軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第61話 三日目の始まり

ぼくの異世界三日目の朝は、ガラスが割れる音から始まった。

反射的に飛び起き、部屋の窓を見る。

ガラスは無事だった。

少なくともこの部屋ではないようだ。

窓に駆け寄り、窓ガラスを開け、身を乗り出す。

隣の空室のガラスが割れていた。

部屋のなかでうごめくものがあった。

モンスターなのだろうか。

なにが起こったかはわからないが、早急に確かめる必要がある。

「サモン・エレメンツ:ウィンド」

半透明の裸の女性が、ぼくのそばに現れる。

アリスがむくりと起きだしてくる。

眠ったときのままの、寝巻き替わりの体操着だ。

「ど、どうしたんですか」

「敵だ。たぶんね」

アリスは、はっとしたあと、慌てて部屋の脇に立てかけていた鉄槍に手を伸ばした。

「んー、にゃー、どうしたの?」

たまきはまだねぼけ眼だ。

彼女は放っておこう。

「たまき、そこで待機。剣だけは手もとにおいておけ」

「わかったわー」

まだ寝ぼけて手を振っているたまきに見送られ、ウィンド・エレメンタルを盾にして、三階の廊下に出る。

廊下の反対側で、ジャージを着た志木さんが顔を出す。

ぼくは志木さんに、そこで待機するよう命じる。

隣の部屋では、なにかがドンドンと激しく壁を叩く音が鳴り響いている。

「ぼくがドアを開ける。エレが突入。アリスはエレに続いて」

「はい」

未知の敵相手には、使い魔を盾とする。

これは今後の定石としたい。

ぼくはドアノブをひねり、ドアを引く。

ウィンド・エレメンタルがなかに飛び込む。

すぐアリスが続く。

「蜂です!」

アリスが叫ぶ。

「カズさん、蜂の化け物です!」

ぼくは部屋のなかを覗き込む。

ウィンド・エレメンタルが、黄色と黒のまだら模様を持つ生き物と組みあっていた。

おおきさは、人間と同じくらい。

アリスがいう通り、そのかたちは昆虫の蜂そのものだった。

ただし、ひどく巨大化した蜂である。

人間の掌ほどもある複眼が、赤い不気味な輝きを放っている。

そんなものが、宙に浮かび、ぶうんと不気味に羽音を鳴らしている。

巨大蜂は、ホバリングしながら前を向いたまま下半身を曲げ、お尻を前に突き出して、その先から針を出す。

ラジオのアンテナより太いその針が勢いよく飛び出し、ウィンド・エレメンタルの胴体に突き刺さる。

半透明の女性の顔が苦痛に歪む。

だが忠実な使い魔は、敵の針を腹に抱え込んだまま、両手で巨大蜂のお尻を握る。

強引に相手の動きを封じる。

そこに、アリスが突進する。

鉄槍の刺突が、巨大蜂の複眼を貫く。

青い体液が周囲に飛び散る。

けたたましい金切り声が、周囲に響いた。

巨大蜂は、床に墜落する。

ぴくぴくと全身をうごめかせ、そして……。

身体が、ぶれる。

霞のように消えていく。

オークと同じだ。

やはりこいつも、オークと同様、モンスターなのか。

巨大蜂が消えたあとには、赤い宝石が三個、転がっていた。

時刻は、まだ六時過ぎだった。

日の出からまもなくである。

それでも昨日よりは起床が遅いのであるが……。

昨夜、寝たのが二十四時をまわっていたからなあ。

まだ少し、眠い。

でも、そんなことをいってはいられなかった。

ぼくは志木さんとふたりで、個室にこもった。

アリスたちには、周囲の警戒をしてもらっている。

屋上にあがったミアによると、北東の森付近で、何匹か同様の巨大蜂が飛びまわっているという。

中等部から見て、北東の森。

二日前、この山がまるごと異世界へやってきたとき。

オークたちは、そこからやって来た。

森のなかに、なにかがあるのか。

三日目のいまに至っての新たなモンスターの襲撃には、どんな意味があるのか。

「本当はね。今日の午前中くらいまでは、あなたとアリスちゃんとたまきちゃんに、甘い新婚生活をプレゼントしてあげようと思っていたの」

「おいこら」

「本気よ。昨夜のことは、あなたたちに負担をかけすぎていたことが根本的な原因だわ。本校舎を攻める作戦について、わたしはいっさい後悔してない。でも、あなたが見かけ以上に限界だったってことを見抜けなかったのは、わたしのミスね」

