作品タイトル不明
第十四話:スライムは見届ける
城が揺れている。
地下に封印されている最後の邪神が復活しようとしている。
思えば、エンライトの姉妹たちは不思議と邪神に縁がある。
【暴食】の邪神ベルゼブブ
【嫉妬】の邪神レヴィアタン
【怠惰】の邪神ベルフェゴール
【色欲】の邪神アスモデウス
【傲慢】の邪神ルシファー
この五柱は消滅させた。
そして、【憤怒】の邪神はオルフェの心臓に封印されている。
残るは、【強欲】のマモンのみ。
建国前から、この国が封じ続けていた邪神だ。
さて、この国に潜む邪悪は吊り上げ、クレオが排除した。
もう、エレシアの振りをする必要はない。
影武者の役目は終わりでいいだろう。
それに、エレシアにも俺にも仕事が残っている。
エレシアの死体がどろどろに溶けて、スライムになるのを見て、貴族たちが悲鳴をあげる。
「ぴゅふぃ~(疲れた)」
変身はともかく、その後の演技にはかなり気を遣ったな。
だが、ここからが本番だ。
邪神を倒さねばならない。
さすがに、邪神だけあってすさまじい力を感じる。
巫女姫エレシアの血がもつ浄化の力を反転し、力を吸収しながら復活していることが邪神の力を強化している。
通常、長い長い年月封印され続けてきたことで邪神は弱りきっており、しかも封印を破る際に消耗するので、地上に出てきたときには力の大半を失っている。
しかし、力を注がれながら封印を破ると力を失っていない状態で復活できる。
だからこそ、あのタイミングで七罪教団は勝利宣言をした。
ただ、惜しむべき点は完全に邪神が復活してから勝利宣言すべきだった。
邪神の復活が終わっていれば、かつて温泉村で出会った男のように眷属となって不死を得ていただろうに。
不死であれば、クレオに暗殺されることもなかった。
奴は長い年月、影に潜んで堪え忍んでいたのに、最後の最後に気を緩めてしまった。いや、長い年月耐え忍んだからこそ、そうなったのだろう。
さて、考えごとはここまでだ。
ぴゅいっと、エレシアを【収納】から吐き出す。
死んだはずのエレシアが現れ、さらに周囲の貴族たちが混乱する。
「ごほっ、ごほっ、いきなり食べられてびっくりしましたわ。でも、ありがとうスライムさん」
「ぴゅいっぴゅ!(ここから皆を避難させろ)」
エレシアはこくりと頷く。
スライムの言葉はわからないだろうが、俺はさきほどから【収納】の中にいるエレシアに周囲の風景を見せていた。
だからこそ、エレシアも状況はわかっている。
「皆さん、聞いてください。先程の死体はこのスライムの擬態です。おじ様とお兄様が私を暗殺しようとしているという情報があり、影武者になってもらいました。……そして、残念ながらおじ様は七罪教団と通じており、今、この瞬間に【強欲】の邪神マモンを復活させました。まもなく、封印が吹き飛びます」
貴族たちの顔が蒼白になり、悲鳴や怒号が響く。
さきほどから元気だな。こいつらは、いったいどれだけ悲鳴を上げれば気が済むのか。
そして、妹のために涙を流す演技をしていた王子が顔面蒼白になり、膝をついた。彼は利用されただけとはいえ、エレシア暗殺のために協力した。もう、終わりだろう。
「皆様、安心してください。これから城内の神殿に移動し、結界を張ります。そこの守りを破られることはないでしょう。兵たち、案内を」
「はっ、はい。ですが、では封印が解かれた邪神は」
「そちらは、エンライトに任せます。いいですね、【魔術】のエンライト、オルフェ・エンライト。【剣】のエンライト、シマヅ・エンライト。【王】のエンライト、レオナ・エンライト」
エレシアの問いかけに、三人の娘たちが膝をつく。
「はっ、お任せください」
「もし、邪神討伐が為されたときには、巫女姫の名において……いえ、次期グランファルト王の名において、貴方たちの望みを叶えると誓います」
……これは予定にないセリフだ。
彼女のアドリブだろう。
ありがたい。
エレシアはここで邪神を倒せば、姉妹たちの悲願である思い出の屋敷を取り戻せると言っているのだ。
次期王という立場、邪神復活という国家の危機、この状況を考えれば、誰も反対はしまい。
本当にエレシアは強くなった。エレシアの想いに応えるように、オルフェが立ち上がり、毅然とした瞳でエレシアを見つめる。
