軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第93話 巫女リーン

え、いまなんていった。

明日、世界は滅亡する?

なんだってー!

といいたそうに、ミアがこちらを見上げてくる。

ええい、おすわりっ!

「ちょっと意味がわからないわ」

わがパーティの特攻隊長たるたまきが、きょとんとした顔でそういった。

そりゃそうだ。

いきなり、世界が滅亡するとかいわれたら、誰だってきょとんとなる。

「証拠とか、あるの?」

ミアがいった。

リーンさんは「はい」とうなずく。

「神託が、ありました」

神託。

神さまからのお告げ、か。

魔法があるような世界だ。

神さまがいてもおかしくないし、そいつがヒトとコミュニケーションをとってもおかしくない。

さっき、ぼくは助けた町のひとたちから、運命の女神アル=サザールや戦神ガルゴスという名前を聞いた。

彼らにとって、人と神の世界は、それだけ近しいのかもしれない。

だったら、この世界の人々にとって、神託というものが確定情報であっても……。

とはいえ、ぼくたちがそれを是とするべきかといえば、どうなのだろう。

あー、うーん、待てよ。

ここで神託、というものの信憑性について議論しても仕方がないか。

重要なのは、目の前の彼女がそう認識しているということ。

そして光の民は、その認識を前提に動いているとおぼしきことだ。

「わかりました、ひとまず、そういうことで話を進めてください」

まずは情報を集めるべきだ、とぼくは判断し、先を促す。

リーンさんは、ぼくたちがあまり「神託」という言葉に感じ入っていないことに気づいた様子だ。

とはいえ、いまはそれでいいという様子でうなずき、話を再開する。

「無論、わたくしたちも座して滅亡を待つつもりはありません。そのために、いまこうして戦っております」

「モンスターとの戦いも、その一環なんですか?」

「いいえ、そもそもモンスターたちとの戦いこそが、破滅からこの世界を救う鍵なのです」

いきなり世界滅亡とかいわれても困るし、よくわからない。

そのうえ、モンスターと戦うことで世界を救う、か。

いや、そもそも……。

「わたくしたちが戦っている相手、すなわちモンスターとはなにかについて、ご説明が必要でしょうか」

ああ、先まわりしていわれてしまった。

オークたちに襲われてから、この三日。

それはずっと、最大の謎であり続けていたことだ。

オークをはじめとする、異形の怪物。

これをモンスターと呼ぶ。

なにせ、ノートPCのQ&Aでそういっていたのだから間違いはない。

で、このモンスターは、倒すと宝石になる。

宝石はミアベンダーにおける交換ポイント、トークンになる。

なんだか、とても生物には思えない。

でもこいつらは人間を見境なく襲ってくる。

殺戮するだけじゃない、オークは女の子とみるやレイプしてきた。

なんだか、いろいろおかしい。

ぼくたちはこれまで、そのおかしさを疑問に思いながらも、否応ない戦いに巻き込まれてきた。

疑問に答えてくれる者もなく、ただひたすらにモンスターを倒してきた。

「教えてください」

だからぼくは、彼女の問いに首肯し、膝もとで拳を握って前のめりになる。

アリスとたまきも、ぼくに釣られてか、拳を握る。

「そもそも、モンスターとは本来、この世界の生物ではありません。例えるなら、そうですね、カズ、あなたの召喚する使い魔のようなものです」

「使い魔の……? でも、使い魔は……」

「はい、あなたの使い魔は倒してもマナ・ストーンにはなりませんね。これは召喚契約の方法が違うからです。呼び出している魔法が違う、とお考えください」

ああ、なるほど。

そう考えると少し理解しやすいのか。

っていうか、わりと重要なことをさらっとたくさんいったな。

「マナ・ストーンって……宝石、トークンのことだよね」

ミアが鋭く切り込んだ。

リーンはミアを見て、小首をかしげる。

「あの……ところで、このかたは、カズの奴隷なのでしょうか」

あ、しまった。

ミアに首輪をしたままだった。

リードは、律儀にたまきが持っている。

ナチュラルに奴隷とかいってるけど、そういうのが普通な世界なんだな、やっぱ。

でも彼女、鷹の視点のとき、ミアが首輪してないの見てるんじゃなかろうか。

いや、それを知っているからこそ、現状を不思議がっているのか。

ま、そのあたりははっきりさせておこう。

「これはただのプレイです」

ぼくはきっぱりといった。

リーンは戸惑った様子で、ぼくとミアの顔を交互に見た。

ミアが「ん」とうなずく。

「うちらの世界では常識的なこと。気にしないで」

「左様でございましたか。申し訳ございませんでした」

頭を下げて、平謝りされた。

頭を下げるというのは、この世界でもお詫びの動作になるらしい。

アリスが、困ったような顔でぼくとミアを睨み、リーンさんに先を促す。

「伝承によれば、はるか昔、まだ神々がこの地でひとと共に暮らしていたころ。いまはその名を忘れられた 邪(よこしま) な神が、ほかの世界における生物の写し身として、モンスターの召喚魔法を確立したといいます。長い年月が経ち、神々がこの地を去り、このマナ・ストーンによるモンスター召喚の秘儀は闇に屠られた……はずでした」