志木さんはそういって、個室のベッドに腰かけ、足を組んでぼくを見上げる。

「それとも、ふたりじゃ足りないかしら。ミアちゃんも混ぜた方がよかった?」

「けしかけるのはやめろ」

「潔癖性ってわけでもないでしょう。あなたが精神的に安定してくれないと、わたしも戦略の立てようがないわ」

それについては、全面的にぼくが悪い。

苦虫をかみつぶしたような顔をしていたのだろうぼくを見て、志木さんは満足げにうなずく。

「反省しているなら、いいわ。どのみち、いまあなたたちにラクをさせてあげることは、できそうにない」

「そうだね。あの蜂は……」

「山の北側にある、オークの本拠地から、湧いてきた」

ぼくと志木さんは、顔を見合わせ、うなずく。

お互いの予測は一致していた。

いやはやまったく、指揮官の予想が一致するなんて喜ばしい限りである。

問題は、思惑が即座に一致せざるを得ないほど状況が非常によろしくないという、その一点だけだろう。

「カズくん。あなたにはまた、負担をかけるけど……」

「どのみち、さらわれた生徒の行方を探る必要があった。彼女たちがまだ生きているかどうかはわからないけど、事態が現在進行形なら、これ以上なにかが悪化する前にケリをつけなきゃいけない」

そう、昨日までで、ぼくたちは身にしみて理解している。

受け身でいても、いいことはなにひとつないのだと。

常に攻めていくことで、初めて活路が開けるのだ。

「ところで、あの蜂の強さだけど……カズくん、実際に戦ってみて、どう感じたかしら」

「アリスが一撃で倒しちゃったからな……。といっても、エリート・オークほどの凄みは感じなかったと思う。普通のオーク以上ではある」

「ジャイアント・ワスプはレベル2かレベル3、スキルはワスプ2からワスプ3といったところかしらね」

あの蜂の名前は、ジャイアント・ワスプに決定か。

異論はないけど。

そのまんまだなー、というだけだ。

「ワスプ3ってあたりじゃないかな、と思う。ランク5のエレメンタルと、ほぼ互角みたいだったし」

「その予測が正しいなら、経験値はオーク三匹分、ということかしら。でも強さ的には……割に合わない相手ね」

「空を飛ぶしね。……弱点とかがあれば、話は別なんだけど」

「弱点……」

志木さんは口もとに手を当て、考え込んだ。

「ゲームだったら、昆虫なんてだいたい、火が弱点よね」

「このゲーム脳め」

「そうね、そのゲーム脳で考えるのが最短ルートみたいなのが、一番のネックね」

志木さんはにやりとする。

いやはやその通りだと、ぼくはため息をつく。

「ミアが火魔法を使えないのが、なんとも残念だ」

「昨日の戦いで火魔法をランク2にした子がいるわ。テストさせてみたいところ」

なるほど、とぼくはうなずく。

そういうことなら、たまきあたりを護衛につけて、一度森の方へいってみてもらってもいいかもしれない。

「昨日、助けた子たちのうち、戦いたいって子がまた何人か出てきているわ。彼女たちをレベル1にする作業も必要だし……いきなり北の森を攻めるってわけにはいかないと思う」

