軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1.婚約破棄と虐げられ令嬢な私

「セレスティア・シンシア・スコールズ! 僕は君との婚約を破棄する!」

「……! マーティン様。どうしてですか……理由をお聞かせください」

「この期に及んでまだしらを切るつもりか! 僕は真実の愛を見つけたんだ。母親違いの妹をいじめ抜くなど言語道断だ!」

ここは、煌びやかな夜会が開かれる王城の大広間。

たった今婚約破棄を告げてきた私の婚約者・マーティン様の後ろには肩を震わせて涙を耐える異母妹・クリスティーナの姿がある。

――そして、にやり、と笑うのが見えた。気がついたのは、きっと私だけだった。

意識を浮上させて、目を開ける。

視界が白い。朝だ。今日はお天気がいいらしい。でも寒い。

私はぶるりと震え、ブランケットを体に巻き付けたまま簡素な造りのベッドから下りた。そして、薄すぎて断熱も遮光も何の役にも立っていないカーテンを開ける。

「おかしな夢を見てしまったわ。私の婚約者はたしかにヘンダーソン伯爵家の後継ぎであるマーティン様だけれど」

昨夜の夢はひどかった。夜会というこの上なく公的な場で、お慕いしている婚約者から婚約破棄を宣言されるなんて。

けれど、自分の境遇を思えば決してありえない話でもないのが悲しい。

「マーティン様は私よりも妹のクリスティーナのほうを気にかけていらっしゃるのよね。この前三人でお茶をしたときも、私は完全に蚊帳の外だったわ」

独り言をつぶやきながら、部屋の隅にある箱を開ける。そこには二着のドレスのようなものが入っていた。

一着は汚れとほつれが目立ち、元が何色だったのかわからない質素というにはあまりにぼろぼろのワンピース。もう一着は、薄い水色の夏用のドレス。

「今日、着るのは間違いなくこちらね」

薄い水色のドレスを広げると、窓の外に視線をやる。雪が積もっていた。寒すぎる。

「セレスティアお姉さま? ……うわあ、寒い! 暖炉に火を入れていないの?」

そこに顔を出したのは、ちょうどさっき夢に出てきたばかりの異母妹・クリスティーナだった。ヒラヒラの華やかなドレスに毛皮をまとい、とても温かそう。

うらやましい、そう思った瞬間に、ずいとレモンイエローのドレスと肌触りのいいコートを渡された。

「セレスティアお姉さま。今日はこちらのドレスを着てね? 神殿に行くときは身なりをきちんとするように、と家庭教師の先生が仰っていたもの! いつもの格好では私が恥をかいてしまうわ!」

「……ありがとうございます」

神殿に赴くときだけではなく、普段から暖かい服を貸してほしい。そう思いかけたけれど、あわてて思考を押し込めた。不満を持ち、期待する分だけ自分が苦しくなる。

この部屋には暖炉がある。けれど、使うことを許されている薪はごくわずか。夜間に凍死するのを防ぐためには、朝や日中は使えない。

ドレスも、私に与えられるものはほとんどない。母方の祖父母が生きていた頃に買ってもらったものは全部、目の前の異母妹に理由をつけて持っていかれてしまった。

ちなみに、最近は家庭教師の先生が私を訪れることもない。両親が恥をかかないほどのマナーを身につけたら、とんと来なくなってしまった。

物心がついたころからこんな暮らしをしているので、私には反論する気力までない。

残念の始まりは、十五年前。

私、セレスティア・シンシア・スコールズは、ルーティニア王国の王都・マノンにあるスコールズ子爵家に生まれた。

私を生んですぐに元々身体が弱かったお母様は息を引き取った。

それとほぼ同時期に使用人の女性が子どもを産んだらしい。その使用人というのが異母妹・クリスティーナの母。子どもの父親はまさかというか案の定というかとりあえずお父様だった。けっこうひどい話だと思う。

住み込みで働いていた継母は使用人からスコールズ子爵夫人へと成り上がり、前妻の子どもだった私は疎まれて別棟で乳母に育てられた。

部屋が寒いといいつつ一向に出ていく気配のないクリスティーナを横目に、私はやせっぽちでがりがりの手足を晒し、自分で着替える。

私が着替え終わったのを確認すると、クリスティーナはひらりとハンカチを取り出して掲げた。

「ねえ、セレスティアお姉さま見て? またお父様とお母様に褒められちゃった。こんなに綺麗な刺繍ができる子はいないって」

「……よかったですわね。図案を一生懸命にお考えになっていましたから」

「また私の代わりに働いてくれる? あ、でも、お姉さまが刺繍したっていうのは内緒にしてね? そうしたら私もこっそりお菓子を恵んであげる。お腹がすいているでしょう?」

「……」

私に与えられる食事は、パン一切れと具のないスープだけ。それがこの別棟に運ばれる。クリスティーナのかわりに刺繍をすることぐらい、食べ物が貰えると思えば造作もなかった。

鏡に映る自分の姿を確認する。久しぶりの綺麗なドレス姿に勇気づけられて、私は口を開いた。

「あの。このドレスには、あのネックレスが合うと思うのです。そろそろ返していただけませんか」

「……え? 嫌よ。お父様だって、『セレスティア、ネックレスぐらい貸してあげなさい』と仰っていたでしょう?」

予想通りの返答に、顔を歪める。

クリスティーナにお母様の形見のネックレスを取り上げられてもう何年になるだろう。どんなに頼み込んでも返してくれなくて、私はもう諦めの境地だ。

けれど、彼女がたまに身につけているところを見ると、売り払ってはいないらしい。顔も覚えていないお母様。その形見がどこか手の届かないところにいかないよう、私はクリスティーナに従うようになった。

「それにしても、セレスティアお姉さまは普段からもっときちんとした服装をするべきだわ。だって、私たちはもう十五歳で、今日は神殿に啓示を受けに行くのよ? お父様もお母様も、私にはたくさんドレスを買ってくれるから……体は一つしかないのにね? あ、今度、お姉さまにもドレスを作れるかどうか聞いてみるわ! いつもそのボロのドレスで本当にかわいそうだもの」

「……」

好きで、ぼろぼろの服を着ているわけではないのだけれどね。

「そうだわ。あとね、さっきお父様とお母様にあなたがこの世界で一番大切だって言われちゃったの。この家には、私だけじゃなくてお姉さまもいらっしゃるのにね? そんなことも忘れてるなんて、面白くて笑っちゃうと思わない?」

「…………」

さっき?

「……お父様は領地からこの王都の家にお戻りなのですか」

「ええ、私のお父様は昨夜領地から戻ったの!」

この家で両親の愛を一身に受ける異母妹は、 私(・) の(・) 、を強調してからにっこりと笑った。