彼女によれば、この世界にふたたびモンスターが湧きだしてきたのは、わずか百年ほど前のことにすぎないという。

いまは亡き人族の小国が、大国に攻め滅ぼされる寸前、ちからを求めて賭けに出た。

どこからかこの秘義とひときわ純度の高いマナ・ストーンを手に入れ、モンスターを召喚したのだ。

召喚されたモンスターによって、侵略してきた大国は滅びた。

同時に、その小国もそのモンスターに滅ぼされた。

はるかな時を経てこの世界に蘇ったその化け物は、敵も味方も関係なく死と殺戮を振りまいたという。

この存在を、ほかのモンスターは魔王と呼んでいるらしい。

なるほど、魔王か。

ほんとにいるんだな、魔王……。

いやまあ、これは魔王って翻訳されちゃっているから、ぼくたちコンピュータ・ゲーム世代にとって少しアホらしい気がしてしまうのだろう。

たとえば、そうだな。

信長とかアレクサンドロスとかチンギスハンとか、そういう連中が敵になっていると考えれば……。

あ、ちょっと勝てる気がしなくなってきたぞ。

それはともかく。

魔王を倒すべく、大陸中の国々が軍を送り込んだ。

彼らを待ち受けていたのは、魔王が召喚した無数のモンスターだった。

オーク、ホブゴブリン、ジャイアントといった、ぼくたちがこれまで戦ってきたやつらである。

同時に、魔王が支配するその大地は、この世界のものとは到底思えないような異形なかたちに変形していたという。

無残に敗北し、蹂躙され、ごくわずかに生き残って故郷に逃げ帰った兵士たちの証言であった。

腐海とかそんな感じになっちゃったんだろうか。

魔王は、この世界をひとの住めぬ異世界に変化させているのだ、と魔術師たちは結論づけたらしい。

それからしばらくして、モンスターたちが世界にあふれた。

森に、山に、草原に、モンスターが出現するようになった。

とはいえ、ひともモンスターに対抗するため剣や魔術を磨いた。

両者は、己の生存をかけて戦った。

長い時間が経った。

「いまから五年ほど前のことです。モンスターが組織的に動くようになりました。それまではせいぜい百体規模の集団であったものが、千体、ときには一万体規模の軍勢となり、ひとの生存圏を脅かすようになりました」

その五年前から、事態は急速に悪化する。

ひとの国々が、各個に滅ぼされていった。

慌てた一部の国が連合を呼びかけたものの、国家の足並みが揃うよりモンスターが進撃するスピードの方が速かったという。

ひとの生存圏は、急速に減少していった。

そして、いま。

ひとの拠点は、大陸でたったの七か所にまで、追いつめられている。

ちなみに、ここでいうひと、とはぼくたちが連れてきたような人族だけでなく、亜人たちすべてを合わせた広義の人類である。

「そして、三日前。三つの神託がありました」

なるほど、ここでさっきいっていた神託が出てくるわけか。

「ひとつ目の神託が、いまから四日後、つまり明日、世界は滅亡するということでした。ふたつ目は、そうさせないための方法。これについては後述します。三つ目が……」

リーンさんは、ぼくたちを順に見る。

ひとつ、ゆっくりとうなずく。

「異世界よりマレビトが来る、と。彼らと手を携えることは、破滅を回避する手段のひとつであるとも」

「だから、ぼくたちを探していた? あの鷹で?」

「はい。あなたがたを発見した者のほかにも、わたくしたちは方々に使い魔を放っておりました。たまたま、そのうちの一体が、メキシュ・グラウと戦う不思議な者たちを発見したのです。奇妙な衣装をまとった、人族にしか見えない者たち。その者たちが、たったの数名で、あの神兵級個体を倒してしまった。神託にあった異世界からのマレビトとは、あなたがたに違いないと確信いたしました」