「その子たちのジャージと武器にハード・アーマーとハード・ウェポンをかける必要もある、か」

あと、ついでに、とぼくは新しく覚えた魔法について解説する。

特に召喚魔法のランク4、サモン・ウェポンとランク5、サモン・アーマーだ。

これらは、指定した武器、防具を召喚できる魔法である。

効果は永続。

ただし、武器や防具の種類はいささか少ない。

サモン・ウェポンは長剣、長槍、長杖、弓、矢二十本など、矢を含めて合計で十二種類。

サモン・アーマーは皮鎧から金属鎧、盾も含めて七種類。

ただし、サイズは指定できる。

たとえば小柄なミア用の金属鎧なんかを用意することも可能である。

ミアが重いプレート・アーマーなんて着たら、一歩も動けないだろうけど。

肉体スキルがあると、重い金属鎧を楽に着こなせるのかなあ。

そうなると、たまきの装備も応相談か。

いや、ミアベンダーで盾スキルを手に入れて、おおきな盾を持ってもらう手もある。

場合によっては、たまきを盾として、後ろからアリスやミアが攻撃するというフォーメーションも考えられるのである。

それともうひとつ、注目の魔法がある。

召喚魔法ランク6、サモン・サークル。

これは、ちょっとした事前準備が必要な魔法だ。

まず基点となるサークルをどこかに設置する。

場所はどこでもいいが、たとえばこの育芸館の一室の床に、サークルを描く。

サークルのなかに、物やひとを入れる。

そしてぼくが、離れたところでサモン・サークルの魔法を使う。

すると、基点となるサークル内部にあるものや、内部にいるひとが、ぼくの前に現れる。

そういう転送魔法である。

基点サークルのおおきさは直径三メートル。

うまく使えば、たとえば敵がたてこもる建物の前にダイナマイトを設置する、といったことも可能である。

ダイナマイトがあればの話だけど。

補給物資をサークルに入れておいて、適宜呼び出すのも手ではあるけど。

実際のところ、一番いいのは人員の輸送かなあ。

それにしたって、通信機や携帯電話が使いものにならない以上、時間を決めてやるしかない。

いちおう、基点サークルは最大で二か所、設置できる。

一か所はこの育芸館のどこかで固定して、もう一か所は臨機応変にその場、その場で使うべきだろう。

「わくわくする魔法ではあるわね」

「ああ。ぼくひとりが空を飛んで崖の上にいって、そこでサークルを広げるといった手段も使える……かもしれないしね」

「いま、空を飛ぶ手段って……ああ、カズくんは召喚を6にしたんだったわね。サモン・グリフォンを使えるようになっている」

さすが、志木さん。

各スキルの魔法をよく覚えていらっしゃる。

サモン・グリフォンは召喚魔法のランク6に存在する。

まだ使ったことはないが、空飛ぶ巨大なハゲワシのごとき使い魔を召喚し、使役できるようだ。

このグリフォンという生き物の背に乗ることで空を飛ぶことができるというのも、すでに確認済みである。

蛇足だが、このほかの飛行手段は、ランク6以内でほかに三つが判明している。

まずひとつは、付与魔法ランク6のウィング。

背中に天使の翼を生やす魔法で、腕を振るような感覚で翼をはためかせ、空を舞うことができる。

持続時間はランクにつき二十分から三十分と、たいへんに長い。

ただし、翼をはためかせるのは相応に体力を使うらしい。

次が、風魔法ランク4のフライ。

念じることで空中浮遊ができるようになる魔法だ。

自由に上下左右に移動できるという。

こちらは持続時間がランクにつき二分から三分。

持続時間が短い分、制御がたやすいということか。

覚えるランクが、グリフォンやウィングよりふたつも低いというのもあるしね。

さらに、同じく風魔法ランク5のウィンド・ウォーク。

これは空気中を、まるで床があるかのように歩く魔法だ。

飛行という慣れない手段に頼るよりは、実戦的だろう。

ウィンド・ウォークの持続時間は、付与魔法のウィングと同じくランクにつき二十分から三十分だ。

同じ風魔法でも、用途によって使い分けができる。

いや、風魔法だからこそ、複数の飛行魔法があるというべきか。

蛇足だが戦闘系使い魔の一部も飛行可能だ。

たとえばウィンド・エレメンタルは常時、空を飛んでいる。

カラスもそうだしね。

飛行手段は、このように多岐にわたる。

ということは、今後、相応に飛行が要求される場面が出てくるということだろう。

ゲーム的に考えれば、だけど。

そしてぼくたちの主力パーティは、ランクさえ上げていけば、これらの飛行手段すべてを入手可能だ。

今後は場面に応じて、こういった魔法を使い分けていくことになる。

目下の問題としては、巨大蜂の相手をするにはこちらも飛行できた方が有利、ということだが……。

「ミアはいま、レベル、どうなっている?」

「レベル10になっているわ。スキルポイントは貯めてもらっているから、4点あるはずよ」

その4点をさっそく使ってもらって、風魔法をランク4にさせるべきだろうか。

それとも地魔法をあげてもらい、強力な攻撃手段の入手を優先させるべきか。

ううん、悩ましい。

「じゃあとりあえず、たまきちゃんをリーダーとする蜂さんお試し迎撃チームに、ミアちゃんも加えましょうか。彼女が必要と判断したなら、その場で風魔法をとってもらえばいいわ」

チーム名のネーミングセンスはともかくとして、それが一番いい……かな?

ミアのゲーマーとしてのカンは、信用できる気がする。

へたにぼくがあれこれ考えるより、いい結果を導いてくれそうだ。

「うん、それでいこうか」

ぼくはうなずく。

こうして、異世界の三日目が慌ただしく始まった。