作品タイトル不明
第十八話:大賢者の帰還
【強欲】の邪神すら吸収した俺は、ついに完全な人間に戻れるようになった。
ゆえに大賢者マリン・エンライトの姿に戻り、娘たちにただいまを告げている。
力が満ち溢れ始めた。
エヴォル・スライムから進化を重ねてきて、【無限に進化するスライム】その到達点へと至った。
今の俺はいわば、スライム・フィーネともいう存在だ。
もはや変身に限界時間はないし、何者にだってなれてしまう
「もう、スラちゃんじゃなくて、お父さんだね」
「その通りだよ。今まで、 俺(スラちゃん) の面倒を見てくれてありがとう。オルフェ」
「うん、お帰りなさい。だったら、これはもういらないね」
感謝の言葉とともに、【隷属刻印】を破棄する。
スラちゃんになってから最初に絆を結んだのは、【魔術】のエンライトたるオルフェ。
その際に刻んだ、【隷属刻印】には何度も助けられた。
だけど、もう主従の証は必要ない。俺たちには親子の絆さえあればいい。
オルフェと微笑み合う。
次はニコラが口を開いた。
「父さん、これからは一緒。たくさんのことを教えて」
「そうだな。たくさん教えてやろう。それから少し訂正だ。ニコラは教えてもらうだけの弟子じゃなくなった。ライバルであり、共同研究者だ。そうだろ?」
この旅で成長したニコラは、総合的な実力で及ばないまでも、肩を並べるだけの資格と実力を手に入れている。
真の意味で【錬金】のエンライトとなった。
「ん。言い直す。父さん、一緒にたくさん研究して、いろんなもの作ろ。……父さんが帰ってきてくれてうれしいけど一つだけ残念なことがある。もう、スライムの研究ができない。今一番面白い研究材料だったのに」
感動の再会の場面でも、研究に思考が走るのはニコラらしい。
いや、違うな、今回のは照れ隠しだ。
本当は、俺が戻ってきたのがうれしくて、すぐにでも飛びつきたいのを必死に堪えている。
あえて、それには気づかないふりをしてやろう。
ニコラは背伸びをしたい年頃だから。
それに、今のも訂正が必要だ。スライムの研究はやろうと思えばできる。
「スライムの実験をしたいなら、スライムファイブを使えばいいだろ。あいつらは俺と大差ない性能をもっているし、特性は同じだ」
たった五体だけの特別な偽スラちゃん。
彼らも、俺がスライム・フィーネに進化したことでさらなる力を得ている。
その結果、ついに【無限に進化するスライム】の二大特性、【吸収】と【収納】を完全に使えるようになった。
「なるほど。楽しみ」
ニコラの瞳が怪しく輝く。
「「「「ぴゅひいいいいいいいいいいいい」」」」
流れ弾を食らったスライムファイブたちが悲鳴を上げている。
いや、スライムファイブのなかで一体だけ悲鳴を上げてないやつがいるな。
「ぴゅふぃぴゅふぃ(はぁはぁ)」
あいつ、そう言えばニコラ推しだった。
奴から思念が伝わってきているが、ニコラに解剖されたり、実験されたりする自分を想像して興奮してやがる。
こんな変態が俺の分裂体だなんて。
世の中には不思議なこともあるものだ。
……いろいろと注意しておこう。
さっそく、ニコラがスライムファイブを捕獲しに向かう。四体のスライムファイブが素早く逃げる中、あの要注意スライムだけが捕まった。
「ぴゅひぃぃぃ(いやー、つかまったー)」
「これで研究し放題」
死ぬほどわざとらしい悲鳴だ。
まあ、ニコラも幸せそうだし放っておこう。
次に話しかけてきたのはシマヅだ。
「シマヅには特に面倒をかけたな」
「ううん、面倒なんかじゃなかったわ。むしろ楽しかったの。……やっと、父上が父上として戻ってきたのね。……私、父上が元に戻れたらずっと言おうと思っていたことがあるの」
「聞こう」
誰よりも早く、スラちゃんの正体に気付いたのが【剣】のエンライトであるシマヅだった。
ゆえに、いろいろと気苦労をかけていたし、俺の言いつけを良く聞いて、その剣技で娘たちを守ってくれた。
そんなシマヅが勇気を振り絞って何かを言おうとしている。
何を言っても受け入れてやろう。
「私、ずっと父上のことが好きだったの。父親としてだけじゃなく、男性として。それでずっと悩んでいたわ。家を出たのも、その気持ちが抑えきれなかったからよ。……でも、父上が死んだときに、吹っ切れたわ。言えなかったことを死ぬほど後悔したの。それから、もし父上が戻ってきてくれたら気持ちを伝えようって決めたの。誰に何を言われてもいい。何か言われたら、父親と好きな人が一緒で何がおかしいのって言い返すって。父上、もう一度言うわ。私は父上が好き」
シマヅの告白にオルフェとニコラは驚き、逆に勘づいていたヘレンとレオナは落ち着いている。
俺自身、シマヅの気持ちにはうすうすと気付いていた。
だからこそ、答えも決まっている。
「やはり、俺はシマヅを娘としか見れんよ」
「知っていたわ。でも、私は諦めないから。父上が帰ってきて、これから、ずっとずっと時間もあるもの。絶対に父上を手に入れるから。逃げられるとは思わないでほしいわね。邪神の力を警戒するため、合法的に監視できるわ」
見惚れるほど綺麗な笑顔だ。
シマヅは強くなった。それは剣の腕だけじゃなく、心も。
これから、いろいろと苦労しそうだ。
そんなシマヅに長女のヘレンががんばったねと耳元でささやき、俺のほうを向く。
