で止められると思う?」

「……この屋敷ごと吹き飛ばす威力の爆弾を使っていいなら可能。点じゃ捕らえられない」

「それ、意味がないよね?」

「なら逃げる?」

「逃げられると思う?」

「絶対無理」

二人が渇いた笑いを浮かべるなか、スライムスリーを倒したシマヅは残りの罠を突破して突き進んでくる。

うん、我が娘ながら化け物だ。

シマヅは、獣人じゃなくて精霊や半神の部類だからな。人間の尺度で図るほうが間違っている。

とはいえ……。

まだ、全盛期の俺には及ばない。

だが、俺以上の才能があるシマヅなら【武】に限定すれば、やがて抜き去っていくだろう。

そして、とうとうこの部屋までやってきた。

防御結界を切り裂いて、扉をけ破る。

シマヅは無表情で、オルフェとニコラを見下ろしていた。

「シマヅ姉さん、話を」

「シマヅねえ、誤解してる!」

シマヅは踏み込む。その一歩だけでオルフェとニコラの前まで。もはや瞬間移動。

シマヅはその手を振り下ろし……二人にデコピンした。

「いたっ」

「うううう」

二人がおでこを抑えて、それを見たシマヅが微笑する。

「オルフェ、ニコラ。心配してたのよ。元気そうで良かった」

「あれ、シマヅ姉さん怒ってない」

「……殺されるかと思った」

オルフェとニコラは目を丸くしてる。

シマヅは全然怒っていない。むしろもふもふのキツネ尻尾が揺れてる。

あれは、姉妹との再会、そしてオルフェとニコラの元気な姿を見て喜んでいる仕草だ。

「はじめからわかっているわ。二人が理由もなく屋敷を手放すはずがないって……ただ、怒ってはいるわね。そんな状況で頼ってくれなかったこと。妹たちの危機なんだから、すぐに飛んできたのに」

「シマヅ姉さん」

「シマヅねえ」

オルフェとニコラが腕を広げたシマヅの胸に飛び込む。

……うん、わかってたよ。どうせこんなことだろうって。

シマヅはバカじゃない。

「ちゃんと、何があったか、ゆっくりと話してもらうからね」

「うん、何があったか全部話すよ」

美しい姉妹愛だ。

「……でもなんでシマヅねえは、怒ってないなら『斬る』なんて手紙に書いた? それに、最初にいきなり、話も聞かずに鏡を叩き割ったのも変」

そう、どう見てもシマヅはぶちきれた様子に見えていた。

「ああ、それ。だって、そう言ったら、二人とも本気になるでしょ? 二人の本気の守りに挑むのはいい修行になるもの。ここ最近、危険とすら感じさせてくれる相手がいなくて、二人なら私を楽しませてくれるでしょ?」

オルフェとニコラは姉の胸からそそくさと離れて距離をとる。

さっきバカじゃないと言ったのは訂正だ。シマヅは修行バカだ。

「うん、いい汗をかいたわ。二人ともまだまだ未熟ね。これから鍛え直してあげるわ」

「「けっこう(だよ)」」

二人が声を合わせて否定した。

こんなこと、もう二度とこりごりだろう。

「その子、オルフェの使い魔?」

「ぴゅい!」

「強い子ね。少し驚いたわ。スライムにあそこまで苦労するとは思わなかったもの」

……妹の使い魔と予想して殺すなんてなんて奴だ。

「わかってて斬っちゃうなんてひどい」

オルフェも同意見のようだ。ほほを膨らませている。

「だって、私の前に現れた子たち魂が宿ってなかったから。分身か何かだってわかっていたから斬れたわ。この子不思議、強者のオーラが見える。レベルも魔力量も低いし、スライムが武術を収めているわけないのだけど……武神と呼ばれる人たちと同じ匂いがする」

「ぴゅ、ぴゅいっぴゅ!(僕は悪いスライムじゃないよ!)」

定番のセリフを言うと、不思議そうにシマヅが首を傾げた。

俺だとは気づいていないが、何かを感じ取ったらしい。

「スラちゃんはすごいスライムだもんねー」

「ぴゅーい♪」

オルフェと顔を見合わせて笑う。

「まあ、いいわ。長旅で疲れたの。お風呂を借りるわ。どうせ、ニコラあたりが作ってるわよね」

「ん。スラと一緒に作った。この子は、いろいろと器用。今からお湯、沸かしてくる」

「この子、スラって名前なのね。スラも一緒に入る?」

「ぴゅい!(もちろん)」

シマヅは、オルフェたちよりずっと前から一緒にお風呂に入ってくれなくなった。どれだけ成長しているか見届けないと!

娘の成長を確かめるのは父親の義務だ。

「スラ、ついてきて」

「ぴゅいー」

ついてこいとは言われたが、それだけでは満足しない。

シマヅの胸に飛び込む。苦笑しながらシマヅは抱きしめてくれた。

オルフェとはまた違った感触、鍛え上げられた美しい肉体。これはこれでいい。あとで尻尾をもふろう。

シマヅのキツネ尻尾はいいものだ。

昔はよくブラッシングしてやったな。もふもふでさらさらで幸せな時間だった。

さて、これから楽しいお風呂タイムだ。

そんな俺たちを見送りながら、オルフェが口を開いた。

「ニコラ、片づけ大変だね。シマヅ姉さん、爆弾とか使っていろいろ吹き飛ばしたよね……」

「……家政婦ゴーレムたちと一緒にがんばろう」

二人が恨めしそうに俺たちの背中を見ているが、知らないふりをして俺はシマヅと共にお風呂に向かった。

【剣】のエンライト、シマヅ。

俺の予想よりずっと成長していた。これから頼りにさせてもらおう。