軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第74話 グロブスターのちから

敵のアーチャーは残り十一体。

いまのぼくたちなら、なんてことのない相手だ。

だが問題は、左奥のグロブスターである。

ずっと不気味に脈動するだけだが、はたして最後まで、手を出してこないのか。

ぼくは、そちらを神経質に警戒していた。

「ミア、少し前進するぞ」

「ん、おけ」

落とし穴を迂回し、ぼくたちは広間の中央へ、小走りに駆ける。

右手のアーチャー二体がさかんに矢を射かけてくるものの、ミアがワールウィンドで壁をつくり、邪魔をする。

そうこうするうち、アリスが右手の敵との距離を詰める。

アーチャーたちは後退しながらアリスに矢を射かける。

と、左手のウィンド・エレメンタル二体と戦っていたアーチャー五体が、次第に奥へ移動し始めていることに気づく。

グロブスターと合流するつもりなのか?

「ミア、左手にライトニング集中」

「ん。奥にいかせない?」

よくわかっていらっしゃる。

ミアが、左手のアーチャーを牽制するように何本かライトニングを放つ。

広間の中央まで移動したおかげで、効果的に左手の動きを邪魔できていた。

だがどうやら、それは敵にとって、決断を促すことになったようである。

左手のアーチャー五体すべてが、突然、一気に奥へと走り出す。

前方でたまきが相手にしていた四体も、同時にグロブスターのもとへ。

「あ、こら、ちょっと、逃げるなーっ」

たまきが慌てて追いかける。

アーチャーの背中からダガーで切りつけ、一体を屠る。

仕方がないとはいえ、普段の武器ではないから、いささかリーチが足りないようだ。

アーチャーが弓を捨てている以上、戦力的には圧倒的に格下のはずなのに、いささか手間取っている。

アーチャーの一体が、たまきの行く手を邪魔するように立ちふさがる。

「ええいっ、邪魔」

たまきはダガーを一閃。

アーチャーの首を一息で両断する。

その青い返り血を浴びる前に、相手の身体をポールに見立てて半回転、残る二体をさらに追う。

だがこの一瞬で、残り二体とは、かなりの距離を引き離されてしまった。

左手のアーチャーも、一体はミアのライトニングで潰し、もう一体をウィンド・エレメンタルが倒してみせる。

それでも、残りがグロブスターのもとへ駆け寄る。

左手から二体、たまきから逃げるのが二体。

そのときだった。

グロブスターの全身が、ぶるりとおおきく震える。

直後、青白く輝きはじめる。

その肉塊を中心として、鍾乳洞の地面、半径十メートルほどに白い輪のようなものが浮かびあがる。

「やば。カズっち、あれ魔法陣っぽい!」

ミアが慌てる。

「ああ、わかってる! たまき!」

ぼくはそのときすでに、たまきのもとへ駆け出していた。

グロブスターが震えたときには、一歩目を踏み出していた。

走りながら、叫ぶ。

「たまき、追撃は中止だ!」

「え、なに、ああもう、このおっ」

たまきはぼくの命令を聞いていなかった。

夢中になってアーチャーに肉薄し、さらに一体を撃破する。

だがそこで、たまきの身体も白い輪のなかに入ってしまう。

「ダメだ!」

「へ?」

たまきが、足もとに視線を移す。

そのときになって、ようやく彼女は、なにかおかしなことが起きていると気づいたようだった。

だがそれだけである。

ぼくは気づく。

地面に描かれた輪の意味は、ぼくとミアには明白だったけれど、たまきにとってはそうではないのだと。

だからたまきは、きょとんとしていた。

ぼくは、そんな彼女のもとに駆け寄り、その手を握る。

「たまき!」

「え、カズさん?」

もう、時間がない。

ぼくはたまきの身体をぐいと引っ張った。

「わっ、わあっ」

たまきがバランスを崩し、白い輪の外に投げ出される。

かわりにぼくが、反動で輪の中に飛びこむかたちになる。

輪のなかの白光が、いっそう強く輝き始める。

ああ……こりゃ、もう、無理か。

ぼくは諦観して……。

入り口付近を見る。

そこに姿を現した志木さんに叫ぶ。

「二時間後!」

白い輝きに包まれ、地面に倒れ込みながら、ぼくは叫ぶ。

「二時間後だ!」

志木さんは、最初、驚いた様子でぼくの方を見て……。

それからすぐ、はっ、とする。

ちから強く、うなずいてくれる。

よし、彼女は理解してくれた。

なら、きっとだいじょうぶだ。

ぼくは強がって、白い輪の外ですっ転ぶたまきに、にやりとしてみせる。

直後。