「お父様、お帰りなさいませ。長女として、妹の道ならぬ恋を聞いてどう反応すればいいのか悩みどころです。ただ、【医術】のエンライトとして一言、子供が生まれるときは私が取り上げますわ」
「……だから、娘としてしか見れないと言っているだろう」
いきなり、子供の心配とは飛躍しすぎだ。
【医術】のエンライト、ヘレン・エンライト。
姉妹の中で唯一の常識人だと思っていたのは、勘違いだったのかもしれない。
「ふふふ、どうでしょう。お父様は昔から押しに弱いところはありますから。とくに 娘(わたしたち) のおねだりは。ともかく、これでようやく家族が揃いましたね。私、目標が叶っちゃって、次に何をするか悩んでいたんです」
ヘレンは、とある理由から不死の体を手に入れ、死ぬ方法を探していた。
それ故に【医術】を極めようとしていたのだ。
人を生かす医者こそが、人の殺し方をもっとも知っている。
だが、邪神との戦いの中で偶発的に、その目標を達成した。
「だから、しばらくは実家に戻って、のんびりと自分探しをしようと思いますの。お父様、是非、お茶の相手になってくださいな」
「もちろんだ。茶を飲みながら、いろいろと話そう。そういう優しくて、ゆっくりした時間も必要だ」
「そうですわね。のんびりしながら、世界中旅をしてきました。そろそろ、手に入れた情報や知識をゆっくりとかみ砕いて、自分のものにしますわ」
俺たちは生き急ぎすぎた。
しばらく、ゆっくりしても罰は当たらないだろう。
そして、次は【王】のエンライト、レオナの番だ。
「パパ、さすがのパパでも完全に生き返るのにはかなり時間がかかったようだね」
「これでも急いだのだがな。……当初の計画ではあと十年はかかるはずだった」
スライムから人間に戻る道筋は計画に組み込まれていた。
それは邪神を吸収するなんて方法を取らなくてもいずれは実現できたこと。
しかし、本来なら十年以上かかるはずで、邪神を吸収しての進化で圧倒的に速度が速まった。
「私は他のみんなと違って、パパが生き返ることは見抜いていたんだ。十年かかるってこともね。だから、十年後に私の国を作る計画を立ててた。……でも、パパがこんなに早く戻って来てくれたおかげで、めちゃくちゃ前倒しないといけなくなったよ。パパにも協力してもらうから、これから覚悟しておいてね」
「ヘレンとしばらくゆっくりできると話した矢先にこれか」
「私たちの国だもん。苦労して当然だね。パパとエンライトの姉妹がいれば無敵だよ」
いつのまにか、私の国ではなく、私たちの国になっていた。
レオナも変わっている。
そして……。
「おまえもこないか。クレオ」
六人目の娘、【暗殺】のエンライト、クレオ・エンライトに手を伸ばす。
俺のライバルが、俺と自身の細胞を作って作りあげたクローン。
だが、俺は大事な娘だと思っている。
……伸ばした手をクレオが取ることはない。
「否定。私の居場所はそこにはない。でも、あなたには会いにいく。……ついでに、姉妹と会うこともあるかもしれない」
それだけ言うと闇に消えていった。
世界平和。
それを真面目に達成しようとしている彼女のことだ。
まだまだ、仕事が山積みなんだろう。
いつか、一緒に暮らせればと思う。
一つうれしいことがあった。
それに、俺だけでなく姉妹ともまた会いたいと言ってくれた。
今はそれでいい。
「さあ、王城に戻ろう」
「パパ、帰ったら約束通り屋敷を取り戻さないとね。交渉は私に任せて」
「きっと屋敷荒らされてるだろうし、お掃除大変だろうな」
「ん、大変。でも、それより工房のメンテのほうがもっと大変。利用されないように派手に潰したし、ニコラの錬金工房の修復が終わったら、オルフェねえたちのも手伝ってあげる」
「ああ、助かりますわ。それから、世界各地を巡っている時に、いろいろと面白い設備を見つけましたの。ニコラ、どんなものか伝えるから作ってくれませんか」
「……やってみる」
ヘレンのは何気にすごい無茶ぶりだな。
どんな設備かを伝えるだけで再現しろとは。あのニコラが頭を抱えるぐらいだ。
それでも引き受けるあたり、ニコラは姉には甘い。
「父上に確認したいのだけど、スライム状態では性欲がないと言っていたわね。変身している状態なら性欲があるのかしら? そもそも生殖できるのかしら?」
「見た目だけでなく、細胞レベルの完全な変身が【創成】だ。ゆえに、そういうものはある」
「そう、子供は何人ほしい?」
むせてしまった。
いったい、シマヅは俺に何をするつもりだ。
「……シマヅ、そういう性格だったか?」
「もう、我慢するのはやめたの。でも悩むわね。たとえ恋人になったとしても私は父上の娘をやめるつもりはないわ。その場合、生まれてきた子供は、父上をお爺ちゃんと呼べばいいのかしら? お父さんと呼べばいいのかしら?」
「そもそも俺は作る気はないからな」
腕を絡めてくる。
これから大変そうだ。いや、大変なんかじゃないな。うん、娘は娘だ。変な気など起こすことはありえない。
巫女姫の暗殺を防いだこと、そして邪神討伐の褒美で屋敷を取り戻す。
そして、娘たちと新しい生活を始める。
あの思い出の屋敷で、ちゃんと全員揃って。
ようやくたどり着いた旅のゴール。
俺は心の底から笑い、娘たち一人ひとりの笑顔を眺めた。