「私は大賢者より【魔術】を受け継ぎし者。名をオルフェ・エンライト。……これより”エンライト”を紡ぎます」
オルフェが高らか歌い上げた言葉は勇気の言葉にして祝詞。
エンライトの姉妹がこの言葉を紡ぐのは、自分だけでなく、大賢者マリン・エンライトの誇りすら賭けて、己のすべて、いやそれ以上をもって挑むとき。
その時が今だ。
エレシアが潤んだ瞳でオルフェを見て、頷く。
「では、私たちは行きますね。がんばってください、オルフェ様」
貴族たちとエレシアが兵と共にこの部屋を出て、残されたのは俺たちだけになった。
「レオナ、本当に私たちだけで邪神に勝てるの」
「まあね。そのためにいろいろと準備をしてきたし、ニコラとヘレンお姉ちゃんたちを外に待機させているんだ」
邪神が復活するところまで計算通りだ。
ゆえに、そのための準備は終わっている。
正直なところ、邪神を復活させずに、その兆候だけみせて、ターゲットを釣り出すこともできたし、クレオは俺たちならそうすると読んでいた。
しかし、それではまた同じようなことが繰り返される。
だから、この機会に倒すと姉妹たちは決めた。
「誰もいないからパパって呼んでいいよね。パパ、細工はうまくいった?」
「ぴゅいぴゅ?(誰に言っている?)」
巫女姫のものと全く同じ成分かつ、巫女姫の魔力を込めた血を最大にぶちまけた
だからこそ、こうして、会場に仕込まれた反転の術式は機能し、邪神の封印を壊そうとしている。
しかし、俺が利用されるとわかっていて、何も手を打たないはずがない。
そろそろ始まる。
「うわぁ、さすがお父さん。えげつないことするね」
「……血と魔力の性質が反転したわ。反転されたのを再反転するなんて」
それが、俺の打った手だ。
元来、邪神たちにとって猛毒のエレシアの血と魔力を反転し力に変えるのなら、もう一度反転させればいい。
邪神が喜び勇んで大量に取り込んだ血が体内で猛毒に変わるように仕込んだ。
そして、打った手はそれだけじゃない。
「そろそろ、私の術式も使うね」
オルフェが指を鳴らす。
すると、周囲一帯の龍脈に仕込まれていた術式が起動する。
「これ、セイメイ様の術式ね」
「うん、セイメイ様の術式を私流にアレンジしたの。ニコラに土木の工事用の魔道具をたくさん借りてぎりぎり間に合ったんだ」
自然と共に生きる思想の東洋術式。
それは、大規模封印との相性が非常にいい。
オルフェは天才かつ、貪欲だ。
ゆえに、今まで学んだすべてを無駄にはしない。セイメイの技術が主体だが、これまでの旅で得たすべてで紡がれた術式。
……これは俺にも紡げない。ついにオルフェは俺を越えたかもしれない。
セイメイとオルフェの合作の術式が、大地に流れるマナをもって、邪神を痛めつける。
内側からは、再反転し猛毒となったエレシアの血と魔力、外側からは龍脈から流れるマナによって邪神はどんどん力を削いでいく。
クレオが呆然と呟く。
「反省。エンライトの力は、かなり高めに評価していた。でも、まだ足りなかった」
「計算自体は間違ってなかったと思うよ。強いて言うなら、私たちは、お父さんが死んでからも成長し続けたの。それにね、もういい加減、邪神退治には慣れてきちゃった」
「すごいことを言うわね。でも、確かにそうかも。オルフェやニコラはこれで六体目よね……」
おそらく、人類史上で六体もの邪神と戦ったものはオルフェとニコラが始めてだろう。
「あっ、ニコラから連絡がきた。花火を上げるって」
「そう、ならここから離れましょう」
「いい開戦の狼煙になるね」
もちろん、花火というのは比喩だ。
ここ数日かけて、ニコラが全力で作りあげた対邪神用の兵器。
エレシアに神殿へと皆を案内させ結界を張らせるのもこのためだ。
……そうでなければ、必ず巻き込む。
「がんばろ。邪神を倒して、それで屋敷を取り戻して、みんなで一緒に住むんだ」
オルフェが頬を紅潮させて宣言する。
そうだな。
そうなるといい。
そして、俺には確信があった。
もし、この最後の邪神を吸収出来れば、そのときは完全な人間に戻れると。
つまり、ようやくマリン・エンライトとして娘たちのもとへ帰れる。
「ぴゅいっ!」
そうなったら、今まで娘たちに抱きしめてもらったお礼に今度は俺が娘たちを抱きしめよう。
そのためにも邪魔者を始末するとしようか。