ひときわ強くなった輝きによって、視界が白に染まる。

そして、眩暈がやってくる。

ぼくのまわりで、なにか巨大な渦のようなものが荒れ狂う感覚。

吐き気がする。

口もとを手で押さえる。

激しい嘔吐感を覚えた。

次の瞬間。

意識が、吹っ飛ぶ。

歌声が聞こえてくる。

張りのある女性の声だ。

言語はわからなかった。

少なくとも、日本語ではない。

恋歌のようにやさしくて、せつないメロディだった。

なんだか涙が出そうになる。

ぼくはその声に導かれるように、口をひらき……。

なにかを、叫ぶ――。

身体がぐにゃりとして、ちからが入らない。

呻き声が聞こえる。

きっとアーチャーの声だ。

敵がすぐ近くにいる。

立ち上がらないと。

顔をあげて、無理矢理に目を見開き……。

まぶしい。

それが最初に感じたことだった。

すぐ目を閉じ、反射的にその場に転がる。

幸いにして、敵は襲ってこなかった。

だが間違いなく、近くにいるはずだ。

くそっ、どこだ。

アーチャーは、あと三体いた。

そうだ、一緒にウィンド・エレメンタルもいるはずだ。

ぼくはウィンド・エレメンタル二体に、ぼくを守るよう指示する。

強い風がぼくの周囲で渦を巻く感覚。

ほっとして、ぼくは半身を起こし、ゆっくりと目をひらく。

青々とした空と、緑豊かな草原が視界いっぱいに広がっていた。

「あ……っ」

ぼくは驚愕し、すぐそばのウィンド・エレメンタルを見る。

二体の使い魔は、ぼくを見て、さあご命令をとばかりにうなずく。

いや、そんなことをいわれても……。

ぼくはよろめきながら立ち上がる。

改めて正面と左右を見る。

ぼくたちがいるのは、丘の上だった。

三体のアーチャー・オークが、急な坂道を駆け下りて、逃げていくところだった。

ほかに、近くに敵の姿はない。

なら……このアーチャーたちは殺しておくべきだろう。

ぼくの命令に従い、二体のウィンド・エレメンタルがアーチャー・オークに追いすがる。

かなり距離がひらいていたが、空を飛べるウィンド・エレメンタルの方が圧倒的に速度がはやい。

そして、一度追いついてしまえば、アーチャー・オークに勝ち目はなかった。

アーチャーを二体、倒したところでレベルアップする。

ぼくは白い部屋のなかに立っている。

さっきまでは四人も仲間がいたのに、ひとりきりになってしまった。

おおきくため息をつく。

まあ、わかっていたことだ。

たまきの身代わりになった時点で、理解していたことだ。

ワープした。

ぼくはグロブスターのワープに巻き込まれて、このどこともわからぬ場所へ飛ばされた。

そう、あの醜悪な肉塊は、ワープ装置のようなものだったのである。

正直、たまきを追い出さず、ふたり一緒にワープしてしまった方がよかったんじゃないだろうかと思わないでもない。

そうすればいまも、ひとりさびしい思いをせずに済んだのに。

とはいえ、まあ、とっさに身体が動いてしまったのである。

「仕方がない、よな……」

ぽつりと呟く。

その声が白い部屋の壁に吸い込まれる。

……あ、泣きそう。

慌てて首を振り、弱気の虫を追い出す。

二時間。

そう、志木さんと約束したじゃないか。

志木さんはあの言葉の意味を正確に理解したことだろう。

二時間後。

ぼくは、召喚魔法のランク6、サモン・サークルを使う。

サモン・サークルの基点は、育芸館に描いてある。

そこに置いた物、立った者は、この魔法を使用した瞬間、自動的にぼくのもとへ転移する。

志木さんは、きちんとぼくが願う通りのことをしてくれるだろうか。

あるいは、そう。

ぼくを見捨てたりしないだろうか。

見捨てられる。

そう思ったとたん、胸に強い痛みを感じる。

動悸が激しくなる。

ああ、もう。

とっくに克服したと思っていたのに……。

ぼくは唇をきつく噛んで、激しく首を振り、弱気の虫を追い出す。

大声で叫ぶ。

パニックに陥りそうな自分を、無理矢理、正気に戻す。

だいじょうぶだ。

志木さんは、ぼくを裏切らない。

だいたい、いまぼくを見捨てるなんて選択は、アリスもたまきも許さないだろう。

たぶん、だけど、ミアもアリスたちに同調してくれるだろう。

この最高戦力三人を、志木さんが完全に丸めこむことなど……。

……できそうな気がする。

だって志木さんだし。

いや、だいじょうぶ……なはずだ。

ぼくは何度も、念じるように、そう繰り返す。

「はは……なんだ、ぼくはちっとも進歩してない。結局、ぼくは……」

「ん。泣きたいなら、泣いてもいいんだよ?」

え?