ぼくは自分の着ているジャージに視線を落とす。

この服装はそりゃ、奇妙だよなあ。

付与魔法がかかっているから、防具としての性能はたいしたものなんだけど……。

「ぼくたちがこの世界に来たのは、神さまが、ぼくたちにそういう……この世界を救う仕事をさせるため、なんですか」

「それは、わかりません。ですが、神託のニュアンスから考えて、そうではないとわたくしは考えております」

ふうん、そう。

リーンさんがどこまで本当のことをいっているのかはわからないけど……。

相変わらず、ぼくたちの山がなんでこんな世界に来てしまったかは不明、なのか。

ぼくとしては、山まるごとひとつこの世界に持ってきた存在に対して、むしろ感謝すらしている。

あの出来事がなければ、いまごろぼくは、破滅していただろうから。

だけど、アリスやたまき、ミアにとっては……。

ましてや、育芸館に残って戦っているだろう志木さんたちに至っては。

いやまあ、そういった感情は別にして、神託が本当なら、ぼくたちが彼らに協力するというのは……否応なし、だよなあ。

ぼくたちはいま、この世界にいる。

この世界の破滅とは無関係ではいられない。

しかし、明日、か。

神託が三日前ってことは、リーンさんたちでも四日しか余裕がなかったってことで、えらい急な話である。

三日前。

ぼくたちにとっては、この世界に来る前日、なのか。

ぼくたちがこの世界に来たことと、なにか関係があるのだろうか。

「いくつか聞いておきたいことがあるんですけど、いいですか」

「ええ、どうぞ」

「ぼくたちがもとの世界に帰る方法って、ご存じありませんか」

「あなたがたがどういう手段でこの世界へ辿り着いたのかがわかりませんと、なんとも……」

ああ、そうか、そりゃそうだ。

ぼくは、ざっとこの三日間の出来事を説明した。

いちばんの鍵になっているだろう、オークたちが守っていた、謎の石柱についても語ってみせる。

やはりというかなんというか、リーンさんは、石柱の話に食いついてきた。

あそこに書かれていた文字、リード・ランゲージでぼくが読んだ限りでは「座標固定、空間捜査、範囲限定」という単語。

ただ、問題はその単語がどんな言語で描かれていたか、らしい。

あいにくと、リード・ランゲージでは言葉の意味を理解できるだけだ。

どんな言語か、まではわからない。

ぼくも、どんな文字だったかはあまり覚えていないし……。

「たまき、覚えているか?」

「まったく覚えてないわ!」

たまきは無駄に堂々と胸を張った。

うん、そうだろうと思ったよ。

もちろん、ぼくも覚えてないぞ。

「おそらくは、特殊な魔術言語であろうと思いますが……。奇妙なのは、この世界に来た直後、あなたがたの居住地にオークたちが襲ってきたという点ですね。まるで……」

「ええ。ぼくたちをこの世界に呼んだのは、モンスター側の存在なのかもしれない、ってことですよね」

でも、それじゃ理屈に合わない気がする。

ぼくたちに白い部屋でちからを与えている、あいつ。

あの存在は、じゃあ、なんでこの世界へぼくたちを呼んだ?

いや、待てよ。

そもそも白い部屋の主と、この世界へぼくたちを呼んだ存在は、同一人物じゃないとしたら?

ぼくが考え込んでいる間に、アリスとたまきが、リーンさんへ白い部屋について説明する。

リーンさんがいうには、やっぱり、白い部屋やぼくたちのスキルシステムというのは特別らしい。

まったくの素人が、たったの二日でメキシュ・グラウを倒せるほどのちからを得たと聞き、驚いていた。

ある程度は予想していたことだけど、やっぱり、そうか。

スキルシステムを使っているのは、ぼくたちと、そしておそらくはモンスターだけなのか。

だとすると……白い部屋の主ってのは、やっぱりモンスターとなんらかの関わりがある?

「カズ、お気をつけください。早計な判断は無用、いや有害だと考えます」

リーンさんのいう通りかもしれない。

それに、聞いておきたいことはほかにもある。

「ぼくたちがいた山の場所は、わかりませんか」

「現在、ほかの使い魔が大陸中を調査中です。みなさんがおっしゃる景色から判断して、ロック鳥が生息する南東部だと思われますので、そちらを集中的に捜索いたします」

ロック鳥か。

ぼくは、初日の夕方に見た光景を思い出す。

象を抱えて飛ぶ巨大な鳥。

うん、まあ、これもあの鳥を遠くに見た生徒の誰かが、ロック鳥だと判断したんだろうな。

ファンタジーが好きなやつなら、知ってそうな単語だし。

「使い魔には、迎え入れる側の転移門の魔法をセットいたします。みなさんを山に戻すことができるように」

こちらがなにもいわずとも、そこまでやってくれるか。

いや、そこまでやる、と宣言することで、交渉のカードにしたということか。

ここが、その大陸南東部とどれほど離れているかは不明だけど……。

徒歩じゃ遠いんだろう。

ぼくたちは、生き残るために戦ってきた。

これからも、そうだろう。

もし明日、モンスターとの決戦があるとしたら。

そして、その戦いが避けようのないものであるなら。

ぼくたちは嫌も応もなく、それに参戦せざるを得ないだろう。

ゆえにリーンさんは、ぼくたちを一時的に学校の山まで送り届けても、デメリットにはならないと判断した。

ぼくたちは、必ずまた、リーンさんのもとへ戻って来ると。

ぼくが怖気づき、必要な判断ができないほど愚鈍になることはないと。

それはけして、信頼ではないだろう。

ぼくとこうして話をした上で、ぼくがある程度、損得勘定でもって動くことを確認したからなのだろう。

利害関係があるからこそ、ぼくは信用されている。

「この点に関して、まだなにか、お聞きしたいことがございますか」

「いいえ。それじゃ、さっきあとまわしにした、明日起こる出来事ってのを……」

そのときだった。

外が騒々しくなる。

入り口の方を振り返れば、乱暴に橋を駆けてくる獣人の男たちの姿が見えた。

「モンスターの侵攻が再開されました」

どうやら、悠長に話を聞いている余裕はないらしい。