ぼくは慌てて振り返る。

「いえーい」

ミアが真後ろに立っていた。

得意げに、ピースサインを出していた。

「な、なんで、ミアが?」

「ついてきちゃった」

「ついてきた……って……」

そういえば、転移する前に振り返ったとき。

さっきまでそこにいたはずのミアがいなかった。

あのときは気づかなかったけど……。

まさか、あのとき、ぼくのすぐ後ろまで駆けてきていたのか。

そういや彼女、脚が速いんだよなあ。

「カズっちひとりじゃ、心配だったから」

「えっと……その、ありがとう」

「おかげで、弱気なカズっちが見られた」

あ。

ぼくはさきほどの醜態を思い出す。

きっと、いまのぼくの顔は、真っ赤になっているだろう。

ミアが、ニタリと笑う。

「気にしない。誰しも黒歴史はある」

ぼくは頭をかきむしり、天井に向かって大声で奇声をあげた。

羞恥に悶え、白い部屋の床を、ごろごろと転がる。

ぼくの混乱が収まったのち。

改めて、ミアと現状の確認を行う。

「どのみち……このワープポイントの先を調べる必要があったんだ」

オークたちがなにを計画していたのか、そしてこれからなにが起こるのか、ぼくたちは知る必要があった。

本当は、リモート・ビューイングをかけたカラスを突入させる程度のつもりだった。

ちょっとばかり予定が狂ったけど、でもオークたちの方針に食らいつき、なるべく邪魔することがぼくたちの利益と一致するだろうという予測については狂いがない。

「ん。志木っちは、二時間後にアリスちんとたまきちんを送ってくれると思う」

ミアはそう断言する。

「そのこころは」

「拙速は巧遅に勝る」

やっぱり、そうだよなあ。

ぼくとミアはうなずきあう。

なぜなら、とぼくは目をつぶる。

周囲を見渡したときの、あの景色を脳裏に描き出す。

丘から見下ろせる場所に、町があった。

それは、ファンタジー世界によくある城塞都市に見えた。

ひとがいる、場所。

この世界の原住民。

それと接触できるなら、多少のリスクは許容するべきだろう。

そのうえで、どれほどの情報を得られるか。

これからの数時間で、ぼくの行動次第で、それが決まることになる。

ぼくは何度も深呼吸し、気を落ちつける。

スキルポイントは現在6点だが、これは貯める。

ミアとふたりきりで行動するなら、次に上げるのは召喚魔法だ。

「それじゃ、いこうか」

「ん」

ぼくはリターンキーを押す。

もとの場所に戻る。

和久:レベル21 付与魔法5/召喚魔法6 スキルポイント6

白い部屋を出て、アーチャーを追うウィンド・エレメンタルたちの戦いを見守る。

残り一体のアーチャーも、特に問題なく始末した。

ぼくとミアは丘から降りていって、アーチャーが落とした赤い宝石をすべて回収する。

……ああ、しまったなあ。

少し宝石を預かっておけばよかった。

いまぼくが持っている宝石は、青が七個、赤が二十個くらいだ。

ミアに聞くと、彼女は青を三個、赤が三十個程度であるという。

顔をあげ、もう一度、彼方の町を見る。

そこでふと、気づく。

「なあ、ミア。あの町……」

「ん? ちょっと待って、いま眼鏡出す」

「近視なのか」

「普通にしてる分には平気、だけど」

ミアは懐から取り出したやぼったい黒縁の眼鏡をかけて「んー」と町の方角を注視する。

数秒で「あ」という声をあげる。

「黒い煙……炊事じゃ、ないね」

「うん、あと、左奥の方」

「眼鏡かけててもよく見えないけど……モンスター?」

「だと、思う。見たことがないタイプだけど……」

日に焼けた赤い肌のモンスターだった。

剥げ頭で、なにかおおきな石を手にして、都市の壁に投げつけている。

それだけならオークと大差ない気もするのだが、最大の問題は、都市の壁との対比であって……。

「でかい」

ミアが極めてシンプルに、その特徴をいってのける。

身長四メートル近くあるんじゃないかとぼくは試算する。

たぶん、あの石も、大岩といっていいくらいなのだろう。

「ジャイアント?」

「そんな感じかなあ」

ミアは「進撃のジャイアント」と小声で呟く。

いや、ネタはいいから。

「そのまわりにも、モンスター、いる」

「ここからじゃよく見えないけど」

状況が少し、理解できてきた。

ぼくとミアは顔を見合わせる。

「襲われているね、あの町」

「みたい……だな」

さて、どうするべきか。

ぼくはため息をつく。

あの町の住人がなんであれ、モンスターの敵は、ぼくたちにとって潜在的に味方になりうる。

だが、MPを使い果たしたいまのぼくと、ミアだけでは……。

二時間は、長い。